愚者の舞い 5
体格の良いゴブリンキングは、遠巻きに眺めつつニヤニヤ笑いながら、人間と部下の戦いぶりを見学していた。
ゴブリンキングにしてみれば、人間の振るう太刀筋は大雑把で隙がありすぎる。
それは部下も同じようなものだが、数がいる分こちらが有利と踏んでいた。
そもそもゴブリンは繁殖力が旺盛で、一回の出産で最低3匹、多くて12匹程度も産む。
しかもオークのように年中盛ってはいないが、繁殖期も特に無く年中産む。
最悪この3匹が倒されても、食い扶持が減るだけでなんら問題は無い。
ようは自分が死ななければいい、その程度の考えだった。
若者は必死に戦った。
大上段で剣を振り下ろして避けられ、それを途中で止めて踏み込みながら横薙ぎに振るう。
フェイントを交えてまで強引だろうが無茶苦茶だろうが攻め立てた。
だが、当たらない。
剣は相手に当てて斬り裂いて、初めて相手を殺傷する事が出来る。
当たらなければ何の意味もないのだ。
それに体力の限界もある。
数がいる分、早く1匹1匹を倒さなければ倒されるのは自分なのだ。
こんな筈はない、こんな筈は、と、呪文のように自分に言い聞かせつつ戦った。
だが、技量はそれに伴い上がる筈もなく、若者は己の弱さを自覚し始めた。
そんな時、不意に戸の開きっ放しだった馬車の中が見えた。
一瞬ではあったが、脳裏に焼き付き、全てがハッキリと見えたのだ。
馬車の中には3人の人がいた。
一人は大人の戦士。
恐らく護衛のために同乗して居たのだろう。
しかし、馬車が急停止した際に、守るべき二人を庇うために身を犠牲にしたのだろう。
幼い姉弟を強く抱きしめながら倒れ伏し、首はあらぬ方向を向いていた。
推測だが、魔物から逃げる為に激しく揺られ、疾走する馬車内で幼い姉弟が怪我をせぬよう守ろうと必死に抱きしめながら、急停止した際に踏ん張りきれずに投げ出され、反対側の壁に叩きつけられたのだろう。
狭い馬車内では一瞬の出来事だったに違いない。
姉はその際、絶命した護衛に押しつぶされ、ほぼ護衛と同時に圧死したようだ。
護衛はこの場合最悪の事に、全身を覆うスーツアーマー程ではないにしても、ほぼ全身を金属で覆うプレートアーマーを着ていた。
転んだら自力で起きるのは鍛え抜かれた戦士でも一苦労な重量があるのだ。
幼い子供では耐えられる筈も無い。
だがそんな姉がつっかえ棒代わりになり、圧死を免れた弟はなんとか生きていたのだろう。
その喉を引き裂かれて、虚ろに空を見上げる目を見る限りは。
なまじ生き延びたが、護衛の体と馬車で挟まれた体は抜け出して逃げる事も出来ず、ゴブリンに虐殺されたのがありありと分かる、痛々しい遺体。
表情は苦痛と絶望に固まり、二度と動く事は無い。
それが若者にはハッキリと見て取れた。
突如身動きを止め俯いた人間に、ゴブリン達は不思議に思ってこちらも動きを止めた。
罠かと勘繰ったからだが、それは違った。
若者はあまりの怒りに、感極まって動きが止まったのだ。
「・・・貴様ら・・・こんな幼い子供まで・・・。」
ザワリ、と、若者から猛烈な殺気が溢れ出し、元来の臆病さ、そして野生の本能でも感じ取り、一歩ゴブリン達を後退りさせた。
「許さん!! たとえ神が許してもなぁ!!!!」
キッと若者は右端にいたゴブリン1匹を睨みつけた瞬間、即座に踏み込んで上段から剣を振り下ろした。
その気迫に圧され、金縛りにあったゴブリンは避ける事も出来ずに頭から股間まで真っ二つになり、それを目の当たりにしてギョッと驚いたゴブリンに構わず若者は中央にいたゴブリンに猛烈な突きを放ち、脳天を額から串刺しにする。
そのまま踏み込んで剣ごとゴブリンを持ち上げ、その体ごと叩きつけるように残った左端のゴブリンを叩き切る。
ゴブリンキングはその激昂した人間の力量に戦慄した。
怒るなりいきなり剣の速さと力が増せば驚愕もしよう。
だが、ゴブリンキングはその力量を見定めた上で、ニヤリと笑って人間と対峙した。
人間は激しい息使いと血走った目をゴブリンキングに向け、即座に斬りかかって来た。
「デヤァ!!」
両手で柄を握り、大上段に振りかぶった剣を渾身の力で振り下ろし、受け流されてたたらを踏むがなんとか堪え、牽制がてら左手で横薙ぎに剣を振って時間を稼ぎ体勢を整える。
気合いと共に再び剣を上段に構えて踏み込み振り下ろし、避けたゴブリンキング目掛けて胸の位置で力任せに剣を止めて突き込む。
その剣を剣で弾かれ、がら空きになった胸めがけて突き出された剣を、なんとか身を捩って避けるがバランスを崩し、一歩後退する。
「ギャハハハハ! ギュッホッホウ!」
小馬鹿にしたゴブリンキングの笑い声が、一層怒りを狩り立てる。
「おのれっ!!」
大上段から振り下ろし、そのまま下段から切り上げて再び上段から切り下ろして斜めに切り上げる。
流れるような連撃はしかし、ゴブリンキングの華麗な回避で見事に空を切るばかり。
怒りに冷静さを失って、単調な攻めになっている事に若者は気が付かなかった。
時間と体力ばかり消耗し、決め手に欠けるその攻撃は、ゴブリンキングの思う壺であり、狙っていたものだった。
やがて体力を消耗しきった若者の動きは鈍くなり、遊び飽きたゴブリンキングは若者の剣を無造作に弾き飛ばした。
「ギャハハハハ! ギュルッフッフホウ! ギャハハハハ!」
「ちっくしょう!!」
悔しがってももはや剣は手になく、予備の武器も若者にはない。
後は肉弾戦しかないのだが、互いに武器を持っていても勝てなかった相手に素手では更に勝ち目がない。
(ここで、こんな所で、俺は死ぬのか・・・?)
だがそれでも、刺し違えてでも若者はこのゴブリンキングを打ち倒す決意をした。
死ぬのは当然嫌だが、それでも死ななければならないのなら、せめて最後の最後まであがいて、魔物を倒せる可能性がある限り無駄死にだけはしたくなかったのだ。
だが。
「ギャホホ!」
「ギャハッハァ!」
新手のゴブリンの姿が見えた。
それも6匹。
(今ならまだ!)
若者は即座に覚悟を決めると、ゴブリンキング目掛けて突撃しようとした、まさにその時。
「光りよ。 我が敵を滅ぼせ。」
まるで狙っていたかのようなタイミングで、思わず振り返った瞬間、ピカッと一条の光線が新手のゴブリン6匹を貫き、瞬時に冷凍する。
何が起きたのか分からぬまま見詰めていると、凍った新手のゴブリンは何の前触れも無く、目の前で粉微塵に小さく破裂し消え去った。
そして、ガギッと金属同士のぶつかり合う音で若者が振り返ると、どこから現れたのか体格の良い中背の男が持っていた小剣で、ゴブリンキングに斬りかかっていた。
中背の男は特に面白くもなさそうにフェイントを多彩に織り込み相手を翻弄すると、ゴブリンキングのがら空きになった脳天を一突きし、決着がついた。
何が何だか分からないうちに戦いは終わり、途方に暮れかけたが、中背の男が自分を助けてくれた事は理解できた。
中背の男はドサッとゴブリンキングが倒れ、もう動かないのを確認すると、クルッと若者に振り向き。
「阿呆。」