愚者の舞い 3
大陸のほぼど真ん中に位置する小国、ライヒ。
南に位置する大国、南の王国との間には大陸最高峰の霊峰ファレーズがあり、ライヒはその恵みの恩恵を受けられるため、比較的豊かな国だった。
ただ、王族は野心家が多く、少しでも国を大きくしようと色々画策しているという噂が絶えない。
そんなライヒから、一人の若者が北へ向けて旅立った。
隣国との間にある森にゴブリンが住み着いたので、退治して欲しいという依頼を受けたためだ。
ライヒから隣国までいくつか道はあるが、直接繋がっている街道がその森を突っ切っており、危険だし、行商人や旅人の脅威になるので取り除いて欲しいと言うのがその内容だ。
若者は冒険者と呼ばれるなんでも屋のアウトローであった。
ただ、まだ駆け出しだが。
冒険者、そう名乗るとかっこよさげなのでそう自称するが、実際には命がけの割になんでも屋であり、盗賊・野盗もそう名乗るため、アウトローと同列に見られるし、事実半分は本当に盗賊とかだったりする。
そのため、かなり胡散臭い目で見られる連中ではあるが、夢を追いかけて真面目に魔物退治などをする、この若者のような者もいるのだ。
そう、夢を追いかけて。
手柄次第で一国の主にだって成れちゃうのが冒険者。
そのため、夢を追いかけて冒険者になる若者も多いため、まっとうな冒険者をまとめて支援しようと発足したのが冒険者ギルドだ。
そして、盗賊、通称シーフもギルドがある。
こちらはシーフギルドと呼ばれ、盗賊・情報屋・詐欺師・暗殺者(アサッシンと呼ばれる)などなど、まっとうな仕事ではない分野を司るギルドであり、各王国・国家と犬猿の仲の連中であるが、冒険者とも密接な関係であるため、協力態勢にある。
そのため、まっとうではない冒険者はシーフギルドが即座にアサッシンを派遣し始末する。
そうやって冒険者もまともに市民に受け入れられる存在になってきた。
もっとも、冒険者と言う職業(?)は古くからあったが、魔王降臨に伴い魔物が急増したため、その対策に冒険者も大いに活躍したために存在を認められてきたのもある。
そしてまっとうではない冒険者とは、依頼を受けて以来先の町などに滞在し、前金を受け取っておきながら好き放題に無料で飲み食いした挙句、トンズラするような連中である。
本気で困って、国家が役に立たないから冒険者に頼むのに、その信頼を裏切る相手であるから容赦はない。
また、そういう連中は、同じ冒険者仲間が始末しても国家も黙認する、暗黙の了解となっていた。
ライヒの酒場兼宿屋にして冒険者の宿と呼ばれる、冒険者ご用達の拠点がある。
冒険者になりたい者はこの宿に登録し、根城にする事になる。
依頼主が冒険者を雇いたい時も宿を通す事になる。
宿に登録し、ギルドメンバーになる事によって、宿泊費も安くなるし依頼の斡旋も受けられ、また、依頼主は先に述べたような信頼できる冒険者を雇う事も出来るのである。
そんな宿の戸を、堂々と押し開けて一人の若者が入って来た。
彼は酒場になっている一階をグルッと見渡してから、暇そうにジョッキを磨いているマスターの所へ歩み寄り。
「何か依頼はないかな?」
と、声をかけた。
マスターは若者を一瞥すると、
「駆け出しはまず登録してもらおうか。」
そう言いつつ、一枚の羊皮紙を突き出した。
若者は手慣れた風を装っていたが、新品の剣に皮鎧では台無しである。
若者は苦虫を噛み潰したような顔をしつつも素直に記入し、これでいいかとマスターを見ると、マスターは酒場の一角を無言で指差した。
そこにはいくつもの羊皮紙が張られ、何か書き込まれていた。
「あれが今ある依頼だ。 自分の力量にあった仕事を選ぶがいい。」
「ありがとう。」
若者は素直にお礼を言うと、さっそく吟味を始めた。
『いなくなった愛犬を探して下さい。 お願いします。』 『可愛いペットのサラマンダーが行方不明になりました。 火のある所を捜索し、見つけて下さい。 お願いします。』 『うちの隣にある空き家に毎晩光る物が! 正体を突き止めて下さい!』
などなど。
思わず突っ伏し、勢い良く立ち上がるなり若者は叫んだ。
「なんじゃこりゃぁ〜!!!!!!!」
「そうそう夢も希望もある仕事なんてありゃしないよ。 これが現実ってもんだ、坊や。」
いつの間に来たのか、マスターにうんうんわかるわかると言わんばかりに頷きつつ、優しくそう言いながら肩をポンポンと叩かれ、若者は更にガックリと項垂れた。
そこへ、カラ〜ンと入口の戸に仕掛けられた小さな呼子を鳴らして、一人の中年が入って来た。
「冒険者への依頼はこちらでよろしいですか?」
どうせろくな依頼じゃないだろうな〜と若者は中年に背を向けて、とりあえずの食いぶちにでもと、簡単そうな依頼を物色し始めた。
「そうですが、どのような依頼ですかな?」
「魔物の」
「お任せ下さい!!」
魔物と言う言葉に即座に反応し、真正面に突撃して来て急停止した若者に、思わず中年は一歩後退る。
「ななな!?」
「魔物退治なら是非僕」
ボクッ! と、トレーの角で頭頂部を叩かれ、蹲る若者。
「邪魔だ。 で、その魔物はどこでどのような?」
「え、え〜っと・・・ですね。(本当に大丈夫かな。)」
如実に表情でそう表現しつつ、それでも背に腹は代えられない中年は話し始めた。
「ここから北に行った森に、ゴブリンが住み着いたらしいのです。 そのため被害が出ているのですが、国も何かと忙しいらしく手が回せないと言います。 我々としては死活問題なので、早急に排除していただきたいのです。」
「分かりました! 今すぐに!!」
「あ、おい!」
マスターの制止も聞かず、若者は復活と同時に飛び出して行った。
「あの阿呆。 報酬も期間も聞かずに飛び出しおって。」
「マスター。」
そこへ、酒場に先にいた、たった一人の客である体格の良い男が歩み寄って来た。
背の高さは中ぐらいなのだが、その筋肉質な体はオーガーのようである。
平凡な顔立ちで印象に残りにくいのだが、体格で人目を引く存在である。
また、この道にいる者なら、誰しも一度は名を聞く存在であった。
「モリオンさん。 行っていただけますか?」
「一応、将来有望そうな、実直そうな若者ですからね。」
「すいません、ご足労をおかけします。」
「マスターのせいではありませんからお気になさらずに。」
モリオンはそう言うと、若者の後を追った。
もっとも急ぐ気は無いらしく、ゆったりと歩いてではあったが。
「・・・え〜っと・・・。」
事の成り行きに置いてけぼりを食らった依頼主の中年は、所在無さ気だ。
「あんたは運がいい。 あの人を金で動かすためには、一国の国家予算並みな金額が必要なんですよ。」
冒険者もピンキリだが、実力に応じて金額は当然上がる。
もっとも、冒険者一組の金額であるが。
「そ、そんなに凄い人なんですか!?」
「彼なら一人でも、竜退治も魔族退治も任せられます。」




