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愚者の舞い 36


 アクティースが無造作に、ツイッと指差す先、そこにはポッカリと穴が開いていた。

「そこの先に昨日お前のいた神殿がある。 どうしても吸血鬼が良いと言うならば、一番奥の儀式の間入り口で、お前の手首を裂き、血を撒くがよい。 一日待たずに復活しよう。」

ユキとしては吸血鬼の方が良いわけではないのだが・・・。

「そう言われても・・・。 昨夜見た、銀色の・・・あれ、本当にあなたなの?」

「そうじゃ。 わらわは銀竜アクティース。 竜族の指導者の一人にして天界の使者じゃ。 もっとも、最近は人間と関わる事はあまりないがの。」

「竜族の指導者・・・。」

「黒竜は我が息子なのじゃ。 その名を語って悪事を働く以上、見過ごす事は出来ぬ。 ゆえに始末した。 それが納得出来ぬと言われても、それこそわらわの知った事ではない。 なんならお前の国を相手に戦ってもよいぞ。 結果は見えておるがな。」

今まで国を守ってくれていたのが吸血鬼なら、黒竜で実力を測る基準には成り得ない。

しかし、その吸血鬼を倒せるならば。

「本当に、私の命と引き換えに、国を守っていただけるのですね?」

「くどいのぉ。 わらわは人間と違って約束は守る。 ましてやお前の国を軍勢から守る程度、暇つぶしにもならぬほど簡単な事。 鋼鉄の軍艦に乗ったつもりで任すがよい。」

「え? 鋼鉄の軍艦?? なんですかそれ。」

「いやいい。 たとえが悪かったの。 では、わらわの神殿に招待しようかの。」

「あ、お待ち下さい。」

「なんじゃ?」

「その、神殿と言うのはどこに・・・?」

「ここから西に向かって海を渡ればあるが?」

「海の向こう!?」

「そうじゃが?」

「・・・そうですか。 では、本当にお願いできるのですね?」

「本当にくどいのぉ。 そこまでわらわを信用しない奴も珍しいわ。」

「そう言われましても、確かに私はあなた様の正体は見せていただきました。 しかし、私は竜と言うものの力を話でしか聞いた事がありません。 とてもそんな遠くから駆け付けて来られるようにも思えません。」

そう言われてみれば、姿を見せて飛んで見せただけ。

(力があると言っても、見せていなければ信用も出来ぬか?)

そうは思うが、この辺の山一つ吹き飛ばしても意味がないし、と、アクティースが考えていると。

「この近くに住む事は出来ませんか?」

そう言われると出来ぬ事は無いのだが。

最近、と言っても数百年程だが、人間に頼られたり、教えを請いに来る者もいない神殿である。

いなくなっても問題があるとは到底思えない。

問題は、引っ越すのが面倒臭いというただそれだけである。

それに、今更新しく神殿を作るのもかったるい。

アクティースは竜の性質に漏れず、面倒臭がりでものぐさな性格なのだ。

「先ほど、血を撒けば吸血鬼は復活すると言われました。 この洞窟もどうにかしないといけないですし・・・。」

正直、物凄くやりたくないアクティースである。

(この洞窟を塞ぐには、崩せばいいだけの事じゃな。 クーナ達にやらせればよいか。 だが、神殿なぁ。 どこに作ろうかのぉ・・・。)

アクティースは人間の姿をしているが、本来の竜の時と全く力や性質などに違いはない。

だから雨風に濡れようが吹かれようが、風邪や病気になる事も無い。

それはクーナ達竜巫女も同じであるが、野外で生活するのもそれはそれでだるい。

酒を飲むのも雨の中では薄まってしまって不味くなるし、それに体が汚れる。

だからこそ神殿を作って住みたいのだが・・・地形が良く分からない。

とりあえずこの辺に作るかと、適当にやるわけにもいかない。

しかし、この辺に引っ越して来ないとこの娘は巫女にならないだろうし、日中に飛ぶのも色々問題がある。

となると夜中になるが・・・と、沈黙したまま岩に腰掛け色々考えていると、不意にポツッと頬に水滴が付いた。

雨かと思ったが、見上げた空は晴天。

雨など降る筈も無い。

「本当に・・・お願い・・・します・・・。」

「じゃからわか・・・!」

苛立たしげに声に振り返った時、アクティースは己の過ちに気付いた。

気付くのが遅すぎた。

ユキを巫女にする事だけを考えていたアクティースは、ユキの心情や立場をまったく理解していなかった。

生贄になった娘は、生きていてはいけないのだ。

なぜなら、命を捧げる事によって、相手に奉仕、または当地に縛らなければならないのだから。

「竜巫女に成って生きながらえました♪」

なんて言い訳は通用しない。

ましてアクティースは、天界から使命を帯びてこの自然界に降臨しているのだ。

畏怖の対象に成ってはいけない、とは言われていないが、もうなりたいとも思わない。

昔のように、大した事のない貢物を持って行列を作られるのも嫌なものだ。

もっとも、そうやって人と交わろうとしないから忘れられていったのだが、アクティースにとっては幸いな状態であった。

だからこそ、遠く離れた地でユキを巫女に迎えようと思っていたのだ。

アクティースにとっては、のろまな軍勢が攻めて来ても十分間に合うのだから。

だが、ユキはそんなアクティースの力を知らない。

昨晩、雲の上を高速で飛行して太陽を見せに向かったが、ユキにそんな非常識な事態を理解出来る筈も無かったのだ。

また、天界から派遣される時、たった一つ条件があった。

人間に対し、回復魔法を使ってはならぬ、と。

死にそうな人が来た時、ホイホイ治しては運命が狂う。

死ぬべき定めである命運を変える事になりかねない。

混沌の悪魔や神々と違い、竜族の使う独特な魔法は人間などには効力が無い。

しかし、白魔法を覚えて使えば効果を発揮する。

だが、その結果は下手すれば時代が激変しかねないのだ。

たとえばある農夫の若者が死にかけていたとする。

それを人間が直した場合、そこで死ぬべき運命だったとしても、易々と軌道修正する。

若者は平凡に畑を耕し、やがて寿命で死ぬだろう。

しかし竜族が治した場合、下手すればその若者は英雄となり、偉大な功績を残すかもしれないし、大悪党になって大量虐殺を犯すかもしれない。

竜族が極端に関わってしまうと、運命も命運もしっちゃかめっちゃかになってしまうのだ。

組み上がっていたパズルがバラバラになるように。

それと言うのも、竜は元々この世界にいたわけではないからだ。

幸い、自然界に使わされた竜族は黄金竜メガロスと銀竜アクティースだけで、二人とも面倒臭がりな性格のために白魔法を覚えようとはしなかった。

しかし、アクティースは今、それを猛烈に後悔した。

ユキは生贄としての使命を最優先とし、そして、喉を掻き切った。

隠し持っていたナイフで。

「ば、馬鹿者!! なんて事をするのじゃ!」

「お・・・ね・・・」

慌てて駆け寄り抱き上げたアクティースに、ユキはそう呟くと、事切れた。

「馬鹿者・・・。 誰が死ねと言うたのじゃ。 これではわらわは、お前を巫女にする事もできずに約束を守るしかないではないか・・・。」

アクティースは確かに面倒臭がりな性格だが、生真面目でもあった。

ユキと交わした、命の約束。

それは強大な力を持つ銀竜アクティースの、魂を縛る結果になった。

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