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愚者の舞い 34

 パンパンと男の残骸である手の煤を払うと、アクティースは娘に向き直った。

(おおおおぉ・・・。 これほどの上玉、吸血鬼のような下賤な魔物にはもったいないわ。)

そんな事を命の恩人に思われているとは露も知らず、運ばれて来た娘、ユキは、スヤスヤと寝入っていた。

神殿で見た赤い光は、吸血鬼の魔眼であった。

ユキは迷い人の焚火と思い込んでいたので、魔眼を見詰めていたのにかなり長い時間、必死で抵抗した。

アクティースにはあっさり焼き尽くされ、人間のユキはなかなか寝させられないなど、弱く見えたかも知れないが、実際にはこの神殿に住みついていた吸血鬼は上位に位置する魔物であった。

吸血鬼と一言で言っても、実は下位から上位までいる。

僕吸血鬼と呼ばれる血に飢えた、獣のようにあまり意思の無い吸血鬼もいるが、これは被害者が吸血鬼にされたゾンビの一種である。

その僕吸血鬼と大差ない程度の知能と力しか持たないのが下位。

僕と下位の違いは、多少効果のある魔眼があるかないかという程度だ。

中級の吸血鬼は一般的に知られる吸血鬼で、強力な魔眼もあれば魔法も使え、人間並みの知能も有している。

上位になると、魔界王と呼ばれる最上級魔族に匹敵するほど強い。

莫大な魔力と豊富な魔法知識を有するほどだ。

それだけの力を持っていたからこそ、侵略して来る軍隊に黒竜の幻覚を見せ、魔法で撃退出来たのだ。

もっとも、共通して太陽の光などが弱点なのは変わらないが。

元々はこの神殿の祭司長を務めた男だったが、物欲が強く、その上ある時、神を侮辱したため呪いをかけられ、今まで死ぬ事も出来ずに生きて来た。

上位吸血鬼ともなると、存続するのにそんなに生き血を必要としないため、約1年かけて幽閉した犠牲者の血を少しずつ啜り、次の生贄の時期になると僕か屍へ変えていた。

夜間に生贄の食事を狩って来るなど、何気にこまめな性格であったし、必要最小限の犠牲者で済ませていたために疑われる事も無かったのである。

また、吸血鬼の欲は金銭などから犠牲者のコレクションに変わっていたため、人数が欲しいとは特に思わなくなっていたのもある。

つまり、この国を餌場としながら、守る事が楽しくて趣味に成っていたのだ。

侵略者を撃退するのに好き放題魔法も使って気晴らしが出来、なおかつご飯にも困らないのだから趣味に成ってもおかしくは・・・無い、と、思われる。

可哀相なのは1年もの間、暗闇に幽閉された挙句、僕などにされた犠牲者達ではあるが。

「む、そうじゃ。 よもや傷物にされておるまいな?」

アクティースは不意に一番大事な条件に気が付き、娘の服の裾をピラッと捲ってみる。

その瞬間、ユキの目がパチッと開き、アクティースは思わず飛び退いた。

(び、びっくりしたわ。)

飛び退く程、やましい意識はあったんだ、と、誰か見ていたらそう突っ込んだかもしれないが、生憎誰もいないので突っ込まれる事は無かった。

「・・・? ここどこ??」

ユキは上半身だけ起き上がり、キョロキョロと辺りを見回し、小首を傾げる。

「ここは神殿じゃ。」

「誰!?」

ユキは驚いて後退り、ドテッと落ちた。

「わらわはアクティースと言う者じゃ。 お前が下賤な吸血鬼の生贄にされておったのでな、助けたのじゃ。」

「きゅ、吸血鬼!?」

ユキはそう言いながら、寝かされていた石の台に手探りで縋り付き、起き上がる。

が、視線は定まる事無く、辺りを彷徨う。

「おお、そうじゃった。 明かりが無ければ見えぬのじゃったな。」

フワッと部屋の天井に淡く光が灯り、徐々に強く部屋を照らし出す。

暗闇から急激な明るさで目が眩まないように、という、配慮である。

ユキは明るくなった部屋を見回し・・・石の台から飛び退いた。

かなり昔とは言っても、数々の生贄の血を吸った石の台は、見事に禍々しく変色していたのだから普通の反応だろう。

「あ、あなたは誰? それに吸血鬼って!?」

「まず落ち着くがよい。 お前の危機は去ったのじゃからな。」

そう言われても、この状況で落ち着ける剛の者は、果たして世界に何人いるやら。

寝てしまって気が付けば訳も分からない見知らぬ神殿の中。

しかも部屋の中はカビと埃と微かに血の臭いが入り混じって淀んでおり、とても快適とは言い難く、唯一の出入り口の向こうは真の暗闇、そしてその前に立ち塞がる、正体不明の怪しい美女。

しかも吸血鬼から助けたと言う事は、かなりの実力者であり、その気になれば丸腰のユキ如き瞬殺出来るだろう。

一般に言われる吸血鬼は中級だが、それでも銀の武器・にんにく・太陽の光という三点セットの弱点を突かなければ勝てない相手なのだから。

そのどれも持ち合わせていないように見えるアクティースを信頼して落ち着けと言われても出来る物ではない。

挙句に自分の使命を思い出しては尚更である。

「いけない! 早く戻らないと!!」

「戻る? どこへじゃ?」

「元居た神殿です! 黒竜が来てしまう!」

「そんなもの、ここにはおらぬ。」

ユキは一瞬、何を言われたのか分からなかった・・・が。

「こんな狭い所にいる筈がないでしょう!? そうじゃなくて、早く神殿に戻らないと!」

「じゃから、黒竜などここにはおらぬと言うに。 呑み込みの悪い娘じゃな。」

「だからこんな所に!」

「黒竜を語って生贄を求めていた吸血鬼はわらわが始末した。 じゃから安心せい。」

ユキは暫しキョトンとし、その意味を理解するにつれ・・・ガックリと泣き伏した。

「そ・・・そんな・・・。」

「なんじゃ? 吸血鬼の餌食になった方が良かったとでも言うのではあるまいな?」

「その通りよ。」

「なんじゃと!?」

「黒竜であろうが吸血鬼だろうが、私の命を捧げるだけで皆が平和に暮らせたのに! なんで勝手にそんな事を!!」

あまりに予想外の展開に、アクティースも流石に戸惑った。

命を助けた恩を着せ、巫女にしようと考えていたのに、これでは本末転倒である。

「・・・命を助けてやったのじゃ、礼ぐらい言って欲しいものじゃな。」

「それが余計な事だと言うのよ! あなたは吸血鬼を倒して英雄気取りかもしれない! でもそのために、私達の命は風前の灯よ!! どうしてくれるの!?」

「どうと言われても・・・のぉ。 どうせいと言うのじゃ?」

「どうにもできないでしょう? あなたがどれだけ強くとも、人間だもの。 一人で数万の軍勢を追い返せて? あぁ・・・みなに何と説明したらいいのか・・・。」

「なんじゃ、その程度の事で良いのか。 わらわはまた、吸血鬼を生き返らせろとでも言われるかと思っておったわ。」

「・・・は?」

床にのの字を書いて落ち込んでいたユキは、キョトンとしてアクティースを見上げた。

「なんじゃその顔は? たかが数万程度の軍勢を追い返せば良いのじゃろ?」

「じゃろって、数万よ? どうやってあなたがそんな事出来るのよ。 それに」

ユキは簡単に言うアクティースを怨みがましい目でねめつけるが、アクティースは意にも介さずニコニコと笑いながらユキの言葉を遮った。

「じゃから、わらわには簡単な話じゃと言うておる。 その代り、お前がわらわの巫女となるのが条件じゃ。」

「わらわの巫女? あなた神様?? 私の命と引き換えに守ってくれると??」

「そうじゃな、命を頂戴すると言うのも、ちと違うのじゃが。」

どうやら当初の目的を果たせそうだと、アクティースは上機嫌になった。

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