愚者の舞い 32
侍二人はアクティースに睨まれた瞬間、蛇に睨まれた蛙のようになった。
あまりの恐怖に膝はガクガクと震え、立っているのもやっとという有様だ。
しかしそれは、侍として戦場で戦った経験のある二人だから耐えられたと言うべきだろう。
周りで様子を見守っていた一般市民はそれどころではない。
あまりの恐怖に腰が抜けたり、我先にと逃げ出した。
アクティースは元来、気の長い方ではなく、それどころか短い方だ。
楽しみ中を邪魔され、かなり頭にきていた。
そのため、物凄い殺気が放たれていたのだ。
「よくもまぁ、わらわの邪魔をしてくれる。 そんなに死にたいのか。」
「ききききさきさきさま」
「貴様らの主張などどうでもよいわ。 失せるか死ぬか、とっとと決めるがよい。」
「う・・・うわぁあ!!!」
侍二人は、仲間の遺体を置き去りに、我先にと逃げ出した。
「マスター。」
「ははははい!!」
不機嫌さの抜けきらないアクティースに睨まれ、厨房入口に隠れて様子を見ていた店主は返事をしながらビクンと直立不動に成る。
いや、ちょっとのけぞり気味か。
「この店で一番のお勧めの酒を詰めてくれぬか? 持ち帰る。」
「ははははいただいま!!」
店主は急いで厨房に駆け込むと、人生最速記録を更新してアクティースに差し出した。
急いでいた割に、残った料金分、筒3本に詰めて寄越す辺り、生真面目な性格なのだろう。
「邪魔したな。 恐らく追手が来るであろう。 わらわはリセの方向へ向かったと伝えるがいい。 さすれば店に迷惑はかかるまい。」
そう言い置くと、アクティースは本当にリセの方角へ歩きだした。
リセは西の王国内でも古い歴史があるため、大体の位置を把握していたのだ。
やがて町を出て、関所の前に来た時、追手が追いついて来た。
「待て! 狼藉者!!」
20人余りの追手へ振り返り、アクティースはニタリと笑った。
「わらわは今、非常に不機嫌じゃ。 じゃから最初で最後の忠告じゃ。 失せろ。」
「ふざけるな! わしの大事な跡取りを!!」
「小物には言うだけ無駄か。」
深夜、国王は侍頭達が狼藉を働いた女を召し捕りに行って帰って来ないという報告を受け、渋々出向き、焼き尽くされた関所を見て愕然とした。
リセに着くと、今日は祭りと言う事で多くの人で賑わっていた。
それでもアクティースの衣装と風貌は非常に目立つのだが、祭りの時は多少薄れる。
西の王国の民は、普段は短衣にズボンと言ういでたちだが、祭りとなると違う。
色とりどりの華やかな浴衣に身を包み、娘達は素足を晒し出す。
楽しみの少ない生活の中、祭りは唯一の楽しみの場であり、また、人生の伴侶と巡り合う数少ないイベントなのだ。
親の決めた結婚相手に男女とも拒否権は無い時代のため、祭りでは一夜の恋も許される。
そのため、少しでもより良き相手に巡り合うべく、娘達は己を華やかに飾りつける。
そんな華やかな町の中をアクティースは進み、酒場を見つけて入り、いつものように酒を注文する。
「よう、おねぇさん、一緒に飲まねぇか?」
すでに顔が赤い若者が、そう言いながらアクティースの向かいに座った。
「それは構わぬが、色々教えてくれると助かるの。」
「なんだい? 俺が知ってる事なら教えるけど?」
その美貌と容姿で目立つアクティースだけに、若者共々大いに目立つが、人の目など気にしない性格なのか、たんに酔ってるからなのか、平然と答える。
「今日は何の祭りなのじゃ? 収穫祭にはちと早いと思うのじゃが?」
「ああ、今日は黒竜様へ貢物の日なんだ。」
「黒竜・・・さま? 貢物?」
「ああ。 この国は古い歴史のある国だけど、規模は小さい。 それでも黒竜様が守ってくれているから戦争も無く平和なんだ。」
おかしい、と、アクティースは思うが・・・。
「・・・それで、貢物とはなんじゃ? 宝物かの?」
若者はニヤッと笑うと、
「神社に行けば分かるよ。 これから行くかい?」
アクティースは暫し考えると、酒を持ち帰ると店主に告げてから頷いた。
神社には多くの観客がいた。
だが、観客は誰も一言も発せず、静かに進む行事を眺めていた。
普段は閉ざされている戸が大きく開かれ、神主と向き合って座るのは一人の若い娘。
(ぬおぉ!? もろに好みじゃ!!)
アクティースは娘を穴が開くほどマジマジと見詰めた。
目の良いアクティースには、手が届く場所にいるほど良く見えるのだ。
「ちょいと外人のおねぇさん。 飢えた犬がお預けされてるような顔になってるよ?」
ハッとしたアクティースは、若者の腕をムンズと掴むと、有無を言わさず人気のない神社の外れまで連れて来た。
「外人のおねぇさんは積極的と言う噂だけど」
「神殿はどこじゃ?」
「女が・・・え? 神殿?」
「そうじゃ。 生贄を捧げるなら神殿があろう? どこじゃ?」
「なんだ、相手をしてくれるんじゃないのかい。」
ちなみに祭りの最中、異性を人気のない所へ誘い込むとは、そういう意味がある習慣だ。
もちろん拒否する事も、可能ではあるが。
「どこじゃと聞いておる。 答えぬなら・・・。」
「そうだな〜、男女の中になるなら教えてあげる。」
ニヤニヤと笑いながら若者がそう答えた瞬間、アクティースは身を翻して歩き出した。
「よい。 他の者に聞く。」
「わぁまてまて!」
慌てて若者が引き留めると、アクティースは般若のような顔で振り向いた。
「なんじゃ?」
「ここここわっ! いいから落ち着きなって。 美人が凄むと本気でこえぇよ。 まったく、習慣も知らないし・・・。」
「・・・死にたいかお主。」
ギンッ。 更に物凄い形相で睨まれて、若者はちびりそうになる。
「たたた頼むから落ち着いてくれよ! 怖いよマジで!!」
「なら、素直に答えるのじゃな。」
「わかった! 教えるから睨むな!!」
こりゃとんでもない相手と関わったもんだなと後悔しつつ、左手にある山を指差し、
「あそこの山に神殿がある。 深夜に守られながら移動するのが習わしだ。 黒竜が本当に住んでいるのかどうかは俺も知らない。 でも、毎年捧げられた貢物が翌朝には跡形も無く無くなっているし、実際どこかの国が攻めて来ても撃退されるから、最低限それだけの力がある何かがいるのは確かだと思うよ。」
「そうか、分かった。」
そう言うとアクティースは腰の小さい銭袋を取り、若者に手渡した。
「褒美じゃ。 受け取れ。」
そう言うと、銭袋の重みに驚嘆し硬直する若者をその場に残し、アクティースはサッサと立ち去った。
その後、恐る恐る若者が銭袋を開けてみると、1年は遊んで暮らせる金が入っていた。
深夜、神社から長い行列が出発した。
道の左右に並ぶ見物人の持つ松明で照らしだされ、深夜だと言うのに不便なく歩ける。
先頭の一団は王家の侍達。