愚者の舞い 28
「わ・か・り・ま・せ・ん! そもそも揉む必要無いでしょう!?」
「親として、子の成長を確認せんとな。」
「・・・親として、それってどうなのよ。 そもそもこの姿、変身したものでしょうが。」
ジト〜っと、横目で睨むと、平然と。
「触り心地は良かったから問題は無い。 天然であるボニート程じゃないが。」
「・・・そう言う問題じゃないで・・・あれ?」
プリはそこまで騒いでから、不意に異変に気が付いた。
「どうした? あんまり騒ぐと、レジャンドが一人で行った意味が無いぞ。」
「あのね・・・誰のせいよ。 そうじゃなくて、なんでみんな起きないんだろうと・・・。」
普通、これだけ騒げば大概の人が起きる。
しかも仲間達は熟練の冒険者だ。
起きない方がおかしい。
「ああ、それなら一服盛った。」
「あぁ、それでっておいっ!? 寝込みを何かに襲われたらどうすんのよ!?」
そう叫びながら立ち上がり、グイグイとアラムの首を絞めるが、平然と、
「馬鹿だな〜プリ。 だから俺が起きているんじゃないか。 それに、みんなに睡眠薬を飲ませるよう準備して欲しいと俺に頼んで来たのはレジャンドだし、夜食に混ぜたのもレジャンドだ。 俺を責めるなよ。」
「なんだってあの子は・・・。」
アラムの首から手を放し、思わず天を仰ぎながら元通り座り込むプリである。
「今回の魔獣は警戒心が非常に高いと言っただろ。 エルフの行商人など非常に珍しいし、お前は人間じゃないから匂いでばれる可能性がある。 獣の姿をしているってだけかも知れんが、万が一嗅覚が獣並みだとばれるかも知れんからな。 人間の娘が一人で荷物運搬しているのもかなり変だが、護衛がいると警戒して襲わないかも知れん。 だからみなが自分の出発を知っても追いかけてこないように、ついでに疲れを出来るだけ取る様に睡眠薬を飲ませたいと、俺に言って来たんだ。」
元々彼らは、翌朝全員で出発する予定だった。
それをレジャンドは仲間を騙して先行したのだ。
たった一人で。
「その間、睡眠が必要のない俺にみなを守って欲しいともな。 まあ、あいつもお前に毒が効かない事を知らんかったみたいだが。」
「そう言えば、あの子だけ食べてないものね。」
他のメンバーは途方も無い話を聞いた直後だけに気が付いていなかったが、プリは初期の頃のアラムの子なので大概知っていたために話は聞いていなかったから気が付いていた。
プリも知らなかったのは、自然界に自分が来て以降、魔界での事と魔王として来て以降の事ぐらいだが、推測できたので興味は無かった。
「・・・ねぇ、パパ。」
「なんだ?」
「夜空が綺麗ね。 見て、満天の星。」
「あん?」
見上げれば、晴天の夜空に輝く星々。
確かに吸い込まれそうな夜空だ。
アラムはしかし、楽しそうに見つめるプリとは逆に、憂鬱そうに夜空を見上げた。
「自然の美しさってさ、なんでこんなに綺麗なんだろうね。」
「そう感じるように作ったからさ。」
風情も糞も無い返答である。
「今夜は冷える。 火に弱いお前も毛布にくるまって寝ておけ。」
「毛布はもう畳んじゃったもの。 パパ、温めて。」
そう言いながらピッタリとくっ付き、頭をその肩に寄せた。
「人間の父親なら、馬鹿な事言ってないで早く嫁に行けと言うんだろうな。」
「嫁ぐ相手、探してくれるの?」
クスクス笑いながらそう聞いて見上げると、ニヤッと笑いながら、
「作ってやるよ。 そんな面倒臭い事しないで。」
「い〜らない。 自分で探すもん。」
「そうしな。」
二人はそのまま、無言で朝まで過ごした。
翌朝、目の覚めた仲間達へ、出現させた荷台に荷物を放り込めと指示し、魔獣が暴れ出した物音が響いてきた瞬間、アラムは問答無用で全員を荷物ごとテレポートし、激戦の渦中へ放り込んだのだった。
プリンが食事を持ってテレポートして来ると、食堂にルーケはいなかった。
とりあえずテーブルに食事を置くと、プリンは異空間へ足を踏み入れる。
その途端、鍛錬部屋から激しく戦う物音と気合いの声が聞こえて来た。
「お食事ですの。」
そう言いつつ戸を開けると、ルーケが女戦士を組み伏せていた。
のだが。
「ドール相手にいやらしいですの。」
「えぇ!? そんななブッ!」
反論しようとして油断したルーケの顎へ肘鉄をかまし、女戦士はルーケを引き剥がして立ち上がり身構える。
「メフハ!」
女戦士は顎を押えて堪えつつ立ち上がったルーケに構わず、突進して来て顔面にパンチをヒットさせる寸前、人形に戻った。
「アダダダダ・・・あ、危ねぇ。」
咄嗟にコマンドワードを叫んだが、舌を噛んでいたためにコマンドワードを正確に言えなかったのだ。
そのため、解除されずに突っ込んで来たドールであったが、咄嗟にボディーブローを突き出したのが先に当たったのでドールは人形に戻った。
ドールは便利で、魔法の武器でなければ傷が付かない。
そして、相手に致命傷を与える攻撃がヒットする寸前か、自分が致命傷を受けると人形に戻る。
勝ち負けが良く分かる仕組みになっていた。
「酷いなプリンさん。 急に声をかけるなんて。」
「油断する方が悪いですの。」
ニコッと笑って答えられて、ルーケとしては返答に窮する。
「じゃあ手本を見せてやれや、プリン。」
ヒョイッと突然背後にアラムが現れてそう言うと、プリンはビックリして、文字通り飛び上がってから振り返った。
「ごごごご主人様!? 驚かさないで下さいですの!」
「油断する方が悪いんだろ?」
ニヤニヤ笑って言い返され、プリンはプー! っと頬を膨らませる。
「今の拳打はなかなかだったな。 ドールが一撃で戻るとは。 異性相手でも怯まず組み伏せたのもなかなかだったな。」
「あ、ありがとうございます!」
素質が無いと言っていたアラムからの高評価に、ルーケは心底嬉しかった。
が。
「女の子を押し倒す訓練ですの?」
プリンの素朴な質問に、ドテッ。 と、ルーケは豪快に突っ伏した。
結局ルーケを放置して、数か月が経過していた。
アラムとしてはあまりルーケに関わって、運命の歯車を回したくなかったからだが、一向にルーケの運命が見えてこないため、諦めた。
「お前に一つ聞きたい事がある。」
プリンとその後格闘訓練し、豪快に背負い投げされたその後、ルーケの食事中におもむろにそう切り出した。
ルーケはなんだろうと食事の手を止めるが、口の中に食べ物が入っているため返事が出来ず、そのままの姿勢でピタリと静止する。