愚者の舞い 25
モリオンの提案に、思わずルーケは目を丸くする。
「何度も言うが、正直言ってお前の戦士としての才能は人並みだ。 だが、実戦を積めば積むほど当然強くは成れる。 限度はあるがな。 気が済むように好きなだけ自分の技量を磨きな。 まず、コスタ。 こいつが一番技術を磨きやすい。 コマンドワードを唱えた本人の技能よりちょっと上の技能を持った戦士になる。」
「ちょっとって・・・どのくらい?」
「10回やり合って、4回勝てる程度だな。 次いで、技を磨きたい時にはマキョ。 全く同じ技能レベルでしかもお前の癖や剣筋などもトレースしてくる。 自分の技の欠点を見つけたりするのに役立つ。 最後に女性とやり合いたい場合、コスタをメスタ、マキョをタキョに変えれば異性になる。 忘れるなよ。」
「え〜っと、コスタ・メスタ・・・。」
そう言った途端、ボウンッ、ボウンッと変化し、若い女性の戦士が現れた。
「うお!? メスタ!」
襲い掛かって来ようとしたので慌てて叫ぶと、また人形に戻る。
「なんで!? モリオンが言った時は変化しなかったのに!」
「細かい事は気にすんな。 後で紙にでも書き留めておけ。 じゃ、俺は魔物退治に行って来る。 暫く留守にするから、好きなように今教えた部屋を使って頑張んな。 他の部屋は開けない方がお前のためだし。」
「・・・いったい何が・・・?」
「色々だな。 下手に開けると命にかかわるから気をつけな。 それと食事だが・・・。 どうすっかな。 やっぱプリンに頼むか。 あいつに持ってこさせるから。」
「あ、はい。 ・・・モリオン。」
「ん?」
「色々ありがとう。 俺、頑張るよ。」
モリオンはクスッと笑うと、姿を消した。
天界は常に過ごしやすい気温・湿度に保たれ、楽園のようである。
しかしそれは見た目の事。
住むとなったらその規制の多さに目を丸くする事だろう。
始原の双子神の兄バーセは、法こそ全てと主張し、厳正なる規則や法を定めた。
モラルや常識に沿って生きていれば、決めなくてもいいだろうと言いたくなるほどだ。
もちろん、それを破る者がいるから定められるのだが、時にはやはり、聞くと笑ってしまうような法もある。
例えば、神王の住む宮殿の前に広がる中央公園にはランニングコースがあるのだが、右回りと法律で定めていたりする。
今や規則にがんじがらめの感が拭えないほどだ。
そんな天界の一番端の方に、広大な花園がある。
天界では住む場所が中央であればある程地位が高いので、地位が低い事が良く分かる。
しかし、その巨大な所有地が持ち主の力の強さを物語っていた。
その花園の主の名はボニート。
慈愛の女神、娼婦の女神、冠婚葬祭の女神などなど、色々な呼び方をされる女神である。
ボニートは成人になればなるほど、強力な誘惑の魔法を勝手に発散する体質であったため、神々に嫌われる事は無かったのだが・・・。
その日、ボニートは花園の中央に設置してある広場のベンチに腰掛け、使用人とお茶を楽しんでいた。
使用人と言っても現在は一人しかおらず、たった二人でこの花園を維持・管理しているのだが、天界は元々害虫や病気などに無縁の世界なので特に問題は無く維持できている。
「ボニート様、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんですか?」
「なぜ自然界に関わられるのですか?」
使用人の娘は、真顔でそう聞いてきた。
この娘は過去に自然界から、生贄として神官・巫女として送られてきた人間の子孫である。
その娘が自然界に関与する事に疑問を感じるのは、当然理由がある。
自然界に限らず、魔界以外は天界が支配・管理している。
しかし、妖精界に住む妖精や精霊達以外、どこの世界でも神々を熱心に信仰してはいないのだ。
それもその筈、神々は他の世界と関わりを持たなくなって久しい。
特に自然界は、自然に人間達の成長を促すため、一部の知能者である黄金竜と銀竜、そして混沌の悪魔以外、ほぼ関与していないのだ。
そのため神々を崇める必要性が無く、また、生贄を野蛮とする風習が広まったため、尚更天界に関心が無くなった。
異世界では、回復魔法を神官・巫女が崇める神に頼み、神々が回復するという方式を取っている事もあるが、このクオーレでは白魔法として確立しているためそれもない。
結果、神って偉そうに踏ん反り返って天界にいるだけでしょ? 俺には関係ない存在だね、状態である。
使用人の娘は同じ人間だけに、神の偉大さを知らず、信仰もしない自然界の人間などに関わる気が知れないのだ。
しかも天界では、無断での自然界関与を認めていない。
もっとも、天王はボニートに特別な許可を与えてはいる。
ボニートが自然界に災いを成す事が無い事を理解しているためだ。
「それは、父上と同じ理由ではないかしら。」
「お父上様・・・? 始原の悪魔様と同じ、ですか?」
使用人の娘にとってはとても信じられない理由ではある。
かつて、魔界王であった始原の悪魔は、平和に暮らしていた天界に魔界の軍勢を率いて攻めて来た。
その理由は、平和なだけではつまらんだろうから刺激を与えてやる、と言う、ただそれだけであった。
真の狙いは他にあったのだが、天界の住人がそんな事を知る筈も無く、ただ、肉親や親しい人などを失った悲しみと恨みだけが残った。
そして、始原の双子神は数多の巫女と子をなしたが、現在天界に主として住むのは兄バーセの子達である。
混沌の悪魔と自ら名乗るアラムの子は少数で、ほとんど魔界へ移ってしまった。
そして、ボニートが強大な力を持ち、天界にいながら端に追いやられているのは、その戦争が原因でもあった。
「ええ、そうよ。 伯父上は世界を崩壊から守るために、去り際父上に後の事を任されたけど、平和であっても争いであっても悲しみは必ずあるもの。 良き人を守り、導く事で、より良い方向へ導く事が出来る。 わたくしはそう考えています。 それに、悲しみに明け暮れている人を見たら、放っておけないではありませんか。」
そう言われると、使用人の娘は何も言えない。
たとえ相手が犬でも、困っているものがいると助けずにはいられない性格なのだから。
だからこそ慈愛の女神と呼ばれるのだが・・・同時に、相手を癒すためには性的行為も拒まないため、娼婦の女神とも言われてしまうのだ。
使用人の娘は、この若く美しい女神が、いつも幸せにいられればいいな、と、見詰めた。
ちなみに今は誘惑魔法を抑えるヘアバンドをしているため、そんなに放出はされていない。
全開にすれば同性でもメロメロである。
それは神々でさえ例外ではなく、トラブルを避けるために普段公式の場に出る時には幼女の姿になって抑えているのだ。
そのためボニートの容姿は自然界では色々伝わっており、どれが本当だか分からなくなっている。
ともかく、家族同然に暮らしている使用人の娘とお茶も飲み終わり、花園の手入れを再開しようかと言う時。
ムニョ。 と、ボニートの脇から忽然と腕が現れ、その胸を揉み始めた。
ギョッとする使用人の娘は動きが固まるが、ボニートは平然とお茶を飲み終えたカップを皿に戻し、
「新しいお茶の準備をしていただけますか? 父上もお望みでしょうから。」
「ちちち父上!?」
使用人の娘が驚きの余りそう叫ぶと、ヒョコッとボニートの背後からアラムが顔を出した。