愚者の舞い 23
小屋に入って、ルーケは更に驚いた。
外観からは想像も出来ないような、なが〜い通路が霞むほど奥まで続いていたのだ。
「さて、最初に確認しておく。 戦士はやめろ。 どうしても戦士になりたいなら他で習いな。 俺は忙しい。」
そう言いながら、モリオンは手近にあったボロイ椅子に座った。
良く見れば、入口付近の食堂らしき場所だけは、外観どうりだった。
古い家に、後から突き当りの壁を壊して新しい家を建てて繋げましたと言う感じだ。
もっとも、さっき見た限り、そんな場所も建物も存在はしていなかったが。
「おい、ぼけ〜っとしてんじゃない。」
そう言われてやっとモリオンに振り向き、そして・・・迷う。
「まだ迷ってんのか?」
「・・・その前に、聞いていいかな?」
「なんだ?」
「昨日、あの子・・・レジャンドの背中に翼があったんだ。」
「なんだ、あいつお前に見せたのか。 気に入ったようだな、お前の事。」
「なぜだ? あの翼は魔族のものじゃないか! それなのに・・・! 王族とか、本当なのか!?」
「あ〜・・・どこから説明したもんかな。 話が長くなるから待ち合わせに間に合わん。 先に断わって来るから、一番手前の右側の部屋に荷物を置いて待ってろ。 とりあえず鎧と剣は外しておけ。 何を始めるにしても暫く使わないからな。」
「え? なが」
そう言うと、モリオンはルーケなど気にせず姿を消した。
「・・・本当に何者なんだ? 絶対今、呪文唱えてなかったよな。」
物凄く疑問には思うが、とりあえず部屋に入って、指示どうりに鎧と剣を外して置く。
部屋は小さいながらも必要な物は一通り揃っていた。
流石に昨日寝た寝室ほど一流品揃いではなかったが。
その後、何もする事がないので、とりあえず外に出て見る。
やっぱり山の中であり、空気が清々しく寒い。
建物の裏に回ってみると、さっきいた食堂で建物は終わっており、手を出してみても何も触らず、確実に部屋とか存在していなかった。
なんだか狐に包まれたような気がしてならないが、とにかく寒いので小屋に戻る。
そして手近な椅子に座り、ふとある事を思いついた。
レジャンドの背にあったのは魔族の翼。
と、言う事は、両親のどちらかが魔族と言う可能性がある。
いや、それ以前の親、つまり祖父母・・・。
鎧と剣を外しておけと言うのはまさか、殺す気で・・・!?
と、思い至った時、モリオンの姿が忽然とあった。
「ぬおあぁ!?」
ドガンッと驚きのあまり椅子ごとひっくり返る。
「さて、ここで話す事、見た事、全てを他言無用の秘密にしてもらおう。 たとえ俺に師事を受け無くともな。 でないと、俺は全力でお前を抹殺しなけりゃならん。」
「や、やっぱり俺を殺す気なのか!?」
「お前の態度次第だな。 で、いつまで寝転んでんだ。」
そう言いながら差し出された手を、ルーケは掴むべきか迷う。
迷っているうちに、モリオンに胸元掴まれて椅子ごと起こされた。
「さて、レジャンドの事だが、あいつはとりあえず普通の人間だ。」
「いや普通じゃないだろ!?」
「正確には普通だよ。 ただ、ちょっと血の力を使うとああなるが。」
「ああなるって・・・やっぱり、あの子の親は・・・。」
「ま、見た方が速かろう。」
そう言いながら、モリオンが立ち上がると・・・いつの間にか、ずっと見続けていたのにその変化が分からなかったほど自然に、まったく姿が変わっていた。
会って別れた直後に、思い出そうとしても思い出せないような平凡な顔立ち、中背ながらオーガーのようなごつい体だった。
それが、男女問わずに100人いたら100人振り向くような美貌を持った青年へ、体はスマートに成り、そしてその背には闇よりも鮮やかな黒色の羽毛に覆われた、12対の翼。
「俺の名はアラム。 始原の双子神の一人で混沌の悪魔だ。 120年ほど前、魔王として降臨した魔界王でもある。 で、何が聞きたい?」
そう言われても、ルーケは声も出ない。
驚きのあまりではなく、圧倒的な闇の気配に恐怖で心ががんじがらめにされていたためだ。
息をしただけで死ぬ、そんな逃れようも無いほどの確実な死を突き付けられたような恐怖。
「おっと、いかん。 久しぶりにこの姿になったからな。」
そう言いながら、再び姿が変わった。
今度は容姿は変わらないが、背の翼は1対のみ、闇の気配は皆無に等しい。
「簡単に話そうか。 俺は魔王としてこの世に来たが、一人の人間の娘に惚れたから魔王を辞めた。」
「・・・そんな簡単に辞められるの?」
「簡単さ。 文句言いに来た奴は追い返し、襲ってくる奴は返り討ちにすればいいだけだ。」
サクッと酷いなとは思ったが、そもそも相手は悪魔である。
「生まれた息子は結婚したが、嫁は人間の争いに巻き込まれた挙句、魔物に食い殺され、娘のレジャンドは行方不明になった。 怒りと空しさに、あいつは魔界へ行った。 レジャンドは野生の獣のようになりながら、一人で生き抜いていたのを俺が拾い、鍛えて冒険者として世に送り出した。 んだが。」
「んだが・・・?」
「俺の血が覚醒しちまってな。 ああやって時折魔族になっちまうんだよ。 ま、普段は問題ねぇんだけどな。」
いやありすぎだろ。 とは思うが、言ったところで何か変わるとも思えず。
「ってわけだ。 何か他に聞きたい事はあるか?」
「え〜っと、確か魔王って倒されたって聞いたけど?」
「ああ、一回死んだ。」
「え? だって・・・まさかゾンビ?」
「俺は始原の神の片割れだぜ。 不死なんだよ。 魔王としてこの世界に来た時、俺は魔界王として魔属性だった。 しかし、それでは不都合だったんで、勇者達に倒されてやって生まれ変わったんだ。 中立属性にな。」
そう言った時には、いつの間にか背中の翼は左が黒、右が白の羽毛に変色していた。
「そんで、ついでに天界に属する軍将、つまり、天軍の将軍になったと。 そう言う事だ。 この世界に不関与な天軍なのに、なんでこの世界にいるのかと言われりゃ、世界の管理者として任されているからだ。」
なるほど、と、ルーケは納得した。
盗み聞きした自殺の手伝いとは、魔王として倒される必要があったため。
これでは確かに自殺の手伝いだ。
そして世界の管理者の事も。
と、そこで疑問に思ったため、深く考えずに質問した。
「あれ? 息子って今魔界に?」
「そうだ。」
「じゃあ孫はレジャンドで、子供は? 他にいるの?」
「いっぱいいる。 が、なんでそんな事聞く?」
「だって親子にま・・・。」
アラムのジト目に気が付き、言葉が止まる。
「お前、盗み聞きしてたな? 油断も隙も無い奴だな。」
「す・・・すいません。」
「まあいい。 今回倒さねばならない相手は魔界から掟破りに出て来る魔物だ。 正直、ほっとくとこの世界は滅びる。 また、任せて倒せる人間なども今はいない。 だから、現状で一番力があるレジャンドにてっとり早く依頼したんだ。」
「掟って?」
「魔界とは色々あるんだ。 全ては説明しきれん。 ともかく、突発的に強大な奴が出現しちまってな。 そいつがこの世界を滅ぼしに来るから撃退するのさ。」