愚者の舞い 22
朝食の時間になり呼ばれて行くと、食堂にはドレスを着た美しい少女しかいなかった。
その少女は純白の白いドレスを着て、長い髪を結い上げて、高級そうな綺麗な髪留めで止め、楚々と座っていた。
そのため最初、どこの令嬢かと思ったほどである。
その少女がレジャンドだと気が付くまで、ゆうに数分は必要とした。
しかも胸元が大きく開いたドレスであり、その胸元は見事なほど盛り上がって谷間を形成していたのだから、分かる筈も無い。
「・・・ど・・・どうしたの・・・?」
「あら、どこかおかしいでしょうか?」
「・・・い・・・いや、あまりにも・・・その・・・綺麗で・・・。」
「私も一応王族の女性ですから、この程度の事はできましてよ?」
「あ、そうな・・・・なんとぉ!? 王族!?」
「ええ。 祖母が王族ですので。 こんな感じでどうよ?」
コロッと態度を変えたレジャンドに、さらにルーケは度肝を抜かれた。
「流石ですの〜♪ でも、ドレスですので椅子に胡坐で座るのはやめた方がいいですの。 ちゃんと足を降ろして揃えて置くですの。」
「けったりぃなぁ。 いいじゃねぇかよパンツぐれぇ見えたって。 たかが布だぜ?」
「淫魔みたいな事言わないで下さいですの。」
自分の事を棚に上げて平然と言うプリンである。
「魔って言やぁ・・・こいつの方が幽霊みたいな顔してんだけど。」
そう言ってルーケを指差すが、確かにボヘ〜ッとしていた。
昨日レジャンドの翼を見て以降、そのままレジャンドが風呂から上がってしまったため、その正体はほとんど聞いていない。
気になって気になって寝れなかったのだ。
決して年頃だから、女性の裸が脳裏に焼き付いて、というわけではない。
多少はあったが。
「いや〜ちょっと考えごとしてたら寝不足で・・・。」
流石に昨日の事を言うのは憚られる。
被膜状の翼は魔族の特徴であり、天使など天に属する聖属性の者は羽毛の翼である。
色は色々あるのだが、例外はほぼ無い。
ルーケはプリンの正体を知らないし、魔属性なら普通は隠しているものだ。
それをこの場でばらすのは・・・と、思ったからだ。
ちなみに女性と混浴したのが憚られてという常識はない。
温泉などもそうだし川で水浴びもそうだが、男女を分けている場所も国も無い。
「あら、それはいけませんわ。 プリンさん、床の用意を。」
「はいですの。」
そういう仕草は本当に貴族のようで、ルーケはドギマギしてしまう。
「いやいやいやいや、今日から師事受けるし寝てられないよ。」
「わたくしが添い寝してさしあげましてよ?」
「え!? いやその・・・。」
「プリンもしますの。」
美しい&可愛い女性二人に真摯な顔でそう言われ。
「ええぇ!? ・・・正直、寝込みたいかも。」
思わず本音が出る。
「そんな元気がありゃ問題ねぇな。」
「ですの。」
そして盛大に笑われてガックリと項垂れる。
「え〜っと、ところでモリオンは?」
「用事があって先に食べましたの。 ルーケさんは食事が終わったら、準備してくださいですの。」
「さ、めしめしっ!」
「レジャンドさん!? ドレス・・・」
「ん? うおっ! つけ胸してんの忘れてた!!!」
「と、言うか、がっつかないで下さいですの。 せめて、ナイフとフォークは使って欲しいですの〜。」
「いいじゃねぇか。 飯なんて腹に入ればみな同じだし。」
と言う主張の下、平然と素手で食べ漁るレジャンドである。
「ワ・・・ワイルド・・・だなぁ。」
「野生生活が長かったですの、レジャンドさん。」
「や・・・野生って。」
「おいそれ食わねぇなら食べちまうぞ?」
「あ。」
返事をする暇さえ無く、レジャンドはドレスの裾を持ち上げてダダダとテーブル上を走って来たと思うと、かっさらって戻って行った。
鎧を身に着け、腰に剣を下げると、ルーケはプリンに指示された場所まで行った。
戸を開けると、そこは比較的小さな部屋で、中にはメイド姿のプリンが待っていた。
「あれ? モリオンは?」
「ご主人様の待つ場所へこれから行きますの。 私の服を握って下さいですの。」
そう言われても・・・プリンのメイド服はミニスカートであり、スカートを掴むともろに下着が見えそうだ。
腰をキュッと縛っているリボンは、端を握れば解けるし、輪っかを握れば絞れそう。
背中は掴めそうな場所は無く、肩などにレースのヒラヒラは付いているが、小さすぎて摘む事しかできそうにない。
それにそもそも、服を握ってどこへ行くと言うのか。
この部屋は、ルーケが入って来た入口しかなく、隠し通路でもあるのなら話は別だが、それ以外に行きようがないし、そもそも時刻は朝食の時間を過ぎて少ししか経っていない。
外に出たって服を握って先導されるような暗い場所は見当たらないだろう。
「早くですの。」
「いやそう言われても・・・どこへ行くの?」
「説明するのは大変ですの。 早くして下さいですの。」
そう急かされて、とりあえずルーケは一番無難な、肩口にあるレースを摘まむ。
「着くまで離さないで下さいですの。」
「わかった。」
ルーケがそう答えると、プリンは背を向けて奥の壁の方を向き俯きながら、何か小声で喋り始めた。
なんだろう? と、顔を近づけると、フワリと香る、若い娘の甘い体臭。
思わず鼻の下が伸びた瞬間。
「時の門よ! 開け!」
プリンが叫び、目にうつる世界が一変した。
「着きましたの。」
クルッとプリンが振り向いて見上げて来るが・・・ルーケはそれどころではない。
さっきまでプレシャス邸にいたのに、一瞬で山の中。
左手には綺麗な小川が、右手には小さな掘立小屋、それ以外はとにかく木。
呆然とするルーケに構わず、プリンは小屋の戸を叩く。
「ご主人様、連れて来ましたの。」
中で返事があったのかどうかは知らないが、プリンがガチャッと戸を開けると、中からモリオンが出て来た。
「お疲れさん。 プリンは帰っていいぞ。」
「はいですの。」
そう言うと、プリンは再び呟き始め、そして叫ぶなり消えた。
「ききき消えた!?」
「たかがテレポートの魔法で驚くなよ。 ゴブリンの巣から帰って来る時も俺が使っただろ? もう忘れたのか?」
「・・・だって、あの時は・・・。」
「だってもヘチマもねぇ。 とにかく入れ。」
そういうと、モリオンはサッサと小屋に入ってしまった。