愚者の舞い 21
なにか違うような気がしてならないのだが、どこがおかしいと指定もできない。
「ようは、剣も知識も必要って事だろ爺さん。」
「お、流石俺の孫。 物分かりがいいな。」
「つまり、俺が剣でこいつが知識。 いいコンビニなりそうだと。 狙いはそこか?」
「生憎そこまで狙ってはいない。 ・・・ってかお前、国を治める気なのか?」
「・・・がらじゃねぇなぁ。」
心底そう言うレジャンドだが、まさか将来自分の夫が一国の王に成るとは夢にも思わなかったし、この場の誰も予想しなかった。
いや、正確にはここでルーケに会っていたからこそ、将来レジャンドはそこに行きついたとも言える。
レジャンドは元々、平和を求めて戦っている訳ではないのだから。
「なにはともあれ、一晩良く考えな。 どうしても剣の道に進みたいと言うならもう止めないが、人並み程度にしか強く成れない事は明言しておくぜ。」
モリオンはそう言うと、ルーケの返事も待たずに風呂から上がって消えてしまった。
ルーケは正直、剣以外の道など考えた事も無かった。
だから、突然のモリオンの提案には困惑しかできなかった。
しかしながら、モリオンがあそこまで言う以上、本当に強くは成れないのかと思い、剣に拘るのもはばかられ、迷った。
「なあお前。」
そんな悩みに没頭している時、不意にレジャンドが声をかけて来た。
「お前って。 ルーケと呼んでくれていいよ。」
「今年いくつだい?」
「二十歳の筈だけど・・・?」
「なんだ、同い年か。」
「・・・えぇ!? もっと君、若いのかと思った。」
「正確にはわかんねぇけどな。」
「わからない?」
「ああ。 俺が記憶も残ってないようなガキの頃、親とはぐれてな。 正確な年は知らねぇんだわ。 爺さん曰く、今年二十歳らしいが。」
「・・・俺も似たようなもんだな。 もっとも、肉親が誰か生き残っているのかも知らないけど。」
「なあ、それでなんで平和なんて求めてんだ? 誰か愛する人がいて、守りたいってわけでもないんだろ? 戦いに身を置きたがるにしては、理由が足りないと思うんだがなぁ。」
「理由・・・か。 考えた事も無かったな。」
「考えた事が無い?」
「ああ。 君はなんで戦うのか知らないが、俺はシーフギルドに拾われて育てられた。 人を殺す事を、何とも思わない人を何人も見て来た。 だからかな。 世の中を平和にして、結婚して平和に暮らしたい。 そのために冒険者に成って強くなり、平和を築き上げて、その子が平和な世界に生きられるようにしたい、なんとなく、そう思ってさ。」
「なんだ、十分考えてるじゃんか。 俺なんて戦う事で飯食う以外興味ねぇし。 なんかすげぇ魔族がいるみたいだが、倒さないと飯食えなくなるから戦うだけでな。 他人の事なんて知ったこっちゃない。」
「・・・魔族?」
「ああ。 とりあえず今、そいつを倒せる可能性があるのは俺らだけらしいからな。 仕方ねぇから行ってくらぁ。 爺さんも手助けするって言うしな。」
「・・・可能性って・・・正直、君がそんなに強い様に見えないんだけどな。 腕だって細いし。」
「まあ、見た目じゃわかんねぇさ。 人の強さなんてな。 それに俺は特別だし。」
「自分で言うかぁ?? 特別なんて。」
「だって特別だもんよ。」
そう言いながらレジャンドは立ち上がり、背中の翼を広げて見せた。
真黒い、コウモリのような被膜状の翼を。
完全な暗闇の中、モリオンはベットに横たわりながら、明日からの事を考えていた。
時刻は既に深夜になろうという頃だ。
「ご主人さま? なにか悩みごとですの?」
肩まで被っていた布団から、ヒョコッとプリンが顔を出す。
「ちっとな。 それと、二人しかいないんだからそんな言い方しなくていいぜ。 食事は終わったのか?」
「はいですの。」
そう言いながら全裸のままベットから抜けだしたプリンは、背中の翼を大きく伸ばしつつ、体も同時に伸びをした。
レジャンドよりも鮮やかで艶やかな黒色をした被膜状の翼。
淫魔サキュバス、それがプリンの正体であった。
「大魔王様、ありがとうございましたですの。」
「いい加減、その内気な性格直して、自分で餌を確保出来ないもんかね。 それと、その言い方やめろって。 今の俺は魔王でも魔界王でもねぇんだぞ。」
「私にとっては命の恩人の大魔王様ですの。 他の呼び方は出来ないですの。 それに・・・。」
「それに?」
「大魔王様の精気を頂いた後では、普通の人間の精気は不味いですの。」
「その割にはルーケの・・・。」
「そそそそれはっ・・・つい、可愛らしくて・・・。」
「それ、あいつに言ったら傷つくだろうな。」
思わず苦笑いを浮かべるモリオンである。
「まあ、生き返った直後だし、お前に精気吸われてたらまた死んでたなあいつ。 よく我慢したじゃないか。」
「それはその・・・おねぇ様方は、よくこんなもの好きだなぁと・・・。」
「それはお前の存在理由を全力否定してるようなもんだが。 まあいいか。」
そう言うと、モリオンも布団をどけて起き上がり、服を着る。
もっともモリオンの場合、指先一つ振るだけで服を着ているのだが。
「お前も服を着たらゆっくり休みな。 俺はメガロスの所へ行って来る。」
「はいですの。」
淫魔サキュバス。
魅力的な女性の姿をした魔族で、基本的にナイスバディーな種族であり、顔も美人である。
男の姿をしている種族もいるが、そちらはインキュバスと言う。
純粋な魔族で、中級に位置する強力な魔族だ。
特徴としては、双方とも非力ではあるが、異性の精気を糧に生きているのが共通点である。
プリンは魔界にいた頃、餓死する寸前にモリオンに拾われた。
普通サキュバスは異性を誘惑し、憑依して、精気が枯渇して死ぬまで徐々に吸い取る。
それは性的行為が主体であるが、密着して吸い取るだけでも問題は無い。
ただ、普通のサキュバス・インキュバスは、性行為そのものが大好きであるため、淫魔と呼ばれるのだ。
プリンはそれを可哀相と思ってしまう性格であったため、どうしても異性に憑依する事が出来なかった。
そのため餓死しそうになっていたのである。
同じような理由で、ガードなどもモリオンに拾われたクチだ。
もっともガード達は魔族ではない、普通の人間ではあるが。
だからこそ、ルーケを拒否するモリオンに違和感を覚えたのである。
ちなみに精気とは、物体的な物ではなく、性欲みたいなものだ。
生気に近いが少し違う。
そんなわけで、プリンは世にも珍しい、淫魔の癖にまだ男を知らないという変わり種であり、かと言って、特に同性が好きなわけでもないため、食事に困っていたのである。
ちなみに、基本的に異性の精気を糧に生きる淫魔であるが、同性のものでも問題は無い。
ようは好みの問題であり、自称通などになると、初ものを好んだりと趣向も色々ある。
また、魔族の精気は不味いらしいが、それを好む者もいたりする。