愚者の舞い 16
そんなわけで、物陰に何となく隠れて見ていたが。
(これじゃ俺って怪しい奴だよな・・・。)
軽く通報されてもおかしくは無い事に思い至った。
実際、子供を攫って売る専門の業者もあるくらいだし、間違えられて捕らえられたら拷問は確実である。
相手が知りたい人攫いの仲間の情報を持ち合わせていないのだから、回避のしようも無いというものだ。
ルーケはそこまで考え、恐ろしい結果になる前に立ち去ろうと思った時、いつの間にか正門にモリオンと他数人が現れていて見送られていた。
「ではまた後日に。 元気でな。」
一緒に連れられて来ていた昨日の少女は、懸命に涙を堪えながらモリオンに頭を撫でられている。
少女にとって、もはや頼れる存在はモリオンだけなのだろう。
そう考えると、立場が無いルーケではある。
ずっと抱っこして運んで来たのはルーケなのだから。
なんとなく釈然としないまま、ルーケはこれまた何とはなしに、モリオンの後を付ける事にした。
モリオンは気が付いた風も無く、見送りに手を振りつつ孤児院を後にし、町中へと向かう。
何とはなしにいたずら心が湧き、驚かしてやろうと全力で尾行を開始するルーケ。
昨日の今日だが、飯でもおごってもらおうとかも考えた。
現在のルーケは所持金ゼロ。
鎧と剣を買うのに、全財産を注ぎ込んだためだ。
冒険者の宿はそういう駆け出しや文無しでも、ある程度後払いで泊めてくれる。
何故なら、さっきのように急に人手が必要になる事があるため、寛容なのである。
仲間と言う意識もあるし、マスターはそういう駆け出しに向いていて、なおかつ金に困っている者に仕事の便宜を図ってくれたりもする。
持ちつ持たれつなのだ。
だが、後払いの文無しでは飢えない程度の食事にしかありつけず、まともに飲み食いしたいなら稼がなければならない。
モリオンのようなベテランなら金持ちだし、おすそ分けをねだっても問題あるまいと、軽く思っていた・・・のだが。
一介の冒険者にしては、ちょっと信じがたい方向へ向かっているようで、ルーケは心配になって来た。
モリオンが進む先には、高級住宅街というか、金持ちや貴族、上級騎士が住むような地域しかない筈だからだ。
(そう言えば、貴族とか王族に知り合いがいるとか言ってたよなぁ。)
もしそんな連中に呼ばれて夕食、なんて話になったら、くっ付いて行くわけにもいかない。
(ええい、どうせだからどこへ行くのか突き止めてやる。)
ルーケは人気の無くなって来た住宅街を必死に尾行し、ついにモリオンの目的地まで離れずに付いて行く事に成功した。
そこは、かのプレシャス商会の屋敷だった。
モリオンが門の前に来ると守衛は話を聞いていたらしく、すぐに開門してモリオンを通し、
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
と、言った。
(・・・ご・・・ご・・・ご主人さまぁ!? え!? なんで!?)
混乱の極みにあるルーケなど当然知った事ではなく、守衛は慣れた様子で報告をする。
「レジャンド様がおいでになられております。」
「レジャンドが? そうか、わかった。」
そう言うと、モリオンは平然と広い庭を通り抜け、屋敷へと入って行った。
「モリオンがプレシャス商会のご主人?? どういう事だ?? そんな金持ちが、なんで冒険者なんて・・・。」
冒険者の中にも危険な冒険を成功させ、金持ちに成る者は多少だがいる。
だがそう言った連中は普通、屋敷を構えてしまえば冒険者を辞めて、残った人生を謳歌するものだ。
金持ちになっても続ける者は、者好きと言われるし冒険者仲間に嫌われる。
基本的に冒険者に成る者は、まっとうな仕事で働けない・働きたくない、または一攫千金を狙う者である。
金持ちになるような実力と幸運を持ち合わせる者が居座れば、金持ちに成れるチャンスである危険な仕事を持って行かれてしまう。
妬みと嫌悪が入り混じり、嫌われるのだ。
「だから、いつも一人なのか・・・?」
ブツブツと独り言を言いつつ悩んでいると、屋敷から一人の少女が出て来た。
少女はメイドの服装をしており、買い出しか何かを頼まれたのだろう、手には一抱え程度の籠を持っていた。
「買い物かい?」
「そうですの。 レジャンド様が来られたので、ちょっと足りない物が出たんですの。」
「そうか、気を付けてな。 もっとも、プリンには無駄な忠告だとは俺も思うけどな。」
「気持は嬉しいですの♪」
少女はにこやかにそう答えると、テコテコと市場の方へ向かった。
ルーケは色々聞きたくて、少女の後を追いかけて声を掛けようとした瞬間、少女がピタッと止まって振り返った。
その少女・・・と、見えたが、十分大人だった。
16歳くらいだろうか、小柄な体ではあるが、出る所はしっかりと出ていて、童顔と言っていいような可愛らしい顔とは裏腹に自己主張が激しい。
ちなみにこの世界での人間は、成人は15歳、平均寿命は70程度である。
そんな少女の容姿を掌握した瞬間、クルッと少女が回転した。
ではなく、自分が回転しているのだと気が付くと同時に、背中に激痛が走る。
頭一つ背の高いルーケを、少女は華麗に投げ飛ばしたのだ。
「何用ですの? 後を付けて来て。 お金なら必要最小限しか無いですの。」
「あだだだだ・・・。 ち、違うんだ・・・。」
「何が違うんですの?」
「ちょ・・・ちょっと聞きたい事があったんだ・・・。」
「あら、物取りと勘違いしたですの。 でも、レディーの背後から追いかけて来るあなたが悪いんですの。」
(な、なるほど・・・強いからか・・・。)
見かけも裏腹に、相当な実力者だったからあの守衛も、無駄な忠告と言っていたのだと納得する。
ルーケは痛む腰を摩りつつ立ち上がり、
「え〜っと、プリン・・・さん? で、いいのかな?」
「そうですの。」
「お使いの途中なんだよね? 遅くなると困るだろうし、行きながらでいいから教えて欲しいんだ。 荷物運ぶの手伝うからさ。」
「それは助かるですの。 で、聞きたい事ってなんですの?」
ルーケは宿のベッドに横たわったまま、プリンに聞いた事を思い返していた。
モリオンはプレシャス商会の主人で、本名をプレシャス・パウ、冒険者としてモリオンと名乗っていると言う事。
各地を巡って珍しい物を仕入れて来ては売ると言う、言わば貿易商人であり、噂どおりなんでも仕入れて来る凄腕だそうだ。
もっともシーフギルドとの兼ね合いもあり、その国々での非合法な分野は手を出していないそうだが。
そう、その国々、である。
ルーケは生まれ育ったライヒしか国も町も知らないが、プレシャス商会はほぼ全国各地の町に存在するそうな。
また、冒険者ギルドを立ち上げた、立役者の一人でもある。
(どこまで凄いんだ、あの人は。)
ルーケは呆れつつ感心し、そして、決心した。