愚者の舞い 8
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。
捜索開始が遅かったため、すぐに夕方になってしまった。
そのために野営をする事にしたのだが。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。
聞えよがしに大きくため息をつくと、モリオンは懐に隠し持っていた小石をルーケに投げ付けた。
小石は見事にルーケの側頭部を強打し、木の枝から落ちそうになって慌ててしがみ付く。
「だだだだだじずずっずず!」
「煩い。 お前の物音でゴブリンが寄ってきたらどうすんだ。」
「だだだだっでででざざざぶぶぶぶ」
鬱蒼と生い茂った森の中は、夜が訪れるのは早く、朝は遅い。
そして夜になれば、急激に冷え込む。
薄い毛布一枚では凍えるほどに。
カチカチ煩いのは、ルーケがガタガタ震えて歯を鳴らしている音だ。
「そんな事も知らんで依頼を引き受けたお前が悪い。 そもそも俺が駆けつけなければ、着のみ着のまま、食料も無く、真っ暗闇の中で過ごす事になったんだ。 感謝しろよ。」
確かにモリオンの渡した装備の中に、携帯用の乾燥肉に野菜など、食料が5日分は入っていたし、寝具として毛布などもしっかり入っていた。
「だから文句を言わずに耐えているんだろうが!?」
そう声に出して言いたいが、ゴブリンの巣が近いので怒鳴るわけにもいかない。
「今日はこの辺で野営をしよう。」
薄暗くなってくるなり、モリオンはそう言って宿営場所を探して見回した。
「え? まだ・・・」
「阿呆。 森や山は暗くなるのが早いんだ。 それにゴブリンは元来夜行性。 暗視能力もある。 まさかお前、明かりを煌々と点けながら捜索する気だったのか? 弓矢の標的として最高だな。」
前述したが、ゴブリンは道具も使う。
暗闇に浮かぶ明かりに灯されたルーケは、さぞや目立つ事であろう。
「だがそれも一つの方法だな。 おびき寄せるのに。」
「じょ、冗談はやめてくれ!」
「じゃあ大人しく準備しろ。」
そう言われても、ルーケは何をどのように準備したらいいか分からない。
とりあえず背負い袋の中身をチェックしてみる。
そして、疑問に思っていた事を聞きたくなった。
「なぁ、聞いていいか?」
「なんだ?」
「なんで名前を聞かれて名乗らなかったんだ? それにあの護衛。 引き摺り下ろす必要は無かったんじゃ?」
「確かに、どこかの貴族の子みたいだから、金鶴としても知り合いになっておいて損はないかもな。」
「だろ? なのに・・・」
「だが、俺は金に困っていないし、貴族どころか王家の知り合いもいる。 無理に増やす必要も無い。 また、護衛を引き摺り下ろしでもしないと、速やかにあの女の子がまた潰れるだろうが。 ちゃんと持ち上げて負担がかからないように配慮してやったし、護衛など体を鍛えているからあの程度どってことないだろ。 鎧も着ているしな。」
そう言えば、片腕で大木をどかすモリオンが両手使ってたなと思い出す。
もっとも兜を被っていない頭から落としていた気がするが。
「・・・じゃあなんで、俺が名乗るの邪魔したんだ?」
「お前は働いて無いだろうが。 我々と言って含めてやっただけでも感謝しろ。 世の中そんなに甘くねぇ。」
「むぅ。」
「今晩はお前、あそこにしろ。」
そう言いつつ、モリオンが指差したのは、高さ3メートルはある立派な枝。
「・・・えぇ!?」
「俺はこっちに寝る。 落ちるなよ。 死ぬぞ。」
「ちょ ゴエッ!」
「煩い。」
スパーンッ! と、大声を上げ始めたルーケを殴って黙らせる。
「言っておくが、ゴブリンの巣はここからそんなに遠くない。 ここで野営するのは明日の襲撃に備えてでもある。 ここで大声あげたら深夜に取り囲まれて、逃げ場も無いまま弓矢の標的にされてゴブリンの餌だ。 静かにしろ。」
「近い? だったら・・・」
「夜行性の魔物の巣に夜襲かける馬鹿はお前だけだ。 魔法にしろタイマツにしろ、明かりと言うのはそんなに明るく照らし出すものじゃない。 それに反し、光はかなりの距離でも暗闇では見える。 タバコを暗闇の中でふかしてみろ。 丘一つ先でも見えるぞ。」
「そんなに? でも、どうやって・・・。」
木登りは子供の頃よくやったが・・・流石に寝た事はない。
「木の幹に体を預けて寝るんだ。 鎧は脱ぐなよ。 万が一襲撃されたら困る。 それに樹上でも安全とは限らん。」
そういう理由で、当然、火を焚き暖をとる事も出来ず、震えて耐える事になったのである。
なんだかんだ言いながら、モリオンはこの真っ直ぐな性格の戦士が嫌いではなかった。
そうでなければゴブリンキングから助けなかったし、そもそも追いかけてこなかった。
正直、本当に気紛れで助けようと思っただけなのだが。
(これも命運と言うやつかもな。 しかし、この物音は闇に響く。 ゴブリンの巣にも聞こえるだろうな。 なら、利用するか。)
モリオンは無言で指先を動かすと、魔法をかけた。
少し時間が過ぎた頃、ゴブリンの巣は大混乱に陥っていた。
ゴブリンは夜行性であるため、日中は洞窟などの暗い所に引っ込み、寝ている。
しかし、日中に獲物の通る街道を放置する気になれず、キング自ら指揮して襲撃を繰り返し、夜間は闇に紛れて、なおかつ人間は寝る時間なので襲撃が容易いため、部下に任せると言う、ゴブリンにしては知能的な連中であった。
だが、起きてみたら、その昼間襲撃隊である指導者のキング達が帰って来ず、右往左往していたのである。
そこへ聞こえて来た不気味なカチカチと言う物音。
人間どもの襲撃かと、女子供を最奥に、男連中は辺りの警戒と撃退に向かった。
だが、物音の根源は見つからず、襲撃者の姿も無い。
ただでも指導者の未帰還という不安と混乱の最中であったため、効果は抜群であった。
いつものように出かけて獲物を盗って来る事も出来ず、根源の排除も出来ず、子供は泣き叫び男連中はイライラして暴れまくる。
阿鼻叫喚と化していた。
震えながらもいつの間にか寝てしまったようだ。
いつの間に来たのか、モリオンに揺すられて目が覚め、寝ぼけて落ちそうになって自分の位置を思い出す。
「行くぞ。」
そう言われても、辺りはまだ、真っ暗である。
「お前な。 明るくなってからゆったり移動する気だったのか?」
そう言われても、体の芯まで冷え切った体は思うように動かない。
返事をするのも億劫なほどだ。
モリオンはため息を一つつくと、無造作にルーケを蹴り落とした。
「うおおぉぉ!?」
猛烈な落下感と地面が急速に迫って来るのが見え、ルーケは本気で死ぬかと思った。
が、激突する瞬間にピタッと停止して、ゆっくりと落ちる。
その横にモリオンは平然と飛び降りて来た。
「目が覚めたろ?」