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決裂

 不意の登場に硬直している相手へどうもー、と挨拶を向けた後遅れて入ってきたアルトへと振り向いた。


「アルト、彼があなたの『父』に当たるのかしら?」


 数人に囲まれたいかにも金持ちとわかる恰好をした男のことを指して尋ねれば、アルトからは嫌そうに肯定が返ってきた。


「そう、一応あいつ。クレガン」


 呼び方からして他人行儀でまったく関心を寄せていない口調に、心から好いていないのがわかる。

 その答えが不満だったのか、ただ単純に硬直が溶けただけか、アルトの父――クレガン・ジョインが声を荒げた。


「あいつとはなんだっ、生みの親にむかってあいつとは!わたしはお前の親だぞアルト!」


「呼ばないでくれ。俺はそうは思ってないから。母さんを捨てといてどの口が言ってんだよ。というか放っておいてくれた方が全部解決するのになんで巻き込むわけ?そこの息子を育てりゃいいだろ。こっちを巻き込むなよ」


 不快さを乗せて吐き捨てるアルト。クレガンの妻である夫人はアルトの生意気さに腹を立てつつも夫がアルトを諦めないかと期待して今のところ無言でいた。隣の息子も同様だ。ただ、その分睨んでいる目が憎々しいと思っている心情をありありと語っていた。

 だがアルトはそんな視線も気にせず言い続ける。


「俺の名前だって足取り調べてるときに初めて知ったんだろ、そんな人親だなんて思えないね。だから他人だ」


「あら酷い。そんなことがあったのね~、じゃあ手っ取り早く終わりにしない?」


 会話が長引くのが嫌で口を挟んだカリマ。終わりにしない?と言いながら剣に手を持っていく姿がどういう終わりを指しているのか想像させて護衛とクレガンたちの警戒心が増す。


「カリマさんは黙っててよ、なんですぐ殺そうとすんの!?」


「違う違う、誰かに決闘でも挑めば手っ取り早いかと思ったのよ。アルトの身柄とかを賭けてやれば乗ってくるかなあとか考えて」


「勝手にそんな賭けやろうとしないでくれよ!第一俺の許可なく賭けの対象にしないで!」


「大丈夫よ、私負けないし」


「そういう問題じゃなくてさあ!」


 いや、ひょっとして賭けたほうが全部うまくいくのではないかとちょっと内心考えつつもアルトはカリマにストップをかける。

 だがしかし、ここでいらない声が二人の会話を遮った。


「賭けだと? 面白い、気様らごときがこっちに勝てるとでも思っているのか? こちらには最強と名高い護衛がいるんだぞ!」


「最強……?」


 ゆらり、とカリマの目つきが変わった。細めた目を護衛越しに威張っているクレガンへと向ける。

 それを知らずにクレガンは調子に乗ってしゃべり続ける


「フン!豪商となった私だから雇える腕利きの護衛だ。『火裂きのガレオス』の名を知らぬ者などいまい」


「ガレオスだって!?」


 意外な名を聞いて軽く目を見張っていたカリマ、そしてアルトもその名に驚きをみせた。

 その反応にクレガンは満足そうに余裕たっぷりに構える。


「ふふ、かつて国同士の戦争で我が国を勝利に導いたと言われた男だ。味方を阻んでいた火の壁さえも切り裂いて進むと言われた男を、そんじょそこらの護衛と一緒くたに考えるなよ! 殺人狂だろうと恐るるに足らんっ! 」


「ご主人よう、あまり煽らねえでくれ。かつての話でビビるのなんてチンピラくらいだぜ」


 ずっとカリマたちとクレガン一家の間に陣取っていた男が口を開いた。

 話しぶりからして彼が『火裂きのガレオス』なのだろう。

 伸びっぱなしの髪を後ろでくくってそこらの傭兵と変わらない軽装備をした男。話題の当人とは思えないくらい想像と違う覇気のない姿だった。


「俺はもういい歳のおっさんさ、酒代が欲しくて稼ぎに来ただけなんだ」


 ろくでもない理由を言っていい加減な態度でいつつも、秘められた強さを表すように彼の周りには隙がない。

 それをカリマが見抜けないわけがなく、彼は強そうだと目をつけていた矢先に正体を明かされたことで彼女の目標が定まった。飢えた獣のごとく獲物をみつめる。


(どうりで隙がないと思ったら。ああ、でもこれはラッキーだわ、戦争時の英雄と戦える(やれる)機会なんてそうそう無いもの!こんなくだらないこと早く終わらせて彼に挑みたいわ!)


 余計にアルトの用事を早く済ませたくなった。


「おい! こっちはまだやるなんて言ってないぞ! 俺は関わらなければそれでいいんだよ!」


「信用できると思うか!? 私の座を狙う奴はいくらでもいる、同じ血を引くお前が狙わないなど………」


 すでにカリマの頭は戦闘で埋まり、何やら親子で言い合っている問答などさっぱり入ってきていない。

 ガレオスを見つめながら、思考ではすでに戦闘のシミュレーションを始めている。

 覇気のないダルそうな姿勢になっていても衰えていないとわかる身体つきや立ち居振る舞いに、彼へどう斬りこめばいいか、どう戦ってくるか、どんな風に彼を殺せるだろうかと考える。考えるほど戦略が湧いてきた。

 向こうもただ待っているわけではなさそうで、見つめるカリマを無感情に見返しながらなにやら考えているようだった。

 互いの護衛は黙ったまま、親子の会話の終わりを待つ。カリマも引き受けた手前、ちゃんとここは待っている。話はさっぱり流していたが。


「ふん!ならばお前など用済みだ!我が家の名を使われないように今ここで殺してくれる!」


 今までより大きな声でさけんだクレガンにカリマの意識がそちらへ向く。どうやら交渉は決裂したらしい。


「お前たち、奴らを殺した者には報酬を上乗せするぞ!やれ!」


 掛け声に合わせて待機していた三人のうち二人が武器を手に襲いかかってきた。

 アルトへ迫る刃の前にカリマが割り込み、振り下ろされた剣を自らの獲物で受ける。


「仲直り出来なかったの?」


「聞いてなかったの!? 嫌って言い続けたらあっちがキレたんだよ!あいつの名前なんか名乗るわけないだろによ!」


 止まったついでに尋ねればキレ気味に返された。


「あははっ、お父さん嫌われちゃったわね。可哀想にっ!」


 言いながら相手を弾き返し、敵の反撃を許す間も無く懐に突っ込んでまず一人、首を飛ばした。

 こういった戦闘になれば容赦というものはカリマの中にはない。戦って生きるか死ぬか、ただそれだけだ。アルトのストップの声がかかる間も無く、あっさりと一人の命が散った。

 床に転がる頭と切断面から噴き出す血が飛び散り、カリマの肩や胸を濡らす。

 もともとワインレッドでまとめられていた服がさらに赤く黒く染まる。それと比例するように黒い瞳は明るく輝いていく。

 そんな相手の様子に場慣れしていないクレガンの妻と息子が悲鳴をあげた。


「し、死んだ………」


「ひっ、人殺し!!」


 思わず叫んだクレガンの妻に、カリマは不思議そうに首を傾げる。


「あら、おかしなことを言うわね。ついさっき先に殺せと言ったのは誰? 貴女の隣にいる男でしょ。相手を殺すというのはこういうことよ。私達は殺されたくないからやり返しただけ。それに彼が死んだのは弱いから、彼は弱かっただけ。強ければ勝てないまでも死ななかった。さ、ほら次、来なさいよ」


 部屋の入り口をカリマが陣取ってアルトを背後に庇っている状態にし、カリマを突破しなければアルトにたどり着くことはできない状態にする。

 自分に挑むしかない状況を作ってカリマは挑発する。

 飛び出したもう一人の方が意を決して雄叫びを上げながらカリマへ斬りかかるが、こちらも数秒ともたずに胸を貫かれ絶命した。

 残ったのはガレオスのみとなり、当人は一人になったというのに全く殺された者たちを気にする素振りも見せなかった。


「あーあ、俺だけになっちまった。ご主人、これで切り抜けたら報酬上乗せでもいいかい?」


 それどころか彼らが死んだのをいいことに報酬の上乗せを強請った。

 クレガンはそれに頷く。


「か、構わん。守り切ったら約束の三倍を払おう、その代わり守れよ!」


「はいよ、ごちそうさん。てなわけで、やろうか、さっきからうずうずしてるねーちゃん」


 カリマへと目を向け、イキイキと輝いている黒目にへらりと笑うガレオス。

 彼女が戦いを望んでいるのをガレオスは見抜いている。戦場で殺人狂になってしまった者たちと似た雰囲気を感じていたため、戦闘を避けることはできなさそうだと最初から想定していた。それに特徴的な彼女の容姿や言動から、ガレオスはカリマの正体を予想できていた。


「あんた世で騒がれてる戦闘狂だろ、紅い恐怖(レディ・レッド)とか言ったか」


「そうよ、別に私が名乗ったわけじゃないけどね」


 話かけられたことでカリマは嬉しそうに返事する。

 ガレオスは観察しながら会話を続ける。


「無差別殺人者と聞いてたが案外まともそうだな」


「周りが勝手に言ってるだけだもの。お互い了承の上での戦いなのに周りがうるさいったら。挑んで挑まれて戦った結果死んだだけなのに、なんで私が責められるのかしらね」


「さあなぁ、その考え方からおかしいからなんとも言えないねぇ」


 噂通りの面を垣間見て、ガレオスは可笑しさからクッと笑う。喋って見極める時間稼ぎをしたわけだが、相当な戦闘狂に対峙するのだということがわかっただけだ。

 危ないと本能が警鐘を鳴らす。

 しかし逃す気がないのは入口を固めて殺気を飛ばしていることからありありと伝わってくる。

 酒代に命を賭けるなど馬鹿らしいが、もはや切り抜けるしかガレオスの選択肢はなかった。


「勝ったら報酬とガキの首だ。せいぜい頑張ろうかね」


 その言葉だけで、カリマの殺気は獰猛に濃くなる。


「こちらが勝ったらそこの家族、ということね。上等、手っ取り早くて感謝するわ。お礼に殺すときは痛みがないようにしてあげる」


「物騒なお礼だな、受け取らねえように生き残るとしようかね」


 それだけ交わして二人は臨戦態勢から解かれ一気に詰め寄った。

 近接同士の攻撃が交わり、耳に痛いほどの金属音をあげてぶつかり離れた。

 力量を図るための一撃に、互いが互いの理由で笑う。

 カリマは今の一撃でガレオスの力の一端を知り、嬉しさに猛る。


(まったく本気じゃないわね。いいわ、ひさびさに楽しめるって事じゃない。面白い。さあ、私を殺してみせて! あなたを殺させて!)


 戦いを求めていた獣が、御馳走を前にする。

 念願の飢えを満たすために、美しい獣は獲物へと駆けた。

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