敵地へ乗り込もう
カリマは屋敷を観察してみた。
予想通り、屋敷にはうじゃうじゃと雇われ用心棒たちが集められていた。
フィルナムと約束した手前、一番安全な移動ルートを考えようとしたが、考えるうち面倒になってきてアルトを守りながらの正面突破することに決めた。
用心棒たちは見るからに客なんかじゃないだろう装備をした女とそこら辺にいるような青年の二人組がまっすぐ屋敷に歩いてくるのをみて警戒を始めた。
それは正しい判断だ、と評価して少し張り合える者が他にもいるかもしれないと内心期待を抱くカリマ。お楽しみの人物の他にも骨のある奴がいたら、即座に戦おうと決める。
「ふふん♪ 楽しくなってきた」
「どうしたのいきなり」
楽しい要素などまったく見つからないアルトから質問が飛んでくる。カリマはそれに気さくに答えてやった。
「護衛に雇われてる人達、ちゃんと仕事ができる人だなって思って。けっこういるのよね、ゴロツキでもいいから雇っていざという時の捨て駒代わりとか。そうなると弱いやつらばっかだからいい戦闘は期待できないからさあ」
「それのなにが悩むことなの?」
「殺す価値もないし、手間が増えて面倒くさいなぁって」
「ちょっと待って、ひょっとして最初から殺す気でいるの!?」
待って待ってと正面に回ってストップをかけるアルトに、カリマは止まって不思議がる。
「なによ、あなたには関係ないでしょう? それどころかあなたを阻む敵よ。殺すかどうかの判断はして当然でしょ」
「だからってすぐに殺す方向に持ってかないでよ! 俺まだ人を殺したことないし覚悟もないし、殺したくないよ!」
「敵でも?」
「ああ」
力強く返事するが、実に甘いことを言うやつだとカリマは思った。
そんなおとぎ話の英雄のようなこと、現実にできるわけないのに。
一方を助けるにはもう一方を殺す必要があることなんてしょっちゅうだ。
カリマほどの実力なら時には可能だが、そんな手間をかけてやる必要を他人に感じていない。
「甘い考えね。自分の命を狙う連中を助けようなんて、偽善者の考え方だわ」
「それでも嫌なんだよ。力をつけたのだって家族と自分を守るためだし、あんたみたいに進んで殺しにかかる気持ちなんてない! 今日だって説得する気で来てるんだから…、頼むから余計な殺しなんてしないでくれ」
カリマからすれば呆れる思考だった。若さを取っても考えが甘すぎる。
「とことん甘い考えね。砂糖菓子でも詰まってるのってくらい。というか偽満だわ。正妻に殺されるオチが簡単に想像できるわ」
「えばるだけの女なんかに負けるか!」
「でも殺す気はないんでしょう? 護衛に捕まってそいつらに殺される様が予想できるわね。なかなか決着がつかない理由がわかったわ」
やれやれと溜息をつくカリマ。
おそらくフィルナムはその甘さが得難いものだと思って何も言わないのだろう。この事態が終息すればアルトは腕っぷしがあろうともただの農民で居続けるようだし、倒す方法は教えても殺す技術は教えてなさそうだ。
辛い過去をつくらないように、若者らしい正義感をそのままに。フィルナムによってとことん気遣われているから、アルトは気付かずにあんな甘いことが言えたのだろう。
(フィルナム、あなた甘やかしすぎよ。私には理解出来ない綿飴脳じゃない)
辛辣な評価をしているカリマに対して、アルトもカリマを疎ましく思って悪態をついていた。
(くそ、ただの強い人だと思ってたのに………。そんな強くてフィルも負かすくらいすごいのに悪人かよ。こんなやつに負けたのかと思うと許せない!)
一歩何かが違えば、アルトもフィルナムもカリマに殺されていたのだ。遅すぎる発見にアルトは自分が許せないし、平然と殺しを語るカリマも許せなかった。
なにか一人で燃え上がっているなくらいにしかとらえていないカリマはふいと視線を外し、再び歩き始めた。
「ちょっ」
「ガキがなにか言ったところで止まるような人間じゃないのよ、あたし。それといいこと教えてあげる」
ちょっと今後が不安になったので、振り向いてあえてフィルナムが避けていただろう話を教えてやることにした。
「人を殺したあたしが悪人で許せないっていうのなら、フィルナムだって当てはまるわよ。アルトを護る以外でだって、彼女は殺してるだろうからね。そんなこともわからない子供になんて、誰もくっつこうとは思わないでしょうね」
「え?」
呆けるアルトにカリマは容赦しない。
「傷を見てわからない? 見るからに刃物傷だらけじゃない、つまりそれだけの傷を負う数戦って相手を殺してるってことでしょ。自分が生き残るために。まあそんなことには気づかないか、もともとは農民だもんね。でも好きになったってことは人殺しとずっといるってことよ、好きだからってだけでずっといられるかしら?」
恋愛方面はてんでさっぱり理解できないカリマなので、愛の力で乗り越えられるというのなら大丈夫なんだろうとしか思わない。
だが久しぶりに名前も覚えて人となりも気に入った人物だ、弟子の甘々綿菓子頭のせいで彼女が苦労するようなことにはなってほしくない。ちゃんと元気で生きて、より強くなってまた戦ってほしいから。
「それを覚悟で彼女から話を聞いて、それでも一緒にいたいのならそう言えばいい。でも躊躇いがあるならこれが終わったらすっぱり諦めてもう関わらない方がいいわね」
グダグダとくっついて回っても自分にも相手にも得にならない結果が訪れるだけだ。そんなことになるくらいならいっそ離れればいい。と、カリマは極端な方法を提示する。
「なっ、そんなの嫌に………」
「嫌なら居れば? あたしは提案しただけだから、従えとは言ってない。自分でちゃんと決めることね」
「…………………。」
そのままアルトは黙り込んだ。きっとどうしたいのか考えているんだろう。
だが、今の目的はそんな頭で考えることではないのでカリマは呼んで思考を中断してもらう。
「ほら、着いたわよ。説得でどうにかしたいならまずはここを終わらせないとね。戦闘は全部引き受けるんだから頑張りなさい」
不信感満載で二人を見下ろす門番に構わず、カリマはアルトにだけ話しかけた。
確かに先のことより今が大事だと気づいて切り替えたアルトは、ひとつだけカリマに告げた。
「ねえ、殺すのは無しね」
「ええ~、ダメ?」
「今は俺に雇われてんだろ、雇い主には従って」
「ちぇっ、わかったわよ。態度悪くなっちゃって〜」
「誰のせいだよ」
武器を構えた門番傭兵を前に侮辱ととれる会話を堂々とする二人。
ピクピクと怒りを表す門番にやっと目を向けたカリマは綺麗な顔で笑った。
「さあ、行きましょうか」
期待と不安をそれぞれに持って、二人は門番に向き直った。
自宅にWi-Fiがほしい……(´ー` )