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協力

ネットの繋がりが悪すぎる場所へ勤務になってしまった(ぎやああ!)

 

「あんたに頼みたいのはこの子の護衛もあるけど、言い方的には露払いって方が合ってるね」


「露払い?」


 約束通りご馳走になっている鍋からよそわれた肉や魚や野菜などの具に舌鼓をうちながら聞いていた話をカリマは復唱する。

 フィルナムは別の器にアルトの分をよそいながら頷く。


「ああ。最初にこの子には事情があるって言ってたろ? 金持ちの家の相続争いなんてよくあるような話なんだよ。アルトはそれに巻き込まれてんのさ」


「本当にありがちな話ね」


 コップに注がれた酒を飲みつつ、想像以上に単純な話だと仕事を受ける気が減退するカリマ。


「この子の母親がある富豪の屋敷で働いてたときに主人に手を出されて、クビになった後に孕んでたことに気づいたらしいんだが母親はそれを告げずに実家へ戻ってアルトを生んだらしい。で、最近になって存在に気づいた父親が本妻の子と比べてアルトを引き取ろうと話を持ってきたんだと」


 そこまでで一度区切り、あとは自分で説明しなとフィルナムは自分の分をよそって食べ始めた。いい加減腹が減っていた。

 引き継いだアルトは咀嚼していたものを飲み込んでから続きを話した。


「なんか本妻の方の息子が出来が悪くて嫌なんだってさ。だから俺を引き取って勉強させて跡取りにしたいんだって」


「アルトは嫌なの? チャンスじゃない、知識さえつければ遊んで暮らせるわよ」


 望んでも手に入れられないようなチャンスだ。うまくいけば家族含めて一生金には困らない生活ができるだろう。しがらみも増えそうではあるけど。

 カリマの問いに苦いものでも食べたような表情をつくってアルトは否を返した。


「嫌だよ、面倒。もともと母さんとじいちゃんばあちゃんの4人で暮らしててなにも困らなかったし、親父に未練とかなかったし、勉強より体動かしてるほうが好きだ。フィルナムと修行してるほうが何倍も役に立つ」


「そう」


「だから誘われたときも嫌だって言ったんだよ。そしたら相手無茶苦茶怒りだしてさ、いうこと聞けって無理やり連れ出そうとしてきたんだよ。母さんたちを人質にされても困るからとりあえずついていったら、なんか本妻が俺を連れてこさせないように邪魔したらしくて、馬車に乗ってる途中で盗賊みたいなやつらに襲われて道中で放り出された」


「あらあらあら…」


「そこでフィルナムに拾われて、家と向かってる方向が一緒だから送ってもらって家には帰れたんだけど、今度は本妻が俺を殺すために人を雇って命狙われだしちゃって。最初はお礼に泊めてたフィルが追い払ってくれてたんだけど、キリが無いから俺たちだけこっちに移って稽古つけてもらいながら追い払ってたんだ」


 ここまでが現状と締めくくり、また鍋を食べ始めるアルト。

 その頭をフィルナムが持っていたお玉で叩いた。


「経歴話して終わってどうすんのさ、バカ」


「俺だって腹減ってるんだよ」


「当事者なんだから説明くらいやりきりな。たく、こちとら通りすがりの偶然でこんなことに巻き込まれたってのに……」


「ふふ、それでお願い聞いちゃうあなたもお人好しよ。まあ今までのを聞いて察しはついたわ。露払いってのはその雇われた奴らを倒してけってことね?」


「そうだよ。いい加減しつこくてね、うんざりしてんだ。この前いっそこっちから出向いてきっぱり断って来いってあたしが言ったら「じゃあそうする」とか頷くもんだから、じゃあそうしろってなってね」


「言われるまで気づかなかったんだよね。言われてからあ、その手があったかと思って」


「ぶっ…ふ…アハハハハッ‼ なにその後半の適当さ! 今までの苦労はなんだったのよ!」


 もっと本人の葛藤とか家族のためとか考えて悩んでいるのかと思っていたら、単純に面倒になって一番手っ取り早い方法を決めただけだ。

 予想外すぎる決定にカリマは腹を抱えて笑った。

 人によってはどこまでも考えてしまうような話なのに、この青年はあっさりと関わらない方へ決めた。至極あっさりと。

 世の中の執着しているやつらに見せたいものだと面白半分に思うカリマ。


「あー、笑った。じゃあ私は彼をその富豪の家に届けたらいいわけ?」


「ああ、頼むよ。たぶん報復にきたんだと思って守りが硬くなるだろうから手強いやつもいるだろうし、存分に戦えると思うよ。ある程度はアルトも戦えるからつきっきりで守ってやる必要はないし。どうだい?」


「なるほどねー」


 話は理解した。あとはカリマの判断しだいだ。

乗り気になってきているのを見越して、フィルナムは最後の一押しをかける。


「それと噂なんだが、その屋敷の護衛のなかにかつて英雄と呼ばれた男が混ざってるらしいそいつが本当なら、相当強いはずだ」


 その言葉に、カリマは悩む余地なく決めた。


「オッケー、その仕事受けたわ! そいつと戦うだけでも楽しそうだし、あなたたちの今後がすごく面白そう」


「よかった。ありがとう。やっと肩の荷が下りるよ」


 ようやく終わりが見えてきたと思うと、フィルナムはその日が楽しみだと言わんばかりに安心した顔になった。


「フィル、俺邪魔?」


 それになんだか不安を覚えたアルトが離れたくない捨て犬のように尋ねる。

 フィルナムは容赦なかった。


「ああ、邪魔だね。ここにいたいなら今の状況さっさと終わらせて余計なのが来ないようにしとくれ。うるさくて敵わないんだよ」


 バッサリ言い切った後の返しにアルトは落ち込みつつ頷く。


「…わかった、さっさと終わらせてくる」


「そうしてくれ。自分の事を片付けてからじゃないと相手に格好がつかないだろ。想いを告げるのはその後にね?」


「っ…⁉︎ な、んで……」


 イタズラが成功したようなニヤケ顔にアルトは愕然と目を見開く。


「おや? あなたたちそんな関係なの?」


 茶化すこともなく、ただ単純に聞いたカリマに、照れるでもなくフィルナムが肩を竦める。


「人生の年季が違うよ。一緒にいる時の様子が途中から変わったりしたらなんとなくでもわかっちまうだろ」


 半信半疑だったがと答えたフィルナムは自分の抱いた確信に困った顔になる。


「なんだってこんな可愛げもない婆を好いたんだか……」


「だって! 師匠として、憧れたし…、戦ってる時のカッコいいのとか、あと励ましてくれた時とか、なんか気づいたら、自然と……それに婆じゃないって!」


「あらまあ、若いわねえ。それで、弟子に好かれたあなたはどうするの?」


「返事は決まってる」


「は!? なんで!?」


 どうして今しがた暴かれた想いに対する返事があるのか。頼むから言わないでほしいと目で訴えるアルト。

 まさか今以上に困った出来事があるなんてと落ち込むが、それを当のフィルナムに励まされた。


「断るなんて一言も言ってないだろ、落ち込むのは全部終わってからにしな。カリマさんにも失礼だろ」


「じゃあ、いいの?」


「言わない。だから聞きたきゃ早く帰って来な」


 さすが扱いをわかっているフィルナムはアルトをやる気にさせることに成功した。一刻も早くこんなことを終わらせようと燃えるアルトに、カリマも頑張れ~とエールを送った。

 その後は3人で日取りや準備の話し合いに突入し、明日から準備に取り掛かることにした。

 カリマとの契約についてもちゃんと決めた。

 ・契約期間中はアルトの安全を最優先にし、五体満足で生かして家に帰すこと。

 ・場合によっては逃げることも視野に入れること。


 そんな決まり事もフィルナムが決めて、さんざ唸って了承したカリマ。


「五体満足って、俺そこまで弱くない……」


「強さじゃないんだよ。彼女はたぶん、罠にかかって足がなくなった状態でも動けるなら「生きてる」って枠に入れて護衛してる気になるタイプだよ。手足ちょん切れて帰ってきたいかい?」


「え、ダメなの!? 処置すればちゃんと生きてるじゃない!」


 そう考えてたと言わんばかりの驚きようにほらね、とフィルナムが指し、絶句するアルト。

 戦ってカリマのことを多少でも知ったフィルナムは、過去の経験も振り返って万が一の自体にも彼女が協力的であるように条件を付けたのだ。

 カリマのようなタイプは、弱い者には基本動かない、なにかの偶然が一致して損得で得が上回った場合などに仕方なく実行するタイプだ。

 そういった人を想った通りに動かすには先に最低限でも条件や約束を付けて飲ませた方がいいと判断した。

 結果当たっていた予想にほっと安堵の息を吐いた。


「ダメだから五体満足でって付けたんだよ。良い感情持ってくれてるみたいだし、そんなあたしたちに契約違反みたいなことは流石にしないだろう?」


「まあ、あなたちのことは気に入ったから無事でいてほしいわね。…そうか、じゃあ確かに五体満足で護るべきね、わかったわ!」


「…………フィル、俺屋敷に向かうよりも、カリマさんといるほうが不安…」


「そこは我慢しな」


 もっともな意見であったが、フィルナムは言い聞かせて終わらせた。












 それから数日後。

 準備を終わらせて3人は目的の屋敷がある町まで移動を開始した。

 5日も歩けば到着したそこはフィルナム達の事を探して訪れたノルディスだった。

 ここからさらに数日歩いた先にアルトの実家があり、家族が住んでいる。

 予定通り、ここでカリマとアルト、フィルナムの二手に分かれた。

 カリマたちの奇襲に慌てて、もしアルトの家族が人質に使われる可能性を考えてフィルナムが守りに向かってくれたのだ。


「そこまでしなくてもいいと思うんだけど…………」


 単にフィルナムと離れたくなかったアルトがこぼした言葉に、カリマはまだまだねと思いながら教えてやる。


「今回みたいな人種(タイプ)はね、自分の手が汚れないとわかっているとどこまでもクズな発想を思いつくのよ。後のことなんか考えずに無慈悲な命令を下すのなんてざらよ」


「そうなの?」


「ええ。実際にみたこともあるもの」


 当時も強者を探している途中だったか、一人の野望に燃える商人が新しい店を構えるために欲しがった土地の地主を強盗にみせかけて殺させていたところをみていたことがある。

 その後も邪魔だと判断した相手を殺し屋などを雇って屠り、自分の手を汚さずに何人も地獄に落としていたような人物をカリマは知っている。

 それを語ってやれば、アルトは許せないと正義感をだしつつ疑問を口にした。


「なんでそんなに詳しく知ってるの? それに見てたって………」


「あたしその商人に雇われてたもの。知ってて当然よ」


「え!?」


 思わぬ返しに固まるアルト。


「…………………助けたりしなかったの?」


 責める視線にカリマは平然と答えた。


「べつに。だってあたしと関係ないし、雇われてはいたけどあたしが命令されて殺しに行ったわけじゃないもの。なんでそんなことしなきゃいけないの?」


「でも! 被害者は減らせただろ!」


「それが?」


 責めるアルトにカリマはなんの感情も乗せずに尋ねた。

 言葉を失うアルト。


「それが、て…………」


 絶句してるアルトの反応のほうが不思議なカリマはひとつ気づいた。


「ああ、そっか、あなたたちに勝負を仕掛けても殺さなかったから勘違いしてるのね。言っとくけどあたしは基本自分のことしか考えてないわよ。誰かのために動くなんてほとんどしない、やるのはこうやって条件を呑んだ依頼や何か事情がある時くらいよ。必要があるなら誰だって殺すし、見放す」


 自分の荷物から折りたたんだ手配書を取り出し、ほら、とアルトに渡す。


「あたしを強さを求める善人とか正義の味方みたいに思わないほうがいいわよ。周りからしたらこうやって懸賞金までかけられる悪人なんだから」


 渡された手配書に目を通したアルトは嘘だろ……と目を見開いた。

 その載せられた額と、カリマの犯した罪状に、昨日共に鍋をつついた相手と同一人物だと信じられず体を震わせた。

 そんな様子にカリマは弁明を叫ぶでも悲しむでもなくいつも通りの態度で前を向き、目的の屋敷を探す。

 茫然自失――まではいってないがかなりショックを受けたらしいアルトは露骨にカリマと距離を開け、どうしたらいいのかと迷いだす。

 やはり若いな、と彼の様子を微笑を浮かべながら眺めるカリマ。


「大丈夫よ、もうあなたたちを攻撃することはないから。フィルナムも負けちゃったしね、目的すんでたからこんな話がなかっらさっさと離れてたわ」


「………俺たちが、生き残ってても?」


 手配書の【無差別殺人】という単語にビビりまくっているアルトに、カリマはええ、と頷いてやった。


「そこに載ってる罪は確かに周りから見ればそうなるんでしょうけど、あたしはただ自分の望みを叶えるために行動しただけよ。周囲にとってはそれが理解できなかったというだけ」


「願い?」


「そう、あたしの人生をかけた、たったひとつの願い」


 黒く煌めく瞳を輝かせて、まるで夢見る少女のようなしぐさで振り返り、長年の夢を語る。いつか叶うことを心から願う、望みを。


「あたしを殺せるほど強い人を見つけて、戦って、殺してもらうの」


 うっとりととろける笑みを浮かべて、カリマは語った。

 それは確かに、誰かと結ばれて普通の幸せをつかむことを望む者には理解できない望みだった。

 アルトは何を言われたのかわからない、と首を緩く振った。


「なに…、それ……」


 強い者と戦うのが好きだと言った。戦い続けたいと言っていた。

 そんな彼女が望むのが死とは、理解できなかった。

 混乱しているアルトに「理解しようとしなくていいわよ」とカリマは言った。


「これはあたしの、あたしだけの願いだもの。わかってもらう必要なんかない。あたしがそうしたいだけだもの」


「戦いたいのに、死にたいの?」


 いいえ、とカリマは否定する。ただ死ぬために言っているんじゃない。


「私は自分が他の人と比べたら桁違いに強いってわかってるわ。強い人・弱い人の区別がつくくらい戦ってきた。戦う価値のない戦いもあった。だから、そうして戦って戦い続けて、私の力と同じだけの力で対抗して、死んでしまうかもしれないと覚悟するような相手と出会うようなことは少ないってわかる。だからあたしが本気で戦う機会がほとんどないのよ」


 国の英雄、力に支配された狂人、孤高の強者………そんな風に呼ばれる輩と幾度も戦ったが、次第に本気を出す必要もなく倒せる者たちばかりになった。

 どんなに自慢して、周りに煽てられた存在も、カリマには対戦欲の湧かない下らない相手にしか見えていない。

 そんな日々ばかりが続いている。


「だからもし、いつか出会ったら………それはどれだけ私にとって幸せなことかしらと思うのよ」


 対峙したその瞬間から、瞬きほども油断を許さないような戦闘を始められる。

 そうしたら、きっと互いの全力どころではなく、恥も外聞も捨てて使える手を出し尽くし、痛みにもがきなからも負けられないと死力さえ使い果たす激しく、熱く、楽しい戦いができるのではないだろうか。

 そんな戦いが出来たら、それはもうこの場で死んでいいと思うくらいカリマにとって素晴らしいことだ。

 だから。


「私は、私を殺せる人の手で死ぬために、死ぬまで戦うのよ」


 だからその人を見つけるために戦って戦って、探すのだ。

 そうやっているうちに、怒ってでも面白がってでも、理由なんてなんでもいいから、同じくらい強い人がやってくるかもしれない。

 そうして出会えるかもしれない。

 その時は、自分の総てを以って戦おう。

 悔いなく、未練なく、その一瞬を最大の幸せとして、命を懸けて。

 そう思って、今を生きている。


「…………………わかんないよ。それで楽しいの?」


 理解しなくていいと言ったのに、ずっと考えていたらしい。結局理解できずにカリマに問いかけるアルト。

 それにカリマは「ええ」とだけ答えて話題を変えた。カリマはべつに理解して欲しくて話したわけじゃない、正義のヒーローのような捉え方はやめてもらうために説明しただけだ。


「さて、あたしのことはもういいでしょう。他人のことをあれこれ言う前に、自分のことを優先させなさい。自分のことすら解決出来ないようなやつにはそれこそ誰もなにも言ってほしくないでしょ」


 ほら、とカリマが指差した先は、目的地の屋敷だった。

 強烈な話だったため周囲をあまり気にせず進んでいたアルト。いつのまにここまできたのかと驚いた。


「さあ気張りなさい! あなたの目的を達成しなきゃね」


 カリマに背を叩かれ、ややビクつきながらもここまできた理由を思い出して、アルトは呼吸を整えて心を落ち着けた。

 切り替えができる青年へ、カリマはよしと頷いた。


「じゃあ行くわよ?」


「ああ!」


 確認に返事を返し、アルトは今回の件をはっきりと終わらせるべく意気込んだ。

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