戦闘
しんしんと降る雪の白と静寂が支配する雪山の中で、そんなものは関係ないとばかりに激しい剣戟の応酬が繰り広げられていた。
猛スピードで動き回る紅い人影と、一点からあまり動かずに追われている黒い人影。
紅と黒が交差した時に、衝突音は激しく響く。
ギギイン、ギインッと幾度も鳴る金属音。
武器同士の衝突音は時間に対して減ることはなく、むしろ増えている。
白い雪景色の中で、赤と黒の影が剣舞のように舞う。
いや、剣舞にしては激しすぎる。
しかし衰えることのない互いの勢いはそれを芸術のように見せていた。
唐突に訪れた狂人の女剣士カリマに対するは雪山で青年アルトと共に住んでいた女フィルナム。
一見狩人というだけの女に見えるが、カリマが繰り出す攻撃を何度も受け流して反撃の機を伺っていることで只人ではないのがわかる。
鋭い刺突の連撃をカリマが繰り出せば、フィルナムは鎌のように曲線を描いた刃の形状をうまく使って攻撃の方向をギリギリで逸らして交わしている。
攻撃を受け流してからは交代のようにフィルナムが攻め始め、間合いに入れた瞬間を狙って急所へ一閃を見舞う。
しかしあと一歩のところで剣によって阻止され、体勢を立て直そうと離れてからまたカリマの攻めを交わす。そしてまた攻防を逆転させてフィルナムが攻める。
戦闘開始からその繰り返しだった。
一瞬の瞬きも許されないようなスピードで互いの攻防が繰り返されている。
しかしカリマが突然数メートルの距離を開けて止まった。
それはやめる合図などではなく、相手と話がしたくなったからだ。無邪気な子供のように輝く笑顔が彼女の高揚を教えている。
「あはっ、久々に手ごたえ感じるっ、さすがマスターの情報! 当たりだわっ!」
期待以上だった結果にカリマはとても嬉しそうにはしゃぎ、しかし隙なく剣を構える。
そんな様子に息が上がってきていたフィルナムは逆に不機嫌さを表に出す。
「ふざけた人だね。性格も強さもっ…!」
自分もかなりの実力があると自負していた。
なのに同等かそれ以上の実力を持って突然現れた女に、フィルナムは舌打ちを漏らさずにはおれなかった。
仕事の邪魔が入らないように最大限目立たない場所に居を構えていた。その上でアルトを鍛え時がきたら離れる気でいたのだ。
修行途中に何度か邪魔がありそれが噂になってしまったが、噂をあてにして来たとしても常人には嘘のような話だったはずだ。
なのになぜ彼女は自分の存在をしっかりと掴んで挑みに来ているのか。
(この忙しい時にっ……)
少しでも戦いを避けたくて、情がわかないものかとこの機会を利用して尋ねてみた。
「ねえ、実は私は今仕事の最中なんだよ、この仕事が終わるまで死ぬわけにはいかないんだ。それまで待ってもらえないかい? 終わった暁にはいくらでも相手するからさ」
そんな問いに対し、カリマはすげなく言い放った。
「無理ね。あたしは今戦いたいのだもの」
相手の都合などお構いなしなカリマは自分の欲求を満たしたいがために伝える。
「仕事を続けたいなら生き延びればいいのよ。お願いだから途中放棄なんてしないでね。カッとなって殺しにかかっちゃうかも。勝負さえ決まれば命をとったりはしないから」
その決まるまでに命を落とす者のほうが断然多いのだが。
死んでしまったものは仕方ないで片づけられるカリマはそんなことを伝えて相手の士気を下げるような馬鹿なことはしない。
言葉にしない実情を、しかしフィルナムは何となくだが感じ取れた。
「つまり諦めてあんたと闘って生き延びろってわけね。単純で難しいわね…」
「だから面白いんじゃない」
「あんたほど争いを望んでないんでね。こっちは事情があってひっそり暮らすつもりなんだよ」
「そんな、戦わないなんて勿体ないわ! さあ、続けましょう!」
爛々と輝く瞳はフィルナムを逃す気はない、それどころか逃げれば殺すという。
脅しじゃないと確信したフィルナムは大きくため息を吐いて身構える。
「まったく、余計なのに引っかかったもんだよ!」
「タイミングって合わないものよ。あの子…アルトだっけ? 仕事って彼の関係?」
暮らしぶりと先ほどの青年を庇う様子、現在の会話からなんとなくで推測して口にしただけだったが、フィルナムは誤魔化す気もないのかあっさり頷いた。
「ああ、そうさ。ちょっと訳ありな子でね、しばらくの間護衛として雇われてるのさ」
簡潔な説明にだいたいを把握したカリマはえーと嫌がっている表情でフィルナムをみる。
「守りに入るなんてもったいない、攻めるから楽しいのに……」
誰かのために動くという事が少ないカリマにはフィルナムの行動原理がわからない。
「親しいの?」
「まぁ多少はね。事情を聞いちまったらほっとけなくてね」
「理解できないわ。そんなの面倒なだけでなにも楽しくないじゃない」
「やってみてから言っておくれ。攻めるだけよりよっぽど難しいけど、案外楽しいよ。望まなくても強い奴だって現れる。考え方を変えたらあんたも向いてるかもね」
「そうかしら? やってみたことならあるけど、制限付の戦闘になるだけで面白くなかったわね」
やはり戦闘を念頭に置くカリマ。守りだと理解しているにも関わらず、彼女の中で「逃げる」ことは選択肢にないらしい。
フィルナムはそんな彼女の考え方に逆に笑えてきた。
「ははっ、本当に戦闘にしか興味ないのか」
きょとんとしたカリマが真顔で頷く。
「ええそうよ? 地位もお金も性格も関係ない。戦って戦って戦って、負けてこの命を落とすその時まで戦い続けるのがあたしの望み。だってそれが楽しくて仕方ないんだもの」
心からそう思っているカリマは恍惚と笑う。
まるで恋する乙女のようなウットリした表情だ。
とても美しいのに、その手に構える剣と隙のない構えがそれを霧散させて恐ろしさを増幅させる。
フィルナムはそんなカリマの姿を遠い目で見る。
「そうかい……。いっそうらやましいね、その硬い意志は」
一周回って清々しい、その自分勝手を貫く姿。
言わずともなんとなくフィルナムは感じていた。
彼女だって敗北は幾度も経験しているだろう、勝てない相手だっていた時もあったろう。それでも戦いに身を置きたいと願った戦闘狂の姿が今目の前にあるのだと、そう感じた。
フィルナムは敵という認識以上に一人の戦士としてカリマを尊敬した。
(本気でいかなきゃダメだ。様子見はこっちが不利になっていく)
覚悟を決めてフィルナムは手にしていた武器を放し、地面に放った。
その動作に戦闘放棄か?と訝しんだカリマは一気に苛立ちを募らせるが、フィルナムが懐から別の武器を取りだしたことで霧散させる。まだ彼女はやる気だった。
先程と表情が変わり、陽気な母親のように感じていた雰囲気が冷たく冷酷になっていくのを直に感じられた。
そうしてフィルナムが取り出した武器を、カリマは怯むことなくわくわくと観察する。
それは暗殺者などがよく使う暗器に似ていた。
持ち手と刃が一体になり、近接戦で素早く相手の命を刈り取るのに特化したクナイと呼ばれる武器が形としては一番近いだろうか。
クナイは通常は手に収まるほどの大きさがほとんどだが、それを短剣ほどの大きさにまで伸ばしたような、不思議な武器だった。
剣として扱うには不便そうだし、暗器としはもっと使いにくそうだ。
はたしてこんな武器でどんな攻撃をしてくるのか、あらゆる手を考えてカリマは待った。
スッ…と、フィルナムが武器を顔の前に構え腰を落とす。
それはかつてカリマが戦った「忍」と呼ばれる暗殺者の動きに似た構えだ。
(来る)
そう思った瞬間、カリマは目の前のフィルナムの気配を失った。
(え?)
初めてだった。
目の前に姿があるのに、消えたわけでもないのに気配がないというその感覚が。
幽霊にでも会えばこんな感覚だろうか、なんてどうでもいいことが浮かぶ。
その違和感に体の反応がわずかに遅れた。
そうして踏み込む音さえ消した静かな攻撃に、カリマはざわりと背筋を撫でた本能からの危機感だけで腕を動かし、狙われていると感じた急所を剣で庇った。
ガア……ンッッ――‼‼
音が戻ってきて、耳元で衝撃音がつんざいた。
「あ、ぶな……‼」
ぞわぞわと、後から悪寒が体に走った。
今、確実に命が消えるところだった。
歴戦の勘と本能がそれを防いだが、ほんの一瞬でも相手の攻撃が自分を危ぶんだと理解した。
その脅威を感じた攻撃に体を震わせた彼女は―――歓喜した。
(これだ、これを待ってた…)
命を賭け合うギリギリの戦闘。
一歩間違えればそれだけで終わってしまうような緊迫感。
この瞬間を味わうために、生きている。そう思える時が、久々にやってきた。
警戒もあらわな硬い表情は、しかし徐々に口角をあげ、狂喜と化した。
この人なら自分を殺せるかもしれない、この命を削りきって最高の終わりを迎えさせてくれるかもしれないと、そう感じた。感じることができた。
「あなた、最っ高ね…‼」
本心から、そんな言葉が出てきた。
見たことのない手とそれで不意を突き意欲を燃やしてくれた相手――フィルナム。生きていれば一生忘れないだろうカリマの中に刻まれた名前は、今日で過去のものとなるか、目指す未来となるか。
なにより、フィルナムはカリマが全力で戦える相手だという認識がされ、カリマはもはや獲物を狩る獣のような獰猛な気配をまとった。
もう、勝負を決するまでフィルナムは絶対に逃げられなくなった。
一方、大声で叫んだわけでもないのに耳に残るカリマの放った言葉に、懇親の力で打ち込んで睨みつけていたフィルナムはぞわりと身震いした。
(化け物か…っ!?)
それが正直な感想だった。
まさか必殺の一撃を受け止められるとは思っていなかった。
なにより消えかけた命の灯火を実感したにも関わらず、逆にカリマが笑ったことが恐ろしく感じた。
どんなに戦闘狂でも、死ぬ間際というのは死を覚悟して尚それに抗おうとして戦意を高めたり興奮したりか、諦めるものだ。
なのにカリマは表情を硬くしたものの、真っ先に喜びを浮かべた。
死を覚悟して尚、彼女は狂喜して一段と濃い殺意をぶつけてきた。
先ほどの一撃が渾身だったため、もうカリマに対抗できる力はないのが本音だが、目にした瞬間喰われそうな殺気をまき散らして残忍な笑みが貼りついてる彼女を見て、攻撃が通らなくとも対抗しなければいけないと悟った。
停まれば、その一瞬に殺される。
そう本能が告げてきていた。
「……っ!」
剣の腹に突き立てていたクナイもどきを引いて、相手からの横薙ぎの一閃を仰向けに倒れるように身を低くして交わした後、バク転で一度離れる。が…。
「離れちゃ嫌よ」
「なっ…⁉︎」
フィルナムが体勢を整える前に距離を詰めてきたカリマが、着地したすぐ目の前でニッコリと、剣を構えた。
フィルナムは着地時の衝撃を流してから攻勢に出るつもりだったため体勢が整っていない。
仰け反るような状態で止まってしまった大勢の中、見えるのは水平に保たれた剣先。
もはや攻撃も防御も間に合わない。
(この……っ‼)
横薙ぎがくると予測してフィルナムは半ば運とヤケクソに任せて仰け反っていた体を地面へと勢いよく倒れ込ませた。
次の行動などまったく視野に入れてなかった回避行動だが幸運にも攻撃を交わし、間一髪命を繋いだ。
べったりと地面に倒れることは相手に隙を見せるようなものだが、フィルナムは剣が通り過ぎた時にはすでに腕と膝を曲げバネにして跳び蹴りの要領でカリマの腹を蹴飛ばした。
「うっ…!?」
衝撃に耐えきれず後方へと転がったカリマ。その隙にフィルナムが立ち上がる。
カリマも急いで起き上がり相手を視界に入れる。
向こうもカリマを視界にとらえていた。動きがないのはおそらくどう攻めるか、どう生き残るか算段を立てているのだろう。
いまだ戦意が消えていないことに、カリマは満面の笑みになるほど嬉しさが滲む。
(そうよ、そうやって考えて、ずうっと戦いましょう? こんな素敵な戦闘をもっと、ずっと続けましょう)
「ウフフフ……ああ、楽しい♪」
思わず笑いが漏れてしまう。
(まだ彼女は諦めてない、まだ闘える。なんて素敵なことかしら!)
「く、憎たらしいねその顔! ちょっとは歪んで欲しいもんだ!」
悪態をついて再度突っ込むフィルナムとまた何度か攻防を繰り返す。
やがてな感極まったカリマは叫ぶ。
「もう我慢できないわ! もうちょっとだけ本気だすわね? 頑張って」
「え…?」
信じられない言葉が聞こえた気がして、フィルナムは一瞬呆ける。
(あれでまだ本気じゃない、と? まだ底があるってのか!?)
「冗談っ…………うあぁあっーー‼‼」
自分が声をだしていたのかも理解してなかった一瞬に、カリマの姿は数メートル先からまた目の前へと移動していた。
意味のない声をあげながら、二度目の、さらにスピードの上がった突進を寸でで回避した。
殆ど本能で動いた回避だったが、避けたその先で、すでにカリマは待ち構えていた。
(いつの間に、殺られる、肉が、本当に強い、避けろ、アルト、夕飯、どちらに交わす……
支離滅裂な思考がフィルナムの頭を駆け抜ける。
真紅に燃える髪がなびき、恐ろしくも美しいその顔に狂喜に満ちた獣の笑みを浮かべて、カリマはフィルナムを捉えた。
気のせいか、彼女の瞳が白くなっているように見えたが、それよりも強烈に視界に入った剣にフィルナムのすべての意識がもっていかれる。
そうして、ぽん、と理解した。
ああ、負けたな………。
もう回避する手段がないことを悟って、フィルナムは自分の命が消えることを覚悟した。
アルトを最後まで鍛えられないのが心残りだが、戦う者としてここまで強い相手とやりあえたことは感謝した。
敗者の意地として自分を裂くその瞬間まで目を開いて剣の軌跡を追えば、額からわずかばかりの隙間を残して剣が停まった。
「………………なん、で…?」
確実に殺されると覚悟していたのに、突然攻撃を止めた理由が分からず戸惑うフィルナム。
しかしカリマは当然といった様子で鞘へ戻し、だって〜、と残念そうに呟いた。
「あなた今、負けたと確信して死ぬ覚悟を決めたでしょ。だから終わり」
「え……」
「最初に言ってたでしょ、勝負がついてまだ生きてれば殺さないって。あなたが本心から負けたと思ってしまったなら、それは私が勝ってあなたが負けた、勝負はついたってこと。だからもう殺す意味もないわ。終わってしまったのは残念だけど、久しぶりに楽しかったわ。ありがとう」
あっさりと手を引くカリマに、いまだ動けずにいたフィルナムはじっと視線を送り、ゆるゆると自分の体を見て、やっと生き延びたことに深い安堵を覚えた。
雪の冷たさを無視して地面へ仰向けに倒れる。ボフッとこもった音がして、身体が雪の中に沈んだ。
「………………まったく、こっちの気も知らないで騒がせてくれるね」
「もう少し諦めないで向かって来て欲しかったわ、こっちとしては」
負けを嘲笑うことなく、カリマはただ戦いが終わってしまったことを嘆く。
死を覚悟したフィルナムからすればもう十分なので、無言で拒否を表した。
目的が済んでしまったカリマはフィルナムから目を逸らし、これからどうしようかと一人悩む。
今の今まで互いの命を懸けた戦いに投じていたというのに、彼女はあっさりと切り替えて次の予定を考えていた。
またマスターのところに行くのもいいが、彼女との戦闘の余韻をまだ感じていたいので次の相手探しはまだしなくていい。そうすると時間を潰さなくてはならない。
(旅の資金でも稼いでれば暇つぶしにはなるかしら………ん?)
「ねえ、フィルナムだっけ? あなたの家の方から」
「わかってるよ。気配がするってんだろ? あれはアルトに用がある連中さ、あれくらいならあの子でも追っ払える」
雪に埋もれたままフィルナムはカリマの疑問に答えた。
どうやら件のややこしい事情がやってきたようだとカリマは理解する。
「任せて平気なの?」
「捕まりたくなきゃ逃げてこいって言ってるからね。あの子も気配くらい掴める。頼られない限りはあの子に対処させる」
「意外と厳しめなのね」
気配から感じるに軽く十を超えた人数がやってきているようだが、できるかぎり彼自身に任せるとは。情をかけた相手には甘くなりそうなものだが、フィルナムは修行と区切りをつけている分厳しく当たっているらしい。
まあ、無理そうなら来いと伝えてる時点で甘いとカリマは思うが。
「あ、来たわね」
「早いな……、もう少し粘れないもんかねえ、こちとら疲れてんのに」
「必死そうだから敵わなかったんでしょうね。無理と判断したらすぐ対処する、いい判断力ではあるわ」
目の上に手をかざしてアルトが走っている方を観察する。意地になって立ち向かうのはただの馬鹿だ、ちゃんと攻撃を交わしながらこっちに向かってきているのは褒めていいだろう。
木々の中から飛び出し、ザクザクと走りにくいだろう雪に足を埋めては抜きながら二人のもとへ駆けてくるアルトを見つめる。
まだ距離があるせいでなにか叫んでいるアルトの声は聞こえない、しかしそんな逼迫した状況であるにもかかわらず、フィルナムは未だ起き上がらずにのほほんとした口調でカリマに話しかけた。
「そうだ、カリマさん。あんたこの後暇なら家へ寄っとくれ、いい経験が出来た例にとっておきを振る舞うよ。酒もある」
「あらいいの? お腹空いたからありがたいわ」
カリマも目の前の状況に興味ないとばかりに話に乗る。その顔は面白いものを見る目だ。
「でも、殺されかけた相手と食事なんて、あなたも変わってるわね」
「なに、こっちにも話したいことがあるからさ」
「へえ?」
やっと起き上がり、アルトがフィルナムを呼びやばいと連呼している姿から目を離さずに、フィルナムは挑発するような声音でカリマに話し続ける。
「強いのがわんさか集まってくるような仕事があったら、どうする? 引き受けるかい?」
ぴくり、とカリマの身体が反応した。
「………………、それは、彼に関係するのかしら?」
旨いだけの話はない。今彼女が持ちかけたものは十中八九アルトに関係することなのは目に見えている。
そうわかっていて尋ねるのは、やはり強い者というワードがカリマの中で勝っているからだ。
勝ちを得たように口の端を釣り上げて、頷くフィルナム。
「あの子の護衛、受けないかい?」
じっとフィルナムを見つめ、本気か?と目で問う。
そんなカリマに目を向けず、フィルナムはやっと声が届く距離にまで近づいてきたアルトの方へと立ち上がって足を進めた。
「返事は説明と夕飯の後で構わないさ。ただ、損はしないはずだ」
それだけ言って、フィルナムはアルトの後ろから彼を追ってきた複数人に向かって駆け出し、数十分後に全員の息の根を止めて戻ってきた。
やはり強い、とカリマは思う。破れたとはいえ彼女は自分に追いつくんじゃないかと思われる強さを秘めている気がした。
そんな人が紹介する、強い者と戦える依頼……。
(受けても良さそうだけど、護衛かぁ……)
その項目だけが、カリマに歯止めをかけている。
それさえなければ引き受けるのに……。
そこをどう我慢するか、それを説明してもらってから考えて答えようか、と思い直し保留にした。
戻ってきたフィルナムにおつかれと労い、三人はもとの家に戻っていった。