一人の剣士
朝もやがたち込め日の出に照らされて白く輝く神秘的な光景を生んでいる自然の中、溜息をついて落ち込む者がいた。
「あ~~あ、またハズレだった……」
女は晴れ渡る青空を見上げて、期待が外れたことへの悔しさを吐き出す。
町一番の情報屋だという男に大金を渡して問い詰めて、やっと情報をもらい居場所を発見したのに、今度こそという願いも虚しく期待は裏切られた。
せっかくの情報料が無駄になったことと、自分の期待が叶わなかったとこに女はとても残念な声をあげていた。
「あんの野郎、デマもよこしやがったし。なあにが『今まで一度も負けたことない女がいる』だ。カッコよく言ってるけどただの『売り物を一度も負けたことない女店主』ってだけじゃんっ! あ~~ムカつく! 一気に二人戦えると思ったのに~」
溜息をつきながら、そこらから拾ったヘッドアーマーを手持無沙汰にくるくると回して遊ぶ。
「あの情報屋はもう頼まない。…そうすると近くで他にあるのは~~…あ、あそこかな」
誰に聞かれても構わないのか、さっきからどうどうと独り言を話す女は次の行動指針を決めて立ち上がった。
つい最近肩を越した紅の髪を風に遊ばせ、女――カリマ・ツィオーネは灰白色の瞳を、一般人が見たら悲鳴をあげそうな不気味な瞳を遠く一点に据える。
髪色と合わせたワインレッドのレザーアーマーの上から簡素な胸当てや籠手をつけ、腰のベルトに男が持つくらいの幅広な剣を下げて立つその姿は異質で、勇ましくも美しい女剣士。
薄く桃色な唇が自然に、ニィと弧を描いた。
「やっぱり知り合いのほうが信用できるね、あっち戻ろう~っと!」
きれいな顔とは裏腹に無邪気な子供のように声を上げ、手にしていたヘッドアーマーを宙に放り投げて行動に移った。手から離れた時点でもうヘッドアーマーのことは彼女の頭にない。
―――…ドチャッ。
落下したヘッドアーマーは金属とは思えない水の音をたてて地面に落ちた。前日に雨でも降ったのか、地面はぬかるんでいる。
綺麗な銀色のヘッドアーマーに飛沫がかかり、ところどころを赤く染めた。
「体伸ばしたら準備するかあ」
腰に手を当て、女らしい局線のある身体を前後左右にぐう、と伸ばしてストレッチを終え、身に着けている装備などの点検をしてから荷物をまとめた袋を担いでカリマは歩き出した。
ぐち、ぐち、とぬかるんだ音が聞こえて、途中からは聞こえなくなった。
「あっち戻ったらご飯食べてえ~、美味しいお酒飲んでえ~。はは、今から楽しみ!」
ゆっくりな足取りとは裏腹に、気持ちはどんどん高揚する。キラキラと今後の予定を立てて輝く瞳は今は黒かった。
カリマはご機嫌に鼻歌を歌って座っていた場所から去った。
カリマが去って数十分ほどすると、強い風が吹き滞留していた靄が風に押されて流されていった。
今まで白く覆われていたところがあらわになる。
そこには自然の中の神々しい景色の余韻を吹き飛ばす、おぞましい景色が広がっていた。
頭、腕、脚、胴。
いずれも体のどこかが欠損し、あるいは全身すべてがバラバラに飛ばされて。
人間の死体が、切り離された体の部位が、血を滴らせながら至る所に転がっていた。
ある部位は木に引っかかり、ある部位は他のと山となって積み上がり、ある部位は恐怖したままの表情で固まって頭だけで転がっていた。
そこにはいったい何人の人間が居たのだろうか。数を数えるのも嫌になるほど部位があちこちに落ちていて数える気すらそぎ落としてしまうだろう。
よく見れば死体の山の近くには建物があった。恐怖で逃げ込もうとしていたのか建物の周囲にも死体は転がっている。彼らの一味が根城にでもしていたのかもしれない。
開け放したままの玄関扉は風に合わせて開閉している。中にはもう誰もいないようで風に煽られる扉を閉める人はいない。
そんな場所にたというのにカリマは鼻歌交じりに、あの惨劇など目にしなかったようにさえ思えるほど気持ちよく森を歩いていく。
「あー、どこかにいないかなあ~あたしを殺せる人」
のんきにとんでもないことを一人ごちるカリマ。だがその目は本気だ。
カリマは戦いに生きがいを感じ、戦いに狂喜する。それ以外には興味がない。
まるでアルコール切れの中毒者のように、常に戦いに飢えていた。
強者を求めて修行を積んだカリマはその願いの通り、他の追随を許さないほどに強くなった。
そんなカリマが次に求めたのは、自分と対等、またはそれ以上に強い者と戦うこと。そうして全力をもって負けてしまった時は、悔いなく死んでいくこと。
長寿短命も気にせず、強い人と戦う―――それだけを求めてカリマは各地を旅していた。
カリマは探す。自分を殺せる者を。こいつに殺されるという危機感をもって戦える者を。
カリマは望む。いつか、死闘の果てに自分が死んで逝けることを。
生涯最後まで、最後の血の一滴を使いきるその時まで、戦いの中で生きることを―――。