Turning Point-3-
「しかしまぁ、相変わらず殺風景な部屋な部屋だな」
長官室に置かれたワインレッドのソファに腰掛けながら部屋の中を見回す黒髪の女。
「綺麗好きなのは良いことだが、もう少しオシャレにも気を使ったらどうだい?そんなんじゃ、いつまで経っても男は捕まえられないぞ」
「余計なお世話です。それで、今日は一体何の用でしょうか?」
大体、洒落っ気がなくて万年独り身なのはアンタも同じでしょう。
部屋に入るなり人のダメ出しをしてくる来客に対し、CDF長官であるミラは胸中でそんな思いを抱きながら、パソコンのキーボードを叩きつつそっけない対応をする。
「つれないなぁ、折角旧友が訪ねてきたというのに。どうせここには二人しかいないんだ、もっと昔みたいに砕けた口調で構わんよ」
黒髪の女がベージュ色のコートのポケットから煙草の箱を取り出し、口に咥える。
「アンタが私を訪ねてきたときは大抵碌でもない要件だって分かってるのよ、あとここ禁煙」
この注意も何度目だろうか。
そんなミラの言葉を無視して煙草に火をつけた女は、いかにも女性好みなその細い煙草で紫煙を燻らせる。
「一昨日の新宿テロ事件の時……CDFのアサルトナイトを不正使用して捕まった男を知っているだろう?」
キーボードを叩いていたミラの手がピタリと止まる。
なんとなく予想はしていた、彼女の部下が楠 太陽と接触していたことの調べはついているから。
「もちろん知っているわ。……それが何か?」
黒髪の女がニヤリと笑って答える。
「彼と話がしたい……会わせてくれないか?」
拘留されてからどれぐらい経っただろうか。
太陽が入れられている独房には窓がない為、既に彼からは時間の感覚が失われていた。
寝て、起きては意味もなく天井を眺め、また寝る。たまに意味もなく部屋の中をウロウロしてみたりするが五分もすれば再びベッドへと戻る。
いっその事、気が触れたフリでもして大声でも出してみようか。
そんな考えが浮かんだが、余計に問題を起こしたくはないので思いとどまる。
結局の所、自分は大人しく待っているしかない、そう思いながら何度目かも分からない眠りにつこうとした時、誰かが廊下を歩いてくる音がした。
その足音は次第に大きくなっていき、ついには太陽のいる独房の前で立ち止まる。
ようやくか。
やれやれ、といった感じで上体を起こし、ベッドに腰掛ける形で足音の主を待つ。
外からドアパネルを弄る電子音が聞こえ、何かのロックを解除すると廊下に面した独房の壁に部屋の向こうの景色が映し出される。
そこには二人の女性が立っていた。
一人はウェーブ掛かった栗色のセミロングヘアにCDFの深緑色の制服を着た女性、もう一人は前髪を切りそろえた黒いロングヘアにメガネを掛け、ベージュ色のコートに身を包んだ女性。制服の女性は何かの媒体で見たことがある顔だった、恐らくCDFのトップである七原 ミラだろう。だが、もう片方の女性には見覚えがなかった。
「気分はどうだい?英雄様」
黒髪の女性が問いかけてくる。
「あまり良くはありませんね、狭いし暗いし気が滅入る……それと、その英雄っていうのやめて下さい。俺のガラじゃない」
「そうか、そいつは失敬」
そう言いながら懐から取り出した煙草を咥え、メタリックブルーのジッポライターで火をつける。そんな彼女を見て、隣に立つミラは露骨に嫌な顔をしていた。
「自己紹介がまだだったね、私の名前は鬼道 なつめ。民間軍事会社ブルーフランカーの代表をしている者だ。君のことは知っているから名乗る必要はないよ、楠 太陽君」
聞き覚えのある名前が出た為、思わず聞き返す。
「ブルーフランカー……?じゃあ、あの暴力女の……」
俺にコブを作ってくれたあの女……燐華もブルーフランカー所属と言っていた。どうやらこのなつめという女性は彼女の上司らしい。
「ふむ……どうやら、あいつと一悶着あったようだね。大方、子供だなんだと言ったのだろう?」
「ええ……おかげでまだ痛みますよ」
左手で、蹴られた側頭部を撫でる。
「なるほど……。それで帰還してきた時、不機嫌だったわけか」
なつめは納得したように頷き、煙を吐く。
「そいつは災難だったね、ウチじゃああの子の体型については禁句になっているのさ。まぁ、あいつも色々と気にしているんだ、許してやってくれ」
「いえ、俺も配慮が足りなかったんで。お互い様ってことで」
そう言うとなつめは満足したような表情で吸いかけの煙草を携帯灰皿で揉み消した。
「さて、それじゃあ本題に入ろうか。単刀直入に言おう、楠。ブルーフランカーに入る気はないかい?」
それは、俺の予想を大きく超えたなつめからの提案だった。