Turning Point-2-
CDFに捕まり、簡単な取り調べを受けてから留置場に入れられて早くも丸一日。
太陽は備え付けのベッドに寝転がり、代わり映えしない独房の天井を見つめ続けていた。
一時はあまりにも暇すぎて天井のシミの数でも数えようかと思ったが、元々小綺麗で手入れの行き届いた独房であった為、シミなどというものはなく諦めてただ待つことを決めたのである。
寝返りを打って壁側に身体を向ける。
自分の罪状は分かりきっている、逮捕するならするで早くしてほしい。それだけ、何もせずに待っているというのは辛かった。
ズキン。
脳味噌まで響く痛みとともにコブになった左側頭部を擦る。
「あの幼児体型女……人の頭に思いっきり上段蹴り食らわせやがって……」
暁星 憐華───、自身をそう名乗る少女を前に呆然としてしまう。
PMCの傭兵……?この子供が?
にわかには信じがたいその事実を受け止めつつ、太陽はアサルトナイトを装甲解除させる。
中東などの紛争地域ではテロリストが少年兵などに武器を持たせて戦場に放り込むことは珍しいことではないらしい。だが、いくらPMCとは言え日本においてそのような子供の兵士がいるということに驚きを隠せなかった。
ナノマシンの鎧がプラズマ化していき、ドッグタグ型の起動キーだけが残る。
時間にして僅か数分とは言え、久しぶりに浴びた外気は心地よかった。
「CDFなのに私服……?それに部隊章も付けてない……」
しまった。
太陽はまだ彼女に対し、自分が何者であるかの説明をしていなかった。いや、正確には説明しようとしたのだが先程の出来事がきっかけで言いそびれてしまっていた。
「アンタ……何者?」
素早く腰のホルスターから拳銃を抜き、銃口をこちらに向ける憐華。当然だ、目の前にいるのはCDFのアサルトナイトを無断で拝借した不審者なのだから。
「待て!確かに俺は勝手にCDFのアサルトナイトを使ったが、ただの一般人なんだ!テロリストとは何の関係もない!」
両手を上げて目の前の少女に対し弁解する、一難去ってまた一難だ。
「嘘ね。ここの来る途中、遠くからアンタの戦いを見たわ。ただの一般人があんなにアサルトナイトを使いこなせるわけがない!」
「嘘じゃない、俺は昔アリーナの選手として活動していた。嘘だと思うなら俺の情報端末で確認してくれ、上着のポケットに入っている。」
憐華はしばらくこちらに銃口を向けたまま動かなかったが、やがて銃を構えたままこちらに近づき、俺の上着から情報端末を取り出して確認し始める、もちろん銃口で俺の頭を捉えたまま。
端末の中にはアリーナ時代の認識票が残っている。引退したとは言え、これらは立派な太陽の経歴の一部であり、当時のマネージャーからも、もし復帰するのであればと残しておくように薦められたのだ。
復帰する気はなかったが、こいつは残しておいて正解だったな。
やがて、端末を確認し終えた憐華が銃を下げると俺に端末を返してきた。
「……取り敢えず今は信用するわ、疑ってごめんなさい。」
「いや、悪いのは疑われるようなことをしたこっちだ。もっと早く言うべきだった。」
ホールドアップした手を下げて手渡された端末を再び上着に仕舞う。
「それにしても、なんでそんな無茶を?元アリーナ選手で腕に覚えがあるとしても相手はテロリストなのよ?」
至極もっともな意見だ、俺は首から下げたドッグタグ型の起動キーを外す。
「だな、俺も冷静じゃなかった。ここに来るまでにコイツの持ち主だったCDFの隊員が倒れていてさ、その人は結局助けられなかったんだが……敵討ち、って言う訳じゃないがただ見てるだけっていうのは嫌だったんだ。」
何もできずに見ているだけは嫌だ、それは嘘偽り無い本心だった。
「そう……それでももうあんな無茶はやめなさい、こっちだってびっくりしたんだから。どうしても無茶がしたいって言うならPMCに入るっていう手もあるけど」
拳銃をホルスターに戻しながら呆れたように肩を竦める憐華。
「肝に銘じるよ。それに、俺だってびっくりしたさ。援軍の傭兵がまさかこんな小学生だとは───」
瞬間、鈍い音と共に俺は何故か宙を舞っていた。
実際には一秒にも満たないであろう時間、世界が急にスローモーションになったような気がした。
頭からコンクリートの地面に叩きつけられ転がっていく体。勢いを殺せないまま、最終的には電柱に突っ込んだ。
「アタシは!これでも!十八歳!!よく覚えておきなさい!!」
怒鳴る彼女の声を遠くで聞きながら、体を転がせて仰向けにする。
あぁ、空は青いなぁ……