Beginning-4-
鈍い銀色の電光が太陽の体を包む。
起動キーの内部を満たす流体ナノマシンがパイロットの身体を纏う鎧となる前の反応現象だ。
ナノマシンは特定の電気信号を送ると任意で増殖することができる。故に普段は数ミリリットル分の質量しか存在しない場合でも信号を送ることで十五メートル級の鋼鉄の鎧を創り出すことが可能なのだ。
太陽の身体が除々に白緑色のアサルトナイトの装甲で覆われていく。
曰く、今の人類によって広く普及しているナノマシンの大元は百年前に地球外から落下してきた隕石、人類にとって未知の物質で構成された金属なのだという。事実、そう考えなければこの質量保存の法則を無視する物質の説明がつかない。
また、一方でナノマシンはただの金属物質ではなく、一種の細胞生物ではないかと考える研究者も数多く存在するが、どちらにせよ人類にとって有益なものならば活用しない手はない。
ナノマシンの放電現象が弱まっていき、太陽の身体は完全にナノマシンの鎧で覆われていた。
それは、先程飛んでいた白緑色のCDFのアサルトナイト、ディバイドとまったく同じ機体であり、違うところを上げるとすれば武装が近接戦闘用に特化していたというぐらいであった。
機体に破損はなし、システムオールグリーン。
どうやらこの機体のパイロットであった先程の男はアサルトナイトを起動する前に攻撃を受けたのであろう。
基本的にアサルトナイトは機体がどれほど軽量型であったとしてもパイロットが乗り込んでいる(厳密には収められていると言うべき)部分、胴体のコクピットブロックは頑丈に作られている。
ましてやこのディバイドは組織向けに納品されるフルモデル品、パーツデータ単位で組み替えられているカスタム機やワンオフ機とは訳が違う。その信頼性に足る設計は多くのパイロットに認められ、今では世界で最も有名なアサルトナイト、とまで言われている程だ。
太陽はヘッドカメラディスプレイから搭載武器リストの項目を呼び出す。
<<軍刀とナイフが二本ずつ、か……>>
ディスプレイに表示された武器リストを確認し、思わず不敵な笑みを浮かべる。
──ツイてる。
彼はアリーナで活躍していた頃、飛び道具よりも刀剣類、とりわけ実体剣を好んで使用していた。理由としては単純明快、そっちのほうがかっこいいから。
火力やリーチではやはり銃撃武器、ビームソードなどに軍配が上がる。しかし、彼は使い続けることでそんなハンデを物ともせずにアサルトナイトの比較的脆い箇所、例えば関節などを的確に攻撃することに長けていた。
彼が尊敬するレオンハートも黄金色に輝くブロートソードを装備していた、その影響もあるのだろう。
名前は何だったか……たしか、『エクスカリバー』だ。
かつてブリテンに存在したとされる伝説の騎士王、アーサーの持つ聖剣。
その名を冠する武器を振るうレオンハートの勇姿は今でも夢想する。
太陽は武器リストからカタナを一振りロードし、右手に装備すると機体背面に装備されたフライトユニットを最大出力で吹かした。
<<クソッ……!こいつは一体どうなってやがる!>>
クロッカス1が、滑走しながらこちらに迫る黒いアサルトナイトへ向けて二十ミリ突撃銃を放つ。
しかし、黒いアサルトナイトはそれを巧みに躱し、両腕に装備されたビーム式のパイルバンカーをクロッカス1めがけて振りかざす。
<<チッ……>>
軽く舌打ちをしながら、寸前で回避するクロッカス1。それと同時に彼の後ろで控えていたもう一機のディバイドが両手の二十ミリ突撃銃で攻撃する。
<<ご無事ですか、隊長!>>
<<見れば分かるだろ!幸治、どうやら正面からの攻撃はヤツには効かないらしい!お前はヤツの後ろに回れ!>>
<<了解!>>
幸治と呼ばれた男、クロッカス4が一定の距離を保ちながら黒いアサルトナイトの後ろに回り込むように移動する。
事実、こちらが放った二十ミリ弾は全て事前に躱されるか敵機の堅牢な装甲に弾かれていた。二十ミリ弾を物ともしない防御力と高い機動性を有するその機体は、赤いバイザー型のカメラアイを光らせながらゆっくりとビームパイルを構え直した。
──パイロットの腕も良けりゃ、機体もワンオフモデル……こいつは、思ってたよりよっぽどヤバいな。
傭兵協会から派遣されたPMCの到着まで残り二分、クロッカス隊が戦闘を開始してから三分が経過していた。
ここに来るまでに4機いたクロッカス隊もいまや彼と隊で一番の新入りであるクロッカス4のみ。
不幸中の幸いと言うべきか、他の二人はアサルトナイトを破壊されただけで今は安全地帯に避難させている。
それよりも気がかりなのはグラジオラス隊だ。
彼らクロッカス隊が会敵した時、そこには既にグラジオラス隊の姿はなかった。アサルトナイトのレーダーは装甲展開状態の味方しか探知することはできない。どこかに逃げ延びていれば良いのだが。
その瞬間、突如レーダーに青い光点が表示された。青は間違いなく味方のレーダー反応、つまりこれは──。
<<隊長!味方です!あの機体は……CDFのディバイドです!!>>
クロッカス4の声に合わせてメインカメラでこちらに向かってくる機体を確認する。
白緑色のアサルトナイト、肩にマーキングされた唐菖蒲の部隊章。
それは、紛れもなくグラジオラス隊のディバイドであった。