Beginning-2-
太陽は曇り空の中、東京の街を50ccのモーターバイクで走らせていた。
彼は日々の生計を個人配送業によって立てている。
五年前の一件以来、彼の心には常に暗い影が差し、一時は人前に全く出ない所謂引きこもりのような生活を送る時期があった。幸い、その頃にはまだアリーナで得た賞金があったので男一人暮らしていくぐらいならば問題はなかった。
しかし、金とは使えば無くなっていくもの。
二年ほど前に貯金をすべて使い切り、止む無く働くことを決めたのである。
とはいえ、それなりに稼いでいたアリーナの頃とは違い、個人配送業の一日の仕事で得られる給料は僅か百二十日本ドル(旧貨幣換算で一日本ドル=百円程度)。他の仕事よりはマシなほうだが、それでも日々の生活に余裕があるとは言いづらかった。
───これなら、アリーナに復帰したほうがマシかもな。
ふいに思い浮かんだそんな考えを、彼は頭を振って即座に振り払う。
「馬鹿か、俺はもうアサルトナイトには乗らないって決めたんだ」
モーターバイクに乗っていることもあって、そう小さく呟いた声は風に乗ってかき消された。
そう、これは贖罪なのだ。あの日、俺がアリーナへ行かなければ、彼女のそばにいてやれば──。
新宿で一仕事終え、携帯端末で時刻を確認すると時計は丁度正午になっていた。
午後もまだ仕事がある、どこかで軽く飯でも補給しようかなどと考えながらモーターバイクに跨っていると彼の頭上を低い高度で飛んでいく四機のアサルトナイトの姿を発見した。
汎用型強化外装。
二十世紀の初頭、『第二次支配戦争』の際に連合国軍が開発したナノマシン製の強化外骨格だ。
ナノマシンとは、今から百年ほど前に発見された金属性の汎用物質であり、これの発見によって人類の科学技術・生活レベルは大きく向上した。今では医療や食品はもちろん、電子・生体光学などにもナノマシンが使われており、人類の生活において無くてはならないほどに広く浸透している。
アサルトナイトに関してもそうだ、あれこそがナノマシンから生み出した発明品の中でも最高傑作と呼べる代物だろう。なにせ、あれの登場によってそれまでに開発された既存の兵器は価値を失い、今まで行われてきた人類の戦争を大きく変えてしまったのだから。
そんななんでもありの万能物質にも欠点がある。それも唯一にしてとびきり大きな欠点が。
それは『毒性』だ。使う人間によって個人差はあるが、ナノマシンは人間の細胞を壊していく。『ナノマシン被爆』と呼ばれるその症状は今でこそ何世代も掛けて徐々に耐性を付けてきた人類にとっては然程問題視されていないが、アサルトナイトが開発された当時は大きな反発があったらしい。
それ故に今でも反ナノマシンを訴える団体は少なからず存在する。彼らにとっての悪は人類を滅ぼすかもしれないナノマシンそのものと、それを用いて悪魔の兵器を開発した『Dr.ノーマッド』なのだ。
通り過ぎていくアサルトナイトを見つめる。恐らくあれはCDFが正式配備しているバーンホック社の機体『ディバイド』だろう。頭部から伸びる角のようなセンサーアンテナ、空中を滑空する為に背面に取り付けられた細身な機体には不釣り合いなほど大型のフライトユニット。武装は扱うパイロットによって様々だがあの機体達は二十ミリ突撃銃と二連装短パイルバンカーを装備したオーソドックスな構成のようだ。
ふと、そこである疑問を覚えた。
なぜ、こんな真っ昼間からCDFがアサルトナイトを四機も、しかもこんな低高度で飛んでいるんだ?
確かに、今の日本の治安はあまり良くない。国内には厄介な極右テロ集団が潜伏しているし、先進国であるが故に国外からテロリストや犯罪者がよく流入してくる。
それでも大規模な事件というのは滅多に起こらない、そういうのは大抵事前にCDFもしくは彼らが依頼したPMCによって常にマークされ、場合によっては秘密裏に処理されるからだ。
とすれば彼らにも予想外の何かが起きた、としか考えられない。
モーターバイクのエンジンを起動させ、上空を飛んでいくアサルトナイトを追う。
自然と頭の中には五年前の光景が浮かんでいた。