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ゾンビの顔色  作者: Nemuru-
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2016年6月28日

 2016年6月28日



 瑞生は面会室の窓辺から部屋全体を見渡した。自分のお気に入りの椅子の定位置を確認する。今日は“夜叉記念館”別名“ひさご亭”オープンの日だ。同時に苔田シアターのこけら落しの日でもある。


 もうすぐThe Axeドームツアーライブの1回目の上映が終了し、完全予約制の客50名(プラス関係者30名)招待客数名がこちらに移動して来て、ひさご亭のオープン記念式典が始まるのだ。

 瑞生は初代館長として挨拶をすることになっている。グランドピアノの横のユーカリツリーの鉢にコアラの人形を付け、キリノの写真から見えるようにした。スーツは窮屈なのでゆっくり階段を降りていくと、かつての自分の控室にのそっと入っていくイグアナが見えた。

 ここでイグアナを見かけるのは5回目くらいだろうか。「夜叉」と呼んでも振り向きもしないが、当たり前のように夜叉の椅子に座るから、あれは夜叉なんだろうな。自分1人の時にしか見かけないけれど、今度クマちゃんや本永に見えるのか聞いてみよう。


 「抜群の音響だ。苔田さん、金掛けたなぁ」上映会を抜けてきた本永が入ってきた。「もうネクタイしてるのか。窮屈だろ」と慌ててポケットからネクタイを取り出した。カウンターラウンジのガラスに自分を映しスマホで締め方を調べながら、本永は話し出した。

 「サニの言ってた通り、去年の暮にキューバは医者の海外渡航制限の法令を出した。サニとロドリゴは即座に亡命申請をしただろう? サニは今年2月の医師国家試験に一発合格してもう日本でも医師だから、日本政府も亡命を認めると決定したそうだ。さっきクマちゃんから連絡があった。浪人しているロドリゴも許可されたのはウィルス関係の期待かもな」

「ふうん」瑞生は挨拶を諳んじていたので少し上の空だった。

 

 「俺さ、ずっと腑に落ちない事があったんだ。…ウィルスの事。サニたちが人生を掛けて日本に来たのはわかるよ。キューバは歴史が歴史だから、まぁ俺なんか真の理解には遠く及ばない複雑な国民感情なんだろう。白人に渡したくないのか、白人でも社会主義ならいいのか、黒人の資本主義ならどうなのか、とか。それでも、国外脱出してウィルスの潜伏を図るという行動に出るのは、極端じゃないか? それはサニ、別名“オルーラ”が、見たくもない過去や未来のビジョンを見る男だからこその反応だよな。俺は夜叉や小中や青山は、それに巻き込まれただけじゃないかって、ずっと思ってるんだ。飛行機事故から起こった一連の事件は、夜叉がもたらしたものだと思われているけれど、サニが起こしたものなのじゃないかって」


 本永はネクタイを締め終わった。が、裏側が長くてやり直しだった。瑞生はそれを黙って見ていたが、カウンターに肘をついて話し始めた。

 「僕も1つ。苦手の生物の話だ。サニはウィルスの宇宙生命体説を信じていると思う。僕もウィルスの反応や意思を時々感じる。その根拠に、メキシコ、ユカタン半島の小惑星衝突跡を挙げていたよね? チクシュルーブ・クレーターって言うの? その時の巨大津波で運ばれた岩石がハイチの山地やカリブ海で発見されているよね。サニの説のように、ウィルスが海底やハイチの山で生き延び、陸イグアナや海イグアナに食べられて体内に入り、やがて宿主となったのだとしたら…。夜叉がキリノに言っていたように、ゾンビが炭化した後空気中に漂い、やがて雨になって降り注ぐ。そして、人間の体内にも自然と入り込むのじゃないかな。それは宿主の記憶を持つ事もあるし、感情に共鳴することも、ウィルス同士で集合体的意識を共有することもあるのじゃないかな。ウィルスがサニを突き動かしたように、他の宿主も世界中に散らばって、やがて雨となって降り注ぐ。やがてイグアナ以外の生物、人間や犬やキリンや…他の生物も宿主となる。もしかすると、そう言う事なのかなって思う」

絡まるネクタイにブチ切れそうな本永の傍に行き、瑞生は黙々と締め直してやった。20センチ以上あった身長差は少し縮まっている。


 「ああ、やっぱり降り出したな。天気予報通りだ」

窓の外にはスタッフやオープニングセレモニーの招待客が集まり始めていた。

「“夜叉雨”だ」瑞生は笑った。

「お前、6月の雨をそう呼ぶのか?」

「日によるね。今日は血が騒ぐ、と言うか、細胞が騒ぐから“夜叉雨”だ。確かに6月に多いね」

 あの特別な2015年の6月を、ここにいる誰もが忘れることはないだろう。瑞生の思いを知ってか知らずか、本永が確かめるように言った。

 「“梅雨”って言葉を知らないだけじゃないよな?」



                      

                      完


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