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ゾンビの顔色  作者: Nemuru-
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2015年6月23日

 2015年6月23日



 睡眠不足で頭が痛かった。さんざん泣いた後、机の引き出しの一つを開けてみた。まだ学生のまま部屋から消えた父の残した物は、今の自分と5年も違わないのだと思うと、不思議な感覚に囚われて見続けることが出来なかった。

ベッドの上で100回は寝返りを打ち、スプリングが傷むのじゃないかと心配になり、さらに眠れなくなったのだ。


 伯母も今朝は一段と無口だった。露乃大叔母の家の明るさと比べて、やはり家が暗すぎる。立ち籠めた秘密の匂いで、いずれ息が出来なくなりそうな予感がする。




 朝のホームルームで外様の議題を話し合うと決まっていたので、今朝は皆早くに登校していた。

瑞生に言わせれば、当たり前のことで何の心配もしていなかったのだが、みんなは本永を見ると「おお」とどよめいた。

「本永、ちゃんと来たな」蒲田が真っ先に声を掛けてきた。

「おお、そう言ったじゃないか」と本永も受けて立つ。本永の学年一位も周囲の見る目を変えたに違いない。


 1限目は榊先生の英語だから、ホームルームが延びても何とか続けられると踏んでの、副委員のファインプレーだ。その副委員坂下が進行する。

蒲田が挙手して話し始めた。

「時間がもったいないから重複は避けよう。本永がちゃんと登校してきたから、俺は議題の内容を重んじて外様の件を話し合うべきだと思う。本永に指摘されるまでもなく、幼稚舎の時から馴染みのクラスメイトの窮地に何もしないなんて人の道に反する。みんな考えてきただろ、意見を言ってくれ」


「外様が復学したいなら、協力してやろうよ」

「そう簡単じゃないわよ。弱視で衝撃を避けなきゃいけないのをどう守るの。結局転んじゃって、誰の責任か、なんて裁判で争うのはご免よ」

「どんなサポートが必要なのかわからないと、私たちに出来るか判断つかないじゃない」

 本永が手を上げた。「外様本人とみんなで話し合う必要があると思う。手伝う方が空回りすると、好意が行き違って早晩破綻する。下手すると事故が起きるし、感情が拗れたら外様は学校に来られなくなる。本音で、話し合わないと」

「本永、いいこと言うね。他の意見は?」坂下が上手く進める。

「俺たちが外様を手伝う気があるのか、まず決を採ろう。このクラスはそのまま2年に上がる。高3では志望別になるから良しとしよう。あと1年9カ月、誰かが常に外様のことを気にしてフォローして、一緒に3年にいけるよう手伝う気があるか否かってことだ」と蒲田。

「反対がいたら、どうするの?」

「反対の理由を言ってもらって、それから考えれば?」

「じゃ、外様の学校生活のサポートに協力する案に賛成の人は挙手して」

 話し合う必要はなかった。全員一致で賛成だったのだ。


 「なんだ。みんな、本当にいいのね?『協力するから復学しなよ』って言っちゃってから、不協和音なんじゃ外様に気の毒だから、言いたいことがあったら今のうちに言ってよ。東、何もないの?」

仏頂面で東は「ないわよ。外様がクラスのために無理してやってくれてたの、知ってるもの」と言った。

 

 佐々木が髪を気にしながら立ち上がった。「昨日、自分が片目を失ったらどうなるかと想像してみた。多分反対側から来るものに気付けないし、遠近感がないから足元が危うい。視力の代わりに聴覚に頼るけど、学校は騒々しくて聞きたい音が聞きとれない。今まで難なくしていたことが出来ない。しかも治る見込みは無い…って考えたら鬱になりそうだった。でも、だからって家に籠っていたら気が狂いそうにならないか? 煩くてもみんなの声が聞こえる方がいい。怪我したのはもう起こったことだけど、外様が学校に来られるようにするのは、僕たちがしたいとか、したくないとかじゃなくて、義務なんじゃないかな。逆に何もしないことで、外様を絶望に追い込むなんて、僕たちが罪を犯してるのと同じなのじゃないかな」


 「不作為の犯罪。しないことによる害。悪い結果が出るとわかっているのに、そのままにしておく悪意…になると言いたいのか」と本永。

「さすがに学年一位の奴は言う事が小難しいな」と誰か。

 始業のチャイムが鳴った。坂下は聞こえなかったかのように、「佐々木の意見、ちゃんと考えよう。『自分だったらどうしてほしいか』って考えると、外様に対してどうしたらいいのかちょっとは見えてきそう。そうすれば、上から目線で『面倒見てあげる』とはならないでしょう」

「そうだな、各自ヘルプをイメージしておいてさ。榊先生から、『クラス全員一致で外様の復学を歓迎する』って伝えてもらおう。それで、外様が望むなら、話し合ってどんなヘルプがいいのか相談すればいい」と蒲田。

「そういうことで先生、お願いします」坂下に振られた榊先生は浮かない表情で、「伝えるが、その前に学校の許可を取らないと。頑張るよ、俺も頑張るけど、ちょっと時間をくれ」のそのそ教壇に上がり、「このクラスの中で誰より気が重いのは俺だ。テキストチャプター8を開いて…」と授業を始めた。


 変化は起きていた。数学の先生が、本永を解答者に指名したのだ。おそらく本永のメンタル事情を考慮して、プレッシャーの大きい役回りを担わせるのを避けていたのだろう。しかしA組を差し置いて一位を取ったとなると、もう遠慮は要らないと判断したのか、お手並み拝見と思ったのか。

 想定外の事態に、本永の頭は衝撃的な反応に揺れて、瑞生までビクッた。大丈夫だと落ち着かせようと手を伸ばした時、本永はゆっくりとホワイトボードに向かい、解を書き始めた。

応用問題を苦も無く解いてみせると、「おお~」とどよめきが上がった。


 昼休み、佐々木は本永に数学の質問をしてきた。瑞生は知っているが、ぶっきらぼうだけど本永は教え方も上手い。佐々木がふんふん頷きながら聞いている姿は、いつもこうであったかのような光景だ。


 「本永君…?」

教室のドア付近から聞き覚えのある声がした。


 もちろん、本永は以前と同じ痙攣のような反応を示したのだが、ツンツン金髪ではなく、黒のサラ髪が上下に揺れるのでは全く印象が違った。『キレてヤバそう』には見えず、『トイレ行きたい』ように見えた。

 瑞生は俯き加減になりながら、鏑木の様子を窺った(狡っからいとは思うけど、もう十分鏑木には酷い目に遭わされているからね)。ドアに手を掛け立ち尽くしている。反対手に何か袋を持っている。


『本永君、元気になってよかった』『その髪、なんで?』『友達に囲まれてるなんて、私の本永君じゃない!』こんな反応を想像した。手に持った新しいプレゼントを投げつけてくるかもしれない。

 

 すいっと鏑木は下がると、180度反転して姿を消した。


 「…」

本永も佐々木も瑞生も、鏑木登場に固唾を呑んでいた数名も、何も言わなかった。このクラスを訪ねてきた者などいなかったように、再び時間が動き出した。

 そしてすぐに、鏑木が誰よりも聞きたかっただろうことを、何の躊躇もなく蒲田が聞いた。

 「本永、なんで髪の毛戻したんだ?」手には数学の問題集を持っている。

流れで問題集を受け取りながら、本永は「忙しくて染めに行けなかったら、伸びた部分とでツートンになっちゃって。外様の家に行こうと思ったから思い切って戻した」

「なんで外様の家に遠慮したんだ?」

「いや、外様のお母さんは息子が怪我して大変だろ? 家の中も転ばないよう変えたり、気を遣ったりさ。なのに外様が八つ当たりできるのお母さんしかいないから、その意味でも辛いだろ? そこにアブナイ友達が現われたら、級友が来て嬉しいどころか、不安にしかならないじゃないか。だから、外様が復学するのをみんなが待ってる、その代表みたいに見えるように、と思ったんだ」

 蒲田がのけぞり、佐々木が唸った。

「お前、いい奴だなぁ。人は見た目が何割とか言うけど、本当に見た目で損しまくりだな。先週まではジャンキーにしか見えなかったもんな」と蒲田。

「なんか、僕らって本当に失礼な連中だね」と佐々木。


 「佐々木って、優しいね。前も思ったけど」瑞生の言葉に佐々木が真っ赤になって照れている横で、本永は暗かった。「いい奴なんかじゃない。俺は引き籠った時、母親に八つ当たりした。暴力は振るわなかったけど、部屋の壁なんて穴だらけだ。母親は…本当に辛かっただろう…」

「でもさ、本永は長いトンネルを抜けて、パワーアップして陽の元に出たんだから、お母さん安心したはずだよ。きっと『信じていてよかった』と思ってるよ」瑞生は思っていることを口にした。

 本永の目に心の揺らぎが映っていた。

「ん」

心のさざ波をゆっくり収拾するために、本永は両手を組んで深呼吸に努めた。察した蒲田たちは席に戻っていった。



 「なんか、俺、燃え尽きたわ。…キャパ越えのしゃべりだったよな?」帰り道(学校の駐車場までだが)、本永は空気の抜けた風船のように萎んでいた。

「そうだね。本永があんな複数の人と話す姿を、夜叉の所以外では見たことなかったものね」

 本永が立ち止まった。

「夜叉かぁ。なんだか懐かしいな。夜叉にキリノ、クマちゃん、門根、みんなに会いたいな。お前の家に泊めてもらうのって何時がいいんだ?」

 今度は瑞生が立ち止まった。「それが…泊まるのは無期限で無理そう。あの家にもう戻らないかもしれないから」

「おお? 何があったんだ? 霞さんも一緒か?」

「…本永、人の伯母に当たる女性を名前で呼ぶのって、どうなんだよ…」

「何歳上だろうが、恋愛対象は名前で呼ぶだろ」


 「じゃ、放課後伯母さんの車で一緒に夜叉邸に行き、帰りは伯母さんの車で本永の家まで送っていくよ。今仮にいる家とそう遠くはないから」

「それなら、またパンツ持って行く…」本永はいつものように軽く言いかけて、瑞生の顔に緊張が走ったのを見逃さなかった。

「深刻だな…今日行っていいか? お前電話で話すの嫌だろう?」

それから2人で駐車場のそれぞれの保護者に交渉に行った。


 「でも大丈夫? 今日は酷く疲れてるように見えるけど」と瑞生が聞くと、「お前関連の話ってドーパミンを放出させるんだよ。興奮の連続で、薬物効果の心配をした方がいい位だ」とハイテンションだ。残念ながら、意味がよく解らなかった。

「往きに大体の事情を聞いておこうか」と言う本永を手で制して、ドアに手を掛けながら口チャックの真似をした。「折角だから車ではぐっすり寝て疲れを取った方がいいのじゃない?」




「なんだ。金髪辞めて、キレ味鈍ったらただじゃおかないぞ、金髪」

夜叉は開口一番、本永にジャブをかましたのだが、本永は臆することなく、「もう“金髪”じゃないんだから、これを機に“本永”って名前を覚えてくださいよ」と売り込んだ。

しかし夜叉は小声で何やら言いながら、スタジオへと消えていった。伯母は、クマちゃんに依頼された資料整理にWoods!スタッフの元に行き、瑞生と本永は面会室で向き合って座った。



 本永は立ち上がると、部屋をうろっと一周してから紅茶を2人分淹れて戻ってきた。それぞれの前にカップを置くと、ドカッと愛用の椅子に腰を下ろした。

「八重樫と霞さんが警戒するのはもっともだ。言っちゃ悪いが伯父さんの行動は不気味だよ。お前に事業の後を継いで欲しいと思うなら、まず霞さんに話をするべきだろう? 霞さんはお前の意思を尊重してほしいとか言うだろう。適性もあるし、何よりお前が投資なんかに興味があるか疑わしいからな。その上で夫婦で揉めるとしても高3とか、大学に入ってからゆっくり説得してもいいはずだ。今養子にしようと盛り上がる理由は何だ? 曽我さんがでしゃばって霞さん外しをする理由は?」

「さすが本永。そういう分析を待ってたんだ」

「他力本願でどうする。こういう時はmustで考えるんだ。『今養子にしなければならない』『今霞を排除しなければならない』理由を探すんだ」

「それならますます“今”が変だよ。聞いた話だけど、未成年を養子にするには家庭裁判所の許可が必要なんだって。しかも伯母さんは僕の後見人だから、ちゃんと審査があって面倒なんだ。僕を養子にするには伯母さんと協力しなくちゃ無理なのに伯母さんを蚊帳の外にするなんて逆効果だよ。つまり全然わからない」


 本永は黙り込んだ。そして「全然わからないのは、全く見当違いの方向から考えているか、決定的な謎解きの鍵が抜け落ちているか、だ。これは鍵を入手できていないだけじゃなくて、積極的に隠蔽されている場合も含まれる。言ってることわかるか?」と揺れながら言った。

瑞生は頷いた。半分以上わからなかったけど。

ホームルームでも全然貧乏揺すりしなかったのに、今するんだな。でも、これは興が乗ってるからのようだ。

 ポケットのスマホがブルったので見たら、びっくりして、スマホを放り投げてしまった。


 「なに、やってんだ?お前」本永が呆れる。瑞生は、慌ててスマホを拾い上げ、恐る恐るディスプレイを見た。「…やっぱり伯父さんからだ」


「『瑞生君、50位でよかった。まだ学校に慣れていないのに、凄いね。お祝いに食事を一緒に摂ろう。予定を組むから連絡ください』…お前、50位ってまさかのど真ん中か。狙ってもなかなか真ん中にはなれないから、ある意味凄いな」

「ど真ん中ってお祝いする価値ある?」

「冗談だよ。妙に生真面目な奴だな。50位までよく上げてきたと思うよ。伯父さんじゃないけど、頑張ったな。お祝いにがりがり君おごってやるよ」

「がりがり君なんて要らない。失礼な奴だな」

「そう怒るなよ。それより、向こうからコンタクトを取ってきたじゃないか。『一緒に食事』か、これは無視するに限るな」

「成績表、見たかったな。榊先生に事情を話してコピーをもらおうかな」

「やめとけ。面談希望を出して、成績帳の原本を見せてもらった方がいい。別居が漏れたら伯父さん激怒するぞ」


 「わかった。…でも無視するのも激怒しそうじゃない?」瑞生は手の中のスマホを持て余していた。それを見ていた本永が、「そのスマホ、自分で買ったのか?」と訊いてきた。

「…伯父さんが揃えてくれた。IT系の機器は全部」

本永はじっとスマホを見ると、「遠隔操作できるアプリが入ってるかもしれないな。伯父さん詳しいんだろ? お前、今まで写真撮ったり、送り合ったりしてるのか?」

「いや、一枚も撮った事ない。LINEも伯母さんとしかしてない。しかも事務事項だけ」

「ふ~ん。じゃ写真やLINEの覗き見はないか。だがGPSで位置情報は筒抜けだし、内蔵カメラで盗撮・盗聴をされてる可能性は拭えないな。初期化すればアプリやマルウェアを削除できるが、アカウントとID・パスワードが知られてるから、再度アプリをインストールされてしまう…」

「なんのことか、わからない」瑞生は途方に暮れた。本永の話の通りなら、夜叉との会話を伯父が盗聴していた可能性があるのだ。


 でも…そうだとしたら、即効でブチ切れそうだ。養子にしようとしている子供が、夜叉と誓約したんだから。あのメールからぶち切れは感じられない。

 多分あの人は自分以外の人間に本当の意味の興味なんて持たない人だ。監視カメラが部屋にあるのは、綺麗な伯母が自分を裏切っていないか見るため。瑞生の部屋のはそのままついていたのだろうし、突然やってきた甥が、どんな馬の骨か知る必要があって利用したのだろう。瑞生が両親の死をどう乗り越えるか、なんてことには興味なしだ。夜叉の家に行くことになって、最初は興味津々で盗聴したに違いない。


 瑞生は夜叉との最初の面会を思い出した。いきなり質問されて、何時間も黙ったまま『殺したい奴』を考えた。盗聴していたらさぞ時間を無駄にしたと腹を立てたことだろう。

一度やって無駄だと感じたら二度とやらない気がする。だから夜叉との誓約は知らないんだ。…むしろこれから伯母との会話を聞こうとするかもしれないな。


本永がメモ書きを見せた。

『結論。伯母さんに新しいスマホを買ってもらえ。今あるのは今まで通りに使用し、基本鞄に入れる。盗撮を防げるし盗聴の音声を遮れるかもしれない。新しい方は肌身離さず、パスはもちろん決してIDを人に知られない事、ロックを掛ける事。ま、常識だがな』

 相変わらずの上から目線だけど、致し方ない。自分には本永の明晰な頭脳が必要なのだ。

 面会室の前を通りかかった伯母に本永のメモを見せると、OKマークを指で作ってみせた。そしてメモに『私はスマホは自分で買ったから、IDやパスワードを知られていないはず。宗太郎に触らせたことも、あの家で置きっ放しにしたこともない』と書いた。

 「やるなぁ」思わず呟いてしまった。あの伯父と長年夫婦をやっているだけのことはある。信頼というより疑心には専守防衛を徹底しているんだ。


 替わって今度はクマちゃんが面会室に顔を出した。

「山野理事長たち病院幹部とサニでミーティングするたびに呼ばれるのは敵わないわ。まぁだいぶお互いに慣れてきたようだから、次回で最後になるかもね。そこで聞いた話だけど、山野さん以外にもう二人理事がいたでしょう? ポンコツっぽいの。『あの枠に自分を入れろ』と八重樫さんがごり押ししてきたのですって。でも傲慢な態度に皆が警戒し、突っぱねたのだそうよ。言動に骨形成不全症以外の難病への理解が感じられなくて『何故この人は理事になりたいのだろう?と疑念が湧いた』と言っていたわ。桜井事務長は『投資家という肩書以外の名誉職を金で買うつもりなのかと思った』って。霞さんと瑞生君への態度を知っているから興味深く聞いたわ」

「昨日の新旧幹部ミーティングに伯父さんは現われた? 自宅が留守だったから多分そこに行ったのだと思った。お蔭で荷物を運び出せたけど、ミーティングをぶち壊していないかと心配だった」瑞生が聞くと、クマちゃんは驚いて、思案気になった。

「…現れなかったわ。と言うより場所を知らなかったのかも。理事の都合でY市のホテルに集まったから。…これはさらなる怒りを募らせているかもしれないわね」




 第10夜目の夜叉通信が始まった。珍しくキリノたちがバンドの話をした。夜叉はだるそうに椅子の背に寄りかかっていた。

 “今だから語れる話”はファンには堪らないようで、本永は前のめりで聞いていた。



 夜叉通信が終わると、本永は明らかにガス欠で、夕食は自宅で摂る方がよさそうと判断し、すぐに霞の車で村を出た。隣で爆睡する本永の高い鼻を見ながら、無理して来てくれたんだな、と思った。

 本永の家は静かな住宅街にあり、周囲に似た感じの家が多かったので、瑞生の能力では、二度と来られないし判別も出来ないと確信した。

 霞の実家に帰る途中、2人で巨大なSCショッピングセンターに立ち寄った。GPSで現在位置を特定できてもSC内のどの店で何をしているかまでは追えないからだ。そこで新品のスマホをあっという間に入手して、夕食に天ぷら定食を食べた。

 デザートが来るまで、霞がスマホのアプリを安全にインストールする方法や、ウィルス対策を詳しく教えてくれた。宗太郎は想像以上に高いスキルの持ち主なので、ネット上では『いいね!』をするのも慎むよう念を押された。

 「今日も宗太郎は『叔母さんの具合はどう? 家にはいつ戻る?』と探りを入れてきた。『瑞生君は? 幼いわけじゃないんだから君と一緒でなければならない事はないだろう』と本音を言ってきたわ」

「伯母さん、なんて答えたの?」

「瑞生はこちらの生活を気に入ってるみたいよ、と」霞はいたずらっぽく片目をつむってみせた。

その仕草がお父さんそっくりで、胸がきゅうっとなった。


 お父さんの部屋で、今日は寝返りを打たずに真直ぐ天井を見てまんじりともせずに夜を明かした。何か思いつくかと思ったが、何も思いつかなかった。お父さんの声も姿も見えなかった。


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