2015年6月4日
2015年6月4日
翌早朝も村内を散歩した。梅雨の中休みの太陽が靄で隠れている。瑞生の生まれ育った街は、朝でも軽油と汚れと燃えかすと金属の匂いがした。この村は樹木と露の匂いがする。初めて嗅いだ時は、森林浴とはこういう事を言うのかと、本当に驚いた。出来るものならば、ずっとこの草いきれの中、光合成の排出物の中をうっとりと歩いていたい。
足はいつのまにか、夜叉の家の方に向かっていた。ジョギングウェアでなだらかな勾配を下りてくる住人を装った警察官とすれ違う。警察官の口元が動いているのが見えた。身分確認をしているのだろうか。
夜叉の家の前には3台は余裕で駐車出来るカーポートがあった。頑丈そうな黒塗りの外車が1台あって、残りのスペースは植物の絡みついたフェンスで侵入を防いでいる。つまりはバリケードだ。外車は夜叉の持ち物にしては地味な気がするが、非常時に車が玄関前にあるのとないのとではえらく違うのだろう。
瑞生は屋敷の正面に立ち、周囲を見渡した。朝の5時、散歩やジョギングしている人がいないではない。でも、この家には近づかないようなコースを選択している。さっきすれ違った警察官ジョガーがもう戻ってきた。あからさまに観察している。
値踏みする視線を無視して、屋敷を見た。前回は遠慮したが、家を見るのにそんなに気兼ねする必要はないと思ったのでいささか挑戦的に窓を見上げた。もちろん窓辺に人影はない。
そりゃそうだ。1度死んでウィルスのせいで蘇って、今また死にかけているのだから、窓辺に立てるわけがない。ベッドの上で、腕に点滴の管を何本も付けて、天井を見るしかないのだろう。それなら隔離病棟と大差ない。大騒ぎしてこんなトッタンなんかに来る意味ないじゃないか。瑞生はくるりと向きを変えると、家に向かって歩き出した。