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ゾンビの顔色  作者: Nemuru-
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2015年6月18日①

2015年6月18日



 朝7時のニュースで、ニュースキャスター・服部順之助の記者会見が午前10時から開かれると言っていた。昨日のうちに大学で服部賢一についての人物評が集められていて、日頃の王様ぶりが非難囂囂、悪評しか出ていなかった。


 1コマだけの試験終了後、伯母の車の中で見た記者会見は、予想通りの内容だった。

服部順之助は、:息子にかかった嫌疑は謂れのないもので憤慨している。到底看過できないものだ。息子は小中高大君に対し、通常以上の厚遇で旅行に誘ったのに、その友情を仇で返したんだ。ゾンビーウィルスだか何だか知らないが、死に際に言えば真実ということにはならない。死ぬまで悪意に満ちた人間ということもある。警察も適正に動いていると信じているが、この騒ぎには正直言って大変迷惑している:と憤慨した。

質問しようとする記者には逆に噛み付いた。:容疑者でもないのに、なんでトップニュース扱いなんですか。しかも全ての局が大学構内で学生に聞いている。息子の人権は? 無関係の過去も穿り返して晒されている。尾ひれがついてネットでは更に酷い。これを”報道の自由”とは言わない。直ちにやめて頂きたい:




 新林修二は、組織犯罪対策第二課第二捜査係の準キャリアで5カ国語に堪能、特別捜査官の国際犯罪捜査官にならないか、と打診を受けたこともある。

 朝一番に、二課長に呼び出され説明を求められた。課長はもちろんキャリアなのだが、知性派揃いの二課の課員を見下すそぶりを見せたことはない。その課長が「昨日のあれは何ですか? 正直驚きました。遺体のパーツが語るなんて、しかもまた犯罪の告発までして。あなたはキューバに行っていてこの動画に関して掴んでいなかったのですか? 私の母は夜叉のファンなのに、ゾンビになっても連日やりたい放題ですよね。ともかく報告を」と、苛立ちを隠さなかった。

 新林は可能な限りシンプルに説明した。自身の不思議体験や杉窪のイファ占いや憑依の話には一切触れなかった。一足先に動画を見ていたお蔭で“既知の動画”と片付けることが出来た。夜叉の状態を鑑みて、小中と青山もゾンビーウィルスに感染していた可能性は高く、身体が分断されてもなお意思によって稼働したと思われる旨報告すると、課長は何度も頷いていた。

「あの動画はおふざけでも詐欺でもなく、“記録フィルム”だと言うのですね? ふむ。頭だけ腕だけになっても、伝えるようとする意思か。厄介なことにそれぞれ犯罪絡みで。国民の注目度が異常なまでに高まっています。きっちり捜査して各専門課員と情報交換してください。キューバ警察に対して、ICPOにいる友人に今非公式に捜査状況を聞いてもらっています。捜査は終了しているはずなのに非常にゆっくりしている、というより遅すぎますからね。君の報告で買収工作を懸念しているようだったし。納得のいく結論ならば、代理処罰の要請を受ける準備は整っているのだが、と呟いてもらいましょう」


 新林は内心ガッツポーズをしていた。ICPOから進捗状況を聞いてもらえば、証言を翻す者が1人2人出ていようとも従来の結論で服部の代理処罰を要請してくるだろう。社会主義国らしい役人仕事が不安だったのだ。



午前10時。ウェブニュースで服部順之助の記者会見の模様を見る。被害者ぶった言いように怒りがこみ上げた。

「服部は何故あんなに自信満々なんだ? 小中の動画は寝耳に水のはずだ。世論も小中についたのはネットで夜通し盛り上がっていたから知っているだろうに」呟きながら黒金真樹子の名刺を見る。そろそろ情報が来てもいいはずだ。


 ふと、視線を感じて顔を上げると、同僚がコーヒーの入った紙コップを新林のデスクに置いて、「日本で一番旬なキャスターが『頭部の偽物でふざけた動画作りやがって』と言わない所を見ると、ゾンビーウィルスはとんでもない代物だということだな。新林さん、キューバに2度も行ったのはこの親馬鹿キャスターのせいだろ? やけに強気だけどどうなの、息子はクロなの?」と聞いてきた。

 新林は淹れたてのコーヒーを一口味わって一息ついた。

「小中は冤罪。頭部は本物だ」慎重に言葉を選ぶ。

「有名人になると、クロをシロと言えばそうなるとでも思うのかね。警察を舐めてるんだなぁと思い知らされるな。キューバだけでなく俺たちのことも舐めきってるよな」

 内線で課長室に再び呼ばれた。悪い予感がした。


 新林が入ると、課長は落ち着かない様子で告げた。

「キューバ警察は『小中高大の代理処罰を要請する』と言ってるそうです。どういうことですか?」

「やられた! 服部の手下が買収に成功したのか。あの余裕はそのせいだったのか!」新林の体は怒りで震えた。「人を殺しといて、あの親子、許せねぇ」


 自分の席に戻っても新林を駆り立てる怒りの炎は治まらなかった。今すぐキューバに行って、警察が誰と誰の証言に基づき、何を証拠として小中が犯人という結論に至ったのか、調べたい。科学捜査ラボごと買収でもされたのか?

「あのお調子者のレンタカー屋が金に靡いたに違いない。それとビニャーレス渓谷のレストランのウェートレスもか?」イライラとボールペンをへし折り、その音で課員が新林の方を見たが、視線を無視して黒金真樹子に電話を掛けた。


 キューバ警察が小中高大の代理処罰要請をする旨固めたという一報は、さすがの黒金真樹子にも衝撃的だったようだ。

「指紋やDNA鑑定もひっくり返るって、キューバ警察に正義は無いのですか? 服部順之助は警察署ごと買い取ったとでも?」

「黒金さん、俺にキレても意味がない。急がないと。正式な要請があったらもう動かしようがないんだ」

新林の言葉に、黒金は『もう少しやってみて、埒が明かなければ国家権力に委ねる』と言って切った。


 11時、黒金から連絡が入り、これから証人と会って証言してくれるよう説得するのだが、応援に来ることは可能か聞いてきた。豊洲のタワマンになら10分で駆け付けると約束した。

豊洲のコーヒーショップ前に立つ黒金真樹子はランドマークのように目立って一目でわかった。

「何故タワマンなんだ?」と聞くと、「外で会う話がまとまったのに、『私自身が目印になります』と言った途端、『人目を引くのは絶対NGだから外では嫌。自宅に来て』の一点張りになって」と憤慨していた。


 てきぱきとセキュリティをクリアしタワマンに足を踏み入れる黒金についていきながら、思わず「こんな凄いタワマン初めてだ」ときょろきょろしてしまう。

「私も築1年の億ションなんて初めてです」エレベーターは一気に最上階に上がる。

「売れっ子コメンテーターはここが購入できるほどの収入、という事か」

「レギュラー番組は昼のワイドショー1本に絞っています。それはベテランコメンテーターが病気で已む無く降板する際に後輩の彼女を推薦したからだと思います。歯に衣着せぬ言動で人気が出て、凶悪事件が起こると数局からお呼びがかかり番組の梯子をする状態ですね。この1年で4冊上梓していていずれもベストセラー。それと講演会で稼いでいるようです。それ以外の収入はわかりませんが。ここの最上階には応接に使える個室があるのだそうです…」


 あいにくの梅雨空が恨めしいほどの眺望に興味を示すことなく、黒金は応接室WEST5をノックする。

 高柳美由紀はそのままテレビに出られるようなスーツを着ていた。黒金をつらつら眺めて「ここにして正解だったわ」と独りごちた。そしてネコ科の動物のような目で新林を存在ごと怪しげに見た。「1時には局入りしなくちゃならないの。3時から特番があるのよ」

「わかりました。それでは本題に入りましょう」

1人さっさとソファに座りながら、黒金は事もなげに「組対二課の新林警部補よ」と紹介した。新林は内心戸惑いながらも黒金の今回のアプローチを“作戦”と踏んで乗っかる覚悟で隣に座った。

 案の定高柳美由紀は棒立ちで、「警察? 黒金さん、どういうつもり?」と目じりを吊り上げた。

「高柳さん、お座りください。新林警部補はキューバに2度ほど出向いて捜査状況を見てきたプロ中のプロです」黒金は動じる余地のない口調で促した。

 不満げに向かい側に座った高柳に、間髪入れず問い質す。

「携帯を換えられたようなので、所属事務所やレギュラー番組プロデューサーを通してご連絡差し上げたのに一向に返事がなかったですよね。それが夜叉通信で小中さん最後のメッセージが流された途端ご連絡頂いたようで。どういう風の吹き回しでしょう?」


 高柳美由紀は不快そうにソファの背に身を預けた。

確かに美人だが、テレビ映えするというか、目の前にするとやや強すぎる個性が新林にはつらく思われた。

 「…小中君の、頭が言ったでしょう? 『証言するとしたら大変な事だから守ってあげてほしい』って。だから守ってもらえると思って」

 「はぁ?」新林は間抜けな声をあげた。事情も碌に話さぬうちから何を言うのだろう、この女は。

 しかし黒金は新林の抱く顰蹙を遙かに上回る怒りをふつふつと滾らせていたのだ。

「高柳さん、あなた自分の立場をわかっていますか? あなたは上から目線で『守って頂戴な』とふんぞり返るのではなく、『こういう事情で今まで名乗り出なかったのです、ご理解ください』と頼む立場なのよ」

高柳が口を尖らせて、「私は別に証言しなくたって…」と言ったところで黒金が遮った。「弁護士と刑事を欺けると思わない事ね。ネットで日増しに“祭り”になりつつあるじゃない。4月26日あなたはキューバに居た事がばれると困ることになる。だから小中さんが『一緒に観光した』証言を頼んだのに断ったのでしょう? そのような非人道的な物言いをした理由を聞かせてもらいましょうか」

 高柳は明らかに新林を敬遠した。今にも席を外せと言いかけた所で黒金が最後通告をかました。「あなたが今まで時間を無駄にしたの。『守ってほしい』と言う本人が策を講ずる時間を浪費したのよ。今すぐ話しなさい。今すぐ! まだわからないの?」

 

 黒金に気圧され高柳は話し出した。

「…騙されたの。セレブでイケメンで完璧なその人は、知り合ったその日に私を強引に食事に誘うと、レストランをバラの花で埋め尽くして待っていた。そして悪戯っぽく笑うとこう言った。『ありきたりなんてつまらない。キューバで待ち合わせしよう。現地集合でプロポーズだ。そこで指輪を渡すから社会主義国で永遠の愛を誓おう』と。私、2年前まで研究室と家を往復するだけの生活で、その後はテレビで忙しくて、ちやほやされるけどそれだけで虚しかった。突然怒涛のラブストーリー展開に舞い上がった。すっかりその気になってレギュラー番組の日に被るとわかっていたのに、キューバに行ってしまった。ホセ・マルティ空港で一向に現れない彼に電話すると、『探してるのに見つからない。空港のどこにいるか写メを送って』と言われ、送ると、『あ~、まさか本当に行くとはねぇ。俺、新橋女児舐め事件の加害者の友達なんだ。自分が何てコメントしたか、思い出してみな。ハバナで』と切られて終わった。最初は意味が解らなかった。呆然と立ち尽くしていると、白タクの運転手が群がってきてパニックになり正規のタクシーでともかくハバナ市内に入ったの」

「飛び込みだったのに幸いホテルが一泊取れた。ようやく1人になりホテルの部屋で考えた。まさか弄ばれた?担がれた?最初から騙すつもりで? 確かに会っていきなりプロポーズは出来過ぎていた。“キューバ”という非凡な場所を指定してきた所が格好いいし、それくらい1人で来れる女じゃないと俺には相応しくない、と言われている気がしてメキシコ経由で行ったのだけど、考えてみれば“キューバ”は突飛過ぎる。“新橋女児舐め事件”はすぐ思い出せた。闘病生活に入る先輩に、『女性心理学者の枠を死守してね、頼んだわよ』と任された最初の出演日。インパクトがあって視聴者受けするコメントを言わなくては、と焦った。その時の事件、加害者男性の成育環境は高学歴両親による性質(たち)の悪いネグレクトで、私は母親の虚栄心や代理ミュンヒハウゼン症候群について踏み込んだコメントをした。視聴者からは拍手喝采を貰ったけれど、公判中にその母親は自殺した。執行猶予付きの判決が出たものの、私を快く思わない仲間がいても不思議はないわ。ここまで考えると、騙された悔しさもあり、それならキューバの休日を楽しまなきゃ、とハバナ観光に繰り出した。そこで小中君と遭ったのよ」


 「キューバに誘った人を“イケメン王子様”の“運命の人”と思い込んだ愚かな私に、今度は“イケてない大学生”と“主従関係”が瞬時に発生して、これもまた“運命の人”だと思ったわ。彼は無知だから私の行きたい所に付き合ってくれた。男女関係になりっこないし、懲りた私にはその意味でもぴったりで、名所で写メも撮った。昼からモヒートを呑み過ぎて、おいおいと泣きながら全部話したら、凄く同情してくれた。そう、小中君は優しい子だった」


 「夕方になり、小中君は飼い主の大学生が戻る前にホテルに戻りたいと言い出した。私より先に主従関係があったのかとイラついて別れたわ。ホテルで1人、スマホのスケジュールを見たら『”お昼のビッグ!ニュース”に病欠連絡』とあった。今から帰国しても番組には間に合わないのだからやはり“病欠”にするしかない、と後ろめたく思いながら連絡をした。そこで、ふとイケメン王子の復讐はまだ終わっていないのではないか、と思い至った。私は促されるまま、ホセ・マルティ空港で写メを送っている。つまり仮病でずる休みした証拠を相手に握られているということ。私は慌てて小中君に連絡を取ろうとしたけれど駄目だった。石見さんの事件のせいでもうキューバを発っていたのよ」


 「帰国後、小中君から“他言無用とSNS不投稿”の承諾を取り付けた。彼は『酷い目に遭ったのを知られたくはないよね。OKです。仕事頑張ってください』と励ましてくれた。私は安心して日常に戻ったのだけど、エゴサーチのチェックは欠かさなかった。やはり曝露された。私の認知度が世間でそう高くないお蔭で拡散は鈍かったのだけど。そこに小中くんから連絡が来て『石見さん殺人事件の容疑者にされそうだから、アリバイ証明の証言をしてほしい』と頼まれた。私は断ったわ。彼に罪を着せようとしているのは服部順之助の息子らしい。対峙して証言などすれば私の仮病を暴き、恥ずかしい動機も晒される。私はレギュラーを失うわ。先輩にも面目が立たない」


 「それで断ったのですね。藁をも縋る思いであなたに証言を頼んだ彼をすげなく切り捨てた。已む無く彼は他の証拠を探しにキューバに行き、事故に巻き込まれて亡くなった。最後にあなたの身を案じて」

黒金は言葉を切った後、黙り込んだ。高柳に考えさせる時間を取ったのだろう。新林は黒金に任せて様子を見た。

俯いて表情の見えない高柳に、「小中さんの言った『自由を掴め』の意味を教えてくれますか?」黒金が訊いた。

 

 高柳は暫く無表情だったが、やがて覚悟を決めたように話し出した。

「就活が上手くいかないという小中君に、酔った私は偉そうに愚痴ったの。『社会人には自由がない』『レギュラー番組があるとスケジュールに自由がない。執筆も取材も美容院も会食も全ては木曜日のために。凶悪事件があると、分刻みで局から局に移動する。売れるって自由がないのよ』と。恥ずかしいわ。本当はレギュラーあっての私なのに。あのレギュラーが私の知名度を上げ、執筆の仕事が来るのに。もっと大御所の先生もレギュラー番組を大切にしているのに。そういう不都合な事は言わずに、彼に偉そうに訴えた。『自由が欲しい!』と…」自ら口にする言葉を噛み締めるように俯いた。

「…申し訳ないです。私の戯言を信じた彼は『証言しなくてもいい。自由を掴め』と言ってくれた。服部順之助が彼を貶めようとしているのに。私は最低ね、今の今まで全然良心が痛んでいなかった。『守ってあげて』と言う彼の好意をまだ利用するつもりでいた。人としての情が麻痺している…恐ろしいですね。私は本当に最低だわ」


 黒金がほんの少し微笑んだように見えた。

「あなたを守れない。仕事を仮病でドタキャンしたのがばれたら、その仕事を失うのは社会人なら予測できる結果よ。何故キューバに行ったのか語れば、恥をかくでしょう。偉そうに犯罪者を糾弾している人間が、プライベートでは男に甘言で釣られころっと騙されていた。物笑いの種ね。…それは高柳さん、大したことではないの。殺人の罪を着せられることに比べたら。体がちぎれて死んでいくのに比べたら。残酷で酷い事を言っているけれど、わかってもらえるかしら?」

高柳は涙でマスカラがズレ、怒りか恥辱かで震えていたが、目を逸らさず黒金を睨んでいた。そして微かに頷いた。


 「服部順之助の買収により歪められた捜査に基づいて、キューバ政府は小中さんを犯人と断定しようとしている。正式に代理処罰の要請が届いたら、東京高等裁判所で審理されるのを止められない。小中さんに対する要請では、小中さんについて審理するのであって、服部の事を審理することはない。服部の言動の不審な点は全く検証されないの。しかも小中さんに関して証拠も証言も信憑性に疑念が拭えないのに、疑念の申し立てすら出来ないまま行われることになる。新林警部補がキューバに行って捜査をやり直させてもらうことは不可能なので、覆すのも不可能となる」

「あなたの思考回路から被害者の石見葉月さんに対する想いが抜け落ちているようで、女性としてとても残念だわ。女性を絞殺して野ざらしにして逃げた男が、日本で自由に振舞っているのよ。小中さんを犯人にして。『死んでいるから別にいいよね』とばかりに。証言しなければ、あなたは小中さんの冤罪に加担し、真犯人の隠避に手を貸したのも同然よ。それで、これからもカメラの前で『罪とは償うべきもの』などと言うの? そもそもあなたは何のために犯罪心理学を勉強したのかしら?」 


 高柳はタワマン最上階の天井を見た。救いの天使がいるはずだとでもいうように。もう涙は流していなかった。

「…失敗しちゃった。自分で招いた人生最大のピンチだわ。黒金さん、私が今できる最良の事は何ですか。まだ出来る事はありますか?」


 「あるわ。早急に小中さんのアリバイを証言して、真犯人が逮捕されるよう導く事よ。キューバから要請が来る前に」

「き、記者会見を開くという事? 3時からの特番をすっぽかすわけにはいかないわ。今更だけど、更に迷惑を掛けてしまう」

「残酷なようだけど、小中さんが犯人にされてしまってから、拡散した仮病ネタで記者会見を開く羽目になり全てを語ることになったら、あなたは破滅よ。“保身のために証言をしなかった犯罪心理学者”がどんな目で見られると思う? だから、証人の公表はあなたのためでもある。仕事は失っても人として守れる部分はあるでしょう。これはギリギリの選択なの。私たちには手伝えない分野であなたの社会人生命を賭けて動かなくてはラストチャンスを掴めないわ」


 高柳はごくりと唾を呑むと、フロントにタクシーを頼み、立ち上がった。「高柳ですが、堤プロデューサーに大至急お話があるのですが…」電話を掛けながら新林と黒金を振り向いた。

 黒金が「叩かれまくった後の人権と仕事探しに協力するわ。これが私の“守る”よ」と声を掛け、新林は「行って、騙したイケメンにあんたのけじめのつけ方を見せてやれ。男前のけじめだったら、2度と係わってこないだろう。相談している刑事として俺の名前を挙げていいぞ」と送り出した。高柳美由紀は走り出していた。




 高柳は深々と頭を垂れた。プロデューサーに謝罪し、今は“お昼のビッグ!ニュース”製作スタッフ面々の前だ。

「ネットの噂の確認をしなきゃと思っていたら、まさか本当だったとはショックだよ」「仮病でドタキャン。理由は男。あんたどう責任取るの」口々に責められたが、高柳は怯まなかった。

 「申し訳ございませんでした。私は番組を降ります。違約金などのお話は後で承ります。それより今はもっと非常識なお願いがあるのです。今日番組中に私の謝罪の時間を取って頂きたいのです。私はその中で、キューバで起きた殺人事件の容疑者と言われている小中高大さんのアリバイ証言をします。彼を犯人にしたがっている真犯人にとって致命的な証言です。私はキューバの飛行機事故で亡くなり、頭部だけになった小中さんがメッセージを送った相手なのです。局として人気キャスター服部順之助を不利にする話は取り上げ難いとは思いますが、ご英断頂きたいです。もし謝罪が叶わないのならば今すぐ他局に行って会見をさせてもらいます」


 ポカンと口を開けていたスタッフとプロデューサーは思わず立ち上がると、「まぁ高柳さん、座って。落ち着いて。何を急いでいるんだ。最初から詳しく話してみて」と慰留し、場の雰囲気は一転した。

 数分後“お昼のビッグ!ニュース”スタッフは局中を駆けずり回っていた。服部絡みとなると局長・報道部長の許可はもちろん、取締役の耳にも入れておく必要があった。高柳から提出された小中と撮った写メの確認は念入りに行われ、出入国スタンプのあるパスポートも現物を映すことに決まった。石見葉月事件のフリップや服部賢一の取材ネタの用意にも忙殺された。番組HPやツイッターで『高柳美由紀衝撃の会見』と告知を始めた。そもそもが『私たちは忘れない・六月に起きた凶悪事件特集』という特番なのだ。事件のVTRを流し、事件現場の今をライブ中継しスタジオでコメントする形式なので、切り詰めようがなかった。局長判断で、一番短いネタを次回に回し会見時間を確保した。時間が捻出できるとなると、司会者が高柳と質疑応答する方が、昨日の生首ゾンビの反響冷めやらぬ視聴者に訴えるとみて、質問を考え、小中高大の最後の訴えの書き起こしも用意した。放送後に服部順之助からコメントを取ろうと、記者が服部の事務所や自宅に向かった。プロデューサーは「転んでもただでは起きないどころか、大スクープだ。むしろ告知が徹底できなかった方が恨めしいよ」と言いつつ込み上げる笑いが隠せない。

この局は服部順之助の冠番組を持っていないのだ。

「高柳はド派手な失敗をやらかしたけど、“持ってる”な。他局だったらこうはいかない」



 午後3時、特番『私たちは忘れない・六月に起きた凶悪事件特集』が始まった。本来ならコメンテーター席にいるはずの高柳美由紀はいない。番組CM直前にテロップで『高柳美由紀緊急会見 午後4時30分頃』と流した。

 控室で、メイクを一からやり直した高柳は、黒金真樹子にメールをした。『4時半から緊急会見が始まります。やり遂げます。目を覚まさせて下さって有り難うございます』


 高柳美由紀はやはり涙を流したが、今回はウォータープルーフメイクなので、化粧崩れ無しで鼻を赤くして司会の質問に答え続けた。

愚直に、“玉の輿”を念頭に仮病で仕事をさぼりキューバに行った顛末を語った。そして恥ずべき証言拒否と沈黙の対応を詫びた。『自由を掴め』と最後の力で伝えてくれた小中に感謝しかない、とまた涙した。真犯人について聞かれると、:真犯人が誰かは私は知りません。私にはっきりと言えることは、犯行時刻、小中さんは私とハバナで観光していたという事です。証拠の写真も警察に提出します。正しい捜査が行われると信じています:と頭を下げた。



 反響は爆発的だった。服部順之助が会見を開いたその日の内に、小中高大のアリバイ証言が飛び出したのだ。

『生首ゾンビが語ったのは真実だった!』

『!俺は殺してない!死者が語る無実の叫びを売れっ子コメンテーターが証言!』

『高柳美由紀、苦悩の告白。仮病番組すっぽかしとアリバイ証明!』

メディアは色めきだって服部順之助を探したが、雲隠れして捕まらなかった。



 「外務省ルートで問い合わせてもらったら効果がありましたよ! 5月に外務大臣が訪問した際ロドリゲス外相との会談時に、石見葉月さんの事件についても話題に上っていたそうです。国内で小中さんの犯行時のアリバイを証明する証拠が発見された旨先に伝えた上で、誰を代理処罰要請する予定なのか尋ねました。先日の“キューバ国営航空機事故犠牲者追悼式典”には日本領事も出席し、小中さんの冥福を祈りましたよ、と。そうしたら、きちんと確認してご連絡しますと言ってきたそうです。証拠のコピーをあちらに送りましたから、逆転の可能性大、ですよ」

新林は思わず課長の手を握って、頭を下げた。

「ありがとうございます! リスクの高い交渉を進めて下さって、本当に感謝します。小中の頭部に…無念を晴らせてよかった…」

新林の熱い感謝に戸惑いつつ、内心嬉しくもあったのか、課長は両手を力強く握り返した。「まだこれからですよ。相手は惜しみなく金をばら撒いていますからね」

 


 「夜叉通信はウェブで世界中どこででも見ることが出来るだろ? 例えばアフリカ・ロシア・中東でもThe Axeのファンはいるからな」本永が時間を気にしながら、テレビを点けた。

「それって、キューバでも?」

「そう、キューバでも」

「杉窪さんも夜叉通信見てるかな? 時差が13時間…朝6時なら見ているね、きっと。さっきの記者会見はどうかな?」

「Woods!が手配した動画サイトでライブ配信したはずだ。夜明け前の4時だけど、肝心の小中のアリバイ証明だから見ただろう。俺が心配なのはキューバのネット事情だ。よく通信できるよな?って思ってた。だってあっちはたまに停電する国なんだぜ?」

「じゃ、杉窪さん、どうやってこの前スカイプしたの?」

「クマちゃんも訊いたらしい。杉窪さんは仕事上ネット環境が必要だから、高い家賃で最新のビルにオフィスを構えているのだって。パートナーのホセっていただろ? あの人、ちゃっかりネット動画のコピー販売をしているのだって。けっこう儲かるらしい」

「ふ~ん」

瑞生は、キューバの男性はよくガールフレンドの家に居候するというサニの話を思い出した。ホセはサンテリアの司祭で、杉窪さんのオフィスでWi‐Fiを使ったサイドビジネスに精を出している。ちょっとよくわからないな、と思った。




 

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