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ゾンビの顔色  作者: Nemuru-
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2015年6月17日

2015年6月17日



 本永が「あの生物はクソだったな。生物部でもなきゃ満点は取れないだろ」と話を振ってきた。「今日、生物あったっけ?」輪をかけてボケた返事になったのは、午前中のことなど記憶にないからだ。

 捜査二課の係長たちも、前島も来ないので、スタジオに籠るミュージシャンとサニと瑞生たちだけの、静かな午後だ。

 呆れて本永がテレビを点けた。ワイドショーでは連日、放映するたびにびっくりネタの飛び出す夜叉通信に話題が集中している。青山の示した関原の詐欺の件や妹まゆりの自殺の件も、メディアは警察張りに調べては取り上げる。

まゆりの自殺したボロアパートは係長の推察通り、事故物件のため空き部屋になっていた。警察の再調査が入ったため、取材陣は同じ間取りの別の部屋に上がり込み、発見場所や窓から見える風景などをレポートしている。

 「あそこで一人ぼっちで死んだのか…」擦れている瑞生でも同情を禁じ得ない、哀しい死。

 

 当然世間はまゆりを自死に追い込んだ女に注目する。結婚前に、新郎の元カノを糾弾する女。身籠っていると知り堕胎を強要する女。政治家の家系でお嬢様学校卒、地元の企業にコネ入社、1年で辞め家事手伝いとなり、稼ぎのいいエリートとの結婚話を待っていた女。バッシングの標的に条件があるとしたら、その全てを満たしているようなプロフィールだ。


 :関原さんは、結婚相手の女性が、元カノを自殺に追いやったことを知っていたのでしょうか?:キャスターが投げかける。

:関原容疑者、まだ容疑者じゃない? 知っていたどころか、女に行かせていた可能性だってあるだろう。人を騙して金儲けして身重の恋人を出世のために捨てる男なんだから。東大出て頭がいいと言ったって、頭の使い方間違えてるよ。冷酷すぎる:コメンテーターは吐き捨てるように言った。

 

 再びアパートが映し出された。顔をモザイクにされた大家の老人が答えている。:可愛い娘だったよ。色白で大人しくて、掃き溜めに鶴とはこの事かって感じ。あの日、『おおおぉ』って叫び声が聞こえたから行ってみると、お兄ちゃんが号泣してた。部屋を借りる時に挨拶に来たから覚えてたよ。私が救急車やら呼んだんだよ:

:どうしてそのままにしてるのかって? 『美人の自殺なんて滅多にないから事故物件リストに登録しておけば、必ずマニアが来る』って知り合いに言われてさ。誰も来なかったけどね。でも昨日のテレビ見てマスコミが来てから問い合わせがぼちぼちきてるね。そのままにしておいてよかったよ。捜査に協力出来てさ:



 スタジオからグランドピアノのある部屋に出てきたトドロキが、儀礼用の太鼓を叩いている。優しい音だ。

 トンタタ トン トンタタ タタン

 サニが近くで聴いている。アフリカの太鼓なら、キューバの物と似ているのかもしれない。


 「昨日みたいに歯切れの悪いクマちゃんは珍しいよね」

「おお、俺も気になってた。『高柳美由紀に連絡が取れない』と言ってた件だよな。多分、直接話が出来ていない人間の事を新林警部補に話すわけにはいかないのだろう。最近凶悪事件の度に出てくるコメンテーターだろ? なんでそんな人間がキューバで小中と遭遇したのかって話だよな」

「有名人なの? 僕は何でも疎いからな。検索…」と調べた。

「T大出の歯に衣着せぬ犯罪心理学者らしいぞ。引き籠りの時もワイドショーなんか見なかったから、俺も疎いんだ」本永も検索知識しかないらしい。


 高柳美由紀は、御託を並べる幼児虐待の親をばっさりと切り捨てたり、特殊詐欺の元受け子を面と向かって『ゴミ』呼ばわりして以来、人気急上昇の美人犯罪心理学者としてテレビに引っ張りだこらしい。

 「こんなに忙しい人がキューバに行く暇あったのかな?」

「おお、わかったぞ八重樫。4月にレギュラーのワイドショーを急病で休んだのは仮病じゃないかという噂が流れているらしい。4月…26日、ビンゴじゃないか? レギュラーはこの番組しかないから決まりだな。仮病でキューバに行ってたんだ。そのせいで証言が出来ないんだ」

「本永って頭がいいとは思うけど、クマちゃんですら結論を出していない事で決めつけちゃっていいの?」

「ふふん。あとでクマちゃんに答え合わせしてもらおうぜ」本永は不敵に笑った。




 :こんばんは、夜叉です。今日は第四夜だね。また質問に答えようかな。『夜叉は、自分のゾンビーウィルスの感染が日本中に拡がることを考えたことはありますか? 日本人をゾンビにする危険性があるのなら、おめおめゾンビになって帰国するより、他の身の処し方を考えなかったのですか?』:

隣に座るキリノが:これはお前に死ねと言ってるな:とディスプレイを覗き込む。


 夜叉は遠くを見た。

:カフカの“変身”のグレゴール・ザムザはある日変な虫になってるだろ? あれともまた違うんだけど、自分が、他人がドン引くような状態になったことを客観的に理解し最終的に受け入れるとして、それにどれくらいの時間を必要とするか、考えたことあるか? 一度に大量罹患するインフルエンザとは違う、感染と言ってもザムザに近いんだ。悪い夢から醒めれば元通りかもしれないし、何か注射すれば治るかもしれないと思う。医者に言われたくらいで、そう簡単に自分がゾンビだなんて納得できるわけないだろう? 『現時点でおそらく世界でただ1人のゾンビー症候群になったんだ、君は』と言われて。逆に質問くれたお前だったら、日本人に感染させないために現地で自殺するの? 今までに分かっている、人→人感染はジェイコブ兄弟のみで、しかもわざと感染したんだよな、それくらいしかないのに。人を喰うわけでも襲うわけでもないのに、“感染の危険”っていうだけで、俺、自殺しなきゃならないの? お前の発想は、『けしからん』『無責任だ』ってテレビ相手に偉そうに怒ってる感じだな:


:俺はもちろん、絶望したし、みじめな見世物になった気分だった。キューバでだって、凄い人数の医者が見に来たよ。見物しにね。死にたいくらいだったよ。でも、『なんで蘇ったんだ? これには意味があるのか? これは罰か? 俺はこの体で生きなきゃならないのか? どのくらい他人を危険に晒すんだ?』って考えたよ。そこから調べて、さっき言ったみたいに、感染力が低いことを知ったんだ。それに国家の考えもあった。俺の体のウィルスは可能性を秘めている。争奪戦の感があって、ともかく『日本に所有権がある物』だから、悲劇ぶって自殺なんてしたら、『バカヤロー』と怒る公務員がいっぱいいたと思う。で、俺としたら生けるゾンビのモルモット気分で帰国した。世界中の仲間やファンの皆が世論に訴えてくれたのと、扱いにくいウィルスのお蔭で、隔離病棟で実験台になることは回避できた。病院ではなくこの村に落ち付けたのも、本当に嬉しいよ。ありがとう、皆のお蔭だ:

:で、ここで落ち着いてきたら、面白い友達が出来た。音楽が自分の中から湧き出てくるのを感じた。蒼くなった体の内側を突き破って出てくるように。この蒼い皮膚も指先もただの殻で、俺は音楽で出来ているんだと感じた時、初めて蘇ったことに対する感謝で震えた。同時に殻が使い物にならなくなる時が来ることもはっきりと感じた:


:迷惑かけた上に不義理の塊だったのに、昔の仲間もバンドもここまで来てくれた。そうしたら、運命と向き合う勇気と手段の両方が整った。俺と違って生きられなかった人の最後のメッセージを発信する作業だ。彼らの生き様、それぞれが抱えた思いや問題を逃げずに伝えなければならない。…この村に来なければ、年下の友達に出会わなければ、作業から逃げて、ゾンビらしくこそっと死んでいくことを選んだと思う。俺だって、俺の行動が気に食わなくて反発する奴がいることくらいわかる。動画に関係したがために人生が変わってしまうことに抵抗を感じる人もいるだろう。でも、身体が部分だけになってもどうしても伝えたかった思いを預かった以上、それを発信するしかないだろう? だから、俺は死なずにここにいる。…これで、答えになってるかな:



 そうか、皮膚も指先もただの殻だと思っていたから、親指がなくなってしまっても、それで楽器が弾けなくなったとしても、嘆き悲しんだり取り乱したりしなかったんだ。『自分は音楽で出来ている』と確信するって夜叉じゃなきゃ言えないセリフだ。


 :どうも世間ではこの放送を結構注目してくれているようで、嬉しいよ。じゃ、今日はもう1人の男の物語だ:




 :あんた、日本語出来るんじゃないか?:

小中高大最後のメッセージが始まった。




 「『自由を掴め』と言われた女性は、これ見てたかな?」瑞生は、そうであったらいい、と思った。もちろん、答えられる者はいない。

本永が目いっぱい顔を近づけて言った。「夜叉の言ってた“年下の友達”って八重樫の事だろ」

「え? そうなの?」

「? お前、今のは自分の事を言ってるんだな、と思いながら聞いていなかったのか?」

「指と皮膚と殻と音楽の話だと思ってたけど」

サニが体を二つ折りにして笑っている。本永も、気の抜けた顔になって、「う~ん。そこが八重樫なのかな…」と苦笑した。



 ところが、予想外のことが起こった。一般の視聴者にとって、小中の“語る頭部”はあまりにグロかったようだ。青山の腕の場合は、砂に記す文字がドラマチックだったし、半信半疑で見入ってもグロテスクではなかった。しかし、頭部の場合、見入ると目が合うし(気のせいだが)、怖さが半端ないのだ。テレビ局の電話がパンクするほど抗議が殺到した。Woods!はもちろん、ありとあらゆる媒体に、ヒステリーにも似た反応が寄せられた。それは同時に、ほとんどの視聴者が、“話す頭部”をゾンビーウィルスに感染していたら現実に起こりうる現象、と受け入れている証拠でもあった。

 だから苦情も、「作り物の生首に喋らせるなんて悪趣味」ではなく、「夕方の子供も見る時間に、話す生首なんてグロ過ぎる」というものだった。ネットですら『インパクトマジ凄すぎ』と衝撃を語る言葉で溢れた。


 しかし、最初の拒絶反応の次には、好奇心が噴出した。

なにせ小中のメッセージには、サスペンス劇場張りのワードが満載だったのだ。「殺人」「濡れ衣」「犯人は他にいる」「証言ができない証人?」さらに『自由を掴め』とは誰に向けたものか?も興味をそそる。一億総探偵社会だ。皆が謎解きに夢中になった。

 テレビ局も、視聴者へのお詫びもそこそこに、小中にまつわる事件の真相究明に乗り出した。

“石見葉月”からキューバでの事件が、“小中高大事故死”から大学名が判明し、キューバ旅行の主催者服部賢一に辿り着くのは容易な事だ。その日の内に、『上司にしたい男性ナンバーワン、売れっ子キャスター服部順之助の長男がキューバで日本人女性を殺害か? 同行友人小中高大さん、頭部のみで無実の訴え!』という記事がネットを席巻していた。





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