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ゾンビの顔色  作者: Nemuru-
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2015年6月13日 ⑥ 小中

 青山の件は、本人の望み通りサニが公開するという結論が出たので気が楽になったところに、色々な交渉事を済ませたクマちゃんが戻ってきた。

 「空港にもその後も、青山の遺体を引き取りに親族が来ることはなかったそうよ。最後に住民票があった区の公営墓地に納骨したのですって。小中は両親が空港に引き取りに来た。警察主導で頑なに取材拒否だったそうよ。頭部だけではより好奇の眼に晒されたでしょうしね。それで夜叉以外の日本人の遺体の帰国がニュースにならなかったらしい」

「それは、青山は暴力団関係で、小中も善良な日本人ではなかったということか?」本永は刑事ものに喰いつきがいい。

クマちゃんは言葉を濁した。「そんな感じ。記者に接触すると、こちらも村の話を提供する羽目になるから…」


 「あの…。僕は生きているコナカ君と話したことはないけど、4月にあった日本人女性の殺人事件と関係しているのじゃないかな。ええと、クマちゃんを信じて渡す物があるのだけど」唐突に話し出したサニに皆驚いた。

 「え? 物?」とクマちゃん。

「まだ隠してることがあるのか」と打ち合わせから戻った門根も呆れた声を出す。

「サニ、頭部を発見した時の話をしてないよね。“生きてる小中”とは話してないけど、“死んでる小中”とは話したって意味だよね?」と瑞生。

「女性殺人事件て? キューバで?」と本永。



 サニが座の中央で話す番だった。

 「まず、4月に日本人女性がキューバの自動車道路脇で他殺体で発見された。ハヅキ イシミ。キューバの治安は悪いわけではないから、ちょっとしたニュースになった。日本人男性が一緒にいたことがわかって、警察はその男を怪しいと睨んだけど、男は事件発覚直前に帰国していた…」

「それが小中なのか?」と門根。

「犯人と断定されたわけではなかったので名前はでなかった」とサニ。

「殺されたハヅキは、観光客ではなくて、キューバに住むお母さんの家に移住する準備をしていた。お母さんはスギクボと言うのだけど、キューバで日本人観光客のサポートをする会社のシャチョーだ。この連絡先がクマちゃんに渡す物。シャチョーに連絡を取って、真実を聞いて。僕が日本人の遺体を海岸で見つけた話を聞きつけて、出国前のぎりぎりの時間にシャチョーが訪ねてきたんだ。『日本で起こっている事を教えて犯人逮捕に力を貸してほしい』と伝言を頼まれた」

「わからないなぁ。なんでキューバの殺人事件の解決協力を第三者に依頼するんだ?」本永が首を捻る。

 

 サニが少し肩を落として語りだした。「ヤオーマの腕を回収して、彼の記した文字を撮影した後、ヤオーマの胴体や他の遺体を探して、後で映りこんだ物を探せるように動画を撮りながら海岸を歩いていたら、呼ばれたんだ。コナカ君の頭部に」


 「なんて?」思わず皆口を揃えて訊いた。

「『あんた、日本語出来るんじゃないか?』って」

「で?」

サニは哀しげに首を振った。「ヤオーマは見慣れたシャツと時計でわかった。でも、コナカ君は頭だけで、知り合いじゃなかったんだ。僕だって腰を抜かしたよ。しかも、撮影しろって言うんだ。『早く、撮影しろ。俺がかろうじて生きてる意味がなくなる』って…」

 「呆れた。やっぱりまだ隠し玉を持ってたんじゃない!」クマちゃんが憤慨する。「見せて。それを今すぐ」


 サニが気乗りしない様子で、スマホを出した。



 :撮るよ? 本当に?:

 :さっさと撮ってくれ。俺が生きてる意味がなくなってしまう。…こんにちは。日本の皆さん。俺の名前は小中高大。今見えてる映像は冗談などではない。ハリウッド映画みたいにしか見えないだろうけど、真実だ。俺は今、飛行機事故で機体と一緒に身体が吹き飛ばされた…ために、頭は出てるけど首から下は砂浜に埋まってる。手足の感覚は全くない。どうもダメになってるようだ…。気付いてからずっとここで待っていた。ようやく気づいてもらえた。ゾンビーウィルスに感染していたお蔭で、まだ生きてるのだと思う。でも、いつまで生きてられるか怪しいから急いで言わないと…。俺は石見葉月さんを殺していない。俺の人生が大したものじゃなくても、就活が他力本願で情けないものであっても、犯していない罪を被るのはごめんだ。丁度タイミングよく死んだからって、被疑者死亡で片付けられるのは納得いかないよ。俺の両親だって可哀想だ。断じて俺は彼女を殺していない。俺に罪をなすりつけようとしている人間がいる。警察はきちんと捜査してほしい。調べてくれたらわかることだ:

 蒼い光を放ち話す頭部は、切羽詰まった話し方をした後、息継ぎをして眼を閉じた。


:あの…ダイジョブ?:サニが不安げに訊く声。

:ああ、時間切れ、みたい。大丈夫かって? 変な、こと、聞くな。もし…彼女が証言してくれたら…それは物凄く、勇気のいることだから。犠牲を払って、してくれること、だから。守ってあげてほしい…。例え、証言しなくても…自由になって、ほしい。俺の思う、自由と、彼女みたいにかつ、やく、してる社会人の、自由は、違うみたいだ。でも、俺に、も、わかる、好きなよう、に、する、ことが自・由、じゃない。自由、は、自分で、つ か むもの、だ。…自由、じ ゆうを、つか め!:

 最後は、口から舌がだらんと垂れ下がり、宙を見据えた目が虚ろになっていく、かなり恐ろしい映像になっていた。



 「夢に見そう。サニ、よく撮ったな」夜叉が労った。

「そうだね。腕も頭も、夜叉も、サニのお蔭だものね」と瑞生。

「数奇な運命を感じるな。キューバで交錯した縁なのか…」とキリノ。

「また託されたのか。頭と、シャチョーから」本永がクールに言う。「サニは、日本語を勉強したせいで、厄介な願い事ばかりを背負い込む羽目になってる。不本意ながら? それとも本意なのか?」


 サニはちょっとたじろいで本永を見た。口元に手を当てて、言葉を選んでいるような、迷っているような仕草だ。

 その迷いを門根が破った。「『キューバで日本人女性殺害か。4月27日キューバの観光地ビニャーレス渓谷近くの国道沿いで遺棄されていた遺体は、石見葉月さん(27)東京都在住と確認された。』これだな」ディスプレイに表示してみせる。

 

 『ハバナから西へ約122kmほど郊外に、たばこ農園と石灰岩が侵食されてできた洞窟が独特の景観を見せるビニャーレス渓谷がある。4月27日午後通りかかった観光バスが偶然発見した遺体は、持ち物から日本人の石見葉月さんと判明した。キューバ在住の母親が確認した。キューバ警察の発表によると、遺体は死後約1日経過しており司法解剖の結果、死因は頸を圧迫されたことによる窒息死。キューバは比較的治安がよいと考えられていたので、日本大使館も急ぎ状況を確認している。』

『殺害された石見葉月さんは両親の離婚後日本で父親と暮らしていたが、大学で国際経済学を学び、父の死後、母の住むキューバに自分の生活拠点を移す準備をしている最中だった。スペイン語も堪能、キューバに毎年のように滞在していたので、現地の人と揉め事を起こすとは考えにくい。母親は日本人観光客向けのツアーやコンサルティング会社を経営しており、殺害推定時刻には、日本人観光客の男性を案内してレンタカーでビニャーレス渓谷に行っていたとの情報もあり、現地警察は慎重に捜査を進めている。』


 「う~ん。月並みな推理だと、石見葉月が案内してた日本人男性てのが犯人だよな?」門根が同意を求めて、瑞生たちを見る。

「そうだな。現場が強盗を示唆していれば最初から強盗事件として扱うだろう。同乗者が助けもせずに帰国してるなら、疑われて当然だ。キューバが社会主義国でも国家機密とは関係ない強盗事件はちゃんと調べるだろう。外国人狙いの強盗犯ならば重罪に処して見せしめにしないと増加するから」本永は犯罪ものが好きなだけあって推理に隙がない。「レンタカーに言及がなくて強盗と言わないなら、おそらく何者かがきちんと返却しているのだろう。だから遺体だけ道路脇にあったんだ」

「もし小中がその人物なら、真っ黒な気がするんだけど…」瑞生は門根レベルだ。

 クマちゃんはぶっとい腕の時計を見て、「時差が13時間だから、あちらは真夜中ね。残念…」と言いながらメモを開けた。「ともかくメールしてみましょう」


 「小中のプロフィールから考えると、なんでキューバに行ったのか、意味不明なんだけど。そもそも就活はどうしたのさ」国際的な勉強をしていた様子のない小中のキューバ行きが、不思議を通り越して謎だった。

霞作成のプロフィールを手に持ったまま、キリノが呟く。「こういうタイプの人間がハワイや台湾以外の旅行を企画するか?」

「なるほど。キューバ行きを企画した人物に誘われたのなら、納得いくな」と本永。


 「素人集団にはここまで、かな。もっと全体像を把握してから警察情報の入手方法を検討しましょう」

 クマちゃんの仕切りで簡単な解散になった。「もうすぐ鑑定結果が出揃うわ。今更ながらに元夫人たちの無理解に呆れる。ミュージシャンの光と影を理解して支える覚悟など皆無だったのに結婚した。もっとも当の夜叉も“結婚は互いに与え・捧げあい日々を重ねて年月を経て輝くもの”だと全く理解していなかったでしょう。つまり相手にミュージシャンの妻たることを求めなかった。逆に彼女たちの真の夫たりえようともしなかった。だから彼女たちが予定通り慰謝料と“夜叉ブランド”を要求するのは当然なんだけど。多分夜叉は当時のキリノと音楽の問題が苦しくて、相手の『私が幸せにしてあげる』を鵜呑みにしたのでしょうね。何が自分の幸せかわかってもいなかったのに。まぁともかく書類さえ仕上げておけば、元夫人たちの所へは私が行く必要はないから、こちらにいられるわ」

 門根も「マネージメント会社として成すべきことを成すまでだ。ちょっと色々回るから、お前ら夜叉を頼むぞ」と出掛けて行った。



 

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