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ゾンビの顔色  作者: Nemuru-
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2015年6月13日 ④ 部分な二人

 「では、超常現象について検討するのは有志で後にしてもらいます。今は時間制限のある問題に取り組みましょう。八重樫さん、このファイル全てに目を通して、この人物の人柄をレポート用紙1枚くらいにまとめて。読む時間のない者が参考にできるように赤いファイルで1枚、青いファイルでもう1枚ね」

「夜叉もスタジオに籠る前にしていってもらう用事がある。トランクルームに預けっぱなしになってる美術品。絵とか貰い物の壺とか。ふらっと好きな時に入れていくと将来絶対『入れたはずのアレがない』『勝手に誰か持ち出しただろ?』という展開になるから物を出し入れする時にリストを作っておいたでしょう? だからリストを見て選別して。ここに残したい物には赤丸、贈呈するなら相手の名を記入して。借金返すのでしょう? 借金作った本人が活躍して。いいわね?」


 こうして各自取り組むべき課題をあてがわれた。

 「つまらんな。子供って言っても俺たちもう15歳なのにな。子ども扱い=保護は成長の芽を摘むだけだろ」本永はお冠だ。

「もしかすると『テスト中なのに酷いや』と言う羽目になるかもしれないでしょう? 出来る時にしておくのが勉強というものなのよ」クマちゃんはあっさりと片付けて出て行った。



 しかし、思ったよりずっと早く瑞生たちの手が必要とされた。伯母の霞が、クマちゃんの依頼通りまとめたレポートのチェックを頼んできたのだ。「私、こういう提出書類を書くのは大学のゼミ以来なの。おかしくないか読んでみてくれない? 遠慮なく添削してほしいの」

「いやぁ、伯母様を手伝いたいのはやまやまなんですが、資料を読まない事には判断できないですよ」本永は罪深い男だ。まんまと全資料を手に入れ、瑞生にこう言った。

 「いいか。せっかくの俺のファインプレーを無駄にするなよ。俺は好奇心的な関わり方だけでいいけど、お前は夜叉の様子から言って、あの腕男と見たことない頭男とどっぷり関わらなきゃならない可能性濃厚なんだぞ。まとめレポートだけで何か決めろと言われても最善の判断ができるわけないだろ? お前が直に資料を見て、人となりを掴んでおくべきなんだよ。これは自衛手段とも言える。さあ、超高速読書の時間だ。伯母さんが困らないようにフルスピードで読み取るぞ」

 瑞生は青いファイルの中から書類や写真を取り出して見た。本永が「俺はナイーブだから頭だけのは止めておく。お前は両方読むしかないな」と一方的に赤いファイルを取ってしまったのだ。


 

 “小中高大”…しょうちゅうこうだい? 教育制度?…“こなか たかひろ”…先ほどまで話題の中心だった父の闘いの歴史とも被るが、通常苗字は選べないから“小中”はいいとして、それに“高大”を続けるなんて、親が文科省か受け狙いか、どっちかとしか思えない。

 

 小中のファイルはどう読んでも面白くも特別でもないようだった。

W県出身で両親は虐待も離婚も破産もしていない。一浪して上京し私立N大商学部の今年四年生、就活はどうなったのだろう?

FBの写真を見ると、眉毛が濃くて目は小さめ、イケメンとは言い難く、口をへの字に曲げているのが癖だとすると、常に現状に不満があるタイプかもしれない。FBの書き込みを見てみると…、案の定就活の不満だらけだ。『毎年、面接の解禁日が変わる不幸!』『商社のOB訪問、体育会系オンリーってなんだよ!』『学歴フィルター、むかつく』『Webテストさえ攻略できたら、俺は最終面接必達なのに』


スマホで見てみると、面接解禁日が経団連の縛りのある企業は例年より3ヶ月後ろ倒しになり、外資系や中小企業とずれたため、多くの就活生が混乱しているようだった。

 瑞生はプリントアウトされたFBよりもっと以前の小中の胸中を探ろうと、調べてみた。

 

 『就活塾に高い金払って、早くから備えてる奴の気がしれない』『Webテストって中学受験した奴が有利で不公平だろう!』『入社後の配属がわからないのに、何やりたいかなんて聞くなよ』

 見えてくるのは、往生際の悪さだ。『何がしたいか』『何ができるか』を聞かれることくらい瑞生だって知ってる。会社は学生の本気度をみるために定番を聞いてくるのだろう。自分なりの答えを捻り出さずに、『それがわからない』と開き直っていては、誰も小中の話なんて聞かないだろう。


 例え頭が良くても、適材適所じゃないと優秀な頭脳も活かせない。お父さんがいい例だ。何より本気じゃなきゃ、どんな仕事もモノにはならない。工場の作業は騒音の中で重い機械を操作し、金属、熱、薬品、どれを扱うにも集中力と慎重さと、微妙な加減が必要だ。それは判で押した作業とは違う。一瞬一瞬の真剣勝負なんだ。見てただけの僕にもわかるのに、お父さんにはわからなかった。いや、わかってたけど、お父さんには勝負する気がなかったんだ。だから、僕の知る限りお父さんは何も作っていなかった。多分仕事を始めた頃は、作る作業に携わっていたのだろうけど、熱意のなさと技術のなさで、下準備や営業や経理といった仕事に回されたのだろう。もちろん経理や営業だって、本気と情熱が必要だ。お祖父ちゃんが急に死んでしまって、工場が上手くいかなくなったのは当然の成り行きだったのだ。


 小中の就活の感触が悪いのも、ごく当たり前のことに思われる。…でも、航空機事故は5月20日だ。マスコミの応募締切が5月、一次試験も5月下旬や6月初めが多いようだ。せっせとエントリーシート(ES)を仕上げてなきゃいけない時に『マスコミ就職希望!』なんて書いてた人間がキューバに行ってていいのか?


 瑞生の推察もここまでだった。それ以上の資料がないのだ。顔を上げると、本永が椅子にふんぞり返って、懐かしい貧乏揺すりをしながら、赤いファイルの中身を読んでいた。

思わず微笑むと、「何笑ってんだよ」と咎められた。

「いや、懐かしいなぁと思って。本永の貧乏揺すり見るの久しぶりだから」

「俺の? 貧乏揺すり? そんなにしてるか?」と驚く。

「本人は気にしてないんだね。僕は4月からずっと前の席で揺れてる金髪のトサカ頭を見てたからね。…それより、どうだった? 赤いファイルは?」

 本永は黙ってファイルを渡してきた。


予想通り、就活生の小中と裏街道の青山に、共通点などまるでなかった。

 

 青山陽斗は東京の下町出身、ごく普通の生活が一変したのは不動産バブルのせいだった。バブル期には下町でも大規模再開発のために、民間デベロッパーが非合法勢力を利用して地上げさせることもあった。表舞台の企業を裏で支えて甘い汁を吸うだけでなく、各暴力団が勢力拡大の資金源とするために競うように地上げ対象の土地を探した。

青山の実家は祖父の代からの不動産屋で、1階が事務所で上階が自宅という細長い3階建てビルに家族で住んでいた。すぐ裏手にアパートを数棟所有していて、派手ではないが安定した豊かな生活が保障されていた。

転機は駅前再開発だった。駅前ロータリーを整備する話が、あっという間にショッピングモール、ホテル…と大規模になっていった。駅から放射線状に再開発を広げると、青山の自宅ビルも圏内に含まれた。既にバブルも中盤、品も経験もない2流・3流の土建屋、信金などが群がり、その背後にいる暴力団に、青山不動産はあっという間に乗っ取られてしまったのだ。自宅住居には怪しい風体の人間が入り浸り、両親を囲んでいた。

陽斗11歳、妹のまゆり8歳、ある日1階の事務所で父は首を吊り母は睡眠薬を大量服用して死んでいた。いつの間にか養子縁組していた組員が陽斗の兄になり、兄妹は全てを失った。


 瑞生にはバブル期の地上げに関する知識などない。ファイルに、青山不動産に関するレポートがあったのだ。貼り付けられた大判の手書きメモに、『青山不動産の夫婦心中事件は記憶している者が多く(開発が不発に終わり、地元民がそのまま残っていたお蔭で)、すぐに情報が集まった。警察の捜査が及び腰で、兄妹がヤクザに取り込まれたことを不憫に思う者もいた。だが再開発に失敗した土地は日本中に溢れ、住民不在のアパートやゴーストアーケード街も珍しくないバブル後の不況下で、心中事件の起きた建物は不吉な暗さに閉ざされており、青山不動産ビルに近寄ることも憚られる程だったということだった』とあった。

 その他は断片情報のみだ。兄妹はちゃんと高校を卒業している。ヤクザが兄妹を育てたということだろうか? 確か、セキハラキイチは東大卒だったが。

小さな新聞記事のコピーもあった。『20代女性自宅で自殺か』…青山まゆりは賃貸アパートのバスタブの中で睡眠薬を飲み手首を切って自殺していた。親族宛の遺書があり侵入者の痕跡がないため警察は自殺と断定した、とあった。

これが青山の言う『妹まゆりを自殺に追いやったセキハラキイチを許さない』か。親族宛の遺書とは陽斗に宛てたものだ。妹の遺書を読むなんて、どんなにつらかっただろう。


関原喜一は静岡県出身、父は地銀の出世コースに乗り裕福な暮らしをしていた。学生服の写真は、世界中が馬鹿に見えるとでも言いたそうな顔をしている。進学校から現役で東大に進み、就職はゴールドプリースト証券の米本社採用ニューヨーク支店配属だ。瑞生にはさっぱりだが、“米本社採用”に赤で二重線が引いてあるから多分凄いのだろう。

しかし3年で自己都合の退職。これが『ヘマでクビ』なのだろうか。現在は“システムワークスジャパン”という派遣会社に登録している。登録写真は影のある切れ者風の顔だ。隠し撮りの会話に出てきた詐欺会社云々はこれだけではわからない。これで関原のレポートは終わってしまう。トラブルの前面に出たり、事件を起こしたりしていないので、記録がないのかもしれない。


次いで出てきたのが大橋京太郎なる人物のレポートだ。東大で一緒だったとか、奥さんの親が県会議員だとか、自慢げに言ってた態度も顔つきも気に食わない奴だ。興味が湧かないので雑に読んで終わった。

最後は坂上逍造。大橋の義理の父と言う男だ。県議を辞めて参院選に出るとか言ってた。髪を不自然なほど黒く染めている。

そういえば、大橋は関原に奥さんの従妹と結婚するように勧めていたな。『普通だけど芯の強い娘だ』と言っていたっけ。


「青山陽斗と関原の接点は、やっぱり暴力団かな?」瑞生が訊くと、「それしかないだろ」と本永。「青山はキューバに物件の写真を撮りに来たと言ってたんだろ? リゾート詐欺の準備のためだってな」

「両親の心中、それでヤクザ? でもサニの友達?」

「わかることで考えよう。八重樫の家で見た青山のメモリー、詐欺集団の金の動きとか。あれきっと関原の息の根を止めるための証拠だ。で、あの関原の隠し撮りは、関原が自分の保身のために撮ったものだろう。大橋は関原の経歴を十分知った上で、詐欺で得た金を自分の選挙資金にしようと企んだことが全部語られている。関原が捕まった時、これがあれば大橋は知らぬ存ぜぬが出来ない。つまり関原は大橋を信じてなかったわけだ。わからないのは、この爆弾級の証拠を、青山がどうして持っているのかだ。関原は頭いいけど性格暗い。暗い奴が隠し撮り証拠をあっけらかんとその辺に出しておくわけがない」


 「本永って、探偵になれそうだね」

瑞生の素直な感想に本永は、「何事も他人事感覚で自力で取り組む気がないのがお前の欠陥だぞ」とお説教を忘れなかった。


 肝心の伯母のまとめは、なかなかよく出来ていた。常日頃のクールさを活かした仕上がりだ。瑞生では照れと遠慮で上手く言えないところだが、本永は年上女性の扱いに長けている。伯母が嬉しそうに帰るのを瑞生は複雑な思いで見送った。

 笹宮家の呪いは瑞生には来ないはずなのに父は苗字を戻さないほど気にしていた。何故だろう?

 


 「担当は警視庁組織犯罪対策課か、いや捜査二課知能犯係か。でも警察が関原や詐欺集団を摘発する気があるのかわからないな」本永の組んだ足は揺れ続ける。

「よくわからないけど青山のメモリーがないと、それは難しいんじゃないの?」

「青山のはとっておきの内部資料だ。組織犯罪には警察OBとルートがあって“お友達”だって言うだろう? 信じて渡したのに証拠を握り潰されてしまうのが怖い。自殺とは言え青山の妹が無念の死を遂げたこと自体が、警察は動かないって教えてるようなものか」金髪も揺れる。

「じゃ、どうするの? 青山の無念は晴らせないの?」

サニが突然発言した。「それは困る。ヤオーマの哀しみ、伝えたい」

「そうだね。あの蒼い腕に復讐を託されたサニとしては、ルビーの呪いより、余程リアルに祟られそうだよね…」瑞生にしてもルビーの呪いはあまり実感がない。父は母に殺されたのだ。呪いではない。愛のない結婚(持ちかけたのは母だが)に対する復讐という方がまだわかる。

「…」本永の動きが止まった。瑞生もサニも、またヤバイ状態になったのかと、慌てて近寄る。身長2m弱のサニが背を丸めて顔を覗き込むと、本永はすっと視線を合わせた。

「それだよ…、サニ。基本に忠実。青山はサニになんて頼んだ? たぶん『これを公開してくれ』だろう? 『復讐してくれ』じゃなかっただろう? さすがにキューバ人のサニに『日本に行って俺の代わりに復讐してくれ』とは言えないもんな」


 今度はサニが動きを止めた。「思い出す…。正確に」指をこめかみに当てて、キューバでの出来事を脳内で再現しているようだった。

「僕がヤオーマと最後に会ったのは、出発の前の晩だった。彼は日本に帰った時、USBメモリーを持っていると危ないと思っていた。『帰国したことはすぐ知られる。選挙のために、見つかれば俺は速攻で殺される。受取人の住所・氏名を連絡するから、その日本人宛に送ってほしい』と託されたんだ。『僕が死んでも代わりに公開してくれる人を見つけたら必ず知らせる』って。僕はその時、ヤオーマは孤立無援で、信頼できる仲間を見つけていないのだと思った。彼は帰国する前に死んでしまったのだから、僕に望むことは『公開する』ことだと思う」


 本永は頷いた。「だから、難しく考える必要はないんだよ。青山の代わりに公開してやればいいんだ。関原を有罪にするとか、大橋を立候補できなくするとか、犯罪を立証しなければいけないなんて、考える必要はない。“言いがかり”? そうかもしれない。あの飛行機事故でキューバの海に散った1人の日本人青年の心の叫びは、被害妄想かもしれない。でも本人に公開してくれと頼まれたから、キューバ人のサニが公開するのに、何か問題があるか? 夜叉のために付き添って来日した、知日家の青年に責任取れなんて言うか? 日本人の大好きな“いまわの際の願い”を叶えてくれたんだ。内容に関してはサニが『約束とはきちんと果たす物。だから無修正で無加工でを貫いた』と言えば全世界納得じゃないか?」


 パシャ パシャ

 夜叉の拍手だ。「お前、想像以上に俺と感性が一致してるな」本永の金髪が感動で逆立つように見えた。瑞生の見たところ、夜叉はクマちゃんに命じられた美術品の振り分けに飽き飽きして、こちらの話を聞いていたようだ。

「もう終わったの?」と訊くと、「瑞生、クマちゃんに似てもいいことなんかないぞ」とポケットファイルを胸元に押しつけてきた。折り癖の付いたページを開けて見ると、綺麗な卵の写真が並んでいて“インペリアルエッグ”とある。そこに“ミズオ”“キンパツ”と殴り書きのポストイットがべたべた張り付けてある。

「夜叉、これ…」

「最後に世話になるからな。なんかお前らにお揃いの形見をやろうと思ったんだよ」

「インペリアルエッグって何?」

「ぐっ」本永が鳩尾にパンチを食らったような声を漏らした。「インペリアルエッグを知らないのか? 卵の殻アートだ、有名だぞ。昔ヨーロッパの貴族で流行した、ダチョウの卵の殻を使った雅な修飾つまり飾りを施す…オルゴールになっているのや人形が入っているのまで色々あるんだ。繊細で美しい工芸品だ」と呆れながら説明してくれた。

「何に使うの?」

「飾るんだよ。アートって言っただろ」

「…」

飾る物=壊れ物=母に壊される宿命の物、という今までの図式が浮かんだので、一瞬言葉に詰まった。が以前より少し余裕があるためか、「もう、工芸品を飾る生活が出来るんだから、そういうの楽しむのもいいね」と言うことが出来た。我ながら驚きだ。「でもなんで卵なの? 綺麗だけど、凄く壊れやすそうだよ?」アートと無縁な瑞生は訊かずにはいられなかったが。




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