表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゾンビの顔色  作者: Nemuru-
12/57

2015年6月11日

2015年6月11日

 


 翌朝、“他人の家に居候が一人で留守番して迎えた朝”ならば若干の緊張があるはずなのに、寝坊した。

「そうだ、バスで行かなくちゃいけないのに…」いつものセットで服を着るから5分もあれば用意は整う。しかし朝食を食べるのに手間取った。伯母に遠慮してキッチンにあまり入り浸らないようにしていたものだから、電子機器類の操作がわからないのだ。火浦家で叩き込まれた『ある物をあるうちに食べる』習慣は健在で、焼かない食パンにジャムをこんもりと載せて2枚食べてから家を出た。


 考えてみると、バスで村から出るのは今回が初めてだ。他の利用者に興味が湧いた。

しかし、肩透かしなことに、バス停には小学生の女の子とお年寄りしかいなかった。都心に行くにはこの時間では遅すぎるのだ。


 予想外なことに小学生に話しかけられた。

「見ない顔ね」

「明らかに年上の僕に、随分なため口だね」

校則が厳しいのか、髪をきっちきちに三つ編みにして紺のゴムで結んでいるその子は、ツンと澄まして言った。「世の中監視の目だらけよ。電車内も学校近くもね。この田舎でバスに乗る時くらい好きにさせてもらうわ。毎日だっていいのに、私はたまにバスなの。あなたは今日だけ?」

「う~ん。しばらくはバス通学かも。君はたまにバスってどういうこと?」

「お母さん、AAセンター勤務なの。お年寄りが危篤になると、必ず呼び出されて、元気になるか・他の病院に行くか・死んじゃうか、決まるまで帰ってこないの」

「君のお母さん、責任者か何かなの?」

「うん。なんか、東京の大学病院でどえらいミスをしたんだって。で、もう雇ってくれる病院なんかどこにもないって言われてた時に、AAの医院長が、『村の老人の最期を看取る仕事だけど耐えられるなら来なさい』って言ってくれたんだって。10年頑張ったら他の病院に口利いてくれる約束なんだって」

子供によくそこまで話すなぁ。親もこの子を欺けないと思ったのか、と思いながら聞いてみた。

「この村に住んでる人は、救急搬送だと皆アンチエイジングセンターに運ばれるの?」

「う~ん。他の病院に決めてる人は違うと思うよ。でも、ただのお金持ちの年寄りってだけなら、大抵はAAに行くよ。近いし」

「ふーん」

「他の大きな病院は遠いでしょ? AAは近いし、空いてるし、綺麗だし、ご飯おいしいし」

「なるほど」


 「いやぁ、家内が腕を骨折してしまってね。僕はいつも助手席に座っているだけだったから、今更怖くて運転できないんだよ」いきなり話し出したのは、瑞生より先にベンチに腰かけていたお爺さんの1人だ。バス利用の言い訳をしたくて堪らないらしい。

隣のお爺さんの目がきらりと光る。「ははぁ、それはお気の毒に。私なんてこれからドライブですよ。息子も嫁もそれぞれ車で出かけたから。ばれないようにバスでY駅に出て、レンタカーでトッタン半島を周回する。老人は家の近辺で満足してろなんて言わせないから」ふっふっふと笑った。

「ほほう、それはいい。僕も練習しようかな。孫にまで『免許返納したら』なんて言われてしまってね」

「ああ、教習所でちょっとブラッシュアップすれば大丈夫。トッタン半島は都心から遠くて不便だが、その分道が空いている。安心して運転できますよ。山道を抜けて海に出ると爽快この上ない…」

 「私はね、往きも帰りもハイヤーを使うのが嫌なの。少しは歩いて駅や乗換も出来ないとね。往きはバスが定刻に出発するから断然バス派。自由なのよ。思いつきで出歩いて好きな時にタクシーに乗れば帰れるから」とはベンチの端に座っている上品なお婆さんだ。

 なるほどバス派の老人がいるのはわかった。でもこの話ぶりじゃ、通勤に使う人はいないようだ。

 

 いつも思うのだが、緑豊かなミライ村に至る道のりは殺風景で特徴のない景色が続く。山頂だけ上品にしつらえられたコスモスミライ村が乗っかっているのは、異様と言えば異様だ。

 村から離れるとホッとする。でもこの頃は村に帰ってもホッとする。山頂のおとぎの国の住人になりつつあるのだろうか。伯父や伯母に愛着が湧いてきたとか。それとも瑞生を待つ夜叉がいることが、自分と村を結び付けているのだろうか。



 生徒はほぼ持ち上がりなのに対し、高校の教師は中学とは違う布陣らしい。初めての定期テストで高校アレルギーに陥らないように配慮して、今週はともかく4月からの総復習をしてくれている。4月の授業内容などほとんど記憶に残っていないから、有り難い復習授業を全身で吸収しようと受けている。夜も必死にやっているせいで、初耳のこともすんなり頭に入るようになった。

 英語の単語テストで満点を取って、一番驚いているのは自分だろう。英語力の蓄積は浅くても、今覚える単語のスペルは、皆と平等に競えるのだと気づいた。本永ならなんて言うかな。いないことに慣れてしまう自分が嫌になる。



 バスで帰宅すると、家に伯母が戻っていた。昨夜の宝石箱のことを思い出して、急に冷や汗が出てきたが、何食わぬ顔で伯父の容態を尋ねた。

 「手術は予定通りに終わったわ。骨折した箇所に観血的骨整復術というのを施すのですって。宗太郎は子供の頃はしょっちゅう骨折していたけど、年齢と共に頑丈になっているという話だったの。骨折なんて何年振りかよ」伯母は慣れているようだ。

「どのくらい入院するの?」

「そうね…今回は複雑だから1カ月くらいかも。このところ忙しいと言っては精密検査を避けていたから。これを機に、徹底検査と筋力維持や生活習慣病の対策を立てるよう勧められたの」

「僕、お見舞いに行った方がいい?」いささか馴れ馴れしい言い方になってしまった。伯母との距離をどう取るか時々迷ってしまう。

 伯母はちょっと瑞生を見ていたが、静かに首を振り、「行かなくていいと思う。宗太郎は、あなたには尊敬してほしいと願っていると思うから。点滴に繋がれて不思議な角度で固定された身体を見られたくないでしょう」と答えた。



 

 今日は藁科の日だった。夜叉の部屋のドア前で踵を返すと思っていたのに、何故か室内に入ってきた。昨日サニが座っていた窓際の椅子に腰を下ろして動こうとしない。瑞生は意外に思ったが口には出さなかった。しかし、夜叉は我慢ならなかったらしい。

 「もういいだろ、部屋に帰れ。俺の話を覚えて帰っても誰も褒めちゃくれないぞ」

聞こえているだろうに藁科は夜叉を無視した。夜叉が続ける。「俺が死んだ時居合わせれば、ゾンビーウィルスを採取できるかもしれないからへばりついてるんだろう? ハイエナみたいな奴だな」

藁科がこれも無視を決め込んだ時、奥のドアをノックと同時に開けてサニが入ってきた。サニの姿を見て、藁科はビクッとし、夜叉と瑞生はほぅっと安堵の息をついた。


 サニが落ち着いた声で、「ワラシナさん、ここは大丈夫。僕がいるから」と言うと、藁科はやおら立ち上がり、部屋を横断しながら「あなたこそ当番でもないのに居座ってる。言っておくけどここは日本。外交官でもないのに、特権があるかのように振る舞うのってどうかな」と不機嫌そうにサニを一瞥して出て行った。

 「ふん」夜叉も同じくらい不機嫌に閉まったドアを睨んだが、サニは「カノジョ焦ってる。研究者は結果を求められるから」と穏やかだ。


 瑞生は昨日伯父が入院したために、伯母に名前の由来などを聞くことが出来なかった経緯を説明した。夜叉がただ黙っていたので、躊躇った挙句、伯母の部屋で見つけた写真の話をした。

 瑞生が話し終えると、夜叉はニッと笑って、「いよいよ秘密の匂いがするな。お前は父親が死んで初めて伯母の存在を知ったのに、伯母はお前と父親が一緒の写真を持っていた。お前の推測では、シャッターを切ったのは伯母なんだろ?」と身を乗り出した。

「それは推測。事実ではない」サニが夜叉の背中にクッションをあてて、背中を預けるようにした。

 「具合、悪いの…?」何となく夜叉の動きが大儀そうに見える。

瑞生はサニに、「昨日、体温の話をしてたよね? 体温が下がるとどうなるの?」と尋ねた。


 サニは「ヤシャの体温が35度だと仮定しよう。ヤシャの全ての臓器に憑りついているゾンビーウィルスはその機能を維持するように働く。でも、ヤシャの体全体のことを考えてはいない。ここで何らかの理由で体温が34度に下がったとしよう。やはりウィルスは34度を保とうとするだけだ。しかし、人間の体は体温35度前後で恒常性が保たれるようにできていて、34度ではうまく機能できない臓器も出てくる。でもその臓器を助けるために体温を上げようとはしない。そうやって一つまた一つと臓器がダメになっていく。憑りついたゾンビーウィルスも死んでいく。やがて多臓器不全になって、もう一度、今度こそ完全に死ぬことになるんだ」と教えてくれた。



 夜叉が唐突に言った。「お前、ピアノ弾けるか?」

瑞生は面喰ったがすかさず切り返した。「僕が弾けると思うの? 僕みたいな育ち方した人間にピアノを習うチャンスなんてあるわけないじゃん!」最後は逆ギレ気味だった。

 傲慢一本やりの夜叉も、勢いに圧されたようで「…ああ、まぁそうかもな」と言葉を濁した。

「じゃ、期待しないから、弾いてみろ」



 サニが出入りしていた奥のドアを抜けると、がらんとした家具のない部屋の真ん中に、ぽつんとピアノが置かれていた。生まれて初めてグランドピアノを間近に見て、その美しさに驚いた。ピカピカのピアノに自分が映っているのにも驚いた。サニが蓋を開けて弾けるようにしてくれた。

 「もしかしてサニは弾けるの? ならサニが弾けばいいじゃない」

サニは首を竦めた。夜叉が顎で着席を促す。瑞生は渋々絹張りの椅子に座った。

 「ド」

 瑞生は、小学校でピアニカを弾かされた時の記憶を辿って、ずらり並ぶ鍵盤の真ん中と思しきドに人差し指を下ろした。ポーン。

がらんとした部屋にドが響いた。自分の出した音に驚いた。「うわ、ドだ」驚いたが、ちょっと感動してもいた。でも、夜叉は瑞生の後ろで腕組みをして立っているだけだ。今の音が部屋に広がっていく様を追うように、少し上を見ている。

瑞生もどうしていいのかわからないので、腕組みをした。一音奏でただけで、部屋はしんとした。


「どうだった?」相変わらずの小声で夜叉が訊いた。

「はっきりした音で、びっくりした」正直に答えた。

「はっきりした音、ね。おかしなこと言うんだな」珍しく声を立てて笑った。

「どうして自分で弾かないの」瑞生は夜叉のぽってりした手を見た。

夜叉は手を挙げてみせた。今まで気付かなかったが、何かで右手が包まれている。

「第一音を弾いた時、強すぎたらしくて指の先端のゾンビーウィルスが潰れてしまったようなんだ。ゾンビーウィルスあっての夜叉だから、夜叉の指の先端組織が死んでしまった。どうすることもできなくて…でも、壊死を起こした部分が取れた切り口にはゾンビーウィルスが増殖していたらしくてそれ以上壊死は進まなかった。今はシートで保護しているんだ」サニが俯いたまま説明してくれた。

「どうしてサニに弾いてもらわないの」本当は他の音も出してみたいのを我慢して訊いた。鍵盤のひんやりした感触をまた味わいたかった。

 夜叉はいつもの革張りの椅子に戻りながら、「サニは弾け過ぎる。サニが弾くとサニの音、サニの音楽だ。俺の音にはならない。お前は俺の代わりに弾くんだ」と答えた。

「へ?」

 夜叉は、座り込むと顎に手を当てて考え事に没入してしまった。それきり、他の音は要求してこなかった。



 帰り道、サニは送ってくれないので、瑞生は一人で夜叉邸を出た。すると、森山が後から追ってきた。「待てよ、送っていくよ」

 

 「…今日は、何したの? 随分静かだったようだけど」自転車ではないのでジーンズのポケットに手を突っ込んで、森山は瑞生の顔を覗き込んだ。

「別に…。今日は夜叉が具合悪そうだったから、なんにも」

例の大きな二重の目の輝きに、微妙な違和感を覚えて言葉少なに答えた。何かを探ろうとしているよう だ。森山には藁科よりずっと好印象を抱いていただけに、少なからずショックを受けた。

「なんでさぁ、なんでサニがいるか、とか言ってた?」

「いちゃいけないの?」何か、自分の知らないことが起こっている。森山から聞き出そうと思った。森山はさらさら髪を左右に振りながら、「そうか、そこからか」と呟いた。

華やかな黄色の花が咲き乱れたウッドテラスの家の前をいつものように通り過ぎる際、瑞生たちを意識したようにブラインドが降りた気がした。

 

 「僕と藁科さんは、本来の仕事があるのに夜叉のために出向させられたんだ。だから毎日は無理なので、交代で来てる。サニは、キューバ政府に派遣されて来日した。ゾンビーウィルスに関して画期的な成果が上げられた時に、その成果を折半するためにいるんだ。夜叉は自由は利かなくても、少なくとも自分の家で最期を迎えられるんだから、キューバだって報いられなきゃね。そう暗黙の裡に決まっているから、サニがウィルス採取の時に妨害する心配をしないで済むんだ。互いに抜け駆けを疑ってたら、寝ずの番だよ、あの我儘なゾンビを。そうでないことに感謝するべきなんだよ、皆。で、サニが送り込まれたことに、僕は文句ないんだ。上の方とか、藁科さんがどう思ってるかは知らないけどね」

 知らないと言いながら、名前を出すあたり、『反対しているのだと覚えておくように』と言われたように瑞生は感じた。

 「どこまで言ったっけ? ああ、サニだ。最初はサニと僕たち合わせて3人でローテを組んだ。サニは日本の医療の実態を知らないから…ということで。でも今日のようにサニがいつも夜叉にくっついているのなら、僕たちは必要ないのじゃないかと思うんだ。今日、藁科さんが怒って電話してきたから、勤務帰りに寄ってみたんだよ。僕は『ラッキーだね、出向を取り下げてもらえば?』と言った。そしたら藁科さんが怒っているのは別のことだった」

 「ほら、夜叉に言われて、記録用のカメラのデータを止めただろう? 門根に腹を立てた最初の夜に。僕は門根のパソコンにデータを送らないようにしただけだったのに。どうも夜叉の部屋のカメラも止まってたようなんだ。記録がないって。よりによって夜叉の指がとれた時の」


 瑞生は驚いて立ち止まった。八重樫家のカーポートが見えてきたところだった。森山も立ち止まって瑞生を見ている。

「藁科さんは僕のことも疑ってる。自分以外の誰も信じないからね。君には直接関係ないことなんだけど。何か思い当たることとか、聞かなかったかな、と思って」

「…ビデオが止まってたのは、夜叉の指がとれた時だけなの?」

「…いや。昨日はサニが面会の担当しただろ? その時から撮れてなかった」

「指が潰れちゃったのって、いつなの? ビデオで撮ってなくても、誰かいたのじゃないの? そのためのあなたたちでしょ?」

「…君が帰って、夜の7時半頃だった。夜叉は一人でグランドピアノのある部屋にいたらしい。それでピアノを弾いて、ああなった…らしい。最初に駆け付けたのが、サニだ。僕が2階に着いた時にはもう、指は変色して、落ちてた」

「『らしい』って、夜叉とサニに訊いたんでしょ? 何が起こったのか」

「うん、まあ。直後は夜叉が怒ってて指どころじゃなくて。しばらく経ってから、話を聞いた。そうしたら『一音弾いたら指先がおかしくなった』と。…夜叉は顔色が悪かった」

「元から蒼いのに、顔色なんてわかるの?」

「え?え、えっと、顔色悪い感じ、ってことだよ」

「医者なのに、『感じ』なんて言ってて、いいの?」

森山は明らかに、気分を害した顔をした。瑞生はどうでもいいことは捨て置いて、肝心なところの質問に移った。

「夜叉は何故指どころじゃなく怒ってたの? 指が取れて怒るのならわかるけど」

「そこね。はっきり言わないからわからなくて。凄くイライラしてて、こっちは指を見せてほしいのに、歩き回るんだよ。結局、門根が呼び戻されて、小部屋のコンピューターを使えるようにしたら、そこに籠って朝までなんかやってた。話ができたのはその後だからね。もう我儘にもほどがあるよ」サラヘアを左右に振って思い出したのか、顔を顰めた。

「サニは?」

「当然我々の質問はサニに集中したよ。責任問題だからね」

森山はいかにも研究者っぽい姿かたちとは異質な、役人か裁判官みたいな言い方をした。いつから『我々』なんて言うようになったんだ。

「ところがサニは、『僕はヤシャの叫び声が聞こえて駆け付けただけで、その前のことはよくわからない。親指の先が潰れてて、見る間に変色して、炭みたいになって、ボロッと落ちた』と言うんだ。我々が回収した『元の指先』は確かに炭みたいだった。でも夜叉のDNA鑑定をする前に、というか、保存容器に入れる前に、崩れてなくなってしまったんだ。これも誰の責任問題か混沌としてるところだよ」


 深刻な面持ちの森山が、滑稽に見えた。「なんで崩れたのかより、責任が誰に行くかが大事なの」

森山はばつの悪そうな顔で、「それも録画さえ出来ていたら、はっきりするんだよ」と言う。

「森山さん、そこにいたんでしょ? 自分の目よりビデオを信じるなんて、おかしくない?」

 瑞生の言い方が怒りを呼んだのだろう。森山は「だって、崩れたのが本当に指か、わからないじゃないか。サニと夜叉が言う『元の指』ってだけで、偽物だったかもしれないんだよ! サニだってウィルスを採取するチャンスだってのに、『落ちた』『崩れた』って言うだけなんて怪しいだろう。何か隠したかもしれないと思うのは当たり前だ」とキツイ目をして瑞生を見据えた。

 咄嗟に瑞生は戸惑う善良な高校生を演じた。「そんなこと言われても、僕は何も知らないよ、その場にいたわけじゃないもの」

二重の大きな目力を急速に弱めてふっと息を吐き、「ああ、ごめんよ。君の知ってることが何かヒントになればと思っただけで、責めるつもりはないんだ。そりゃ、彼らが高校生の君に、べらべら話すわけないよね」とまたサラヘアを振った。



 

 瑞生が八重樫家に戻ると、伯母は伯父の病院に行っていて不在だった。キッチンに夕食の用意が出来ていた。黙々と食べながら、先程の会話を思い出していた。

 ゾンビーウィルスを巡って、各人の思惑が動き出したようだ。あまりそんなややこしいことに巻き込まれたくはない。

 崩れて消えた指先。

 夜叉にとって指より大事な、何か。

サニは夜叉の叫び声が聞こえたと言ったらしい。いつもあんなに小さな声でしか話さないのに。サニの言う事が本当なら、夜叉に何かとんでもないことが起こったという事ではないか。

明日会ったら、何があったかじゃなくて、何が大事だったのか、聞いてみよう。今日は元気がなかったし。夜叉が心配だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ