5.初誘拐体験
「あー……なんでこうなっちゃったのかなぁ…?」
「……知りませんわ。こっちはとばっちりですのよ?」
「それもそうだよねぇ……」
「おい、あんたら静かにしてろ!」
「「はぁ……」」
ゴトゴトと音を立てて揺れる馬車の中、私とヴィオラはため息を吐いた。
何故、こんなことになっているのかというと。
あの後、私たちは突然見知らぬ数人の男たちに囲まれた。抵抗する間も無く、眠らされ何処かに連れ去られてしまったのだ。
今思えば、魔法か何かを使われていたのだろう。勢いよく迫ってくる植物の蔦って気持ち悪いよね。
ヴィオラというのは、ご察しの通りアルくんにゾッコンな恋する乙女である。どうやら一緒に攫われてしまったらしい。お互いに御愁傷様だね!!一緒に頑張ろうね!何をどう頑張るかは知らんけど!
で、気がついたら何処かに連れて行かれる最中だったという訳である。
私たちの他には小さな子供が数人いた。先程私たちに静かにするように言ったのは、その子供達の中で一番年上の男の子だ。おそらく十四歳くらい。
怯えている子供達を守ろうと必死に背に庇っている。
「……どうしてこんな、家畜の出荷よろしく運ばれてるんですの…最悪ですわ……」
「うわぁ、言い得て妙な例えー」
人攫い、とは少し違う気がする。普通に考えて城にまで侵入する人攫いとかは無いだろう。それほどまでにザルのような警備ではないだろうし。流石に。
馬車に窓はない。辛うじてあるのは扉にある小窓くらい。そこから外の様子を見ようにも、こうも揺れる馬車では難しい。
私たちを攫った奴の目的もわからないし、この子供達のことも不可解だ。
仮に星流人が目的ならば、私だけでいいはずだ。もしくは、私を脅すための人質要員としてヴィオラ。正直、子供達は全く関係ない件と考える方がいいだろう。
だからと言って子供達を放置して逃げる訳にもいかない。
「……ねぇ、君たちはどうしてこの馬車に乗ってるの?」
「……どうせ、人攫いに捕まったか口減らしで親に売られたかですわよ。一番年上の子、奴隷の刻印が刻まれてますもの」
ヴィオラが私にだけ聞こえるように耳打ちする。言われて見れば、確かに少年の首に蛇の目の紋様が刻まれていた。あれが、奴隷の刻印というものか。
奴隷の刻印は、魔法とは別の呪術というものでつけられる。魔法は魔力が切れれば効力もなくなるのだが、呪術は違う。術者がその呪術を解くか、対象者の死でしか解けない。そんな厄介なものだ。
この世界では、非合法で奴隷という制度があるらしい。人攫いに捕まり売り飛ばされた者、親に売られた者、罪を犯した者などが例に漏れずソレになる。
奴隷は身体のどこかに蛇の目の紋様を刻み込まれ、売買され使い捨てられていく。奴隷は、女や子供のような弱者が圧倒的に多い。そんなものが一部でまかり通っているのだそうだ。
「……君、名前は?私はイズミ」
「……ジス」
「そっか、ジス。皆をずっと守ってたんだね、偉いね。安心してね、君たちは私が守るから」
「ちょ、貴方何を言っていますの!?捕まっているのは私達も同じですのよ!?」
小窓から外を覗く。まだ日は昇っていないようだ。見える範囲で周囲を確認すると、そこは森の中だというのがわかる。
どうやらこの馬車は、休憩を取らずに走り続けているらしい。
ふと、微かに水の音が聞こえた。馬車の速度が落ちる。
これは僥倖だ。休憩を取るつもりなのだろう。馬の疲労が激しかったのだろうな。
幸い私たちは拘束されていない。逃亡できないとでも思っているのだろう。
それは結構。そのまま油断していてほしい。
「それにしてもよぉ、お貴族様はあんな小娘を欲しがってんだぁ?」
「しらねぇーよ、俺たちは連れて来いって城まで手引きされただけだしよぉ」
「にしてもよぉ、城にあんな簡単に入れるってヤバい話なんじゃねぇか?」
「ま、金払いがいいからなぁ。ついでにガキ共も売り捌いてお貴族様の懐から大金分捕ろうぜ?」
「それもそうだなぁ」
聞こえる声からして、相手は二人。魔法とやらを使用されなければ私一人で何とかなる、けど…
「ねぇ、あの人達は魔法を使える…かな?」
「……そうですわね……使えて初級魔法程度だと思いますわ。魔力の質も量もあまり多くはありませんもの」
「……属性とか、わかる?」
「勿論ですわ!それくらい私にだって出来ますわよ」
「さっすがヴィオラちゃん!頼りになるわー」
ヴィオラから聞いた話だと、大柄な男の方は火属性でもう一人の方は水属性。
ヴィオラは土属性の中級魔法程度までなら使えるそうだ。ただし、魔力量はさほど多くないとのこと。
「……十分。いい?皆で逃げるよ」
「逃げるって言ったって……どう、やって…」
不安気な子供達とヴィオラに私は笑みを浮かべた。
「それはね……」
休憩を始めて少し経つと、小柄な男が馬車に近づいてくる。大方、商品の様子でも確認しに来たのだろう。
小窓から中を覗いてきた男は舌打ちを一つ溢す。荷物の中で一番重要な少女の姿が見えないのだ。苛立ちを抑えきれずに中を見るために扉の錠を開ける。
そして、扉を開くと突然の衝撃に勢いよく後方へと吹き飛ばされる。
「今よ!行って!!」
男を蹴り飛ばし、中にいた子供達とヴィオラを逃す。騒ぎを聞きつけた大柄の男が私に火の魔法を向けてくる。
それを避けつつ小柄な男の方に誘導。小柄な男が立ち上がりヴィオラ達を追おうとするのを視認した後、再び蹴りを入れこちらに意識を向けさせる。
その間にヴィオラが土属性の魔法で自分達を覆う、いわば土の壁を作った。これなら、水系統の魔法を使われても土が粘土質に変わるだけで暫くは持つ。あとは、火属性の魔法を使う男を近づけさせないようにしつつ二人の男を相手にしなくてはいけない。
「一人でどうするつもりだぁ?ん?小娘」
「あら、その小娘にまんまとやられてるのは誰かしら?大の大人が情けないわね」
「っ…!!クソガキがぁ!!!」
私の挑発に乗った男達が一斉に殴りかかってくる。
短気は損気。母さんがよく言っていた。それに、父さんも。
人は強い怒りを覚えると単純な行動を起こすものだ。そして、簡単に挑発に乗るような人は隙が出来やすい。だから、避けやすく反撃もしやすい。
何かを、誰かを護りながら相手をするなら意識は私に向けなければいけない。気を引いていなければ、護る対象に危害が加わる可能性が高くなる。私はあの子達を護らなくてはいけない。
だって、ジスと約束したから。
私が、約束したのだ。守れない約束はしたくない。
「見つけた」
ふと、そんな呟きが聞こえた。その声は、とても聞き覚えがあって。
振り向くと、燃えるような深紅が目に入った。
「な、なんだっ!?」
「ひぃっ!?あ、あちっ……!!」
燃え上がる炎が円を描く。円の内側には人攫いの男達。
私は、呆然とそんな様子を見つめていた。冷たい色を宿した黄金色の瞳が彼らを一瞥して、私の姿を映す。
あ、アルくんだ。そう思ったら、ホッとした。
気がついたら、私は彼の腕の中にいた。痛いくらいに抱き締められている。そう理解した時、じわじわと顔に熱が集まって来ているのがわかる。美形に抱き締められるとか、今までの人生で未経験なのだ。パニックに陥っても仕方ないと思う。ちなみに、弟は経験した内には入れないが美形だぞ。美形なんだからな。
何が、どうしたと言うのだ。私は今どうするべき?私を抱き締めているのは間違いなく彼だ。それはわかるのだ。わかるのだけれど、これはどういう状況なのだろう。駄目だ、混乱して来た。というかしている。
「…丸腰で二人を相手にするなんて馬鹿にも程がある!!!お前の行動は無茶を通り越して無謀で愚かなことだ!!一人で何とかできるとでも思ってるのか!?」
「ちょ、ギブギブギブ!!首!揺らさないで、首やられる首がぁあぁあ揺れるぅぅううぅ」
どうやら相当心配させてしまったようです。そして怒り心頭のよう。全力で肩を掴まれ前後に揺らされる。首が取れそう。そんなホラーな状況生み出したくないよ。流石にね!!
かなり御立腹なアルくんが全力で私を揺らすのを止めてくれると、深い溜息を吐かれた。
そして、炎に囲まれ身動きが取れなくなっている男達を素早く拘束し引き連れていた兵士に引き渡した。
流れるような動作である。
私は一旦放置されていると思うだろう。しかし、彼の手が私の肩を掴んでいるのだ。逃げようにも逃げれない。
逃げようとしたのがバレたのだろうか。何故バレた…!
何故逃げるのか?それは簡単だ。このあと待っているのは確実に説教だからさ……やだなぁ……うぅ……
「アルバ様……!!」
「イズミねーちゃん!!」
土壁から出てきたヴィオラ達が私たちの元に駆けつける。
ジスはアルくんに気がつくと一気に警戒し私とアルくんを引き剥がす。そして私の前に立ちアルくんを威嚇する。恐らく、私を庇っているのだと思う。
「お前っ!イズミねーちゃんに何してんだよっ!!」
「……何だお前。どけ、俺はそこの馬鹿に話がある」
「イズミねーちゃんに触んな!!」
「退けろ」
「……っ!イズミねーちゃんは、俺たちを助けてくれたんだっ!だからっ!次は俺が守るんだっ!!」
アルくんの威圧感に怯えつつも、私を守ろうと必死に立ち向かうジス。
なんていい子なんだ……
こういうの、母性と言うんだろうか。ジス可愛い。じぃんとくる。
なんか最近涙腺が緩んできた。……歳だろうか。いや、まだ若いはず。
「はぁ?イズミを護るのは俺の仕事だ」
子供相手に何張り合ってるんですかね、この人。