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2.親切な騎士と星流人

 


 私は、普通の四人家族だ。

 人よりものんびりな母と物腰柔らかな父、そして天才肌の弟。幸せだった。

 家族だけが私の癒しだった。私の心の支えだった。なのに


 私は今、異世界で独りぼっちなのである。




 現実逃避という名の睡眠から目覚めたが、場所に変化はなくやはりあの花畑の中心の木の下にいた。現実は厳しい。


 そして、私は今焦っている。

 何故なら、もう既に辺りは暗く陽は落ちているからだ。幸いにして辺りは青く光る花のお陰で明るい。

 だが、それもこの花畑のみ。ここから離れようものなら暗闇の森が待っている。そう、迂闊には動けないのだ。というより、動きたくない。


「うぅ……どうしろってのよぉ……」


 思わず悪態を吐く。終いには泣くぞ、ちくしょうめ。

 ふと、一ヶ所だけ花が咲いていない場所が目に入る。花畑の中で不自然にある、穴のような場所。じっとしていてもこの状況が好転することはないだろう。そろそろとその場所に近寄る。


 そこには、人がいた。

 サラサラとした燃えるような深紅の髪が青い花の中で目を惹く。整った顔立ちだというのは、すぐにわかった。

  彼は、沢山の花に囲まれて静かに眠っている。

 人に会えたという喜びなど感じることなく、私は彼に見入っていた。綺麗だなと、そう思うほど彼は美しかったのだ。


 そして、気がついたら私の首筋に無機質な冷たいものの感触があった。


「お前は何者だ」


 星を映した様な、静かに煌めく黄金色(こがねいろ)。そんな瞳に目を奪われた後、ようやく自分の置かれている状況を理解する。

 私の首に感じるこれは、刃。そして、目の前にいる彼がそれを私に向けている。一歩でも動いたら、私の首は掻き斬られてしまうのだろう。

 ぷつりと、何かが切れた音が聞こえた。


「……ふぇ……」

「……は?」

「う、あぁあぁあぁ……!!もぉ、やぁあぁだぁあぁ……っ!ここ、どこぉ……!?かぁ、さ、とぉさ、ん……っうぇ、うぇぇえぇ」

「え、」


 これまで蓄積された疲労にストレス、加えてトドメの自身の生命の危機。家族の庇護のもとでぬくぬくと生活していた私には限界だったのだ。

 そうして、私の涙腺は見事決壊したのだった。こうなったらもうヤケだ。これ以上ない位に泣いてやる。

 涙でぶれる視界の端で狼狽えている彼を見ながらそう決意した。






「……落ち着いたか」

「……ぅ、はい……」


 目の前の彼は、警戒こそしているものの私が危険物を所持していないと把握したら向けていた剣を納めてくれた。そして、ただただ号泣する私にオロオロと所在なさげにしていたのだった。なんとなく、悪い人ではなさそう。


「お前、名前は?」

「……和泉…」

「イズミ、お前は何故ここにいる?ここは許可を得たものしか入れない。どうやって入った?」

「…わかんない……気がついたら、この森?にいた……」


 事情聴取なるものが淡々と進む。私はただ馬鹿正直に答えるしかない。何もわからないのだから仕方がないし、嘘をつく必要も皆無だ。だから、私は今に至る経緯を話した。彼は嘘を付くな、とは言わなかった。到底信じられるような話ではないと自覚している、こんな荒唐無稽の話なのにだ。


「……星流人(せいりゅうびと)か」

「せい、りゅう…?」

「またの名を星の旅人。異世界からの旅人だ。過去の事例数は3件、その全てが千年も前だと言われているものだが」

「……私は、家に帰れますか…?」

「……旅人たちがこの世界から去った記録は3件のうち1件。加えて、この世界にいる俺たちは元いた所に戻れたのかどうか判断できない」


 その言葉で、あぁ、帰ることはできないんだなと思った。もしもこの世界から抜け出せても、家に帰れるとは限らない。また別の世界に流れ着いてしまうかもしれない。帰れる保証はないのだ。その事実は、痛いほど理解できた。


「……そうですか。では、状況を教えて下さい。私は今、どこにいて貴方は誰か。そして、今後私はどうなるのか。わかる範囲で構いません」


 まず、やらなければいけないことは自身の状況の把握。そして安全の確保。私は、いいや星流人はこの世界でどういった立ち位置なのか。保護される対象ならばまだいい。だが、もしも忌避や畏怖の対象だったとしたら?この人を振り切って逃げるなどということは、出来ないだろう。どうすべきか判断できる材料が足りないのだ。利用できるものは利用しなければ。そして私は彼と歩きながら話を聞いていた。


「……ここは聖霊の森と呼ばれる神聖な場所。俺は王宮騎士のアルバ=ダクリュオンで、この森の警備をしていた。

 星流人は先程も言った通り前例自体が古い。疑ってかかるのが通常の反応だ。森の入り口までは連れて行くが、流石にそのまますぐに城で保護するとはいかない。」


 そう説明している彼の手が頬に触れる。どうやら涙を拭ってくれているようだった。アルバさんはとても親切な人なのだろう。彼は表情があまり変わらないがとても優しい。私に触れている手も、恐る恐ると言ったものだ。


「監視、という名目になるが俺がしばらく面倒を見ることになるだろう。その後、正真正銘の星流人だと判断されれば城で保護されることになる。ただ、貴族たちにもイズミの存在が知られると利用しようとする者が出てくる。」


 説明を親切にしてくれるだけではなく、案内までしてくれるようだ。ありがたいが、不安になる。そこまで親切にされると裏があるのでは?という気が起きて来るのだ。うまい話には裏がある、母さんがよく言っていた。

 それにしても貴族、か。やはりどの世界でも腐っている者たちというのは一定数いるものだなと逆に感心してしまう。


「我々騎士と王族の者には星流人の意思を尊重するという暗黙の決まりがあるが、貴族たちはそれを知らない。その影響で、星流人には1人騎士が付くことになる」

「……騎士?」

「あぁ、要するに護衛だ。その騎士は生涯星流人に忠誠を誓う。そしてその騎士を選ぶのはイズミ、お前だ。騎士の選定の場の時にお前が1番信頼できると判断した相手を選べ」


 選べ、と言われても正直なところ実感も重要性もよくわからない。いや、利用されかねず身の危険もあるかもしれないというのは理解した。したのだが、考えても見て欲しい。護衛の騎士を選ぶ。要するにだ、私がひとりの人間の自由を、最悪命をも奪ってしまうこともあるということでもある。


「……城に保護された後、私はそこに留まらなければなりませんか」


 実質的な監禁。それは嫌だ。それに、利益をもたらす訳でもない小娘がずっと保護してもらうなんて虫が良すぎる。最初は良くても数日、数ヶ月ひょっとしら数年そのままの状態が続いてしまったとしたら。絶対に居心地は悪くなるだろうし、お城で働いている人たちの心象は悪いだろう。


「いや、星流人の意思を尊重される。城にいる必要はない。働きたいというならば就職先を探す手伝いをするし、城を出るというならばその手筈も整える」

「……国を出たいと言ったら?」


 私のその言葉にアルバさんは、きょとんとした顔をした。

 私は何となく緊張してしまう。


「安全の保証はできないが、構わない」






 森の入り口に着くまでの間、私はアルバさんにこの世界のことを聞いた。

 この世界は、大きな大陸に五つの国と小さな島国が二つ。そして、空に浮かぶ小さな島、女神の島レーブティアで構成されているようだった。


 そして、私が今いるのは大陸の中心部にある国ラムリア。ラムリアは古来からある大きな国で女神レーブティアを信仰している。

 女神レーブティアとは、この世界を混沌に陥れた魔物を倒したと言われている女性のことだ。元は、私と同じ星流人だったと伝承が残っているらしい。

 その女神の影響もあってか、ラムリアでは星流人は丁重に扱われるそうだ。


 女神様は、どうして無関係とも言えるこの世界を救ったのだろう。純粋に正義感のある人だったのか、それとも。

 そこで私は考えるのをやめた。知らない方が、考えない方が良いことだってあるのだから。


 風が吹いて私の銀色の髪が揺れる。目に入った父譲りのそれは、私の心をざわめかせる。

 ふと、目の前のアルバが立ち止まり振り向く。


「……少し、休んで行こう」


 あぁ、本当に。彼はお節介だ(やさしい)


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