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生まれ変わったら王太子(♀)でした  作者: 月海やっこ
王太子=悪役令嬢編
7/63

湖と花畑

 ブルーノに誘われて、王都から少し離れた湖へ馬で遠乗りすることになった。

 最初はサンドラの為に馬車で行こうとしていたらしいが、私が馬に乗れると知りびっくりしていた。


 こんな天気のいい日に馬車なんてもったいない。

 それにドレスを着ての乗馬ならちょうど淑女教育で習っていたので、これを機に試してみるのもいいだろう。


 サンドラとしては初の遠乗りということでアレク付きの近衛の者が2名付いてくることになり、朝担当の者の紹介を受ける。

 女性騎士と男性騎士の一人ずつだ。

 近衛騎士団は精鋭揃いだが、その中でも私付きの者は特殊な訓練を積んでいるらしい。


 私が産まれた時、王太子が女であるという秘密を守るためにその頃は壮健だった祖父が主体となり近衛騎士団の再編を行なったそうだ。

 騎士団の中ではブルーノの父親である近衛騎士団長と私付きに任命された数名のみが、アレクが女であるということを知っている。


 私付きの近衛は特殊で、基本的に私からは見えない位置で警護していることが多い。

 そして命の危険や誘拐の可能性が無い限りは基本的に見守るだけ、というルールになっている。

 少々のことは自分で対応できるようになっておかないと、もし警護がいない時に族などから襲撃された場合、自分自身で対応することが出来なくなってしまうからだ。


 それに四六時中というわけではなく、学園まではついてきていない。

 学園には私以外にも高位貴族の子女が通っていることもあり、そもそも不審者が入りこまないような厳重なセキュリテイになっているので安心なのだ。


 近衛は私を守ってくれているのだが、前世の記憶を取り戻したばかりの私は「ストーカーじゃない!」と思ったものだが、前世の記憶が戻る前のアレクはそれが当然の生活をしていたため、すぐに気にならなくなった。

 そもそも警護を自ら遠ざけてしまうような愚策は取りたくない。


 子供の頃から着替えの時も湯あみの時も常に侍女が側にいたので、人に見られる生活には慣れている。

 私のプロポーションは中くらいで、胸だってそんなにたわわに実っているわけではない。

 Cカップくらいになってきたかな? とは思うけれど。

 こんな『女』と呼ぶにはまだまだ成長途上の体で、一体何を恥ずかしがるというのだ。


 ……でも私が迂闊なことをした時はこっそりナニーに報告がいっているらしく、後からナニーからお小言を言われることがあるのが難点だ。


 これって『近衛』というより『忍者』に近いような気もする…。



-----------------

 湖へ遠乗りとピクニックということで、水をイメージした身軽な青のドレスを着て待ち合わせ場所である王宮の馬場へ向かうと、もうブルーノが来ていた。

 そしてなぜかシリウスもいる。


「おはようございます。今日はお二人と一緒に行くということでよろしいのでしょうか?」

「そうですよ。姫、本日はどうぞよろしく」

「……ああ、なんかいつの間にかそういうことになったんだ…」


 爽やかな笑顔を見せて片手を胸に当てながら優雅に一礼するシリウスとは対照的に、ブルーノはどこか納得がいかないように憮然とした顔をしている。


 ブルーノが他に誰を誘っているのか聞いていなかったが、これでよかったのかも。

 シリウスはこの国に来てから一人で遠乗りなんて行ったことが無いだろうし、今回は私が一緒なので、私付きの近衛がシリウスのことも纏めて警護してくれるだろう。


 私の右手の中指にはめた指輪を見て、シリウスが嬉しそうに言ってくる。


「その指輪、つけてくれたのですね」

「ええもちろん。素敵な指輪をありがとう、とっても嬉しいわ」


 攻撃力が上がってうれしいです。


 左手で指輪を大事そうに撫でる私を見て、なぜかブルーノが「抜け駆けだ!」と叫んでいるが、ブルーノも何かくれるのかな。


 それなら真鍮製の三連指輪とかいいかも。

 指輪同士がつながってて、人差し指から薬指までそれぞれ通すやつ。

 でもアクセサリーというにはさすがに奇抜すぎるだろうから、日常使いには難しそうだな。



 うまやから使用人がアレクの馬を引いてきた。

 艶やかで良く手入れの行き届いた栗毛色の馬で、長めの鬣が爽やかな朝の風になびき、久々の遠出に気付いた様子で尻尾が機嫌良さそうに揺れている。


「今日はよろしくね」


 そう言って首の辺りをぽんぽんと愛情を込めて叩き、いつもとは違う女性用の横乗り用の鞍を乗せた愛馬に身軽に乗ると、そんな私を呆然としたように見ているブルーノと目が合う。


「どうしました? 出発しないでよろしいの?」

「いや……っていうか、なんでその馬がアレク以外の人間を乗せてるの!?」


 混乱したようにブルーノが叫ぶと、「なんか文句でもあるのか」と言いたげにブルーノに向かっていこうとするので、どうどう、と手綱を引いて落ち着かせる。

 この馬は、アレクと厩で世話をしてくれている使用人以外に懐いたためしがないのだ。


 こういうことを言われるだろうから本当は違う馬を選んだ方がいいのだろうが、ただでさえ慣れない横乗りなのに他の馬に乗る気になれない。


「この子はとても優しくて賢い馬ですから相手を見るのかもしれませんわね。私とはすぐに打ち解けましたよ」


 ”この馬に乗れるのは当然のことでブルーノの方がおかしい” とばかりに言ってやる。

 まだブルーノは納得はしていないようだが、私に促されて湖へ出発することになった。


 シリウスとブルーノは、横乗りをしている私を気にするように軽いギャロップで進む。

 横乗り用の鞍は特別で、鞍の前部分に大きな出っ張りがあり、そこに片膝の裏側を引っ掛ける様にして横向きに両足を揃えている様な格好で乗る。

 早駆けくらいこの子と私のコンビならできそうだけど、彼らの心遣いを無にする必要はあるまい。

 湖もそこまで遠くはないらしいし、景色を眺めながらの遠乗りも楽しいものだ。



 馬に乗り小一時間ほど走らせると、木立の間から美しい青い湖面が見えたような気がしてそちらの方へ向かうことにする。

 すると木立を抜けたところにあったのは、青い花が一面に群生している花畑だった。

 この花と湖面を見間違えたらしい。


「……綺麗…」


 私がそう呟いて引き寄せられるように花畑の方に馬を向かわせると、シリウスとブルーノもついてきてくれた。


 近寄ってみると、水の妖精のような澄んだ瑠璃色の愛らしい花が咲き乱れている。

 それらが風にそよいでいる様子は本当に水面のようだ。

 そしてその花畑の向こう側に目的の湖があった。


「まあ! 素晴らしいわ」


 青空が反射して水面が眩しいくらいの空色に染まっている湖と、鮮やかな青い花畑が広がっている様子は幻想的の一言に尽きる。

 青い花畑は湖の際まで続いており、花畑と湖面がまるで繋がっているように見える。

 それにこの近辺は穴場らしく、人気は全く無い。


 澄んだブルーの花が愛らしくて、湖に近づくために踏むのを思わずためらってしまうくらいだ。

 花畑の真ん中に一本、枝ぶりの立派な木があったので、そこへ馬を繋ぐことにする。

 警護のためについてきた近衛の者たちは、少し離れた木立の方に馬を止めているようだ。


 こういった見晴らしのいい場所では、ぴったり一緒にいるよりも一歩離れた場所からの方が全体を把握できていいらしい。


「お昼にはまだ早いですし、湖の傍まで行ってみてもいいかしら」

 うきうきしながらシリウスとブルーノに聞いてみると、二人とも今日は私に付き合ってくれるようで異論はないようだ。


 湖は大きく、波が小さく打ち寄せている。

 今日の陽気は暑いくらいで、透明な湖の水に手をひたしてみるとその冷たさが心地よい。


「綺麗な湖だな」

「ああ、どうやらあちこちから水が湧き出しているみたいなんだ」


 感心したように言うシリウスに、ブルーノが付け焼刃らしき知識を披露する。

 言われてみると確かに、少し離れた場所の水底からいくつか水が湧きだしている様子が見て取れる。


 水底までどれくらの距離があるのだろうか。

 余りの透明度に深さが全く分からない。


 二人の方を振り返って見てみると、この辺りの地形を元にどうやってこの湖が出来たのか推測し合っている。

 少し離れたところから二人を見ると、ブルーノの褐色の肌とシリウスの雪のように真っ白な肌が好対照だ。

 髪もブルーノが黒で、シリウスが銀髪だし。


 シリウスの澄んだ青い瞳がこの花と同じ色だな、と遠目に見ながら思う。

 名前のイメージとアレクに対して一歩引いたその態度に冷たい人だと誤解しそうになるけれど、あちこちに植え替えられて風に揺れながらも必死に咲いている優しい花のようだ。



 水際にしゃがみ込みながら水に手を浸すだけではだんだん我慢できなくなってきて、両手ですくった水をぱしゃりと水面に投げてみる。


 昔、五・六歳の頃王宮の噴水でベリルやブルーノ達と遊んだことを思い出す。

 二人共頭から噴水に突っ込んでいったりしていたのに、私は洋服が濡れて万が一にでも女とばれてしまうといけないということで、手の先やズボンの裾をまくって足先を水にひたすことしか許されなかった。

 実際、ベリルとブルーノは頭からずぶ濡れになった後風邪を引かないように侍女達に囲まれて下着から何から着替えさせられていたので、もし私も全身濡れていたら私のことを女と知らされていない使用人の誰かに半強制的に着替えさせられていたかもしれなかった。



 でも今は違う。


 今の私は何も隠さなくていい。

 女の体であることを隠す必要なんてない。


 ブルーノ達から見えない位置ですばやくスカートをたくしあげ、ガーターの金具を外して靴と一緒にストッキングを脱ぎ捨てる。

 そのままドレスの裾を摘まんでそっと湖に足先をひたす。


 外で裸足になるなんて十年以上ぶりかも。


 ひんやりとした水の感覚に、条件反射のようにつま先がきゅっと丸くなる。

 湖の波打ち際に裸足で立つと、小さな波が引いていく時に足の下の砂がもっていかれる感覚がくすぐったい。


 前世で海水浴に行った時のことを思い出す。


 波をまたぐようにして一歩二歩湖に入っていく。

 このあたりは浅瀬だから大丈夫。

 そう自分に言い聞かせて、ドレスの裾が濡れないように膝上までたくし上げて纏めて持つ。


 寄せては返す波が膝の裏側をくすぐるように舐めて、なんだかぞくぞくするほど気持ちいい。


 ほうっ、と思わずため息をついたところで後ろから焦ったような声がかけられる。


「サンドラ!?」


 びくっとして慌てて振り向こうとしたら、バランスが崩れてそのまま水の中に倒れ込みそうになる。



 ぐらりと傾いだ視界に入ったのは、青い花の色と同じ青い瞳だった。






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