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猫の瞳[シリウス視点]

 ウラル国での国民へ向けての婚約発表の後、俺はベリルやブルーノと会う約束をしていた。

 俺としてはせっかくアレクサンドラと一緒に過ごせるのなら、そちらを優先したいところなのだが、

『黙っているのはフェアじゃないから』

 というよく判らない理由で呼び出されたのだ。


 学園に通っていた時には、彼らとよく一緒にいたし、ブルーノには助けてもらったこともある。

 学園卒業後には王太子として政務をこなす必要があるが、次代を担う彼らと密に連携していくことも大事なので、彼らにとってこの婚約において気がかりな点があるなら早めに解消しておいたほうがいいだろう。


 ベリルもブルーノも、彼女のことが好きだったはずだから。

 特にベリルは、俺がいなければサンドラと結婚する可能性が一番高かった人間だ。


「シリウス、夜分にすまないね。サンドラ……アレクの方は大丈夫だった?」

「ああ、大丈夫だ」


 俺がベリルの家である公爵邸に招待されるのは初めてのことだ。

 最近になってこの国のことを『草』に調べさせたところ、どうやらベリルの父親である公爵はアレクの指示の元、第一王子である兄上の派閥にも顔を出したり二重スパイのようなことをしていたらしい。

 それならば、第二王子である俺とは表面上は敵対する必要がある為、俺がこの屋敷に呼ばれたことがないのも納得だ。


 屋敷には既にブルーノも来ており、優しいクリーム色を基調にした瀟洒な部屋で、最近貿易で手に入れたという苦めの黒い茶を楽しんでいた。


 アレクサンドラにも渡したところ

「コーヒーだ!」

 と言って喜んでいたとのことだ。


 ベリルが手に入れた時の名前は『こーひー』という名ではなかったようだが、彼女の一言でこの国ではこの苦い茶は『コーヒー』と呼ばれることになった。


 彼女は本当に博識だ。

 一体どんな文献を読みこなして、これだけの知識を蓄えているのだろう。



 人払いの済んだ部屋で、ベリル自ら俺の為にそのコーヒーを入れてくれる。

 ブルーノはこれにミルクを入れながら、

「この苦みに、甘いクレープとかセットで出したらカップルでも受けるんじゃないかな……」

 等とぶつぶつ言っている。


 ブルーノは最近、王宮の印刷部門に勤めている娘と、王都で人気のクレープ屋が出資しているカフェに通っているらしい。

 近衛騎士にも昇格して私生活でも充実とは、羨ましい限りだ。


 このコーヒーはブルーノの様にミルクを入れたり、泡立てたクリームを浮かべたり、冷やして飲んでも旨いとのことだが、俺はそのままでいいと断りを入れておく。


 この苦みがいいのだ。

 思考がクリアになる感じが心地いい。

 しかし。


「それで、僕たちとアレクの間に何があったのか伝えておくよ」


 そう言って、ベリルがおもむろに語りだした内容を聞いていたら、怒りなのか焦りなのか、なぜか胃のあたりがきりきりと痛み出してきた。


 これは一体どういうことだ。


 そんな俺を見て、ブルーノがそっとミルクを差し出してくれたので、コーヒーの代わりに人肌に温めたミルクを口にしていたら、なんとか痛みは収まってきた。


 しかしこの胸の中で渦巻く感情の嵐はどうすればいいんだ。

 自分の体にも問い質したいが、何よりアレクサンドラにまずは問い質したい。


 ベリルが俺を痛ましそうに眺めながら言う。


「彼女の手綱を締める役目は任せたよ。これで僕たちが関わったことは全部だ。後から伝えて禍根は残したくないからね。まあ色々あったけれど今は落ち着いてるから、僕たちについては牽制も心配する必要もない、ということを伝えておきたくてね」

「ありがとう……と言うべき所なのかな」


 正直に言うと二人とも殴り飛ばしたいが、悪いのは明らかにアレクサンドラの方なのでそういうわけにもいかない。

 一部は彼ら自身が原因のものもあるが、それについてはベリルにしてもブルーノにしても別口で既に制裁は受けているようなので、今更俺が何かするというのもお門違いというものだろう。



 とりあえず、事を起こすにしてもウラル国の王宮に居を構えてからということにした。

 アレクサンドラの周囲には、彼女を守る為の者が多数存在するのだ。

 彼らは俺に対して好意的だが、もし俺が彼女に危害を加えるような男だと判断されてしまったら、結婚式まで俺は彼女に触れることが出来なくなってしまうだろう。


 なので、最初はアレクサンドラ付きの近衛騎士や侍女たちを味方につける所から始めた。

 幸いなことに、自分がアレクサンドラに対して害になる人間ではないと理解してもらえたので、後はスムーズに進んだ。



-------------------

 そして努力のかいあって、今アレクサンドラを壁際まで追いつめることに成功している。


「さて、追いつくにはまず何からがいい?」

「お、追いつくってどこに!?」


 半分逃げ腰のアレクサンドラが、俺が腕で囲った包囲網からなんとかして逃れようと、ちらちらと隙を伺っているのが判る。


 嫌がる彼女を無理やりどうこうするのは好みじゃない。

 ならどうするかというと―――。


「何、アレクもしかして怖いの?」


 敢えて彼女を『アレク』と呼べば、条件反射のようにこちらに『王太子』の顔で向かってくる。


「そんなことあるわけないだろう」


 たとえどんな状況でもすぐに冷静沈着な皮を被る、完璧な王太子。

 最初は生まれながらのものかと思ったけれど、これは皮を被るのが上手なだけだ。


「そう? 無理しなくていいんだよ。だってアレク初心者なんだしね」


 そう、優しい声音で微笑みながら言う。

 我ながら煽るようなセリフだと思うが、彼女のプライドをちょうど良く刺激したようで、かえって淡々と返される。


「シリウスが私の初心者マークを外してくれるんじゃなかったのか? それともやっぱりナニーや専属の者に習った方がいいか。シリウスだって人に教えたことなんかないだろうし、これがきっかけで未来の国王が自信を失っても問題だからな」


 こちらを挑発するようなその余りな彼女の物言いに奥歯を噛みしめるが、悟られないように軽く言い返す。


「そうか、じゃあ少しだけ試してみる?」

「いいだろう。私が採点してやろう」


 アレクサンドラはそう言って、差し出した私の手をとった。


 本当にプライド高い猫みたいだが、扱いについては大分慣れてきた自信がある。


 これで喉でも鳴らしながら甘えてくれれば最高なんだけどな。


 それは今後の楽しみにするとしよう。


 こんなに綺麗なのに、その自分の姿に全く頓着しないのは、それだけ女性として欲望の視線にさらされることがなかったからだろう。

 サンドラの姿をするようになったのは14歳の時のはずなので、それまではずっと男として育てられてきたはずだ。

 それまでは、ドレスも装飾品も女性としての教養も一切習わなかったらしい。

 おそらくアレク当人も周囲の人間も、最低限素肌を見せないように気を付けてはいたろうが、自分自身が女だという事実を殆ど忘れ去っていたのではないかと思う。


 誰の目にも、誰の手にも触れることのなかった蕾。


 アレクサンドラとして発表されてから―――いや、うぬぼれでないなら俺と一緒にいるようになってから、ほころぶようにその硬い蕾の隙間から色鮮やかな花びらが覗き始めている。


 美しいドレスを着て皆の前に立てば、それだけで全ての人の視線を集めてしまうその姿。

 アレクとして何の飾りも化粧もせずに、男の姿でそこに居るだけで人の視線を集めてきた彼女だ。

 女として飾られれば、否応なく魅力は増すだろう。


 それにその匂い立つようなその表情。

 貴族たちや国民たちへのお披露目の時など、こんな彼女を人目にさらしてもいいのかと、思わずお披露目自体に反対の声を上げそうになったくらいだ。


 どこかに閉じ込めておきたいし、逆に世界中の人間に彼女を見てもらいたい。


 強がっていながらも少しだけ不安が滲んだような瞳も、それとは裏腹に緊張の為か薄く色づいた柔らかそうな頬も、シンプルで手触りのよさそうなドレスの内側で脈打っている、その鼓動の音も。



 壁際で何かするのもきつそうなので、とりあえずソファまで引っ張ってきたが、アレクサンドラは俺の売り言葉に買い言葉で返してしまったことに気付いたようで、段々とまどったような様子をし始めている。

 掴んだ手を振り払われるわけでも、床の上に座りこんで抵抗するわけでもなくちゃんと着いて来てくれるので、心底嫌がっているわけではないのだろう。


 少し困ったように眉が下がっているけれど、ちゃんと自分の足で歩いているし、頬は一歩ごとにバラ色に染まっていく。

 俺に捕まれた腕をちらっと見て、それが視界に入らないように少し視線をずらして軽く俯くその姿は、照れているだけにしか見えない。


 せっかく売り言葉に乗ってくれたのに、何かのはずみにせっかく捕まえた手を振り払われたら堪らないので、浮き立つような心を抑えつつゆっくりとソファの傍まで連れて行く。


 そしてソファには座らず、手を一度離して少し距離をとりながら、改めてアレクサンドラに対して両手を広げる。


「おいで」


 彼女は追えば逃げるし、本当に機が熟していないのならば無理強いするつもりはない。


 ソファの横で、俺と向かい合って立つアレクサンドラ。


 この一歩分の距離を、君はどうしたい?


 アレクサンドラは離された手でドレスのスカート部分の布をきゅっと握りしめながら、視線を床やソファや俺の方へとせわしなく向け、逡巡しているのが手に取るように判る。

 追い詰められてポーカーフェイスの剥がれた彼女は、猫の瞳のように顔色や表情を変えている。


 もっと。

 もっと色んな表情を見せて。


 取り澄ましたような顔も。

 不敵な顔も。

 優しい表情も。


 そして、

 泣き顔や、快楽に潤む表情も見せて。


 見る角度、当てる光によって次々に新しい輝きを見せる猫目石キャッツアイのように。


 一歩、アレクサンドラがこちらに近づいた。


 歓喜で手が震えそうになるが、ぐっと我慢してそっと囲うように華奢な体を抱きしめる。


 顔を伏せたままなので表情は見えないが、上から見下ろすと角度的に少しだけ覗いた胸元がピンク色に染まっているのが見える。

 この分だと顔も同様に染まっているだろう。


 その顔をぜひ見たいが、今はこの縮まった距離を大事にする為に、ゆっくり、ゆっくりと柔らかな髪を撫でる。


 差し出した手にやっとすり寄ってくれた猫を脅かさないように。



----------------------

 さっきの様に急に唇には触れない。

 腕の中の体はまだ緊張のせいか強張っているので、まずはそれを解すように優しく髪や頬や背中や手を撫でる。

 強張った指を一本一本開かせて、彼女の指の間に自分の指を絡ませながらもてあそぶ。

 指を絡ませては離し、爪を、指の根元にある薄い小さな水かきをくすぐる様に触れていく。

 俺に見られている事自体で緊張が高まるようなので、見なくてもいいように、アレクサンドラの頭を片手で自分の胸元に軽く押し付けるようにする。

 人肌自体は好きな様子で、彼女がほっと息をつくのが判った。


「目を瞑って」


 囁くように言えば、おとなしく言う事を聞いてくれる。

 強張りが無くなってきた手を引いて、俺の首の後ろに掛けるように導く。

 まるで彼女自身が自ら俺にしなだれかかっているような格好になる。

 そして腕を上げたせいで、俺を遠ざけることも出来なくなり、無防備になった脇腹をそっと撫で上げれば、俺の首筋に、戸惑うような彼女の息がかかる。


 まだお互い立ったままなので、彼女の警戒も高くはない。

 背に回した両手で、彼女の金色の柔らかな髪を、髪を伸ばしはじめてからは隠れがちの白いうなじを、華奢な肩を、少し反らされて緩いカーブを描く背中を。

 触れるか触れないかの距離で優しくなぞる。


 心地良いのか、体から少しだけ力が抜けるのが判る。

 その立場上、着替えや髪を整えるために人に触れられる事が多かっただろうが、こうして愛撫目的で触れられたことは殆ど無いだろう。


 ブルーノに胸を揉まれたことにしても、あれは事故みたいなものだからな。


 その事実を思い出して、つい性急な動きになりそうになるが、優しく彼女を抱き締めることで我慢する。

 俺に言われた通り、目をつむったまま気持ち良さそうにしている様子にこちらまで温かな気持ちになる。


 今はこの手の中にいてくれる。


 宥めるように体を撫でながら、唇以外にキスを落としていく。

 軽く、羽の様に。

 始めはキスの度にぴくりと体を震わせていたが、繰り返していく内にだんだん慣れて来たのか、過度な反応は見せなくなってきた。


 様子を伺うように唇にも軽く触れ始める。

 気を散らすように、髪を弄りながら頬や耳たぶをくすぐる様になぞれば、目を瞑ったまま少しだけ漏れる笑みに軽口で追い打ちをかける。


「くすぐったい?」

「当たり前だ」


 すっかり緊張が解けたのか、憮然とした口調ながらその口元は綻んでいる。

 その少し開いた唇に改めて吸い付けば、今度は拒絶されるような気配もなく、逆にこちらの手の内を探られるような感覚がある。


 これは気を引き締めてかからないと。

 知識はあるといった彼女に、「この程度か」と思われては沽券に係わる。


 舌を絡めつつも幾度か離しながら、貪る一辺倒にならないように気を付ける。

 彼女は目を瞑っているせいか、こちらから与える優しい愛撫に集中してくれているようだった。


 口づけながら一歩進めば、押される形になった彼女の背がしなやかに反り、ちょうど膝裏にソファの座面の端がぶつかる。

 口づけたままそっと腰かけさせ、自分も膝をソファに乗せる。


 ソファに座らせられたのに気付いた彼女が何か言う前に、今度はきつく舌を絡めはじめるようにする。

 今度は考える暇を与えないように。

 呼吸の為に軽く唇を離す度に、どちらともない荒い息遣いが頬を撫でる。


 背中や髪を撫でていた手をそっと彼女の体の前に回して最初は偶然を装いながら、胸下を支えるようにふんわりと揉む。

 アレクの時には一体どうやって押さえつけて隠しているのか不思議に思うほど、張りがある上に夢の中の果実のように柔らかい。

 この中にどれだけの熱を隠しているのか。


 服は脱がさない。

 飾りの少ないシンプルなドレスだし、抱きしめた感触から固いコルセットはつけていないことが判った。

 布の感覚はそんなに邪魔にはならない。

 逆に素肌の感覚を一度知ってしまったら、とても止まらないだろう。


 薄布のドレスの上から体全体をなぞり、指先の感覚で彼女の反応を確かめる。

 薄い皮の上から指で軽く果実を押して、その熟れ具合を確かめるように。



 すっかり力が抜けて、大きなソファにぐったりと横たわる彼女に囁く。


「今日はここまでにしておくけれど、今度はお風呂に一緒に入ろうね」


 今まで気持ちよさそうに弛緩していた体が一瞬で硬直して、その反応の良さに笑みが漏れる。



 最後に何か叫びだしそうなその唇に蓋をして、今日はここまでとすることにしておこう。





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