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宴の後

 瞳まで獲物を狙う蛇の様だが、あいにくか弱い令嬢ではないので恐怖は感じない。

 それにシリウスの視線が私から外れたので、これ幸いと体勢を立て直す。


 この蛇貴族に相対していた方が気が楽だ。

 そんな毒は私には効かないし、蛇はうまいと言うしな。


「まあ、誰がそんなことを……」


 私が悲痛な声でそう言ってみせれば、何を誤魔化そうというのか、と言うようにその貴族が責めたてるように言葉を続ける。


「誰も何も、国民全員がアレク王太子が女だったと―――」

「アレクお兄様ならお亡くなりになりましたわ、私ができるのはその後を引き継ぐだけ。女の身でどこまでできるか判りませんが精一杯民の為に為政を行なうつもりです。覚悟の為にお兄様の名をいただいたまでのこと」


 シリウスがさらりと追撃する。


「そうですよ。彼女が『アレク』だとしたら男だとでもおっしゃるのでしょうか。第一『王太子』が女だなんて、そんな訳がないではありませんか。皆様もそうお思いでしょう?」


 そう言って周囲で聞き耳を立てていた貴族達に同意を求めれば、皆良い笑顔で頷き口々に言ってくる。


「そうですわ。そんなことありえませんわ」

「アレク王太子殿下がお亡くなりになったのは悲しいことですが、サンドラ王女殿下がアレクサンドラ様としてお立ちになっていただけるとのこと。心強いことこの上ないです」

「女性だからこそ、この国家統合の話も綺麗に纏まり、良いことずくめですな」


「なんと……」


 絶句しているその貴族がいっそ可哀想に感じるくらいの、一致団結した茶番劇だ……。


 他の貴族についても同様の対応をしていたが、判で押したような対応に私が少し疲れてきたのが判ったのか、シリウスが後は任せてくれと言ってきた。


 シリウスなら大丈夫だろうし、後はお願いすることにして、私は目的の人物を見つけることにする。

 叔父である公爵が、ちょうどベリルと一緒にホールの端の方で何か話しているのを見つけた。


 公爵にもベリルにも、この件では散々世話になったからな。



 ベリルの方へ向かう途中、父と隣国の国王の横を通ったら二人が話している内容がちらりと聞こえた。


「そういえばケイニス国王陛下は踊られないのですか? お相手でしたらよりどりみどりかと思いますが。どなたか気になる夫人がいるようでしたら、私からも口添えできますが」


 ここには主要な貴族が揃っているし、まだ十分若いケイニス国王を気遣って父が言う。


「お気遣いいただきありがとうございます。アレクサンドラ姫を、と言いたいところですが、シリウスに殺されてしまいますからね」

「ご冗談を。でもケイニス国王陛下でしたら、この場の主役を奪ってしまいかねないですな」


 そう言って父が人の良い笑顔を浮かべる。


「もちろん冗談ですよ。それにここには連れてきていませんが、最近面白そうな花を見つけましてね。まあ毒花ですが」

「毒花とは……御身に危害を加えるようなことはないのでしょうか?」

「ええ、棘も取り払い隔離しておりますので害はないのですが、萎れそうなところを世話をしながら眺めるのも一興かと思いまして」


 その声音に、父が少し言いよどむようにすると、隣国の国王が楽しそうに口にする。


「棘も持っていないのに威嚇してこようとするのを屈服させるのも、なかなか楽しいものだと初めて知りました」


 そう言いながらほの暗い笑みを浮かべる隣国の国王のことは、父共々見なかったことにした。


 国王二人が仲が良さそうに話しているところへ割り込む者も近づく者もいない為、何を話しているのかは周囲の者にはばれないだろうが、シリウスにも伝えない方がいいだろう。


 あとはシリウスにこの性質が遺伝していないことを祈ろう。



----------------------

「こんばんわ、良い夜ですね」


 にこやかに私が公爵に話しかけると、慌てたようにベリルに何かを確認していた公爵が、ビクリとあからさまに体を跳ねさせる。


「ア……アレクサンドラさま…? これは一体―――」


 どうやら公爵は本は読んでいないようだ。

 まあ、どちらかというと若者向けの架空小説という部類だからな、そもそも最初から手に取っていなかったのだろう。


「叔父上、どうなさいましたか顔色が優れないようですが」

「いえ、久しぶりの夜会で人に当てられたようで、お気遣いいただきありがとうございます」

「公爵家には叔父上、ベリル共々とてもお世話になってしまい、直接お礼を言いたいと思っていたのです。此度の国家統合に関しまして、公爵家には多大なる協力をしていただき感謝しております」


 実際、公爵には二重スパイとしてさんざん働いて貰ったからな。


 笑顔の私に鬼の指示の数々を思い出したのか、公爵が青い顔をして引きつった笑い顔を向けてくる。


「叔父上の働きに関しては、ベリルも感心しておりました」

「は? なぜベリルが……」


 公爵に依頼した内容は二重スパイの為、基本的に王宮内でも最重要機密扱いで、息子のベリルといえど伝えてはいなかったはずだ。

『公爵子息のベリル』としては知らなくとも『王太子の影武者をしていたベリル』ならセバスから伝えられている。


「私が半年前に隣国へ向かった際、ベリルには本当に世話になりました」

「……っ!」


『半年前』と言われ、アレクが病気で王宮に籠り、サンドラが隣国へ出発した時のことを思い出したのだろう。

 そしてアレクとサンドラが同一人物であると知った公爵は、ようやくベリルのしていたことに合点がいったらしい。


「ベリル……そうだったのか」

「父上、今まで黙っていて申し訳ございませんでした。内密の依頼でしたので。でも王太子の責務の片鱗に携わり、父上の働きについても知らされました。今までおつらかったでしょう。私は父上を尊敬いたします」


 息子ベリルからの無条件の賞賛を受けて、多分に後ろ暗いところのある公爵は、口ごもりながら顔色を青くしたり赤くしたりしている。


「叔父上、本当に良かったですね」


 ベリルに殺されるようなことがなくて。


 父を尊敬のまなざしで見るベリルの横で、似たような笑顔を作って公爵に言えば、公爵はだらだらと冷や汗をかいて「す、少し夜風に当たってくる……」と言ってバルコニーの方へ逃げるように出て行ってしまった。


「どうしたのかな?」

「さあ、息子ベリルに褒められて照れ臭かったんじゃないかな」


 怪訝そうなベリルに向き合うと、ベリルが改めて婚約の祝いを言ってくる。


「アレク……サンドラ、だったね」

「いいよ、アレクで。その方が言いやすいだろう?」


 ベリルには男言葉でいいか。

 それにここで話してる内容は周りには聞こえないだろう。

 皆シリウスが引き受けてくれている茶番劇に夢中のようだ。


「ベリルは踊らないのか?」

「踊るならジルかアレクがいいんだけど、アレクとはセバスの特訓でさんざん踊ったしね。それに一時期アレクと僕の噂があったのを覚えているだろう? あの時は男同士だろうという前提で皆噂にしていたけれど、今はもう違うからね。せっかくの婚約発表、僕のせいでケチをつけるようなことがあってはいけないから」

「そうか……。気を遣わせてしまってすまないな」


 微妙な沈黙が落ちそうになったので、こんな時助けてくれるブルーノを探すと、なんと小説を担当している印刷部門の娘をパートナーとして連れているのを見つけた。

 たとえ平民でもパートナーが夜会に招待されていれば入場は可能だが、ブルーノが選んだらしい色の明るい黄色のドレスが良く似合っている。


 似合っているが、なぜかその娘は夜会の様子を必死に書きとめようと、紙にペンを走らせている。


 すごいな……。あれが職業病か。


 おそらくあれはブルーノが『夜会の様子を取材するなら、夜会に参加すればいいんだよ』とか言って連れてきたクチだろう。

 飲んで食べて取材もできて、娘は楽しそうだが……。


 ベリルが私の視線の先に気付いたようにため息をつきながら言う。


「ブルーノも最近忙しそうだしさ」

「ベリル知ってたのか?」

「近衛騎士にようやく上がれたんだって? 忙しそうだけど休暇の時にどこかに出かけないかと誘ったら、僕はお呼びじゃないみたいだよ。最近はあの娘と王都へ繰り出してるみたいだよ」


 へえ、知らなかった。

 ……まあ、平民でもブルーノの父親の近衛騎士団長はあんまりその辺りは気にしないタイプだから大丈夫だろう。


「ここは一つブルーノの為に一肌脱いでやるか」

「どうするんだ?」

「夜会とくればダンスだろう。あの娘もダンスが踊れるように、セバスのダンス特訓を受けさせるのさ」


 ダンスレッスンにはパートナーが必要だから、ブルーノがその相手をしてやればいい。


「それ……あの娘に逃げられないか?」

「あの様子なら『今度は平民が玉の輿に乗る話を書かないか? その為にはまず現実に即した取材が必要だよね』と言っておけば、ダンスから礼儀作法まで取材の為にこなしてくれるだろう」

「……」


 なんだベリル、鬼か悪魔でも見るようなその視線は。


「それにセバスとナニー仕込みのマナーを身に付けられれば、執筆の傍ら、未来の伯爵夫人くらい軽くこなせるだろう」


「伯爵夫人の方がおまけなんだ」

「あの娘にとってはそうだろう」


 ベリルが失笑しながら言う。


「まあね、当人同士がそれでいいっていうのなら僕も反対ないけど。ブルーノもサンドラに振られてから全く女っ気がなかったしね。息子が結婚しないより、どんな娘でも一緒になってくれるだけで親としては御の字だろう」

「ベリルの方はどうだ?」

「僕の方もアレクのおかげかもね。母以外の公爵家の皆が『世継ぎは望めない』と絶望的だったから、女であれば誰でも大歓迎状態だよ」

「それで、ジルがここにいないのはどうしてだ? てっきり口説き済かと思ったけれど」

「小説の最新刊と一緒に修道院に手紙を出したんだけど『一体何の気休めなの。そんなことあるわけない』って本気にしないんだ」


 そりゃそうだろう、当人は『ヒロイン』と言っているが、現実とフィクションの違いはある程度理解できている元日本人みたいだからな。

 彼女にとっては劇中劇みたいなものか。


 でも私が直接真実を語ってしまうのは一応タブーだし……。


「じゃあ、ここは『物語みたい』に徹するのがベストだろう。ベリル、白馬は持ってるか?」

「あ? ああ、ちょうど最近乗ってるのが白い馬だが、それがどうした?」


 私の唐突な問いにいぶかしそうにしているベリルへ、私の『計画』を授けることにする。






隣国の国王と第一側妃の話は、ムーン案件ですので割愛します。

監禁束縛歪んだ憎愛のメリーバッドエンド。

愛が憎しみに変わることが多ければ、憎しみから愛に変わることも往々にしてあるかと。


次はひさびさのヒロイン(?)です。




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