表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/63

ソワレ

 ……落ち着こう。

 うん、一旦落ち着こう。


 一体どういう事かと、国民へのお披露目の後バルコニーから王宮内へ入った後すぐに父を問いつめようとしたが、その前にシリウスがそっと一冊の本を手渡してきた。


「何?」

「これが台本だよ」


 これは私が監修して書かせていた『王太子が本当は王女である』という小説の最終章が載っている本だ。

 そして昨夜私が寝る前にナニーに読ませて貰えなかった本だが、一体どんな内容に……。


 とても待ちきれず、まだバルコニーへと続くガラス戸越しに聞こえる歓声を背にして、少し行儀は悪いが立ったままぱらぱらと内容を確認する。


「!?」


 最終章の本当に最後にあたる部分が、私の確認した内容とは本当に別物になっている。


「……父上! これは一体どういう事ですか!?」


 私がチェックした内容に更に手を加えて咎を受けないでいられる人間なんて、父上しか存在しない。


「どういうことって、その方が盛り上がると思ってな」


 ばれたか、というように軽く肩を竦めながら飄々と言う父に、焦燥軽い怒りを覚える。


「『盛り上がる』だけでこんなリスクの高いこと―――」

「安心しろ、ちゃんと対策はとってある。最後の一文を読んでみろ」


 言われて本を再度確認すると、私がチェックした時には存在しなかった最終ページが追加されており、その最後の文にはこう書いてあった。


『これは全て【秘密】のお話です。真実を言いふらすことも、人から問われても、あなたの心の中にだけとどめて置いてください』


 その文を読んでぷるぷる震えている私に、父が自慢げに言ってくる。


「ちなみに今回の本は、いつもよりも大量に刷って国の隅々まで最優先に行きわたるように手配しておいたので安心しろ」


 小説自体廉価で販売しているし、平民の間ではさらに購入した小説を回し読みしているらしい。

 なので、実際には部数の何倍もの人間がこの本を読んでいるということだ。

 そして回し読みをしているにも関わらずこの小説は巻を重ねるごとに初版部数が多くなっており、その上いつもよりも大量に刷ったということは、この国の文字を読める者のほぼ全てがこの本を読んだということで……。


 【秘密】って、なんだーーーっっ!?


 詰め寄ろうとした私を、隣国の国王とシリウスが宥められている内に父は

「また夜会の時にな」

 と笑って言いながら、隣国の国王と連れ立って行ってしまった。

 それを追いかけようとした私を引き留めるように、シリウスが言う。


「これからは何も気にしなくてもいいことになるから、楽になるはずだぞ」


 確かに……。

 もう今更私がどう取り繕うと、それを真に受ける国民はほぼいないだろう。



 でも……でも、うあぁぁーーーー!!



 顔を覆って動揺する私を宥めるように、私の肩に手を回して背中をぽんぽんと叩いてくるシリウス。

 その体温に、さっとバルコニーでされたことを思い出し、ぴきっと体が硬直する。


 シリウスはあんなことを、あれだけの人の前でしたことを何とも思っていないのか!?


 キ、キキキ、キスとか……。

 しないだろう、普通。


 しかし既に仲睦まじそうに見えているらしい私とシリウスを目にして、周囲からさりげなく離れていく侍女や近衛騎士達は大いに喜んでいるようだ。


 ま、待てーーー!

 この状態で放置して行くな!


 助けを求めるように視線を泳がせた先で、ちょうど離れて行こうとしたベリルと目が合う。

 動揺している私を見て、ベリルがどこか楽しそうに笑っている。



 なんだその黒いのに満足そうな顔は!?



 ぐったり疲れ切った私をシリウスはそつなく部屋へ送り届けてくれた。

 去り際に

「夜会はおまけみたいなものだけど、国外の者も何人か来るんだろ? 休んでおいた方がいい」

 と言って、すぐに解放してくれた。


 よかった。

 ここでまたキスとかされたら脳が処理能力を超えてしまう。



-------------------------

 昼間に行った国民への挨拶と違い、夜会は主だった貴族たちを集めて開催される。

 この国以外にも、山脈の外側の国の王族や高位貴族も複数名呼んでいる。


 この夜会がお披露目本番のつもりだったのに、既に城下は盛大なお祭り騒ぎになっている。


『祭り』って、もしかしなくてもこのことだったのか……。


 私とシリウスの婚約発表と、隣国との国家統合と、アレクとサンドラが同一人物(でも公式発表は無し)の、どれがメインなのかは人によっても違うのだろう。

 確かにこの状況で、私や父の乗った馬車が王都の目抜き通りを通ったらパレード扱いになってしまうので、さすがに何かおかしいと私も気づいただろう。


 なんでも最低三日間は祭りが続くらしい。

 しかも、隣国でも同タイミングで国家統合と婚約発表が国民に対して行われる手はずになっているとのことで、同様に今頃は国中で祭りが開かれているらしい。


 王宮での夜会に招待した山脈の外側の王族や高位貴族達へは、単なる夜会への招待としておいたが、昼間の発表の内容を聞いた貴族たちは、まさかウラル国とケイニス国の国家統合の話が出るとは思っていなかったようで、早急に国元へ連絡する為に夜会前に早馬や伝書鳩を飛ばしていたようだ。


 アレクが女だったという事実について、山脈の外側の国々までには小説が流通しているわけではないはずなので、どう出てくるのか少々不安だ。



--------------------------------

 準備されていた銀色のドレスに身を包み、ドアの前にシリウスと立つ。


「そのドレスも良く似合っているよ」


 そう言って、昼間のことなど既に水に流したようなシリウスが優しく微笑みかけてくる。


「……ありがとう」


 自分の返事が少しぎこちないのが気になる。

 高台にあるこの王宮まで、王都の賑わいが風に乗ってここまで聞こえてきそうだ。

 通常夜は酒を飲めるような店くらいしか開いていないが、ここ三日間は王都中のほぼすべての店―――特に飲食店はずっと店を開けるらしく、お祭り騒ぎをしている人達へと食べ物や飲み物を提供しているらしい。

 ぼんやりと夜空を照らしだすほど明るい王都の光を眺めて、これでいいはずなのに、なぜか座りの悪いような心地が私を襲う。


 ずっと努力してきて手に入れた環境に、逆に落ち着かないのはなぜだろう。


 閉じられたドアの向こうでは、父と隣国の国王が来賓達へ挨拶を行なっているはずだ。

 それと国家統合の予定と、私たちの婚約の報告についても。


 ドアの向こうから、入室の合図が来る。


「お手をどうぞ、アレクサンドラ」


 シリウスが差し出す右手に、今は緋色に輝くアレキサンドライトの指輪を嵌めた自分の手を乗せる。

 乗せた手を緩く握られながら、健康的なピンクに染められた私の爪先をシリウスの指が戯れるようになぞれば、思わずピクリと反応してしまいそうになる体を意志の力で抑えつける。


「そういえば爪に色を乗せたことはなかったんじゃないか?」

「ええ……」


 よく見ているな……。


 爪に一度色を乗せると、化粧と違い染料の関係ですぐに色を落とすことができないのだ。

 その為、アレクに戻る必要がある時には爪に色をつけたことはなかった。


「よく似合っている。とても綺麗だ」


 そう言ってシリウスが煌めく星のように爽やかな笑顔を浮かべながら軽く屈み、敏感な甘爪の部分に唇を落とされる。

 指先から熱が移ったように、顔がかっと熱くなっていくのが判る。


 そうか、どうして落ち着かないのかわかった。

 私は恥ずかしいんだ。


 今まで散々もっと明け透けなことをして来たにも関わらず、一体どうしたことだ。


「どうぞ、お入りください」


 ドアが開かれ、中で待っている近衛騎士から声をかけられる。

 私の手を乗せたままシリウスが前を向いて歩き出すが、私はまだ顔が熱いままだろう。

 生理的なものか涙がうっすら滲んでいるらしく、視界まで少し潤んでいる。


 こんな顔で、国中の主だった貴族達や、興味津々だろう山脈の外側の国々の貴族達の前に立つのかと思うと、今すぐ回れ右をして部屋に駆け込んでしまいたいが、それも許されないことを知っている。


 仕方なしに開けられたドアを通りホールへと降りていく階段を数段降りると、階段の途中に広い踊り場があり、ホールを一望できるようになっている。

 その踊り場を突きあたりにして、階段は左右に分かれ緩いアーチを描いてそれぞれホールへ降りられるようになっているが、今はその踊り場をステージ代わりにして父上と隣国の国王が並んで立っており、私達を招き入れるように片手を差し伸べていた。


 そんな国王たちに向かって、シリウスと私は深く礼をしてゆっくりと顔を上げれば、父と、特に隣国の国王がびっくりしたように私の顔を見る。

 隣国の国王の視線の先が気になったのか、シリウスも私の顔をちらりと見ると、なぜか驚愕したように、二人の側まで行こうとしていた足が止まりそうになっている。


 何かおかしかっただろうか、とふと不安になって周囲を見渡すと、ホールに集まった人が皆私の方を見てぼうっとしているようだ。


 なんなんだ一体。


 アレクとして、もしくはサンドラとしてなら夜会にも参加したことはあるが、『アレクが女である』と暗黙の了解になってしまっている状態での夜会は初めてだから好奇か軽蔑の視線かと一瞬思ったが、そういう訳でもなさそうだ。


 エスコートの為に繋いだ指先から私が不安がっていることが伝わったのか、シリウスは一瞬で立て直して笑顔を浮かべながら、私を安心させるように指先をきゅっと握られる。


 その気遣いにほっとして私も笑みを浮かべれば、ホール中の人の間に溜息とも吐息とも取れるざわめきが広がっていく。



 皆へ話すのは主に父と隣国の国王の役目だ。

 私達に課せられた役目は、簡単な挨拶とファーストダンスだけ。

 父と隣国の国王に促され、衆目の中をホールのセンターへと進む。


 シリウスは第二王子として夜会に参加したことはあるけれど、あくまでも『第二』王子というだけで、王太子としては最近までみなされていなかった為、この国の貴族達も「あれが次代の王になるのか」と改めて興味津々の様子で見守っている。

 しかし、そういった者達はほんの数名であり、会場の殆どの視線は私に注がれているのが判る。

 アレクの時でもサンドラの時でも、注目されるのは慣れているつもりだが、今日の視線はどうもいつもと違う感じがする。


 シリウスが踊りながら私にだけ聞こえるように小さく言う。


「君があんまり綺麗だから、皆びっくりしてるんだよ」

「夜会服が珍しいわけでもないのにどうして?」


 実際サンドラではデビュタントの時にもきちんとドレスを着ていたので、私のドレス姿が珍しいはずがないのに。

 私がそう言うと、シリウスが少し困ったように言う。


「そうだけど……。ただなんだかついさっきから、美しさが数倍増した感じがするんだよ」

「さっきって?」

「俺が君にキスしてから」

「―――……っ!」


 踊りながら思わず顔を下に伏せれば、耳元に口を寄せられて低く囁かれる。


「俺は自惚れてもいいのかな?」


 緊張でなく、心臓が跳ねる。


 どうして。

 そんなに難しくて激しいステップを踏んでいる訳でもないのに。


 混乱しそうになった時、ちょうど音楽が止んでステップを踏んでいた足を止めて周囲へ一礼すると、会場は大きな拍手に包まれた。


 全力疾走した後のように心臓はまだ鳴り響いている。

 このまま顔を伏せていたいが、そういう訳にもいかない。


 ぐっと背筋に力を入れて前を向き周囲の人々に視線を合わせると、皆なぜか息を呑んだような顔になり、軽快に鳴らしていた拍手を止めてしまう。

 シリウスがそんな周囲を一瞥し、私をエスコートしながらホール中央からずれると、それを合図に父から皆へ声がかかる。


「今日は無礼講だ。皆も十分に楽しんでいってくれ」


 シンと静まり返ってしまったホールに、父の合図で宮廷楽団が沸き立つような元気のいい曲を演奏しだせば、促された何組かのペアがダンスホールで踊りだし、給仕が酒を振る舞いだす。


 いつもと違う夜会の雰囲気に私が戸惑っていると、シリウスが通りすがりの使用人から軽い飲み物を受け取り、手渡してくれる。


 赤ワインに熟した果物を漬けて甘味と風味を加えたものを炭酸水で割った、爽やかなサングリアだ。


 前世でも結構好きだったな。


 そう思いながら軽く喉を潤そうと細長い華奢なグラスを口に当てると、舌先で弾ける炭酸と熟した果実の甘味が広がる。

 ふと横に目をやると、赤い酒を口にする私を楽しそうに見ているシリウスと目が合い、酔った訳でも無いのに体が熱くなるような感じがする。


 視線を逸らせなくなった私にシリウスが一歩近づいた時、誰かがこちらに近づいてきたのに気付く。

 山脈の外側の国から招かれた高位貴族が、口元に隠しきれない意地悪げな笑みを浮かべながら丁寧に挨拶してくる。


「この度は誠におめでとうございます。このような発表が行われるとは本当に驚いております」


 口調だけは楽しそうに話し出しているこの貴族も、夜会前には伝書用の鳥を飛ばしていたはずだ。

 そして彼の国は、第一王子が亡くなるまで隣国と手を結びこの国へ攻め入ろうとしていたという噂のあった国。

 開戦派の第一王子が亡くなり穏和派のシリウスが王太子に決まり、私との婚姻とさらに国家統合まで。

 これでこの二国に攻め入るきっかけは全てなくなったことになる。

 ケイニス国の豊富な資源と、我が国の肥沃な平地と大きな港、全て手に入れることはできなくなった。


 どう出るのかと思っていたら、せめて泥でも被せたいのか蛇のような口元から言葉が飛び出てくる。


「失礼ながら、アレク王太子殿下と国王陛下は国民全員をたばかっていたとお伺いしましたが、それは真実でしょうか?」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ