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閑話:創作衝動3

[印刷部門に勤める、とある町娘視点]


 王都のどこにでもあるような小さな果物屋の娘の私が、色々あって王宮にある印刷部門の小説担当に配属されてから一年近く経った。

 最初は印刷部門のエリアの隅っこに小さな部屋を貰って、印刷部門の使い走りみたいなことをやらされていたけれど、しばらくしたら毎日アイデアを出したり小説を書かせて貰えるようになった。


 最初に王宮に呼ばれた時には、あの憧れのアレク王太子殿下から、妄想で書いていたラブシーンを両親の前でその当人に音読されるという

「死ぬ……! というか、今すぐ死にたい!」

 と思えるような仕打ちを受けたので、その後同じ部門のいかついおっさん(失礼、『おじさま』でしたね)が、私の書いた夢いっぱいのいちゃラブシーンの描写について批評したりしてきても大分平気になったのは逆にありがたい(?)ことだけれど。


 ……さすがにあのアレク様の仕打ちよりも、精神が削られるようなことはないからね。


 アレク様は、何気に人使いが荒かったり無茶ぶりも多いけれど、王宮内で持っている権限は沢山あるらしい。

 現に気軽に渡された王宮内フリーパスはすごく都合がよくて、政治的な所にはさすがに事前に申請が必要だけれども、それ以外ならいつでもどこでも入れるのがありがたい。


 私と同じくらいの女の子は皆、王宮の中ではどんな素敵なことが繰り広げられているのか知りたくてたまらないのだ。

 もちろんそれは私も同じだ。

 しかしそんな私たちの願望は、王宮勤めのおじさん達には全く理解できないらしい。


 判ってないなあ。



----------------------

 前任者から引き継いで、最近私が続きを書かせてもらっている『王太子は実は乙女』という趣旨の連載小説が佳境を迎えている。

 前任者はおじさんだったのだけれど、あのいかついおじさんからこんな繊細な文章が出てきたと知って、なんだかちょっと幻滅したというのは内緒だ。


 印刷部門を細かく分けると、小説課という課があり今私はそこに所属している。

 配属された当初は取材課とか校閲課とか転々としていたので

「やっとここまで来た!」

 という感じだ。


 アレク様曰く

「ここが正念場だ」

 とのことなので、最終チェックに余念がない。


 でもアレク様に見ていただいた後、国王陛下直々に印刷部門に話があって、さらに話を付け加えたりしている。

 アレク様の指示から少し変わってしまっているけれど、国王陛下直々の命に逆らうこともできないし。


 それに国王陛下の提案の方が素敵だし、まいっか。




 もちろん架空のお話だけど、私含め一般庶民は『ふぃくしょん』と『のんふぃくしょん』の区別が余りつかない。

 アレク様のチェックはそのあたりの匙加減が絶妙で、語尾を少し変えるだけでいくらでもミスリードできる内容に変えられるのだ。


 偉い人って汚い……。


 と思ったのは当初だけでした。

 アレク様のミスリードは群衆を煽る為ではなく、娯楽提供と経済を回すことに特化しているのだ。

 アレク様は『偽薬みたいなものだ』とおっしゃっている。


 いかに元手を使わずに資金を貯めこみがちな貴族たちからお金を引き出し、市場経済を回すかを常に考えているらしい。

 小説以外にも定期的に『しんぶん』なるものも発行しており、その中の記事には


『次の流行はこれがくる!?』とか

『勉強すれば貴方も貴女も超モテる!』

 とかいう軽い読み物から、庶民が各家庭でもできる簡単な節約術やお料理のレシピ、女性でも可能なお仕事斡旋情報まで載っている。


 実用的な物としても

『トイレを綺麗にしたら健康運アップ! 外から帰ったら手洗いのススメ』

『井戸の掘り方初級者編』

『海に行くなら、キャベツの酢漬けやライムがオススメ!』

 とか載っていて、


「本当に~?」


 と半信半疑だった皆が試してみたら、病気にはかかりにくくなるわ、井戸が本当に見つかるわ、果ては長距離の航海をしてきた船が大きな島なのか新しい大陸みたいなものを発見したらしい。


 そして最近国中を騒がせているのは、紙面の端を使った『懸賞』だ。

 庶民向けの学校を出た私でも、とても解けそうもない超難問が各分野から一題ずつ出題されており、その答えを書いて紙面を切り取り、名前と住所を書いて各町に設置された『目安箱』に投函すると、正解者には抽選で王宮内見学ツアー参加と、向こう一年間の家族全員分の食費支給というものだ。


 もちろん私も解いてみようとしたが、社会情勢くらいしか解けなかった。

 しかもアレク様の執務室の横を通った時に、アレク様が言っていた独り言を聞いていたから判ったようなズルっこ回答だ。


 アレク様に

「何の為にこんな難しい問題を解かせるんですか? やっぱり懸賞とは名ばかりで本当は上げたくないんですか」

 と聞いてみたら、効率的に優秀な人材をスカウトする為とのことだ。


 確かに、これだけの難問を解けるのならすぐにでも現場配置ができそうだけれど、算数の問題とかは、数字ではなく「i」とか「θ」とか「π」とかの文字や記号が乱舞しており、ぱっと見算数の問題だとは分からない程だ。

 しかもその問題を考えているのは殆どアレク様ご自身というので、一体どんな頭の構造になっているのか常々不思議だ。


アレク様は

「私は元々あった公式の知識を使って問題を作っているだけだけど、この問題を見て逆に法則を導き出せるなら即採用だな。というか私よりも確実に頭のいい天才だ」

と言っている。


 でも

『この大地が丸いことを証明せよ』

 とか

『潮の満ち引きの理由を述べよ』

 とか、訳の分からない問題もあったりする。

 この大地は平らに決まっているのに、いったいなんの謎かけなんだろう。

 そう考える人が多いらしく、目安箱の中身もあてずっぽうのとんち合戦になることもあるらしい。


 その結果を聞いたアレク様は

「ガリレオみたいな人間は中々見つからないか……まあ気長にいくしかないか。電気も欲しいし問題傾向を増やすか」

 と言っているが、がりれおさんって誰だろう。


 でも町の人から聞いたけれど、変人で有名だったおじいちゃんがこの『しんぶん』の問題を見て

「これじゃ! これは啓示なんじゃ!」

 と叫んで、よく磨いたガラス玉を使って毎晩星を眺めているらしい。


 私にはよく判らない色々もあるけれど、主にアレク様の数々の施策のおかげで国の経済はものすごいスピードで回っている。


 家も子沢山のちっさい果物屋だったのが、アレク様の

「人手が余ってる果物屋なら、横で果物のジュースとかクレープに挟んで売れば、採算はもっと上がるんじゃないか?」

 の一言を伝えたところ、新鮮な果実を使ったジュースや、アレク様から聞いた『くれーぷ』という小麦粉で作った薄い生地に生クリームとカットした果物を巻いたものを店舗横で兄妹達が売ったところ、たちまち評判になり今や果物屋よりも売り上げが多いくらいだ。


 クレープもジュースも食べ歩きできるようにしたせいか、その人たちが食べ歩きながら町中を歩くだけで、十分な宣伝になっているのだ。

 宣伝費用はいらない上に、純利もすばらしく多い。

 何しろ形や色が悪くそのまま売ると大した値段にもならなそうな果物が、ジュースやカットフルーツにしただけで、元値よりも遙かに高く売ることができるのだ。


 農家側も今まで捨てるしかなかった規格外品を、ウチなら安くても纏めて買ってくれるということで、とても感謝された。

 今や、城下の他の地区に支店を出そうかという話が持ち上がっている。


 アレク様は神様だ!

 どこまでだってついていきます!



-----------------------------

 アレク様へのご恩返しの為にもよりよい作品を作り出さなければ。


 小説は詳細なディテールをきちんと書き込むことが重要、とおじさん達に聞いたので、まずは普通の町娘代表としてしっかり取材しなきゃ!


 王宮内独特の物やしきたりを、私みたいな普通の町娘が文字で読んでも判るように描写するのが私のポイントだ。


 広い王宮の庭をメモ片手に散策させてもらっていたら、剣の打ち合う音が聞こえてきた。

 惹かれるようにそちらに足を向けると、騎士団の練習場を見つけた。


 私はどちらかと言うと、華やかな宮廷物の方が読むのも書くのも好きだけれど、王宮や城下の巡回等ではぴしりと決まっている騎士様達が、ラフな練習服で打ち合う姿には思わずときめいてしまった。


 新しい作風にチャレンジしてみてもいいかもしれないと思って、練習場の前にいた人に首から下げたフリーパスを見せて入らせてもらう。


 練習場のすぐ傍でずっと練習風景を見つめていたら、いきなり後ろから肩を叩かれた。


「おいあんた、女の子がこんなところで何してるんだよ。俺たちに何か用か?」


 振り返ると艶やかな褐色の肌に短い黒髪、そしてこちらを覗き込む金茶色の瞳。

 隣国の第一王子が亡くなった際の号外新聞用の原稿を書いた時に、隣国とこの国の間にある保養村から私を徹夜で王宮まで連れてきてくれた騎士だ。


 そして、そして私の胸を揉んだ上に

「よし、無い!」

 とか言い放った超失礼な奴だ!!


「あ……」


 私があの時の娘だと気付いたその騎士は一瞬硬直して、気まずげに私の肩に置いた手をバッと離す。


 アレク様は神様だが、アレク様付きの近衛騎士を目指しているというこの男は別だ。


 許さん!

 許さんぞぉおお!


 いくら向こうは剣を持っているからと言って、こんな不届き男には決して屈するか!

 一般庶民のしぶとさを見せつけてやる。


 とりあえずは、アレク様曰く『ペンの力』とやらで、こいつを主人公のモデルにして騎士団中ガチ男色疑惑の小説を王都中に広めてやる。


 そうすれば

「彼は私達なんて眼中にないのよね。結婚の申し込みがあったけれど、きっと隠れ蓑用か、ただ家を継がせる為のはらが欲しいだけで、本当に愛してはくれないわ」

 ということになるはずだ。


 王都中の女性陣から結婚の申し込みを断られればいいのよ!


 ほーっほっほっ。

 ペンは剣より強いことをその身をもって実感するといいわ!



 私が毛を逆立てながら警戒しているのに気づいたその騎士は、困ったように頭をかきながら、おそらくお貴族様にも関わらず、庶民の私に謝罪してきた。


「あの時は本当にすまなかった。言い訳にしか聞こえないと思うが、ちょっと混乱してしまっていてお前を巻き込んでしまった」

「いえ、……まあ反省してくれているなら別に……」


 なんだか調子狂っちゃうな。

 仕方ない、男色趣味じゃなくて『おっぱい狂い』くらいにしといてあげるか。


「ところでこんな所で何をやっているんですか? アレク様なら国王陛下と一緒に隣国へ訪問中かと思いましたが、アレク様付きの近衛騎士を目指していたのではないですか」

「ああ……、ちょっとこんな状態だと役に立たないかと思ってな。自分と向き合ってる所だ」

「ふーん、そうなんですか……」


『自分と向き合う』って良く判らないけれど、剣の鍛錬とかは自分自身との戦いになるのかしら。


「俺は結局何をしたかったのか、良く判らなくなってしまってな―――」


 そう言って遠くを見る騎士。


 鍛錬が行き詰まっているのかしら。

 私もネタ出しの時は色々考えて苦しむから、ちょっとその気持ちが判るかも。


「……僭越ながら申し上げますが、騎士様は少々考えすぎているだけかもしれませんよ」

「そうか?」

「はい。何をしたかったのか、ということでしたら、そもそも自分がなぜそれを目指していたのか思い出せばよろしいのではないでしょうか」


 私も、ここにいるきっかけは『物語を書きたい!』だったからね。


 私の言葉を聞いて、ゆっくりと咀嚼するように独り言を言う騎士。


「なぜ騎士を目指そうかと思ったのか―――。そうか、そうだよな。俺はアレクのことを大事な友人として、優秀な次期主君として守りたかったんだ。アレクが頭だとしたら、ベリルが右腕、俺が剣になるって子供の頃に話したことがあるんだ。俺が守りたいのは『アレク』なんだ。『サンドラ』のことも好きだけれど、それよりも友人として主君としてあいつのことを守りたいんだ」


 私の方をちらっと見て、小さい声でぶつぶつ言っている。


「それに、単に胸があるってだけで『アレク』との付き合い方を変えるなんて、そんな半端な決意で近衛騎士なんてできないしな。うん、あいつはちょっと胸が大きく育っちまったけど、俺の大事な友人で主君だ」


 なんだかさっきよりもすがすがしい顔をしている騎士を見て、少し安心する。


「結論はでましたか?」

「ああ、ありがとな。お陰ですっきりしたよ!」


 爽やかな笑顔に、ちょっとどきっとした。


 はっ! 何くらっとしてるの。

 私はアレク様一筋って……って女の人なんだよね。しっかりしろ、私!


 ぶんぶん頭を振っている私に、騎士が話しかけてきた。


「あのさ、よかったらこの間のお詫びと今回のお礼として何かしたいんだけど、希望あるか?」

「え!? そんな気にしなくても」

「いいから、俺もこの所ずっと練習場に籠っていたから、気分転換したいと思ってたんだ」


 その言葉に嘘は無いらしい。


「……じゃあ、最近王都で話題になりかけている、果物屋に連れてってくれませんか?」

「果物屋?」

「はい、そこの新作クレープを奢っていただければ―――」


 店には女の子が多く来ているらしいが、こんな目立つ男の人も店に来ているのを他の人が見れば、きっともっと客層を増やすことができるだろう。

 ちょっとずうずうしいかな、と思って上目づかいに様子を伺ってみれば、その騎士は少し考えた後、笑顔で承諾してくれた。


「ああ、いいぜ。デートってことか」

「な……っ、違いますよ! これは慰謝料代わりですからね!」

「はいはい、とりあえず当日はちょっとはマシな格好してこいよな」

「……そんな服持ってませんよ」


 そんな会話をした次の日、ちょうど街へ出かけるのに良さそうな、おしゃれな外出着が私宛に贈られてきた。


 そして腹立たしいことにサイズがぴったりだった。

 私はお仕着せの服を着ると大抵胸が余るのに、胸のサイズまでぴったりとは。



 不愉快極まりない!








Q.決め手はなんですか?

ブルーノ「ちっぱい」

町娘「……やっぱり(社会的に)殺す!」




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