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入城

 ジルはあの後自ら修道院に入ったと聞いた。

 そんなに信心深い感じではなかったのに、周りの人間が皆、その唐突なジルの行動にびっくりしていた。

 特に、それを聞いたベリルはジルに手紙を書き続けているらしい。


 私も引き留めようと思ったが、もうアレクでジルの前に出るのは止めた方がいいとベリルからも言われているし、引き留めてどうする、という問題もあるので私としては静観するしかない。

 それに今後、隣国とこの国との間で人材の大規模なやり取りが行われる予定なので、ジルが男爵家にいたままだと、男爵に言われるまま政略的に婚姻を結ばされる可能性も高いし、恋愛結婚を夢見ているらしいジルにとっては、一時的でも修道院に籠っているのは身の安全が保障されることになるだろう。


 それにしても、ベリルがジルを気になり始めているなら、父親である公爵に言えばきっと婚約なんてすぐに纏まるだろうに。


 それを聞いてみたら、ベリルは

「他の男……というか人間に操を捧げようとしている女を、無理やり手に入れるのは趣味じゃない」

 とのことだ。


 ジルは最初はベリル狙いみたいだったし、ジルが一所懸命看病していたのは実際ベリル当人で会話していたのも、ジルが「助けたい」と思ったのもベリルなんだから、ジルとしても全く脈が無いわけではないだろう。

 しかしベリルの『男の矜持』とやらがそれを許さないらしい。



 ブルーノはあの保養村でのカミングアウトから、しばらく私と距離を置きたいと言って、騎士団の練習場に連日通い詰めているらしい。

 何か雑念を振り払うように鍛錬に集中する姿は鬼神のようだ、という話を侍女の一人から聞いている。



 皆それぞれ道を定め始めているのを感じ、私も動こうと思う。



------------------------

 第一王子の葬儀が行われてから約半年が経ち、そろそろ喪が明ける頃だ。

 そしてシリウスは第一王子の襲撃の時から全く会えていない。

 第一王子が亡くなったと同時に立太子されたシリウスは、もう学園に戻ってくる気配も無く、国王の補佐として本格的に執務の手伝いをこなしているらしい。


 今は3月で、ちょうどこの国にとっては長い冬が終わり、春の訪れを告げる頃だ。

 私もシリウスも学園の卒業まではあと半年といったところだ。

 夏に卒業式が行われる。


 もうシリウスは学園に来ることは無いのだろうか。

 実際に学園を途中で去る者は珍しくは無いが、あんな中途半端でシリウスと皆が離れ離れになってしまうことに忸怩たる思いを抱く。



 そんなことを思いながら、父と一緒に隣国の王城へと向かう。


 隣国は大規模な粛清が完了し、不埒者は全て山脈の外側の国へと追放されたか、各屋敷に蟄居されている状況だそうだ。

 今までは粛清するので手一杯だったらしいが、通常業務に戻る際に、政治や軍を回すための人手が本格的に足りなくなってきたらしい。


 その為、今回私たちは即戦力になりそうな文官や武官を大勢連れてきている。

 私と父は隣国の国王との会談後は国に戻るが、この者達はそのままこちらに残り、隣国と我が国の実務の架け橋となる予定だ。


 元々この隣国の業務担当者達ともうまくやっていく必要があるので、大事なのは実務能力があると同時に、高いコミュニケーション能力がある者だ。

 必然的に平均年齢の高い、老獪な者が多くなってしまったが、私も父も隣国を牛耳ろうとしている訳ではないことを言い含めているので、元々いる者達と衝突は避けてくれることだろう。


 これはいわゆる、同規模で異業種の会社合併のようなものだ。

 連れてきた文官や武官は、言うなればプロジェクトメンバーということになる。


 前世ならシステム面でも業務面でもそれぞれプロジェクトチームを作り、定期的なクロス検討が必要だが、この世界ではそもそもコンピュータが存在しないので、煩わしいデータ連携テスト等は必要ない。

 民の感情さえきちんとコントロールできれば大きな問題は無いだろう。


 国を運営するその手法も、同じ王政である為、命令系統や承認系統も大きな違いは無いはずだ。

 逆に隣国と我が国の業務内容をこれを機に精査して、最も効率的な体系に整理し直してもいいと思っている。

 最終判断は父と私になるが、内容精査については実務に長けたプロジェクトメンバーに任せることにしよう。


 国のトップに立つ者としてまず必要なのは、作業内容の細部まで理解するのではなく、大きな道筋を示すことだ。

 その一手を何にするのかの判断材料として、業務内容を知る必要があるというだけだ。



 父と私と、それと大勢の文官武官は長い行列を成して王都へと入った。

 その行列が王城へと続く目抜き通りを通り過ぎる際、道の両脇には沢山の人達が見物し来ており、馬車に乗った私が窓を開けてにこやかに手を振ってみせると、どこから用意したのか皆が沢山の花びらを空へ向けて投げ上げた。

 その無数の花びらが風に乗り空へ舞い上がっていく様子は、まるで春の息吹がこの国を覆っていくような錯覚を覚える。

 王城へ入っていく際は祭典の様なファンファーレが鳴り響き、私たちを迎えてくれる。


 ここまで盛大に迎えられるとは思っていなかった。

 確かにこの国では上級貴族や騎士団長のスキャンダルはあったが、まだ第一王子の喪が明けたばかりだ。

 もしかしたら人々は、この国を最近覆う負のイメージを払拭するような明るい兆しを、私達の行列に見たのかもしれない。


 実際、国力が落ちているこの国に、我が国が攻め込んできてもおかしくなかったのだから、特に一般市民にとっては王族のゴタゴタで政治がままならなくなることは避けたい事態だったのだろう。

 民衆にとっては自分たちのトップが誰になろうとも、その者が優秀できちんとした政治をしてくれる人間なら誰でも構わないのかもしれないが。



「遠路はるばるようこそおいでくださった」


 そう言って隣国の国王が私たちを出迎えてくれた。

 この城は王族の死や主要な官僚の断罪という衝撃の後、まるで息を潜めるような静寂に包まれていたらしい。

 そんな中、久しぶりの祝い事として私たちの来訪は歓迎されている。


 私と父は隣国の国王へ対して礼を取った後立ち上がり、まずはこの度の第一王子の訃報についてお悔やみを伝えた後、大人数での入場となったことを詫びた。


「こちらこそ、大人数で押しかけてしまい申し訳ない。こちらの者達が少しでもこの国の助けとなることを隣人として祈っております」


 丁寧にそう告げる父の横で、やはり隣国の国王の隣に控えているシリウスに視線を移す。


 シリウスはそろそろ第一王子の喪が明けるというのにまだ黒い服を着ている。

 大抵最初の一ヶ月くらいしか黒は身に付けないところだが、この調子だとおそらくシリウスはこの半年間黒しか身に付けていないのかもしれない。


 黒という華やかさとは対極にある色の上、華美なデザインは全て排除されたシンプルなデザインの服は、逆にシリウスの研ぎ澄まされて銀に輝く剣のような容姿を引き立てている。

 断罪の場にもすべて立ち会ったというから、シリウスを害そうとした者からか死の間際、直接怨嗟の籠った言葉を叩きつけられたりしたのだろう。

 その上この半年は、一斉にいなくなった実務者の仕事を誰に割り振るかということにも奔走していたらしい。


 半年しか離れていなかったというのに、余分な肉が全てそぎ落とされたようなその雰囲気はまさに磨き上げられた剣のようで、視線が外せない。


 私の視線に気づいたのかシリウスもこちらを見て、その視線が絡まる。

 どうやら第一王子を私に目の前で直接殺されたことに色々思うこともあったようだが、こちらをじっと見つめる瞳には、嫌悪な色は見当たらない。


 逆に熱を帯びているようにも見える。


 私の苦手な、その熱。

 ぶつけられる強い感情は、自分でもどうしたらいいのか判らなくなる。

 感情を全く入れずに政務をしている方が、よほど楽だ。


 思わず視線を一旦逸らせてからもう一度ちらりと見ると、先ほどの視線は私の気のせいだったかのように、穏やかな笑みで私と父を見ているシリウス。


 さっきの視線は本当に私の見間違いだったかと思った時、隣国の国王の話が耳に届く。


「今晩お二人の入城を記念して大規模な夜会を行います。その場にて今回来て頂いた文官武官の皆様を、この国全ての貴族たち、また官僚たちへ紹介したいと思っています」


 隣国の国王のその言葉に、私と父の後ろに控えた者達が一斉に更に深く頭を垂れる。


「国王陛下、サンドラ王女殿下におかれては、ご同席いただけるかな」

「はい、もちろんです。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」


 私たちに促され 官僚の代表者もお礼を述べる。


「それと ご相談させていただきたいこともある」


 そう言って国王は私の方をちらりと見てから、父に目を合わせる。


 これは以前国王との密会で話していたことだ。

 私はシリウスの方をちらりと見るが、シリウスは何のことか分からない様子で、私は少し怖いような、また少しドキドキするような心地で、すっと視線を反らす。



 割り当てられた部屋へ荷物を入れた後一休みをしていたら、夜会の前にお茶を一緒にどうか、と隣国の国王からの伝言が渡された。


 この周辺国では三食食べる習慣は余り無い。

 朝食は10時くらいにある程度食べた後、3時くらいにお茶と称してサンドイッチやキッシュ、果物等の軽食を、その分夜をしっかり取る。


 実はそんな中で私の国の王宮だけは、私の希望で朝昼晩と三食食べることになっている。

 皆量をそれなりに調整しているらしいが、私の場合は朝と昼にしっかり食べて、晩餐会等で無い限り、夜は軽く済ませている。


----------------------

 父と私が呼ばれた場所は、ティールームというより、ガラス張りの明るい温室の中だった。

 その中央に瀟洒なテーブルと椅子が置かれ、華やかな花々に囲まれていくつかのお菓子とケーキ、軽食や果物、あとは国王たち用に軽いお酒が用意されている。


 私達が席に着くのを待ち最初のセッティングは侍女達が行なったが、後は国王の指示の元、警備の者達と共に全員温室の外まで下がっていった。

 この広い温室の中に私達4人しかいなく、完全な人払いの状態だ。


 大きなガラスで作られた温室は、この北の国ではとても貴重な物なのだろう。

 まだ春先だが、日の光が差し込み温室の中はとても暖かい


 私と父、隣国の国王とシリウスとでテーブルを囲む。

 少し緊張した面持ちの父とシリウスが、リラックスムードの隣国の国王と私とまるで対照的で、少しおかしくなる。

 もしかしたら父は周りの緊張を解す為にわざとそう振る舞っているだけかもしれないが、少し会話を振った方がいいだろう。


「そういえばお父様は、若い頃この国に何度か来たことがあるとお伺いしましたが」

「ああ、先王が存命だった頃だな。国王陛下はまだ学生でしたかな」


 私が軽く聞いてみると、父が懐かしそうに話し始めた。


「私が最初に国王陛下にお会いしたのは、私が10歳、国王陛下が5歳くらいの時でしたかな。きっと覚えておられないかと思いますが」

「覚えておりますとも。あれは3月の始めの頃で、この国ではまだ雪の残る時期でした。誰にでも笑顔で和やかに対応する陛下の周囲には常に人が集まり、子供心に『太陽のような方だ』と思いました」


 父は昔からこの調子だったらしい。


「……最後にお伺いしたのは、ちょうど国王陛下と正妃殿の結婚式の時でしたな」

「そうですね。……もう遠い昔のことなのに、なぜかついこの間のことのような気もします」


 遠くを見つめるように隣国の国王が穏やかな表情で言う。

 そこにはもう悲壮感も悔恨も見当たらない。


 ただ、懐かしい甘い思い出をなぞっているだけのようだ。



 お茶の最初のセッティングをしてくれたのは侍女達だったが それを注いでくれたのはシリウスだった。

 この4人の中で私と父はいわゆる来賓、そして客をもてなすのはホスト側の人間だ。

 隣国の国王は会話担当で、お茶の支度はシリウスがするようだ。


 女性ということで、私が手伝うことも可能だが、向こうから何かサインが無い限り、こちらから勝手に動くのは逆に失礼にあたると思い、そのまま父と隣国の国王との会話を横で聞くことにする。


 シリウスが手ずからお茶を入れるのを初めて見たが、思ったよりも慣れた手つきで少しびっくりした。

 そのお茶は華やかな香りがして、口当たりのとても良いものだった。

 まずはそのお茶を褒め、私やシリウスがいくつかの菓子や軽食を軽く摘まみ、父や隣国の国王は唇を湿らす程度に軽いアルコールを楽しんだ。



 その後

「さて」

 と、隣国の国王が口を開いた。


「シリウス、サンドラ王女殿下にこの温室の中を案内してあげるといい」


 これは、国王同士で話があるから二人とも離れろと言うサインだ。

 そして、私とシリウスでも話し合えということだ。


 シリウスにエスコートされて、明るい温室の中をゆっくりと歩く。

 父たちの姿が目の端に映るが、お互い話し声は聞こえない程度離れたところでシリウスが立ち止まる。


「サンドラ、この間のことは―――」

「シリウス、その話はお父様には話してあるから安心して」

「……」


 シリウスは本当はお礼を言おうとしたのかもしれないが、殺されそうになったとはいえ、最近まで兄と信じていた第一王子を私殺されて、その相手にお礼を言うのは筋違いな気がして敢えて遮る。


 責めの言葉なら受け取るけれども、感謝の言葉は受け取れない。

 そもそも、相手がどんな悪党だろうと、人を殺して感謝されるのは好みじゃない。


「君には世話になってばかりだ」


 そう言うシリウスに、目を細めながら返す。


「いいえ、こちらこそあなたに謝らなければならないことが沢山あるわ」

「そんな、俺はそんなこと言ってもらう必要はないと思っている」

「これからのことに対してよ」


 私はシリウスに謝らなければならないことがある。


 ちらりと父の方を向くと、隣国の国王と二人で談笑している様子が見えるが、珍しく父の表情が貼りつけたような笑顔になっている。

 隣国の国王が仕掛けているらしい。

 ではこちらも始めないと。


「シリウス、国を合併するという話は国王陛下から聞いた?」


 側に咲いている大輪の白いユリに顔を寄せて、甘い香りを楽しむふりをしながら視線を合わせないように言う。

 私がこれから口にすることで、シリウスの表情がどう変わるのか見たくないから。


「ああ……、びっくりしたが確かにそれはこの状況下で合理的だ。戦争でどちらかが負けたわけでもなく国同士が合併する話は余り聞いたことが無いが、特にこの国の民にとっては良いことずくめだろう。ただ―――」

「ええ、貴族たちがどう出るかよ」


 国が一つになるということは、二つの国の権力が一か所に纏まるということだ。

 例えば財務卿は一人でいいし、騎士団長も一人でいい。

 権力を奪われると思い込んだ貴族達が、徒党を組んで反乱を起こす可能性がある。

 国全体として見ると利が高いが、現時点で権力を握っている貴族一人一人にとってみれば、自分が保有している権力が誰かに奪われてしまうのではないかと、疑心暗鬼になって暗躍を始めてしまうかもしれない。


 国民にしても、これが体の良い侵略ではないかと勘繰る者も出てくるかもしれない。

 それを防ぐには、その想像を上回る話題を与えてやればいい。



「シリウス、私と結婚するのは嫌かしら」


「……」


 沈黙がこんなに痛いと感じたことは無い。

 顔をシリウスの方に向けないようにしているせいで、ユリの甘い香りに酔いそうだ。



アレク・・・はそれでいいの?」



 シリウスのそのセリフに、思わず弾かれたようにシリウスを見返してしまう。





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