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生まれ変わったら王太子(♀)でした  作者: 月海やっこ
隣国世継ぎ問題乱入編
39/63

赤いバラ

 栗毛の愛馬で船に飛び移るのは賭けだったが、船は思ったよりも安定が良いようで、転覆はしなかったのでよかった。

 せっかく駆け付けたのに、やはり兄王子を目の前で殺されたのがショックだったのか、どこか泣き笑いのような顔のシリウスを安心させるように、にこりと笑って見せる。



 しかし、視線を敵から外した瞬間、敵がこちらに肉薄してくるのが判った。

 剣で受け流し、体勢の崩れた相手の心臓を狙って突く。

 手のひらに肉を貫く感触が伝わってくるが、そのまま軽く捻ってすぐに引く。


 その男が倒れ際にせめてもとマントを掴んだようで、体の動きが阻害される。

 すぐに動けるよう、首元の止め金を外して脱ぎ捨てる。


 とたんに、喧噪と血が流れるこの場には似つかわしくない、真っ白なドレスが翻り、船上の者と川岸にいる者全ての視線と動きを奪う。


 その一瞬の隙に、タン! と船の甲板を蹴り、敵の騎士に肉薄する。

 目を合わせたまますれ違うように横を走り抜けて、レイピアのしなりの効いた剣先で頸動脈を掻き切る。

 狙い違わず動脈を切断できたようで、鮮紅色の血が壊れたシャワーのように吹き出し、私が着ている白いドレスの上に赤いバラのような模様が付く。


 そのまま剣先を振り回して、隣にいるもう一人の首も切る。

 真っ赤なバラが次々と咲き乱れるように、白いドレスが鮮血に染まっていく。


「危ない!」


 勢いをつけて甲板の中央部分まで踏み込んだせいで、私の背後に敵が回ったらしく、シリウスが叫び声をあげながらその剣を受け止めて切り伏せる。


 護衛騎士たちは別の敵に阻まれてこちらに来れないようだ。

 シリウスと背中合わせになりながら敵と対峙する。


 シリウスが厳しい視線を敵に合わせながらも、緊張を解す為に軽口のように言ってくる。


「ほら、どこが『大丈夫』だって言うんだよ」

「じゃあ『大丈夫』になるよう、手伝ってくれるか?」


 背中をシリウスと合わせながら、私もわざと笑いを含んだ声で答える。


 そして敵へ向かって一歩踏み出そうとした時、上空から影が落ちた。


 船は川を下り続けていつの間にか片方の岸に近づいており、すぐ傍に迫った岩場からブルーノが飛び降りるように乗り移ってきた。


「ブルーノ!? どうしてここにいる。全員対岸へ向かえと言ったはずだぞ!」

「悪かったな。俺は騎士になりたてで、命令をよく理解できなかったからな! それに俺はまだ近衛じゃないから、お前の命令に完全服従できないんだよ!」


 ブルーノはこちらを見もしないで、飛び移ってきた勢いそのままに重いキックで相手を沈める。


「ここは私がいれば大丈夫だ!」

「お前の『大丈夫』ほど当てにならないものは無い。それこそ昔からな! 大体こんな乱戦は得意じゃないだろう!?」


 確かに。

 王太子である私が乱戦に巻き込まれることは想定していない為、乱戦の訓練は殆どやっていない。


「シリウスを助けたいんだろう? それなら一緒に船の先頭にでも行って、前から来る敵だけ相手をしていろ」


 ブルーノがそう言って、最近使い始めた幅広のしなりの強い長剣を抜く。

 ブルーノの母君の祖国でよく使われている形の剣だそうで、殺傷能力の高い物だが振るうのにコツを必要とするらしい。


「ここは俺が引き受けた。シリウスも、俺に近づくと危ないぞ!」


 甲板の中央でブルーノが、ダン! と足を踏み込み大きな曲刀を舞うように閃かせれば、揺れる船が更に大きく震動する。


 一対一ではなく、多対一を想定した動き。

 前世の映画で見た、アラビアンナイトの魔人のようだ。


 その褐色の旋風から逃れた者を、私とシリウスで倒していく。

 ブルーノに言われた通り、私のレイピアは前から来た敵には強いが、囲まれた時に対応しにくいという欠点がある。



 抵抗を続ける最後の一人をブルーノの曲刀が切った時、緊張が解けたせいか皆その場に崩れるように座り込みそうになった。

 必死で船が浅瀬に乗り上げないように操舵していた船頭はもう気絶寸前だったが、私の声にはっと正気を取り戻したようだった。


「この船を皆の居る所まで戻してほしいのだが、船を引く馬はいるか?」

「あ……へいっ! 馬は船着き場にしかいないのですが、今は下流からの風が吹いているので帆を張って櫂でこげばすぐに戻れます」


 船頭はそう言って、倒れている騎士たちの合間をおそるおそる通りながらも、てきぱきと帆を上げていく。

 すると言った通り下流からの風を受け、船が遡上し始めた。


 そんなに離れていなかったようで、しばらくしたら襲撃された場所まで戻ってくることができた。

 川を遡上する間は、まだ生きている敵の騎士達の傷を手当をした上で、逃げ出さないよう縛り上げていた。

 船から落ちた者達は、川岸に残っていた近衛騎士達と、賊を倒してこちらに合流してきた馬車組で確保していた。


 第一王子の死体の側には、ずっとシリウスがついていた。



---------------------

 第一王子に連れてこられた若い騎士たちは、近衛騎士たちから剣を向けられて国王の旗の元に集められていた。

 その数15騎。

 年配の者はおらず、見習い騎士までいるようだ。


 第一王子はシリウスを殺害した後、シリウスを殺すことを最初から知っていた15名の騎士達に、この若い騎士達の口封じをさせるつもりだったのだろう。

 そして私を傷つける予定だった暴漢がこちらにも現れたことにするか、シリウスの護衛騎士が反乱を起こしたことにするか。


 証人が全員死んでいるなら、何とでも言えるからな。


 若い騎士達は、自国の第一王子と第二王子の殺し合いを目撃してしまったことと、自分たちが害そうとしていた者が第二王子だったことを知って、今度は私達に消されるのではないかと思っているらしく、真っ青になって震えている。


 シリウスの方を見ると、これ以上の殺生は望んでいないようだ。

 確かに、巻き込まれただけの若い命を散らさせるのは惜しい。


 シリウスはまだ第一王子の亡骸を痛まし気に見ている。


 第一王子を逆賊に仕立てあげるのはたやすい。

 そもそもそれが真実なのだから。

 ただし、この事実が国内へ広まると王族への信頼が失墜する可能性が高い。


 国を合併するとなると、これから政治も経済も混乱が生じる可能性が高い。

 その時、王族へ向けられる民からの信頼は大切だ。


 さっき投げ捨てたマントをもう一度羽織って言う。

 このマントには、どうやらそれなりの権威がついているらしい。


「第一王子はその身を挺して、第二王子であるシリウスを暴漢の矢から庇い、名誉の死に至った。それでよろしいな?」


 私の提示した落としどころに、シリウスを守っていた護衛騎士たちは少し不満そうだったが、近衛騎士たちもシリウスも納得したようだ。


 ただ、膿は出しておかないとな。


 若い騎士たちへ問う。


「お前たちをここへ寄越したのは誰だ?」

「き……騎士団長殿です」


「暴漢を率いたのは騎士団長である可能性が高い。急ぎ城に戻り、騎士団長とその協力者を確保せよ! それにてこの件は不問とする!」

「はっ!」


 命拾いしたことを理解した若い騎士たちは、慌てて騎乗して証言用にシリウスの護衛騎士2人、私に付いてきていた近衛騎士2人と共に王宮へ戻っていく。


 シリウスと私は残りの騎士達とこの場を片付けることにする。

 戦闘の途中で船から落とされた者も全員引き上げて捕縛してあるが逃げ出さないようにして、私達との戦闘で亡くなった者は、通常の騎士用のマントで丁寧に包んでいる。


 第一王子の死体は私の射た矢を抜き取り回収した上で、やはり丁寧に包む。


 一撃だったので、きっとそんなに苦しまずに逝けただろう。

 その穏やかな表情を見ると、自分に何が起こったのか理解できないまま死んだのかもしれない。



 第一王子とシリウスを襲った『賊』は、第一王子に連れられてきた逆賊の騎士たちの仕業、ということになる予定だ。

 今命を拾ったこの騎士達も、城に戻れば投獄されて碌な裁判も受けられず断罪されることだろう。

 もっとも、もしシリウスが死んでいたら、全て私たちのせいにされ、開戦のきっかけとなっていたかもしれない。


 彼らには、彼らが掲げようとしていた第一王子を名誉の戦死として後世に語り継ぐことで納得してもらおう。


 それと早期の情報操作が必要だ。


「シリウスもこれが終わったら急ぎ王宮へ戻り、国王陛下と相談してくれ。これを機に城内の粛清を行うと言っていた。その最終的なストーリーを纏めて、わが国の印刷技術で大量に号外新聞を出す」

「新聞?」

「ああ、いくら粛清するといっても、全員を炙り出すことは難しいだろう。それならば国民を味方につけた方が勝ちだ。情報戦だよ」


 第一王子に王族の血が流れていないということを、国王は公にするつもりはないだろう。

 そもそもその理由を明らかにしなければならないし、その場合は第一側妃に同情票が集まってしまう可能性がある。

 それに王族のゴシップは国王自体のイメージダウンにつながってしまう。


 それならば第一王子には、死してこの国の為の礎となってもらおう。



 第一王子を殺さずにその剣を止めることは可能だった。

 だがそれは最善でなはい。


 第一王子が生きていると、この国は割れてしまう。

 既に権力や人々の思惑がこの第一王子に結びついてしまっている。

 それらを全て断つには、第一王子の存在自体を消さなければならない。



 殺そうとしていたシリウスを、逆に庇って死んだことにされる第一王子。


 掛けられていたマントを持ち上げると、まだ第一王子の眼は開いたまま虚空を見つめていた。

 それをそっと閉じながら小さく告げる。


「恨むなら、私を恨むがいい」



 第一王子という、誰よりも王位に近く、そして誰よりも遠かった者。

 そして誰からも真に愛されることのなかった王子。



 あの子爵令嬢が真に第一王子を愛していたのならば。

 第一側妃が最初から第一王子に全てを告げて、継承権を放棄させていれば。

 国王が、たとえ王族の血を引いていなくとも、シリウスを補佐する立場の者として第一王子を育てていれば。


 シリウスでなく、第一王子が我が国へ留学してきて私や他の者たちと出会い仲良く出来ていれば。



 全て、『もしも』でしかないけれども。






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