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生まれ変わったら王太子(♀)でした  作者: 月海やっこ
隣国世継ぎ問題乱入編
36/63

罠を張る

 たっぷり10秒以上はぽかんとした国王に、信じてもらえたかと礼を戻して視線を合わせると、呆然としていた国王が、腹の底からこみあげてきたと思しき笑い声をあげた。


「あはははは! 傑作だ!!」


 それからしばらく国王は涙まで流しながら笑い続け、その発作がやっと収まったかと思えば、こちらを射抜かんばかりの目線で問いかけてきた。


「貴殿の本当の目的はなんだ?」

「この世に平和と繁栄を」


 私の答えにまた笑いの発作がぶりかえしたようで、一しきり笑い転げたあと、上機嫌で国王が言う。


「こんなに心の底から楽しいと思ったことは正妃がまだ生きていた時以来かもしれない。褒美にこの国くれてやる、と言いたいところだが、いくら私でも無事で渡せるか判らないぞ」

「いただくのではなく『合併』ですよ。でもまずは毒虫を駆除する必要がありますね」


『眠れる獅子』には、寝たふりをしつつ目を覚ましてもらわなければ。


「私がアレクだと信じて頂けるのですか?」

「もちろんだ。貴殿が私にわざわざこんなリスクの高い嘘を言う必要が無いし、貴殿の父王が手放さない理由も判る。ちなみにこのことはシリウスは知っているのかね?」

「知らないはずです」

「そうか、私の方からもさりげなく確認しておくが、そのつもりで行動することにしよう」


 時々気になる言動はするけれども、まさかアレクとサンドラが同一人物だとは思っていないはず。

 そのはずだ。


「それにしても―――」

「何か?」


 国王がまだ頬に笑いを残したまま、何か合点がいったように口にする。


「皆が貴殿に夢中になる理由が少し分かった。女性にしては強く、男性にしては色気がありすぎる。そしてそれが男達の征服欲を刺激するのだろう。全く、道を違える者が出るのも理解できる」

「そうでしょうか? 私にはよく分からないのですが……」

「まあ、分からなければそれでいい」


 そう言って国王はまた喉で笑っている。


「ところで国王陛下にはしていただきたいことがございます」

「なんだ? ここまできたら何でもしてみせようじゃないか」


 楽しげに、自ら酒を注いだグラスをこちらに乾杯するように掲げながら聞いてくる。


「どうぞ『餌』になっていただきたく」



 国王が餌なら、これ以上ないくらい大物がかかるはずだ。



 私の『お願い』に、国王がまた楽しげな笑い声を響かせたのは言うまでもない。



----------------------


 翌日王宮では、サンドラが夜中、徹底的に人払いされた国王の執務室へ呼ばれたという噂でもちきりだった。

 交渉は成立したので、国王へ依頼して私が夜中に国王の元へ訪れたことを広めて欲しいと伝えておいたのだ。

 真偽を確認しに来た勇気ある貴族達に向かい、国王が上機嫌で言った


「女性とは色々な顔を持つのだな、ひさしぶりに楽しめた」


 というセリフに、王宮内では様々な憶測が飛び交う事態となった。



----------------------


 国王の執務室から帰った時、ブルーノがちょうどこちらの部屋を訪ねてきていて、化粧を落とした私を見て驚いたようにしていた。


「ア……アレク!? なんでここに」

「何を言っているのブルーノ、アレクお兄様は国に残っていらっしゃるわ。私はサンドラよ」

「え……でも、その瞳の色…」


 まだ瞳の色を青緑のままにしていたことを忘れていた。

 慌てて目を瞑り、緊張と攻撃のイメージを高めて、パチリと再度目を開けてブルーノを見る。

 もう緋色に変わっているはずだ。


「瞳の色がどうかしましたか?」

「あれ?……そうか…そうだよな。すまない、俺の見間違いだったらしい。しかし、アレクとサンドラって本当に似ているよな」


 フードは被ったままで目の色も緋色にしてあるが、先ほどまでアレクとして国王と話していたのでその雰囲気を嗅ぎ取ったのだろう。

 ブルーノはアレクとサンドラが同一であることを本能で気付きかけているのだろう。

 ただそれを、常識の部分で否定している。


 近衛試験に受かる前だが、話すべきかどうか迷うところだ。


「夜会の方はどうでしたか?」

「ああ、国王とサンドラが退出してからは皆興味津々でサンドラの様子を聞かれたぜ。とりあえず言われた通り『味方には優しく、敵には厳しいところがある』とだけ言っておいたから。それとどちらにつくか迷っている貴族には、シリウスが懐柔していたぜ」

「ありがとうございます」


 中立派の取り込みは、シリウスに任せておいて問題ないだろう。



-----------------------------

 翌朝、第一王子が子爵令嬢を監禁したらしいという話を聞いた。


 第一王子のやりように反発を覚えた取り巻き達が、子爵令嬢をすぐに解放するように言い募り、今や醜い罵り合いに発展している。


 これで子爵令嬢の行動範囲も狭められるし、第一王子の人望も落とすことができたので一石二鳥だ。


 ずっと暗部の者に子爵令嬢の様子を監視させていたが、第一王子に監禁される直前まで、山脈の向こう側の国の者と連絡を取り合っていたそうだ。

 子爵令嬢には、自分が山脈の向こう側の国の間者である、という認識はないかもしれない。

 おそらく王妃になりたいだけで、そこを利用されているのだろう。


 山脈の向こう側の国は、開戦派へ『自分達が協力する』という鼻薬をかがせて第一王子を扇動し、我が国と開戦した時の混乱に乗じて、この国と我が国に雪崩れ込んでくる予定だったのだろう。


 私が山脈の向こう側の国なら、目の前に喧嘩しているひよこが二羽いたら、両方とも捕まえておいしくいただくだろうから。


 監禁された子爵令嬢を影から見張らせていたら、第一王子へこんなことを言っていたらしい。

「シリウスがいたら第一王子様は王太子になれないかもしれないのでしょう? そうしたら私がここに閉じ込められる理由にならないんじゃないかしら。貴方が王太子になれないのなら、私は他の方に嫁ぐわ」


 子爵令嬢は監禁場所から出たい一心で言ったのかもしれないが、それを聞いた第一王子は子爵令嬢を手に入れる為に何が何でもシリウスを排除しようと動くだろう。



 それとは別に、宰相派は私が正妃に収まるかもしれないと想像しているから、私を排除しにかかるだろう。

 国王には、この国内の情勢とこれから起きる騒動を見て、残す者、切り捨てる者を見分けていてもらえればいい。



 明日には私はこの国を出る。

 シリウスも一時帰国という扱いなので同時に出立する。

 おそらく奴等が仕掛けるのは、我が国への移動の間。


 逃げていく獲物には条件反射のように食いつくのが獣の習性だから。




-----------------------

 翌日、シリウスから相談したいことがあるという伝言を受けた。

 昨日の夜会の報告と、明日の帰路ルートについてとのことだ。


 私の客室で話せばいいかと思ったが、城の別の場所へと呼び出される。

 どうやら、私の侍女達にもできれば聞かれたくないらしい。


「呼び出してしまってすまない。ここがこの城で一番安全な場所なんだ」


 そこは国王が正妃を亡くした後、しばらくの間閉じこもっていたという王宮の離れに建てられた落ち着いた建物だった。

 そして、シリウスの母親と国王が出会った場所でもあるらしい。


 離宮の周囲には立派な白バラが咲き乱れ、今でも人の手が入り丁寧に管理されているのが判る。


「この場所は俺が幼少の頃母上と過ごしていた場所だ。母上が亡くなった時に、抜け穴や隠し通路等を徹底的にチェックして、今でも私がこの国へ一時帰国する時にはこの離宮を使っているんだ。ここの使用人たちは全員父と俺に対して忠誠を尽くしてくれている」


 唯一の世継ぎが、本宮では命の危険があるからと、離宮暮らしを余儀なくされるとは。


 建物の中には入らず、庭園の一角のベンチに座る。

 周囲が開けており身を隠す場所も無いので、逆に秘密の話をする時には安心だそうだ。

 白バラとシリウスの銀髪がよく合っている。


「それで、今日はどういった要件ですか?」

「……昨夜の父上との話も確認しておきたいが、それよりも明日の帰路の話だ。サンドラは明日の帰路は陸路を使うと聞いたが、俺は川のルートから行こうと思っている」

「一緒に陸路では行かないのですか?」


 シリウスが慎重に言葉を選びながら言う。


「きっと、この帰路で私が狙われる確率が高い。それにサンドラを巻き込みたくない。もしかして君にも襲撃があるかもしれないけれども、命を狙われるまではないだろう」

「それを聞いて私がシリウスと別ルートをとるとお思いですか?」


 シリウスが確信を持ったように、こちらを真っ直ぐに見つめながら言う。


「思うね。君は何があっても死んではだめな人間だろう?」

「……それを言うなら、あなたも、ではないですか」

「そうかもね、俺だってむざむざ殺される気は無いが、そこに君を巻き込むわけにはいかない」


 どうあっても譲れないという様子のシリウスを見て一つため息をつき、ルートについては了承する。


 スタート地点で二手に分かれるというのは、敵の勢力を分散させるという意味でも有効だろう、と、とりあえず自らを納得させる。


 用事はそれだけだったようで、ルートについて近衛の者達へ伝える為に戻ろうとすると、シリウスが

「そういえば…」

 と、聞かずにはいられないように、おそるおそる口にしてきた。


「昨夜父上との間で何があったのか、だけれど―――」


 視線までこちらから逸らして、いかにも『興味はありません』というアピールをしながらの問いに、逆に笑みが漏れそうになる。


 もしかして、私に国王の手が付いたかもしれない、という噂を心配しているのか。


 物のついでのような聞き方だが、気になって仕方ないという様子に悪戯心が湧いてくる。


「『ご想像の通り』と答えたらどうしますか?」

「……」


 澄まして聞き返してみれば、シリウスの表情が固くなるのが面白くて、ついくすくす笑いながら聞いてみる。


「シリウス、よろしければ今何を想像したのか教えていただける?」


 楽しそうな私の様子を見て、シリウスが苦々しげに言ってくる。


「……本当に君は猫みたいだな。そういう獲物をいたぶるような所もね。もしくはジルの言うとおり『悪役令嬢』か」

「心外だわ、こんな心優しい悪役がいるものですか」


『悪役令嬢』といえば、第一王子や子爵令嬢から見たら、これから私が起こそうとしている行動も全て『悪役』のように映るかもしれないけれど。

 所詮どこに主眼を置くかで、善も悪も変わってくるのだ。


 それに私のことで焦るシリウスなんて珍しいからつい、ね。


 だってシリウスは皆と違って、私に興味がなさそうに見えるのに、こんな時だけ気にしている素振りをするからおもしろくて。



 追われるのは苦手だけど、追うのは楽しいものだ。




-----------------

 翌日、国王へ退去の挨拶をする。


「この度はご招待いただきありがとうございました。特に一緒に踊っていただけましたこと、私の一生の思い出になるでしょう」

「こちらこそ有意義な時間を過ごさせてもらった。一生の思い出と言わず、こちらこそまた一緒にダンスを楽しみたいものだ」

「過分のお言葉ありがとうございます」


 そう言って楽しげに目くばせし合う国王と私は、周りの者にさぞ必要以上に親密に見えたことだろう。


「国境までは我が腹心の部下達を護衛として同行させたいと思うが問題ないか?」

「はい、お心遣いありがとうございます」


 国王も、開戦派が仕掛けるならこの帰路だと予測をつけているのだろう。

 しかも国王の腹心というならば、その腕と素性は保証されているはずだ。


 馬車の後ろについた彼らは、長い筒状の物を持っていた。

 槍か何かと聞いてみるが、武器ではないとのこと。


「もしもの時に使うよう、国王陛下より言いつかっておりますので、どうぞお気になさらず」


 そう言って大事そうに抱えている。

 移動に邪魔になるわけでもなさそうなので問題ないだろう。




 出発前にシリウスと会う。

「サンドラ、道中気を付けて」

「シリウスこそ、川での移動は馬車より早く我が国に着くと思いますが、お気をつけて」


 シリウスは襲撃に備えてそれなりの準備はしてあるようだが、第一王子がどれだけの数を用意して襲撃してくるのかまだ判らないし、船に乗せるための護衛の数にも限界があるだろう。


 私には国より別途ついてきている近衛の他の部隊も暗部の者もいる。

 今回不利なのは、逃げ場のない船の行程を選んだシリウスの方だ。



 権力に目が眩んだ騎士団長と宰相は、王族の血を引いていない者が王になることに全く躊躇していないようだ。


 国王自らが納得しての譲位ならともかく、その行為は王位の簒奪に他ならない。



-----------------

 馬車を出発させて王都を抜け、最初の村の宿屋に寄ることを告げると、ブルーノが驚いたように聞いてくる。


「さっき出発したばかりなのにもう休憩か!?」

「いえ、ここでは他の者と合流します」

「他の者って……」


 私達が宿屋へ到着したのを見て、店主が裏へ回るように教えてくれた。

 馬車ごと裏へ回すと、そこには私たちより遅く出立しこの国に潜伏していた、近衛の者達が待っていた。


「これは一体……」


 唖然とした様子のブルーノに説明しようとした時、王都の様子を見るために残っていた暗部の者が、その場に滑り込むように馬で乗り入れてきた。

 相当急いできたのか、馬が荒い息をしている。


「報告いたします! 先ほど王宮より第一王子他が出立しました。その数30騎、川の方に向かったと思われます!」


 それを聞いて直ちに動き出そうとしたところへ、我が国許の方から栗毛色の馬を一頭縄で繋いだ騎馬が駆けてきた。


「殿下! 間に合って何よりです、愛馬をお連れしました。また、このすぐ先の街道沿いに身元を隠すように賊が潜んでおりました。その数約15!」




 さて、今回『獲物』になるのは私と奴等と、どちらになるのか。





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