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生まれ変わったら王太子(♀)でした  作者: 月海やっこ
隣国世継ぎ問題乱入編
34/63

昔話(隣国の国王視点)

 夜会には最後までおらず、早々に執務室へ引き上げることにする。

 あの姫もしばらくしたら来るだろうから、人払いを徹底的にする。


 サンドラ姫は『居室』と言ったが、後々面倒なことになるといけないので、執務室くらいがちょうどいいだろう。

 うっかり寝室に連れ込んでしまったら、今度は私がシリウスに殺されてしまうかもしれないからな。


 シリウスがあの姫のことを気にかけていることは一目で判った。

 おそらく姫当人には悟られないようにしているのだろう。


 思わず笑みが漏れる。


 あの姫は面白い。

 可憐な花かと思ったら、鋭い棘どころか、剣まで持っていそうだ。

 何を思って私を誘ったか。


 シリウスは第一王子を中心とした開戦派を抑えようとしているが、あの姫はこの国の膿ごと絞り出そうとしている。

 シリウスと協力関係にあるのかと思ったが、そうでもないらしい。


 シリウスが広げた包囲網よりも、もっと大きな網を張っているようだ。

 それも当然か、シリウスは隣国を拠点にシリウス個人の人望のみで動いているが、どうやら隣国は王宮が中心になって組織的にこちらの情勢を掴みに来ているようだ。


 あの情報収集能力と経済力と組織だった騎士団の力。

 もし隣国と戦争することになったら、この国はあっという間に潰されることだろう。

 開戦派にはそれが判らないのだ。


 開戦前にシリウスだけでもこの国から逃がしてやりたいと思い、隣国に縁をつける為に、サンドラ姫との婚約の話をもちかけた。

 シリウスにだけ、サンドラ姫の婚約者として名乗りを上げさせてしまうと、シリウスを隣国へ逃がそうという私の目論見がばれてしまうため『王太子との婚約』という曖昧な言い方での依頼になってしまったが、今回サンドラ姫自身がこの国に来てくれたのは私にとってよかった。


 姫が第一王子を選ぶことはありえないだろう。

 それなら『姫自身の意志でシリウスを選んだ』という体裁が整う。


 最も『姫は誰も選ばない』のなら、この策自体がなりたたないが、それは仕方のないこととあきらめるしかないだろう。

 あの姫は自ら望んだものでない限り、手元に置こうとはしないだろう。


 ……隣国の王族の情報も収集しているが、サンドラ姫とアレク王子が恋仲にあるらしい、という不確かな情報も入ってきている。

 しかもアレク王子と公爵子息が恋仲だ、という噂まである。

 それにアレク王子とシリウスももしかしたら……、という話まで入ってきており、何が真実なのか全くわからない。

 いくら命令系統が混乱しかけているこの国の組織でも、隣国の情報がこれほど錯綜する理由が判らない。


 その全ての中心にはアレク王子がいる。


『完璧な王太子』と国中から慕われている彼。


 この夜会には彼を呼んで、その素顔や意図を確認したかったが、今は病床らしいので残念だ。



 夜会の時のサンドラ姫の羽のようなドレスを思い出す。

 あの型のドレスは昔、正妃が自らデザインして作らせたものだ。

 私とダンスを踊ってリフトされた時に、まるで飛んでいるように見えるからと。


 正妃が亡くなってからは、あの型のドレスを着る者はいなくなった。

 後から判ったが、第一側妃が国中の仕立て屋にひそかに圧力をかけていたらしい。

 サンドラ姫はあのドレスを隣国から持ってきたらしいから関係ないようだったがな。



 子供の頃に正妃との婚約が決まった時には、正妃の父親が宰相をしていた。

 しかし正妃が14歳の頃に彼女の父親が急死した。

 そして今の宰相がその地位にとってかわった。

 正妃の家は父親がいなくなりいくらか力は削がれたが、王妃になるのは問題ないと父に判断され婚約破棄されることはなかった。


 そもそも私自身が正妃以外と結婚するなんて考えられなかったということもある。



 正妃は優しい娘だった。

 棘を持たず、人を疑うことを知らず、真っ直ぐな人だった。

 子供の頃からそんな彼女の側にいるのが大好きだった。

 笑顔も泣き顔も怒った顔も、声も顔も体も考え方も、全部、全部大好きだった。


 正妃がいなくなったのに耐えられず壊れかけていた私を支えてくれたのが、侍女として城へ出仕していた伯爵家の次女だった。

 正妃とは違ったが、彼女が側にいてくれると、ほっと息ができるようになった。

 彼女に支えられてなんとか表舞台に戻ってくることができたのだ。


 どれだけ癒されたか判らない。

 だからこそ彼女を第二側妃にしたのに、それが彼女を不幸にしてしまった。



 第一側妃は恐ろしい女だ。

 今でも忘れられない、正妃の葬儀の時ハンカチで顔を隠すようにしながら、第一側妃は笑っていたのだ。


 楽しそうに、嬉しそうに。


 最初は見間違いだと思った。

 第一側妃は正妃と仲がいいと思っていたから。

 でもその恐ろしい笑顔が頭から離れず、つい第二側妃の方にばかり足が向いていた。


 王子達の所には平等に顔を出すようにはしていた。

 子供に罪は無いのだから。

 でも、どうしても第一王子を心の底から愛することはできなかった。


 彼は王族ではないのだから。


 正妃以外の女を抱くことなど当時の私には考えられなかった。

 そこで催眠効果のある薬を用意させて、第一側妃にはそれを飲ませて『私に抱かれた』という暗示を適当にかけてやっただけだ。


 実際の第一王子の父親は、側妃に私の手が付いていなかったのを知り仰天したことだろう。

 側妃は何も言ってこなかった。

 なぜそれが分かったのか、声高に説明することなど出来ないのだから。


 乾いた笑いが漏れそうになる。


 今にして思えば、私も大概ひどい男だな。


 当初は第一王子を王太子にするにはどうすればいいか、考えたこともあった。

 異母兄弟なら結婚することができるので、シリウスがもし女として生まれてきたら、第一王子と婚姻を結ばせることが出来たかもしれないが、そうはならなかった。


 なので、せめて第二側妃に王女が生まれればと思ったが、その前にあの襲撃が起きた。

 第二側妃は身重であり、死んだ後医師が確認したところ、お腹にいた赤子は女だった。


 王女が無事生まれていれば第一王子と結婚して、第一王子が王太子になる可能性もあったが、もうそれもない。


 第二側妃の葬儀の時に第一側妃が気になりこっそり見ていたら、やはり楽し気に笑っていた。


 第二側妃が亡くなり、すぐに父もいなくなった。

 父が夜寝る前によく飲んでいたお茶は、遅効性の毒を薄めたものが混ぜられていたのだ。

 一口飲んだだけでは分からないし、毒見係は複数名いる。

 父はその毒入りのお茶を何年も飲み続けて、体の中に毒を蓄積されていたのだ。


 全てが側妃の仕業とまでは思わないが、それが判ってから私は誰も愛することができなくなってしまった。


 それからは、第一王子に厳しく教育を受けさせようとする気は無くなった。

 今思えば、それも私の間違いだったのだろう。


 シリウスにも構いすぎると、今度はシリウスが危険な目にあってしまうかもしれない。


 接するのは最小限にして、できるだけ早くこの国から出すのがシリウスの安全の為と判断した。




 あの姫はこの国を変えることができるのだろうか。

 この凝り固まった、怨念しかないこの国を。



 ダンスは楽しく踊るのが一番、と言った姫。

 全く同じことを正妃も生前言っていたな。


 楽しく踊れないダンスなど踊る意味もない。

 正妃や第二側妃、父上がまだ生きている間は、第一側妃と踊ることは幾度かあった。

 しかしもう決して第一側妃と踊ることはないだろう。


 踊るとしたら、死出の舞いだな。




 シリウスには政略の為の婚姻を結んでほしくないとは思うが、サンドラ姫のことを好きらしいから大丈夫だろう。

 まあ、シリウスがサンドラ姫を射止められるかどうかはまだ判らないがな。


 もしシリウスが射止められないようなら代わりに私が射止めてもいいかもな、と冗談交じりに考えるが、夜会の時の二人の様子を思い出して笑みがこぼれそうになる。


 サンドラ姫は扱いが難しいらしい。

 自分に向けられる恋情を避けているようにも見える。

 私に対して警戒心が薄いのも、私がサンドラ姫を恋愛の対象として見ていないのに気づいているからだろう。


 シリウスは猫を怯えさせないように外堀から埋めていく作戦のようだ。

 サンドラ姫は自らの評判や感情は二の次で、国にとって利になるかどうかで行動している。

 その為、サンドラ姫を手に入れようと思ったら、自分との婚姻がこの国と隣国の利になると提示しなければならない。


 それも、相手への恋情を悟られないように。


 これは難しそうだ。



 サンドラ姫は数年前まで平民として暮らしていたと聞くが、どんなに調べさせてもそれ以上詳しいことが出てこない。


 生まれながらの王族でなければ、自己を律してそこまで国の為に尽くそうという精神は育まれないはずだ。

 それに王族の血の話も、さも当然といった様子だった。


 産まれた時から王太子教育を施されているアレク王子ならまだしも、サンドラ姫は一体何者だ?



その時、信頼のおける執事が執務室のドアをノックして告げる。


「サンドラ王女殿下が参られました」


 それは、彼女から直接聞くことにしよう。





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