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生まれ変わったら王太子(♀)でした  作者: 月海やっこ
王太子=悪役令嬢編
3/63

高等部入学

 今日は高等部入学式だ。

 新入生代表としての挨拶があるのでアレクとして参加することにした。

 壇上から皆を見渡すと、知っている顔もあれば初めてみる顔もある。


 いとこである公爵子息のベリルは高等部に上がり、私より少し背が高くなったくらいでやはり顔立ち自体が似ている。

 しかし私は卒業後のことも考えてここ一年間程髪を伸ばしており、ようやく肩につくかどうかというくらいの髪の長さになった。

 令嬢としては短すぎるのでサンドラの時は相変わらず鬘を使っているが、アレクの時は青の細いリボンで軽く一つに結ぶようにしている。

 結ぶには長さが足りない髪が顔の両脇に落ちてきているが、軽くかき上げれば邪魔にはならない。

 それにベリルとは髪の長さの違いもあり、最近では間違えられることは無くなった。


 ベリルの隣にいるのは、近衛団長の子息であるブルーノだ。

 最近急に背が伸びてきたようで、しなやかな体躯に滑らかな褐色の肌が人目を惹いている。

 女生徒達からの人気も高いようで、向けられる視線に肉食獣のような金茶色の瞳でウィンクを返している。


 ブルーノの反対側には隣国からの留学生として第二王子のシリウスが座っている。

 中等部の時だけこの国にいるのだと思っていたら、どうやら隣国であるシリウスの国元から延長指示が出たらしく、高等部もこの国にいることになったらしい。

 お隣の国には第一王子がいるがどうやら王宮内部の権力争いが激化しているらしく、まだ王が王太子選定を行っていない状態だ。

 隣国としては政情が早く安定して欲しいところだ。


 あとは、そのシリウスの隣に陣取りながらこちらに熱い視線を寄越しているジル。

 どうやら彼女は子供の頃から前世の記憶を持っているらしいが、めんどくさいので聞いていない。

 中等部の時にサンドラで脅し過ぎたせいか、今ではすっかりおとなしくなっているが、時々

「今はまだその時ではない……!」

 とぶつぶつつぶやいているが、特に危害を加えてくることは無い。


 ただアレクに対しては手作りクッキーとか他にも色々持って押しかけてくるが、私は基本的に学園の料理人が調理したもの以外で毒見していない物は口にしていけないことになっているので、その場では笑顔で受け取るだけにしている。

 毒見が終わった物は少し口に運ぶこともあるけれど、さすがに自分でヒロイン(?)と言うだけのことはありなかなかおいしい。



-----------------------------


 式が終わって教室へ入ると、シリウスがいた。

 どうやら今年はシリウスと同じクラスらしい。


「やあ、同じクラスらしいね、一年間どうぞよろしく」


 そう言って軽く手を挙げて挨拶すると、シリウスが一瞬躊躇しながらも笑顔を作って挨拶してくれる。


 やはりシリウスはアレク相手だとどうも緊張しているらしい。

 サンドラの時と余りにも態度が違うのだ。


 なんでだろう、サンドラの時の方が殴ったりしているのに。

 もしかして本当に新しい世界に目覚めてしまったのだろうか……。


 仲良くなるためにはアレクの姿でも殴った方がいいのだろうか。

 でもサンドラは『手を出されそうになった』という正当防衛が通じるが、理由も無く王太子(わたし)が隣国の第二王子を殴ると国際問題になりそうだ。


 はっ! アレクの姿の時にもシリウスが手を出そうとすれば正当防衛が成立するのか。

 いやいや、それでは私が本当は女性であることが隣国にばれてしまう為却下だ。


 シリウスには申し訳ないが、サンドラのパンチで満足してもらうことにしよう。

 今度はヒールで踏むのも追加した方がいいのだろうか。

 気は進まないが、友好のためには仕方ない。


 そんなことを思っていたら、きょろきょろとクラスのメンバーを見渡しながらシリウスが少し心配そうに尋ねてきた。


「アレク、サンドラはどうしたんだ? もしかして体調が優れないとか……」

「まあそんなところかな、大したことないんだけど、今日は入学式だけだし大事をとってね」


 アレクとサンドラは一緒に出席できないからね。


「そうか、大したことがないようならよかった。……お見舞いに行ってもいいかな?」


 少し迷いながらシリウスが口にするが、それは困る。

 せっかく学園に来たのだから、今日は一日アレクとしてやっておくべきことを済ませておきたい。


「本当に大したことないから、ゆっくりしていれば明日にはすぐ治ると思うよ。それにシリウスがお見舞いに行ったら、きっとサンドラも緊張してゆっくり休めないかもしれないしね」


「え? どうしてだ?」

「そりゃあ、サンドラがシリウスのことを気にしているからだろう」


 何しろ隣国の第二王子だ。

 一度殴ったこともあったし今後も求められれば殴ること自体はやぶさかではないが、間違っても国際問題に発展しないよう注意が必要だ。


 全く、特殊性癖を持つ友人へのおもてなしがこんなに大変だとは。

 気苦労が絶えないとはこのことだな。


「……気にしてるって…」


 私のそんな気苦労も知らず、なぜかシリウスは少し顔を赤らめてプツプツ言って、自分の世界に入ってしまったようだ。


 とりあえずこの状態になったシリウスは、何を言っても耳に入ってきていないようなので放っておいた方がいいということをこの3年で学んだ。


 父から聞いたところによると、隣国の王は穏健派なのだが第一王子が開戦派で軍関係を味方につけているらしく、今シリウスが国元に戻ると暗殺されてしまう可能性が高いらしい。


 隣国には海が無く、三方を険しい山脈に囲まれておりこの国と大きな平地を境にしている。

 隣国の背後にある山を源流とした大きな川がこの二国を通って海に注いでおり、隣国との主要な交通はその緩やかで大きな川を使った船になる。

 隣国は山脈から採れる木材や鉱石採掘を主な産業としており、川を伝い我が国の港から他国へ輸出している。

 我が国の主な産業は、広大な平地を利用した農業だ。

 最近はその上、隣国で採れた鉱物を加工してそれを他国へ輸出している。

 私の前世の知識のおかげで、精錬技術や木材を使っての製紙技術が飛躍的に向上したということもある。

 牧歌的な農業国と侮っていた我が国のここ数年での急激な発展に隣国の開戦派が焦りを見せだしているらしい。


 開戦派はこの国の港と技術を欲しており、我が国としては明確に開戦派の立場を表明していないシリウスに、跡目を継いでもらいたいところだ。

 シリウスを狙ったと思しき暗殺者も何回か来ているようだが、私の周囲にシリウスを配置することにより、合法的にシリウスを警護している状況だ。


 でもシリウスはどうもアレク(わたし)の事を好きではないようだ。

 笑顔の裏から、時々にじむような敵意を垣間見ることもあるし。


 しかし私自身はシリウスを結構気に入っている。

 私程度に感情を読まれるということは、まっすぐな部類の人間であるということだ。

 本当に警戒しなければならないのは、一見聖人のように見える人間だしな。


 会社員をしていた前世では、たとえ嫌っている人間ともうまくチームを組まなければならないことはよくあることだった。

 お人好しの父母に育てられたアレクのままではきっと耐えられないかもしれなかったな、と他人事のように思う。


 シリウスには申し訳ないが、私といることに我慢してもらおう。

 こういうのは感情を切り離して、ビジネスライクにいかないと。



 今冷静に思い返してみると、開戦派に火をつけたのはもしかして私が原因か?


 ……まあいい。

 とりあえず私は自分の保身の為に、雑誌の立ち上げをする必要があり、ついでに皆がその雑誌を読めるように、この国の識字率を90%まで上げることが目標だ。


 3年前に、記憶が戻ってすぐに父王を説き伏せ設立させた、平民でも無償で入れる国立の小学校を義務化したのだ。

 そこで読み書きそろばんだけは最低できるようにしてもらった。

 施設は教会に協力を依頼し、先生は商人で読み書きできるものを取り繕ってもらった。

 教会へは他国への布教と協会設立について規制を緩和し、商人へは取り扱い商品について「王室御用達」の銘をつけることを許可した。

 初期投資にはどうしても現金が必要になるが、国庫からの金も限界はあるので、できるだけ現金以外でも最初だけは回せるようにしておいた。


 ここ最近は教育の重要さを理解してくれた諸侯や大商会が増えてきて、国中で協力者が表れてきたところだ。


 見込みのある者を吸い上げて研究所も作りたいところだが、まずは経済を回して先行投資分を刈り取りするべきか。

 隣国と本当に開戦になった場合、どれだけ国力をつけているかが勝敗を決するわけだし。


 もちろん開戦なんてさせないように調整はするつもりだが。

『百戦百勝は善の善なる者に(あら)ず。

 戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり』

 孫子だったかな。


 宰相から地図を見せてもらうと、周辺国でも食い合いが始まろうとしているらしい。

 立地的にはその中央に位置するこの国と隣国は周辺に険しい山脈と海があるせいで周辺国からの侵略は免れている状況だが、この国が隣国と戦争を始めたら、海を回ってつけいってくる国はあるだろう。

 この国の温暖な気候と整備された港はどの国にとっても魅力的に映るらしい。


 私が周辺国の立場なら、隣国と軍事同盟を結び、山側と海側からこの国を挟み撃ちにして広大な平地を隣国と分け合った上で港の使用権は自分に、大きな河川の使用権は隣国に渡すところだな。


 攻め込む側の心理を読めば、対応策も見えてくるというものだ。



 とりあえずはせっかく身の内に入ってきてくれた第二王子を確保しておこう。

 隣国の王が健在である今、穏健派とはうまくやっていくのが最も効率的だ。


「そういえばシリウス、今度サンドラがお茶会を主催したいと言っているのだけれど、もし招待したらお客として来てくれるかな?」

「サンドラ主催のお茶会? 初めてじゃないか」

「ああ、まだ計画中だがシリウスに来てほしがっているようなので、先に聞いておこうと思ってね。私は出席できないのだが、一人でもサンドラに好意を持っていてくれている人が参加してくれた方がいいと思ってね」


 私が出席しないと聞いたせいか、どこかほっとしたような顔をしながら、屈託のない笑顔でシリウスが答える。


「喜んで」


 もちろん今思いついたので計画なんてないが、優秀な王宮の使用人なら内輪(といっても隣国の王族だが)のお茶会程度ならすぐにセッティング可能だろう。


 あとは昼休みの時に他のクラスであるベリル、ブルーノ、ついでに一緒にいたジルにも声をかける。

 その場にいるのに彼女にだけ声をかけないのも不自然だしね。


「あのサンドラがお茶会を? 一体何を企んでいるんだ」


 ベリルが胡散臭そうに言う。

 やはりベリルはいまだにサンドラを警戒しているようだ。


「企みだなんてそんなことないさ。純粋にベリル達にも来てもらいたいと思っているようだよ」

「どうだか」


 憤慨したようなベリルに対して、ブルーノは乗り気のようだ。


「もちろん喜んで行くさ。なあサンドラの好きな花とか知らないか? 手土産代わりに持っていこうと思うんだが」

「サンドラの好きな花?」


 設定していなかったな。

 花ならなんでも好きだが、今の季節ならーーー


「バラかな?」

「そうか! アレクありがとうな」


 私とブルーノのやりとりをシリウスが横でじっと見ていて、何か考えているようだった。

 ベリルも口ではこう言っていても、実際サンドラが誘ったらちゃんと応えてくれるだろうから平気だろう。

 真面目でいい奴なんだ。


「王宮でのお茶会……。こんなイベントは無かったはずだけど、あの悪役令嬢に潰されたイベントの補正に当たるのかしら…」


 ジルは相変わらず自分の世界に入っているようで、何かぶつぶつ言っているがそっとしておこう。


 でもこの娘の『お茶会お呼ばれポーズ』を勉強するにはいい機会か。

 観察させてもらうことにしよう。





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