閑話:創作衝動2
私が任されている、王宮の印刷部門より不思議な話が上がってきた。
なんでも最近城下において王宮監修で出版している本とは別に、王都の商業地区の一角で、本のようなものが、年若い女の子を中心に独自に出回っているらしい。
印刷機械は全て王宮で管理しているため、その本は全て手書きで写本されたものらしい。
写本自体は珍しくなかったのでそのまま流そうと思ったのだが、念のため草部隊がその本を手に入れてきたとのことで念のためパラ見してみたところ、登場人物が実在の人物をモデルにしており、しかも私やシリウス、ベリルの名前まで出てきている。
興味を持ったので一応一通り読んでみたら、いわゆる夢小説だった。
お忍びで城下街に来た私やシリウスやベリル達から、町娘が見初められて求愛されるという筋だ。
町娘の読み物として夢中になる内容なのは理解できる。
こういう独自文化が発生し始めているのはおもしろいと思って他も何かないか探させてみたら、どうやら写本の流行を作るきっかけになった本があるのが判った。
その内容は、アレクが本当は女性でそれを隠して過ごしており、周囲の友人たちとこっそり恋の鞘当てを行っている、というものだった。
王宮から出版している流行の本をモチーフにしているのはすぐに分かった。
ただ、王宮から出しているものは正に私をモチーフにした話だが、わざと名前を別にしてあるのだ。
なぜ女であることを隠しているのにそんなリスクのあることをするのかというと、もし入れ替わりが完了する前までにアレクが女だとバレた時、国民感情が爆発しないようにする為の保険なのだ。
実際、草に国民の意識調査をさせてみたところ「もしアレク様が女でも物語みたいで素敵」と言っている者は多いらしい。
よしよし、うまくいっている。
予想外だったのは、それに派生して『男と女で職を差別するのはおかしい』という風潮が王都では広まってきている。
ちょうどいいので、今度官僚試験をする時には、女性官吏を増やすよう進言してみよう。
学校で勉強を習っている者たちもそろそろ卒業する者も多い、そういった中で有能な者をまずは推薦という形で男女問わず引っ張ることにしよう。
おいおい門戸を広げて受験形式にすれば更に受験生内で切磋琢磨か行われるだろう。
この写本の流行を作るきっかけになった本は、思い切り私やシリウス等の実名を使っている。
気にならないといえば嘘になるが、別に王族を糾弾する内容でもないし、この程度は許容範囲内だ。
内容的にも、まさに『女の子が書いた小説』といった体で、恋愛表現はあるとはいえ18禁でもないしかわいらしいものだ。
それよりも衝動の赴くまま書いたという感じで、その粗削りがお抱えの小説家と違っておもしろい。
これは一度王宮へ呼び出す必要があるな。
今抱えている小説家はおじさんばかりで、流行を作り出す若い女の子の感覚を持つ者が少ないのだ。
という訳で、草が連れてきた女の子とその両親が目の前にいる。
茶色の少しパサついた長い髪を両脇で三つ編みお下げにしていて、茶色い瞳は間違えて罠にかかってしまい途方に暮れている小動物のようにきょろきょろと不安そうにあたりを見回している。
年齢は私と比べてそう変わらないか、少し年下くらいのようだ。
まさにThe町娘といった格好で、今は真っ青な顔でぶるぶる震えている。
隣にその少女の両親が付いてきており、少女を含めて三人とも頭を床に擦りつけるようにして平服している。
その子の家は小さな果物屋を営んでいるようで、今日は店を閉じてきたらしい。
このようなことで王都の店の営業に影響を与えるのは好ましくない、さっさと済ませよう。
謁見用の部屋を使っているので、私は壇上に置かれた椅子に座りながら、進行役に合図をしてまかせることにする。
「面を上げよ」
進行役が重々しく言うと、ぶるぶる震えながら三人が顔を上げる。
「今日お前たちを呼んだのは、この件でだ」
進行係がそう言って、草が手に入れた写本を取り出した。
訳が分からないといった様子の両親と違い、その女の子は青い顔を更に青くして悲鳴のような声を上げた。
「な、なぜそれがここに……!」
今にも気を失ってしまいそうなほど動転しているのが判る。
今日の進行係はいかついおじさんなので、女の子が気絶してしまっては大変だ、私も笑顔で口をはさむことにする。
「これを書いたのはお前か?」
「もももも、申し訳ございません!! 私は打ち首になっても構いませんので、両親は全く知らないこと、両親だけは助けていただけますようお情けを……!」
「あんた一体何やったの!?」
「だって……だってまさかこんなことになるなんて…」
「二人とも黙らないか! 御前だぞ」
父親が泣き喚く母娘を厳しい顔で叱りつける。
「恐れながら申し上げます。娘のしでかしたことは親の責任。お叱りは私たちで受けますが、この子以外の子供たちには何卒お慈悲をかけていただけますよう、伏してお願い申し上げます」
一族郎党打ち首覚悟の見せる父親だが、別にそんなことの為に呼んだわけではない。
「別に罰しようというわけではない」
「はい?」
真っ青になって涙まで浮かべていた父親が『罰しない』という私のセリフに、逆にきょとんとしたように答える。
「そこの娘はどこか働きに出ているか?」
「いえ……、家での手伝いの手は足りているので、近所の使いっ走りのようなことをしておりますが」
殺されることはなさそうだと私の様子から理解したのか、少しほっとしたらしい親子だったが、突然話題が変わったことに怪訝な顔をしている。
「実はそこの娘に王宮で働いてもらいたいと思っている。小説部門は私の直轄なので今日は私から依頼させてもらった。執筆に必要なものがあったら部門の責任者に何でも伝えるがいい。また王宮内について取材が必要な場合は、基本どこでも入れるフリーパスを準備するので、それを身に着けて王宮には来るといい」
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[町娘視点]
殺されるーー!
と思った私は悪くない。
だって本当に殺されると思ったんだもの。
あの王太子殿下の輝くような笑顔で、私の書いた小説(モドキ)を手にもって見せられた時には天国の門が見えたわ。(地獄の門かもしれないけど)
なんで王太子殿下が城下町の一角の女の子の流行とか知ってるのよ!?
と思ったけれど、どうやらこの王子様が私が夢中になった本を全て監修しているらしいことが判ってびっくりした。
じゃあもしかして私と一緒で本が好きなのかしら?
しかも私が王宮勤め!?
どうしよう「趣味が同じですね」とか言われて、私みたいな町娘が王太子殿下にいきなり見初められちゃったら! ほんと小説みたいじゃない。
と、違う意味でドキドキし始めていた私がバカでした。
王太子殿下が傍に立っていたいかついおじさんから私が書いた本を受け取り、ぱらりと開いていきなり音読し始めた。
「王宮お抱えの小説書きは少々頭の固いおじさんが多くて、もっと若い女の子の感性を取り入れてもらった方がいいと思ってね。例えばここの表現とか女の子の願望が出ていていいと思うよ
『―――そう言ってアレクはシャツに手をかけてボタンを一つ一つ外し始めた。
「一体なにを……!」
シリウスがそう言って止めようとするが、アレクは止めようとしない。
「あなたには私の本当の姿を知ってもらいたい……」
「本当のって……」』」
「にゃあああぁぁああ!!!」
モデルとして書いていた当人に自分が書いたラブシーンを音読されて、しかもバカにされるだろうから今まで書いていることを内緒にしていた両親の目の前でそれを聞かされるって、いったいどんな拷問なの!
叫びながら頭を抱えて床をごろごろ転がりまわる私を、王太子殿下以外のお付きの人達と私の両親が、残念な子を見るような視線で私を見つめる。
いっそ今すぐ私を殺してーーー!!
2.5次元パロ書いていて、その当人(&自分の両親)に目の前で音読されるって相当な苦痛ですよね。