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生まれ変わったら王太子(♀)でした  作者: 月海やっこ
王太子=悪役令嬢編
18/63

特訓

 客室のベッドへ寝かせたベリルが目を覚ましたと、ナニーから連絡があった。


 よかった、思ったよりベリルの意識が戻るのが早くて。


 様子を見る為にすぐに客室へ行き、ノックをして中からベリルの返事を待ち中に入る。


「ベリル、大丈夫か……?」

「アレク、迷惑をかけてすまなかったね。僕は湯あたりをしてしまったのかな? いや、全くひどい夢を見たよ」


 そう言ってベッドから上半身を起こし、アレクとしての服を着た私を見てほっとしたように言う。


「どんな夢だったんだ?」

「アレクが女……、いや益体も無い夢だ」


 首を振りながら、苦笑して返すベリルに淡々と告げる。


「夢じゃないぞ?」

「……え?」

「だから、夢じゃないと言っている」


「…………」


 ベリルはたっぷり沈黙した後、あちらを向きながらもう一度ベッドに寝転がろうとする。


「……まだ夢から覚めていなかったか」


 そんなベリルの掛布団を掴み、ばさっとめくって言う。


「だから夢じゃないと言っている。湯気で良く見えなかったようならもう一度見せた方がいいか?」


 そう言って服を脱ごうとする私を、ぎょっとしたように慌てて止めるベリル。


「―――わ、わかった。そこは夢ではなかったと認めよう。でも私はどうやってこのベッドまで来たんだ?」

「ベリルが浴室で裸で倒れてしまったので、ナニーが呼び寄せた屈強な使用人達が抱え上げ、ここまで連れてきてくれたんだ。服は侍女達が着せてくれたぞ」


 着心地の良さそうな夜着に包まれていることに気付き、ベリルが気まずそうに言う。


「みっとも無い所を見せてしまったね……」

「みっとも無い? そんなことはない。男性のモノは普通に着替えの時等に見たことはあるが、それらと比べても遜色はなかったぞ。どちらかというと立派な―――」

「違ぁあああ! うわああぁぁああ!! 言うな!!」


 ベリルが真っ赤な顔で遮っているが、今更何を恥ずかしがっているのか。

 男性のイチモツがどれくらいの大きさかなんて、これくらいの男子なら普通にバカ話としてよく出ることなのに。

 さすがに王太子である私のモノを確認してこようとする者はいなかったし、体育の授業の時の着替えは王族専用に更衣室を用意して貰っていたので人に肌を見られることは無かったが、私以外の者は、体育の後等シャワーを浴びた後一般の更衣室内を裸で歩き回る者もいたじゃないか。


 私がそう言うと、

「そういうことじゃなくて……」

 とベッドに突っ伏すようにして呟くベリル。


 はっ! もしかしてアレクが女性だとばれた時に、他の男子生徒からセクハラとして訴えられてしまうことを危惧しているのだろうか。

 この世界にはセクハラという罪は存在しないが、国民を欺いていた罪と合わせて余罪として取り扱われてしまうかもしれない。

 名誉棄損も考えられるな。

 今後は男性の尊厳に関わることについて、知り得た情報は他言はしないことを心に誓う。

 それに着替えの時に他の者の裸を目にしなくていいように、更衣室の設置場所を配慮することにしよう。


 ベリルに相談してみてよかった。

 目から鱗なことがいくつもある。



「そろそろよろしいでしょうかな?」


 そう言って私たちの間に入ってきたのは、私が子供の頃から付いている王太子教育の為の教師だ。

 名前をセバスという。


「そうだな。ベリル、体の方はもう大丈夫か? ちなみに浴場の段差に背中から転んだせいで、背中の腰付近に擦り傷が付いてしまっていたので、こちらで勝手に手当てをしておいたが痛みはないか?」

「あ? ああ。言われてみると皮膚の表面が少しひりひりするが、これくらいは問題ない」


 そう言うベリルにセバスがダンス用の衣装を差し出す。


「それはようございました。では早速お付き合いいただきましょう」

「え?」

「ベリル、二週間後サンドラがデビュタントに参加することは知っているね?」

「ああ……。そうだ! サンドラはアレクが女性だと知っているのか!?」


 ベリルのそのセリフについセバスと目を見合わせてしまう。


「……ここまで欺いていらっしゃるとは。アレク様なかなかやりますな」

「ふっ、名俳優と呼んで貰おうか」


 私に対して感嘆の目を向けるセバスに、不敵な笑顔で返す。

 ここまで言ってベリルが判らないとなると、私の擬態は完璧だったということだ。

 さらりと前髪を指でかき上げる仕草に、側に控えている侍女が目をキラキラさせている。


「とにかくベリル、協力をお願いしたいことがある。夜はまだ早いからまずは着替えてくれるか?」


 衝立を用意してベリルの着替えを手伝うよう使用人に指示を出して、私も衝立の後ろでドレスを着る。

 その間もベリルに様子を確認するための声掛けを続ける。


「どうだ? ベリル準備は」

「ああ、もうできる」

「そうか、私ももう準備はできたから衝立から出てきて貰えるか?」

「アレクの準備って―――」


 そう言いながら出てきたベリルは、目の前にいるドレスを着た私の姿に驚いている。


「……え、アレク?……いや―――」


 今の私は洋服だけドレスに着替えただけで、化粧もしていなければ鬘も付けておらず、アレクの最近のトレードマークである、細い青いリボンで髪を軽く纏めたままの姿だ。

 でもこれなら判るだろう。


 自分で後ろで結んでいる青いリボンをするりと解くと、肩につくぐらいまで伸びた髪がふわりと広がる。

 一瞬目を伏せて、いつもサンドラがするような乙女の微笑みを見せながら、アレクの時は意識して低く出すようにしている声を、本来の高さに戻す。


「ベリル、私のデビュタントのパートナー、お願いできるかしら」


「……!」


 ぐらりと後ろに傾いだベリルを、予測していたらしいセバスががしっと支えて言う。


「ベリル様、倒れている暇はございませんぞ。公爵子息としての基礎はできていらっしゃると思いますが、これから王太子殿下アレク様としての所作を覚えていただきますので」

「え!?」

「ベリル、ごめんなさい。サンドラのデビュタントのパートナーは『アレク』でないといけないの。今の所サンドラに特定の相手を作ってはいけない理由、判っていただけたかしら」


 そう言って、倒れないようセバスに背後から支えられるように立っているベリルに近づき、ベリルの両手をきゅっと掴みながら少し小首を傾げて聞いてみると、

「わ……判った」

 と、視線を彷徨わせながらベリルが許諾してくれた。


 よし! 許可は取った!


「よかったわ、では早速始めましょう」


 ベリルの両手を掴んだまま隣の部屋へ移動する。

 ちょうど二人でダンスが踊れるくらいの広さの部屋だ。

 部屋の隅に一台ピアノが用意されており、まずは簡単なワルツの曲を流してもらう。


「……もう、色んなことがありすぎて飽和状態なんだけど……」


 と、もう笑うしかないらしいベリルに申し訳なく思うが、付き合ってもらうことにする。


「私、リードされる側のダンスはまだ苦手なの。デビュタントにダンスは必須だからベリルにリードをお任せしてしまうことになるのだけれど、大丈夫?」

「一応僕も一通りダンスは踊れるからね」


 そう言ってセバスの前で二人で一曲踊ってみせる。


「どう? セバス、これならデビュタントでも『アレクとサンドラ』としていけるかしら」


 ベリルとこうしてダンスを踊るのは初めてだが、ちゃんと踊れているので大丈夫かと思ったら、セバスから否が返ってきた。


「駄目ですな。サンドラ様は数年前まで平民ということになっておりますから寛大に見て下さる方も多いでしょうが、アレク様は生まれた時から私の徹底した王太子教育を受けておられます。それに今回のデビュタントで最も注目を浴びるペアです!」


 あ、セバスの目が久々に燃えている。

 最近アレクとしての王太子教育はほぼ卒業状態で、セバスも暇だったんだろうな……。


 セバスには聞こえないように、小さくベリルに詫びる。


「ごめん、ベリル。今日は寝かせてあげられないかもしれない」



 その後は、夜半までかけてダンスの特訓をした後は、ベリルだけ残されてセバスからのマンツーマン王太子所作特訓を受けていた。

 曰く、目の配り方手の置き方、会話の振り方から笑顔の作り方まで。

 私だけ先に解放されて寝室へ戻る時、閉まるドアの向こう側に、


「背筋を伸ばす! そして王子様オーラを出す!」

「どうやって!?」

「口答えしない!」


 と言ってベリルの腰にハリセン(のようなもの)を叩き込むセバスの姿があった。



 そして特訓は夜明けまで続いたらしい。


 合掌。




------------------------

 翌日、昼近くになってベリルが公爵家に帰る時に見送りにきた。


「全く、良い笑顔だな」


 馬車寄せの前で腰を抑えながら半分呆れたように言うベリルに、すっきりとした笑顔で答える。


「ここ数か月ずっとベリルにどう伝えようか悩んでいたからね、思い切って伝えることができて本当によかった。昨夜は無理をさせてすまなかった、腰の調子は大丈夫か?」

「ああ、これくらいなんでもない」

「よかった。……また、呼んでもいいか?」


 特訓は一日では終わらないらしい。


「もし僕が嫌だって言ったらどうするんだ?」


 溜息をつきながらベリルが言うが、それはポーズなことは判っている。


「ベリルは言わないさ。だって私のことを好きでいてくれるんだろう?」

「……その通りだよ」


 サンドラの姿でも構わないと言ってくれたし、それは確認済だ。


 苦笑するベリルが馬車に乗ろうとした時に少し引き留めて側に寄る。

 今は私もアレク用の踵の高い靴を履いている為、目線は同じくらいだ。


「……本当に、ありがとう」


 そう言って、感謝のハグをする。

 一瞬硬直するように止まったベリルの手が、諦めたようにポンポンと優しく私の背を叩く。


「アレクのフォローなんて子供の頃から慣れてるさ、任せておけ」



 腰を抑えながら公爵邸に帰っていくベリルと、ここ数か月の悩みが解消されて爽やかな笑顔を浮かべた私を見て、事情を知らない使用人たちがぶるぶる震えながら


「このままではお世継ぎが……!」


 と慄いていたが、なぜベリルと世継ぎが関係あるのだろう。



-------------------------

 セバスの要望で、デビュタントまでは更に数回特訓が行われた。

 時間がない! との要請で、最後は離宮の一角を関係者以外立ち入り禁止にして、ベリルを呼んでの強化合宿を行なった。


 その離宮は昔側室にあてがわれていたものらしく、豪華な寝台が残されていたので、ベリルもきっとゆっくり休めただろう。

 私の無理なお願いということもあり、私も合宿に付き合い部屋は違うが離宮内で一緒に数日過ごした。

 食事も給仕の者に離宮まで運ばせ一緒に取っていた。


 給仕の中には事情を知らない者もいる為、アレクの姿だ。

 サンドラが離宮でベリルと数日過ごすなんて、たとえ事実でも貴族たちの間で噂になったら大変だからな。

 その点アレクなら『友好を深める為』と言えばいい。


「いたたた、全く昨夜も遅くまで無茶ばかりさせて……」

「ほらベリル、ちゃんと食べないと筋肉痛が治らないぞ」


 そう言って豚肉を取り分けてやる。

 離宮の小さなテーブルなので、肘付きあわせて程ではないが、距離が近いのでこういうことも可能だ。

 それと今日はデザート代わりにはちみつレモンを用意しておいた。

 これは日中のダンスブートキャンプ用だ。


 夜はセバスがベリルに、マンツーマンでアレクとしての所作を教え込んでいる。

「優雅さが足りない! もっと色気を出して!」

 とか言われているようだ。

 何気ないしぐさのようだが、ベリルにとっては普段使わない筋肉を使っているようで、大分つらそうだ。


「そうだ(筋肉痛を)ほぐすにはちょうどいいローションがあったはずだから、今日はそれを試してみようか」

「……すまないなアレク、僕が不甲斐ないばかりに迷惑をかけてしまって」

「そんなことないさ。ベリルに無茶をさせているのは私の方なんだから、せめてベリルの体の負担を減らせるように色々試してみよう」


 そんなことを話していたら、給仕に来ていた使用人がこちらを見ないようにしながら真っ青な顔でカタカタと震え出していた。


 王宮内でベリルと会話している時にこういう反応をする者が多いが、すっかり慣れてしまった。

 特に私に対して何か言う者もいないため気にしていなかったが、最近ベリルが王宮内を歩いている時に視線を感じることが多くなったと言っていた。

 私の無理難題のせいで、宮廷内でのベリルの立場が悪くなるようなことだけは無いように気を付けるとしよう。



------------------------------

 そして今日はついにデビュタント当日だ。

 デビュタントは王宮の大広間で行われるので、ベリルには大分早い時間にこっそり王宮に来て貰って支度をお願いしておいた。

 アレクと同じ明るい金髪の鬘を用意して青い細いリボンで結ぶ。

 服装はエスコート用の黒の燕尾服と白タイだ。


 私はまだドレスに着替えておらず普通のアレクの服を着ているが、姿見に並んでベリルの『アレクとしての』出来栄えを確認する。

 まるで姿見がもう一枚あるように瓜二つに出来上がっている。


 明るい所で見ると瞳の色が少し違うことが判るが、夜会では問題ないだろう。

 夜会で眩しいほどの照明が点されるとはいっても、この世界にはガスも電気も無い為、所詮蝋燭の灯りだ。

 念のため目を少し伏し目がちにするようにお願いする。

 そうすると、長い睫毛が瞳の色を誤魔化してくれるのだ。


 セバスの特訓のおかげか、自分自身でも気付かないくらいの細かい所作まで、ベリルは完璧に模写しているらしい。


「すごいな、ベリルは」

「まああれだけ特訓されればね。……それに、僕はいつでもアレクのことを見ていたから覚えが早かったのかもね」

「そうだな、昔から一緒だったものな」


 そう返す私に、ベリルが少し残念そうに俯きながら小さく呟く。


「僕の勘違いだったけれど、まだ望みが全て消えたわけじゃないし、今はこれでいいよ」

「え? どういう意味だ」

「なんでもないよ、ほら『サンドラ』は結局どのドレスを着るんだ?」


 デビュタントのドレスの色は、ここ数十年の流行で白と決まっているが、ドレスについては踊りやすいか否か程度の興味しか無かったので、ナニーに一任していたら数着用意してくれていたのだ。

 デビュタントは白のボールガウンが基本で、裾がふんわりと広がったボリュームのあるプリンセスラインのドレスだ。

 何着か用意されたドレスは全て白で形も殆ど同じだが、生地がシルクやレースだったり、全面にクリスタルビーズが縫い取られた物や、飾りにパールやダイヤモンドが縫い付けてあるものもあったりする。


 私としてはどれでも構わないので、一緒に踊ることになるベリルに聞いてみることにする。


「ベリルはどんなドレスが好きなんだ?」

「君が着るなら何でも似合うよ」


 特訓の成果を見せるように『アレク』の爽やかな笑顔で返されたが、なんて参考にならない答えなんだ。

 とりあえず一番手前のドレスを着ることにした。



 そろそろ夕闇が迫ってこようとしている。

 私が支度をしている間、ベリルには控えの間で少し待っていてもらうことにする。

 部屋を出る前に気付いてベリルに言う。


「そうだ、私が最近つけている指輪を嵌めて参加してくれるか?」


 そう言って、シリウスから貰ってからずっとしまっておいたアレク用の指輪をベリルに渡す。


「へえ、これもう一つあったんだ。そういえばサンドラもアレクもお揃いでつけていたね。……シリウスから貰ったんだって?」

「そうなんだ、最近の気に入りだよ」


 それだけ言って別室で支度をして帰ってきたら、ベリルは指輪を嵌めてはいなかった。


「どうかなさいましたか?」

「……その格好だと女口調なんだね。指輪なら細すぎて僕の指にはとても嵌らないよ。小指でぎりぎりかな」


 そうか……。お揃いにできないのは残念だが仕方ない。

 それに、そろそろ夜会の始まる時間だ。


「お姫様、お手をどうぞ」


 うやうやしく差し出されるベリルの手を取って言う。



「今日はどうぞよろしくね、『アレク』お兄様」





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