閑話:創作衝動[とある町娘視点]
私はこの王都で小さな果物屋を営んでいる家に、4人兄妹の末っ子として生まれたの。
お兄ちゃんたちはお父さんとお母さんの手伝いをして、小さいながらお店を切り盛りする手伝いをしているのだけど、まだ13歳になったばかりの私は計算も読み書きもできないし、せいぜい朝商品を並べる手伝いをしたり、他のお店のちょっとした使い走りをすることしかお手伝いすることはできない。
それと他のお店のお姉ちゃんたちと一緒に近所の小さい子達の面倒を見る手伝いをするくらい。
あと2~3年もしたら、だれか町の男の人と結婚して子供を産んだりするのかな、なんて思っている。
好きな男の子はいないけれど、家を継ぐわけでもない女の子がいつまでも家にいると、家計を圧迫するだけだ。
読み書きもできない女の人が一人で働くなんて、娼婦くらいしか思いつかないわ。
最近この国は『ほん』というものが流通するようになって、私は最初文字が読めなかったから気にしていなかったのだけど、一緒に遊んでくれるお姉さん達から少しだけ音読してもらったら見事に嵌って、
「もう一回、もう一回!」
とか
「ねえ、新作でたの!?」
と纏わりついていたら、
「……あんたねぇ、今なら学校に行けば読み書き教えてもらえるから、そこで習ってきなさいよ」
とすげなく言われてしまった。
……やっぱり一日3回同じ本を読ませるのは酷だったかしら。
「でも! 私の家はそんな学校に通えるほど裕福じゃないって知ってるでしょう? 食事代だってあちこちのお手伝いして自分の食い扶持分を稼いでいるくらいなんだから」
「あんた知らないの? 学校にいけば『給食』っていうのを出してくれるのよ。しかもタダで!」
「ええっ!? ……でも学校って勉強するんでしょう? 難しいんじゃない…?」
「でもこの本自分で読めるようになりたいんでしょう?」
「うん!」
両親にねだってみたところ、私にやる気があるなら学校に行ってもいいと言ってくれた。
後から聞いたけど、勉強を習うのも無料なんだって。
太っ腹!
なんでも、この国の王太子殿下のアレク様が決めて、国中にその仕組みを作ってくれたみたい。
私の通うことになった学校は王都でも大きなお店が沢山あるところで、そこの名前は一年単位で変わる珍しい学校みたい。
ウチなんてとても太刀打ちできない大商人達が『命名権』っていうのをかけて、一年に一回寄付金の額を競うんだって。
めいめいけんって良く判らないけれど、果物を仕入れる時の競りみたいなものかしら?
数か月前大きな魚屋のご隠居が命名権を競りおとしたみたいで、今はその学校はそのお魚屋さんの名前が掲げられている。
私にはまだ読めないけれど、~~ざんまいって書いてあるらしい。
でもそのおかげで、学校には多額の寄付金が一年ごとに落とされることになり、新品の教科書はもちろんのこと、ノートや筆記用具も使い放題。
それに給食では、貴重なお魚を好きなだけ食べれるし、最高!
他の人は気持ち悪いって言うけれど、私はこのアラって呼ばれている頭の部分が好き。
すごく大きいお魚の目の周りとか、プルプルして最高。
文字を覚えるのは最初は大変だったけれど、学校の中に『としょかん』っていうのがあって、その中には私がお姉さんから読んで貰っていた本も含めて、沢山の本がずらりと並んでいたの。
しかも私の目当ての本は最新刊までばっちりあった!
これならわざわざ買わなくても読めると思い、授業が終わってからは図書館に行って、習ったばかりの文字と、なんとなく記憶していたお話の筋を思い出しながら、一文字一文字読んでいった。
そのお話は、王女様が王子として育てられるというお話だったのだけれども、外側から眺めたことしかないお城の内部の様子や、貴族や騎士たちの様子が細かく書かれていて、時々ラブロマンスも入っていたりしてどきどきしながら時間を忘れて読み進めた。
そしてついに最新刊まで読みこなせたわ!
最後の方はノートで文字の読み方を確認しなくても、すらすらと読むことができていた自分に気が付いた。
確かに学校には朝一番から夜遅くまで入り浸っていて、給食どころか夜食まで貰っており、家に帰る時には近所のおじちゃんおばちゃんと一緒に帰ってきていた。
果物屋は朝が早くて私ができる手伝いも朝が主だったため、それだけはちゃんとやっていた。
なので私が昼間から夜にかけて学校に行っても、両親は私の分の昼食と夜食代が必要無くなったと逆に喜んでいた。
そうしている内に、ある日町の看板や家にある帳簿や書類を全部読むことも書くこともできるようになっていることに気が付いた。
主に給食と図書館が目的で通っていた学校だけれど、読み書きは完璧にできる上基礎的な算術もできるようになっており、学校に通う理由はなくなってしまった。
家の手伝いもばっちりできるようになったけれど、ウチくらい小さいお店だと書類を沢山書く必要はないし、家には上に3人既に手伝いがいるしで、どこかに手伝いに行くにしても13歳の小娘に書類書きを任せてくれるような店は周囲にはなかった。
本の最新刊はまだ出ていないので図書館に通う理由も無くなり、学校で習えることは全て習ってしまったので、給食をたかりに行くこともできない。
これからどうしようかと思っていたある日、本を読み聞かせてくれていたお姉さんが急いだように走ってきて、私を呼んだ。
「ねえ、ちょっと聞いた!? 今そこの喫茶店に王太子殿下とどこかの女が来てるんだって!」
「え!? 王太子殿下って、あのアレク様が?」
『学校』を作ってくれた人だ! それと給食と図書館!!
近所の女の子達が皆その喫茶店に走っていくのが見えた。
しかもなんだか店を閉めてまで走っていく子もいる。
走りながらお姉さんに聞いてみる。
「本当に王太子殿下なの? こんな街中に!?」
「確かよ、だって王家の馬車で乗り付けたらしいわよ!」
それはきっと本物だ!
お話の中に出てくるような人が、この目で見れることにどきどきしてお姉さんと良い位置をキープして見守っていたら、もう一人誰か合流した。
銀髪で
「この人もまるで王子様みたい……」
と思っていたら、周囲から
「あれは隣国の第二王子よ!」
という興奮したような声が聞こえてきた。
王子様が二人……!
(と、どこかの女の人が一人)
それからはもう悶絶の嵐だった。
時々隣にいたお姉さんに
「あんたにはまだ早い!」
と言われて目を塞がれてしまったので何がどうなったのか判らなかった箇所もあったのだけれど、本当にお話みたいでどきどきした。
帰ってきてからも、ふわふわとして足が地についていない感じがして家族から心配されてしまったけれど、なんでもないと返しておいた。
思ったよりもずっと素敵な王太子殿下に、好きで読んでいた本の王女様が重なる。
「きっとあの本は本当のことで、きっとアレク様も女性なのよ、それがやむにやまれぬ事情で王子として過ごしているんだわ、おいたわしい……!」
と力説したら、お姉さんからは
「あんた……空想と現実の区別もつかないの? ……まあ、私もそうならいいなって思ってるけどさすがにそれはないんじゃないかな」
と言われてしまった。
でもお姉さん曰く、私と同じようなことを言っている女の子は沢山いるらしい。
だってしょうがないじゃない。
お城の様子なんて周りに知っている人はいないし、本当のことしか書いていない書類しか見たことないし。
空想のお話なんて、子供の頃のおとぎ話しか聞いたことがなかったんだから。
こんなに素敵で本当みたいに書いてあるんだから、きっと本当なのよ。
でも内緒だから『おはなし』ってことにしてあるの。
そして、それが本当なら私は絶対アレク様の味方になるんだもん。
周りの皆も同じだって言ってるわ。
まあ実の所、私にはそれが本当でも嘘でもどっちでもいいんだけどね。
ただ、本当の方がなんだか素敵じゃない?
------------------------
私の好きな本の続きはまだ出ていない。
私は続きを早く読みたくて読みたくてたまらなくなった。
読みたい読みたい。
きっとあれがああなって、それがこうなって―――。
それとも、別の展開になるのかしら。
一日中そんなことを考えていたら耐え切れなくなった。
本物の王族を見たし、時間もある。
そして手元には学校で貰ってきたノートの残りとペンがあった。
書き取り用のノートだけど、ちょうど新しいノートを貰って書き始めたところで学校の授業は全て修了してしまったので、最初の数ページ以外は真っ白だ。
頭の中がパンクしそうで、とにかくすっきりしたくてそのノートの空白部分に次々と文字を連ねる。
毎日夜寝る前にそんなことを続けていたら、数日したらノートが尽きてしまった。
それでも頭の中に話が溢れてきて、捨てる予定のチラシを貰ってきてその裏に続きを書き連ねた。
そしてそれも尽きてしまったので、近所のお姉さんに何か紙は無いか聞いてみることにした。
なんでそんなものが欲しいのか聞かれたので、最近夢中になって書いていたノートを見せたら、ノートを貸す代わりにチラシをくれることになった。
そのノートは近所の女の子たちの間をぐるりと回った後、誰かがお礼として新しいノートがついて私の手元に戻ってきた。
もちろんそのノートも隅から隅まで話を書き連ねることにする。
書きながら思いを馳せる。
もし王太子殿下が女性なら、誰と結婚することになるのかしら?
そしてとある町娘は(この世界における)2.5次元の世界に飛び立った……。
ハイリスク!