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生まれ変わったら王太子(♀)でした  作者: 月海やっこ
王太子=悪役令嬢編
12/63

学校経営と箱の内側

 この間はベリルに保健室まで連れて行ってもらって申し訳なかったな。

 でもお陰でゆっくり眠れてよかった。

 最近、出版物が増えたせいでチェックの時間に大分睡眠時間を取られてしまっている。

 これは本格的にチェック部門を稼働した方がいいのかもしれない。


 製紙も製本も、現在は全て王宮が管理している物だ。

 どんな本をどれだけ発行するのは、全て王家のさじ加減ひとつ。

 父も母もその辺りは私に一任してくれているので、私が舵取りを任されている。


 この世界では、子供向きの絵本以外の架空の小説は殆ど存在しなかった。

 紙が高級品ということもあり、重要な書類を作ったり、貴重な知識を後世に伝える為に使われていたからということもあるだろう。


 娯楽の少ないこの世界で、小説は今一大ムーブメントになりつつある。

 舵取りを今間違ってはいけないので、細心の注意が必要だ。

 元々の目的は、もし私が女だとばれても斬首されないように、群衆の心理を誘導することだったが、今や隣国との戦争を防ぐ目的も担っている。


 最近の小説家には、隣国のきな臭い噂話を元に戦争物を書いてくる者もいるが、そういったものは全て没にして印刷に回さないことにしている。


 強権と言わば言え、そもそも王家が印刷所を立てたり、国民の識字率を上げる施策を打っているのも、全て人心掌握の一つだからだ。


 父も母も王宮の主要メンバーも、ことの重要さに今ひとつピンと来ていないようだが、前世の連綿と続いてきた戦争の歴史を考えても、特に印刷技術が発達してからは情報戦が主戦場になっている。


 戦争を仕掛けようと思ったら、

 ・この戦争は我が国にとってどれだけ崇高な意味を持っているのか。

 ・自分達こそが正義であり、敵国は全員滅せられるべき悪魔の輩である。

 等を何度も群衆に刷り込み、狂わせていくことから始まる。


 日頃穏やかに過ごしている何の変哲もない村人を、何の呵責もなく人を殺せる人間に変えるには、集団での心理誘導をする必要がある。


 ペンは剣より強しというが、剣を持つ者がペンを持つとどうなるか。

 人は戦いたがる生き物だから、戦意を向上させる方がよっぽど楽だが、今回はそれと逆を目指す。


 この国の識字率が上がったことで、隣国はようやく焦り始めたらしい。

 今まで向こうの言うなりで交わされていた鉱石や材木の買い付けも、末端の村人までが証文の隅々まで理解することができるようになったからだ。

 細かい計算のごまかしももう効かない。


 勉強に興味の無かった大人たちも、子供たちが冒険譚や恋愛小説を読みたいがため文字を覚えていくのを横で見て、親が文字も読めず計算もできないのはさすがに恥ずかしいと思うらしく、大人たちも暇を見つけては積極的に学校に通ってくるようになった。

 今ではそういった大人たちが昼間働き夜に学校に通えるように、夜間学校も開いている。


 学校では昼間は子供たちの為に給食を、夜は大人たちの為に簡単な夜食を無償で提供している。

 その金は今の所貴族たちの寄付で賄っている。

 当初は反対もあったが『ノブレス・オブリージュ』持つ者は持たざる者に義務を負う責任がある。


 規模にもよるが、一つの学校の一ヶ月に掛かる費用なんて、夜会一回分にも満たない。

 その家の夫人が夜会でドレスや宝石を新調する金額も入れれば、学校の半年分くらいの費用になる。


 それに寄付を行なった者の名前を、学校の名前に冠するようにしてから、反対意見はぱったりと無くなった。

 それどころかどの家もこぞって寄付を行ない始めている。


 いわゆる命名権だ。


 特に名誉を重んじる貴族には堪らない響きらしい。

 貴族だけではなく商人からも寄付を募っているので、商業地区では商人の名前を関する学校もあったりして、それがまた商人にとっても最高の宣伝材料になっているようだ。


 金を溜めこんで、街の人間からは金の亡者と蔑まれていたところ、学校に寄付して名前を冠してからは、小さな子供やお年寄りまで街の皆から聖人扱いされるらしい。

 金だけは余っている大商会のご隠居などは

「わしはこの為に今まで金を貯めていたのか……!」

 と何かに開眼した者もいるらしい。


 それに学校はその寄付金で専用の教師や料理人を雇ってもいいことになっているが、農村部に行けばいくほどその寄付金は余り、学校の拡張や資材購入に使われているらしい。

 農村部の為、給食の食材は勉強しに学校に訪れる者達が勝手に持ち寄ってくるらしい。


 父に頼んで、うまく回っている学校に対してはその名を冠している貴族や商人を呼び出し、できるだけ皆の前でねぎらうようにお願いしている。

 私は前世も含め全く『名誉』に興味は無いが、与える方は現金が必要ない上に効果は絶大だから便利だよね、と思う。


 無償である為、今まで学も職も金もなくうらぶれて娼婦に身を落としていた者も、窃盗に手を染めていた者も食べ物を得る為に学校に顔を出すようになった。

 学校には、そういった者達も全員受け入れるようきつく指示を出している。


 もちろん食べ物をもらうためには勉強してもらう必要がある。

 単語の一つ二つ読み書きできるようになるだけでも、繰り上がりの足し算ができるようになるだけでもいい。

 当初の目的は食べ物を貰うためであろうとも、勉強したいという者を拒んではならない。


 知識は土壌だ。

 固い地盤に鍬を入れて耕したら、後は種を撒けばいい。


 国内の識字率が上がれば、王宮の学者がまとめた農業・工業の知識新聞のようなものを流通に乗せる予定だ。

 効率的な収穫方法や飼育方法、各家庭でもできる簡単な工業製品の作り方を伝える。

 木工品に籠細工、織物に編み物、鉱石を使った細工物でもいい。


 他の国では一子相伝の物もあるだろうが、国全体の利益を考えたら知識は共有したほうがいい。

 そして国中でそれぞれ得意な者が得意な職に着けばいい。

 この国の主力は農業だが、天候に左右される上農村地帯では冬の間に現金収入が無くなる。

 他の国に出稼ぎに出る者もいるらしいが、貴重な人材を他国へ流出させるのはもったいない。


 それに前世の徹底した管理・効率化された農業は、少数でどれだけの収穫を上げていたか。

 機械管理できるわけじゃないけれど、水車とハウスと細い管に小さな穴を開けての水やりとかは広めてもいいよね。


 そんな感じで、実際王宮ではアレクが確認しなければならない仕事は溢れているのだけれど、昼間はサンドラとして学園に行っていることが多いので、昼間の執務室にはアレクはいないのだ。

 学園から帰ってきてから淑女教育を軽く受けて、晩餐前と後にざっと目を通すようにしている。


 淑女教育といえば、湖のピクニックから帰ってきてからブルーノからアレクへ、サンドラの淑女教育について聞かれたな。

 裸足がどうのと言っていたけれど、確かに令嬢が足を見せていることは少ないが、なんでそこで恥ずかしがるのか判らない。

「サンドラが気にしていないなら、別にいいんじゃないか?」

 と返したら、シリウスまで一緒になって駄目だと言ってくる。


 曰く、「俺たちだったから良かったものの、他でやったら襲われてもおかしくない! しかも状況だけ判断したら同意と取られてもおかしくないだろうが!!」とのことだ。


 ……確かに襲われるのは困る。

 私にも好みというものがある。


 前世も女だったが、こういうところは本当に女の体は不便だな。

 男も襲われる危険を皆身をもって体感すればいいんだ。

 いっそ権力をかさに義務化してやろうかとも思ったが、とりあえずは学校で道徳も教えるようにしよう。

 そうだ、あとは性犯罪を起こした者は見せしめの為ちょんぎるとかどうだろう。

 恐れをなして後に続く者はいなくなるだろうし。


 ああ、脱線した。

 おそらくブルーノとシリウスが言いたかったのはそういう問題ではないのだろう。


 仕方ない、裸足は諦めるか。

 胸元は見せてもいいのに足は駄目とか、時代と世界によっても色々変わるものだな。



-------------------

 晩餐が始まる少し前、ナニーからベリルからの先触れがあったと教えてもらった。


「サンドラ様、ベリル様が本日いらっしゃるとのことですが」

「今から? こんな遅い時間に珍しいのね、何かあったのかしら」

「とりあえず晩餐が終わりましたらお着替えを」

「判ったわ」


 このところ王宮でも食事の際はサンドラでいることが多くなった。

 アレクの時は、胸を押し潰す為に特注のソフトなコルセットをつけているのだが、食事の時にはどうしても圧迫された胸が苦しいのだ。


 王宮のアレクの側に居る者は全て、アレクとサンドラが同一人物であることを知っているので安全だが、アレクは執務室で食べていることになっている。

 きちんと使用人が執務室に夕食を運び、片付けている。

 食事はその日の配膳当番になった使用人の夕食になる。

 そのおかげでアレクへの夕食運びは使用人たちの間で人気だ。

 アレクとサンドラが同一人物であることを知らない使用人たちは、女たちが王太子アレクへ食事を持っていく競争をしていると思っているだろう。


『アレクは執務室にいる』という勘違いを増長させることもできるので、ありがたい案だ。



 晩餐が終わり、とりあえず部屋に戻ることにする。

 ナニーに、ドレスの後ろの紐だけ外してもらい、あとはベリルが来た時の為のお茶の準備をするようにお願いする。


「後は私一人で着替えるので、ナニーはそちらの準備をしてきて」

「よろしいのですか?」

「ええ、とりあえず居間にはサンドラの形跡はないので、ベリルが来たらこの部屋に通すように他の使用人には伝えてあるし」


 ナニーを下げさせて、身支度を整えることにする。

 とりあえずドレスは寝室に脱ぎ捨てて、ストッキングもぱぱっと脱いで傍の椅子にかけて、パンツ一枚で部屋の中を歩き回りながら支度をする。

 鬘もとって化粧を落とす。

 ナニーがいたら「はしたない!」と怒られそうだが、この方が絶対に早いし効率的だ。


 ああ~、楽ちん。


 部屋の中は快適な温度に保たれているので半裸でも全く寒くない。

 本当は靴も脱ぎ捨てたいが我慢する。


 その時ノックの音が響いた。

 もうお茶の準備が出来たのかな。


「どうした? ナニーか?」

「僕だよ、ベリルだ。アレク、部屋の中に入ってもいいか?」


 ナニーじゃなくて、何ーーーーっ!?


 いかん、脳内ギャグを言っている場合じゃない、まずいっ、まずい!!

 とにかく服を着る!!

 あと靴っ! これサンドラの靴だった。

 戸棚にしまう暇がないっ。

 ええいっ!と、寝室のベッドの上に鬘とストッキングごと放り投げてカーテンを閉める。


 ああーーっ! ドレスを脱ぎ捨てたままだった!


「……入るよ」


 ドアに鍵かかってないーーっ!!


「ま…っ!」


 カチャリとドアが開く。


「ベリル……早かったね」


 セーフ……かな?

 はっ! アレクの服はかろうじて着たけれど、胸を抑えるためのコルセットつけるの忘れた……。

 いや、コルセットどころかノーブラだよ、ノーブラ!


 とりあえず腕でさりげなく胸をつぶすように隠しながら、ベリルにはもう少し部屋の外で待っていてもらうことにしよう。


「ごめん、もうちょっと待って―――」

「失礼する」


 それなのにベリルが珍しくこちらの言葉を遮って部屋の中に入ってきてしまった。

 何かを探すようにしている。


 どうしよう、さすがにこのままの恰好だとまず過ぎるのでベリルには居間のソファで待っててもらって、私だけ寝室で身なりを整えてくるべきか。


 そう思っていたら、その寝室の方へと歩みを進めるベリル。


「ベリル!」


 そこーっ! ドレスが脱ぎ散らかしているからだめ!


 視界の端にテーブルの上に飾られた大きな花瓶が映る。


 どうしよう、いっそ昏倒させるか。

 いや、昏倒ですむか?

 この大きさの花瓶で殴りつけたら殺人事件にならないか?

 王太子が公爵子息を撲殺とか、どんなスキャンダルだ!?


 一瞬の迷いのせいで、ベリルが寝室のドアを開けてしまっていた。


「……!」


 ベリルは私が脱ぎ捨てたドレスを見て絶句している。


 ごめんなさい。

 淑女教育頑張ります。


 あれ? 今私はアレクの姿だから、ベリルは何に驚いているんだろう……。

 ああ、サンドラのドレスがアレクの部屋にあることか。


 ……どう言い逃れしよう。

 そうだ、アレクには女装癖があるってことにしたらどうだろう。

 サンドラから借りて着てみたとか。


 他に説明のしようがない。


「ベリル……実は―――」


 といいかけたところで、ベリルはそれ以上聞きたくないように耳を塞ぐようにしてベッドのカーテンに手をかけた。


 だめーーっ!!

 鬘とか靴とかストッキングとか、その中ぐっちゃぐちゃだから!


 ばっと、ベリルの手を力いっぱい払って引いてあるカーテンとベリルの間に体を滑り込ませる。

 鼻先がベリルに付きそうだ。


「よせ、ベリル」


 止めさせる為にできる限り冷たい声を出すようにする。

 ベリルにはこれが一番効果的なんだ。


 案の定、久しぶりの私の冷たい態度にショックを受けたように二・三歩後ずさるベリル。


「目を覚ませアレク、騙されているんだ……!」

「……ベリル、君が何を言っているのか分からないんだが、用がそれだけなら今は帰ってくれないか」


 苦しそうに絞り出すような声でそう告げるベリルに、冷たい声のまま返すと、真っ青な顔色で信じられないように目を見開いて私を見る。


 いや、本当に何を言っているのか分からないんだけど、今引いたらなんか負けるような気がする!


「あれはなんだ!」


 ベリルがなぜかカーテンの閉まったベッドを指差して激昂したように叫ぶ。


 は? ベッドがどうした。

 なんでここで私のベッドが問題になるんだ。


「ベリルには関係ないだろう?」

「……関係無くなんかない―――」

「どうして」


 近い距離のまま言い合いしていたが、ベリルがなぜか急に切なそうな顔をして、私の肩に凭れるようにしながら、背中に当たっていたベッドのカーテンごと優しく抱き締められる。



 耳元で小さく呟かれる。



「アレクのことが……好き、なんだ――――――」








教訓:脱いだ服はすぐ片付けよう。裸族生活はほどほどに。



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