私って男装王子?
第一話は短編版とそんなに変わりありません。
一話5000文字くらいを目標にしています。
誰かと話しながら階段を降りようと端に足を掛けたらそこに床の感触は無く、とっさに手すりへと伸ばした手は空をきった。
周囲の悲鳴を聞きながら、世界がスローモーションのように何度も回る。
学園のホール中央の吹き抜けに位置している大階段には、ステンドグラスでできた天窓を通して明るい陽射しが様々な色になって降り注いでいる。
青緑、緋、黄緑、茶、青、ピンク。
その光が回転する度、まるで万華鏡みたいだな、と思ったのを覚えている。
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「―――……様、アレク様大丈夫ですか!?」
うるさいなあ、もう少し寝かせてくれてもいいじゃないか。
大体昨日は残業だったんだか…ら―――?
ぱちっと目を開けると、見慣れた自分のベッドの天蓋が映る。
あれ、夢だった?
でもどっちが?
自分の瞼に指で触れて、目が開いていることを確認する。
「ああ、よかった! 国王陛下と王妃様へ、アレク様が目をお覚ましになられたと急ぎ連絡を!」
ドアの前で警護していた衛兵へ伝えているのは、子供の頃から私を見てくれている侍女のナニーだ。
くるりと視線を回すと、見慣れた私の部屋。
あれ、私の部屋って1DKだったはず……。
「アレク様、覚えていらっしゃいますか? 学園の長い階段のてっぺんから足を滑らせて落ちたとお伺いしています」
「驚かせて悪かったね」
あの万華鏡のような景色を思い出す。
でも誰と何を話していたのかは思い出せない。
きっと大した話をしていた訳ではないんだろう。
そうだ、私はこの国の王太子。
あの階段は長さだけはあるから打ち所が悪かったら死んでいたかもしれない、と思い、今更ながら恐怖が押し寄せぶるりと体を震わせて自分の体を抱き締めると、腕に慣れ親しんだ弾力を感じた。
いつもより少し縮んだ感じがする。
……ん?
王太子に何で胸があるんだ?
「アレク様?」
「……ごめんナニー、少し落ち着きたいので一人にしてくれるかな?」
まだ心配そうにしているナニーにそう言い、一度部屋の外に出てもらうことにする。
ベッドにもう一度軽く横になって一つ深呼吸をしてから、目を瞑る。
OK、状況を確認しよう。
どうやら私は階段から落ちた衝撃で前世の記憶がよみがえったようだ。
前世は日本という国で会社員をしていた女だ。
そして今はこの国の王太子で、男として生活している。
しかし性別は女だ。
「……」
いかん、余計に混乱しそうだ。
きっと皺が寄っているだろう眉間を指でほぐしながら、いっそもう一度眠ってしまい、なにもかも夢だということにしてしまおうかと思ったが、それも問題を先送りにすることにしかならない。
夢の世界に逃げ込むのをあきらめて、この国に生まれてからのことを一つずつ思い出して整理することにした。
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そもそも私が産まれた時、お告げとやらがあったのが原因だ。
高名な占い師がふらりとこの国に立ち寄った際、産まれてくる子が女ならこの国は無くなる、という話を国中にまき散らしたのだ。
最初は気にも留めていなかった両親や側仕えの者達だったが、盛り上がった国民の感情や、それを利用してクーデターを起こそうとする者達もいて、私が産まれ女だと判った時、心労の余りまだ年若かった父も母も倒れてしまったそうだ。
このままでは本当に国家転覆の可能性があると判断した当時の国王であるおじいさまや側近の者達は、両親を説き伏せ、私を『男』として世間へ発表したのだ。
それからは14年間ずっと男として育てられてきて、私自身もそれを不自然とも思わなくなっていたのだが、この度前世の記憶が戻ったこともあり、問題提起をしてみることにした。
「父上、母上、このまま私が男として王太子を続けるのは無理があります。実際これからは男子の方が身長の伸びが良くなりますし、私も女として体が変化してきています。18歳くらいには絶対に無理が生じますから、今何か策を練らないと」
今まで関係者が蓋をして見ないようにしていたところに、当事者である私から問題点を提示され、今後について両親や昔からの側近達と話し合うことになった。
とりあえずは私の考えを述べることにする。
14歳程度の小娘の意見を聞いてくれるのはありがたい。
この国では成人は18歳からだが、14歳からは一人の人間としての権限を認められる為、きちんと私の意見も聞こうという意向らしい。
逆に、こんな甘くて平気かよこの国、と心配になる。
その時々の国民感情にも左右されるだろうけれど、私の扱いを間違うと、国民を欺いたとかいって王族全員斬首されてもおかしくない状況を14年間もよくのほほんと続けてこれたと思うよ。
まあ私もその内の一人だったわけだが、前世では一応ある程度大きい会社で、ストレスとプレッシャーで精神を壊していきなり会社に来れなくなったり、体を壊して辞めていく同僚が多い部門にいたので『のほほん』とは程遠い生活をしていたからな。
例えば同僚の一人が入院したら第一声が
「物理? それとも精神?」
で、交通事故などによる『物理』入院なら
「よかった。じゃあ一週間くらいしたら帰ってくるね」
と笑顔で返してくるような、感情があるんだかないんだか判らないような人間に囲まれていた。
このおとぎの世界のような国や、人の優しい部分をちゃんと残している父母のことを、人として素晴らしいと思うが、父よ、為政者がそれではいかんよ。
簡単なことだ。
私と言う人間を消してしまえばいい。
流行病にかかって病死したことにしてもいいし、父である国王の怒りを買って蟄居させられたということにしてもいい。
そう言ったら、「なんてひどいことを…」と父も母も絶句してしまった。
いやいや、当たり前でしょうこんなこと。
半幽閉扱いになるのは私もつらいが、それが一番安全だ。
父の妹の子供の公爵子息がいるから、彼を次期国王として擁立すればいい。
しかし、「お前を幽閉したり手放したりすることになるなら、お前を女として公表する!」とか使命感に燃えてしまった両親を抑える為、妥協案を考えることにする。
私は、父が若い頃間違って手を付けた女の落とし胤ということにする案だ。
その女は既にこの世にいなく、国の外れでひっそり育てられていたが、今まで気にして探していた国王がついに見つけて引き取ることにした、という筋書きだ。
それなら、これからも家族として一緒に暮らせるし、私も女として新しい人生を始められるというものだ。
ただ、根回しが終わるまでは、王太子としての生活も続ける必要があるとのことだ。
13歳から学園にも通っており、そこで出来た友人や昔から仲良くしていた友人とも、王太子としては話せなくなってしまうことに気付いて、私も急ぐことは無いと思うことにする。
できれば、女である新しい自分でも、彼らとまた友人になれればいいな、とは思うけれど。
そうと決まれば、すぐに学園長に話を付けて、協力してもらえることになった。
学園長には、私が女だと言う話は入学時に内密に伝えてあるのだ。
その案を聞いた学園長は、1も2も無く賛成してくれた。
学園長も私のことは気がかりだったらしい。
前世を含めてもドレスを着るのは生まれて初めてだったが、学園では能力の高さを認められた平民の子も結構いるので、悪目立ちすることはないだろう。
それに、王太子としての知識しかなければ、急に女のしぐさなんてできないだろうが、私には今まで積み上げた前世の記憶がある!
最低限女に見えるくらいのしぐさはできるはずだ。
そして今日は私が女として学園へ初登校する日だ。
名前はサンドラ。
王太子としての名前がアレクなので、宝石のアレキサンドライトからとった。
太陽の下では緑色だが、夜、蝋燭の下だと赤色に変わるという宝石の名前。
国王の落とし胤が見つかったという話は、ゴシップ好きの社交界の間では既に今一番熱い話題になっており、学園でも興味津々で私を観察しようとする者達がいるだろう。
本来なら少し間を置くべきだが、できるだけ早く女としての私の地位を確立する必要があるということで、見切り発車することにした。
クラスは王太子のアレクと一緒。
席はさすがに隣ではないが、同じクラスなら授業にもついて行きやすいし、王太子として来た時にうっかり間違えることもないだろう、という学園長の配慮だった。
先生に促されて教室に入ると、ざわりと空気が変わったのが判った。
王太子として初めて学園へ踏み入れた時とは別の雰囲気を感じる。
特にいつもバカなことを言い合っている男子生徒の様子がおかしい。
この学園は、王族でも平民でも身なりの違いを気にしなくていいように制服が支給されている。
男子は詰襟のようなかっちりとしたデザインの深い黒に近い紺色の服で、女子は白いフリルのついたブラウスと淡い水色の丈の長いスカート、上に男子の制服と同色の丈の短いブレザーを着ている。
今の私は、王太子との違いを強調する為に背中の半分位まである、地毛と同色である金の鬘をつけており、学園内で許される程度の化粧を施している。
たとえ同じ顔でも、髪型と服装と、化粧をすれば変わるのだ。
特に女の子はね!
今まで王太子としてふるまっていた関係で、体裁を整えるくらいはあったが、令嬢のように飾り立てることとは疎遠だった為、腕は持っていても振るう機会のなかった侍女たちが朝1時間もかけて作ってくれた芸術品だ。
「少しくらい動作が男っぽくなっても、逆に品が良くみえるように」とか
「化粧をしていないように見えて、実はちゃんと化粧しているのがいいんですよ!」とか息巻いていたが、どんな仕上がりなんだろう。
侍女たちの奮闘を無駄にしないように、精一杯覚えたての女性の礼をして、にっこりと微笑んでみせる。
微笑みなら慣れているから任せろと思っていたが、侍女曰く乙女の笑顔を研究して下さい!と言われ、付け焼刃的なものだが、皆の反応を見る限りでは良く出来たようだ。
簡単な自己紹介をして、問題なく授業を受けた後、休み時間と放課後には立ち上がることもできないほど周りに人だかりができてしまった。
曰く、今までどうやって暮らしていたのか。
どんな母親だったのか。
国王とのなれ初めを聞いたことはあるか。
王太子は王宮では何をして過ごしているのか。
サンドラは王族として認められたとはいえ、つい先日まで平民として暮らしていたということになっているので、皆話しかけやすいらしい。
ただ、うかつには答えられない質問ばかりで困っていると、人垣を分けて見知った顔がいくつか現れた。
父の妹の子供の公爵子息で、名前はベリル。
ベリルという名前はアレキサンドライトと同類の宝石の名前であり、奇妙な偶然にふと笑みが漏れる。
公爵子息のベリルは私に良く似ているが、私の髪は鮮やかな明るい金髪でプラチナブロンドに近い色だがベリルはもっと強い金色をしている。
私の瞳は通常は青の強い緑色だが、それに大してベリルは光の反射で明るい黄緑になる。
夜会など照明が暗い場合は時々間違われることが多い為、ベリルと私が同席する場合は服装を私は青基調で、ベリルは黄色基調にするという暗黙のルールが子供の頃から決まっている。
学園では同じ制服の為、自由に色を選べるタイを私は青、ベリルは黄色にしてある。
近衛騎士団長の子息であるブルーノ。
ブルーノはこの辺りでは珍しい褐色の肌をしており、黒髪に金茶色の瞳をしている。
ブルーノの母親は、近衛団長が若かりし日に遠征に付いて行った際、恋に落ちた南方国の貴族の娘だ。
今でも夫婦仲はラブラブらしい。
留学してきている隣国の第二王子、名前はシリウス。
私の髪が柔らかな光を金色に弾くプラチナブロンドだが、シリウスの髪は氷のような青みがかった銀髪だ。
色素の薄い青い瞳と合わせて、本当に夜空に冷たく輝く星のようだ。
この世界でも冬の夜空に一番強く輝く星はシリウスというらしい。
それに能力を認められて平民からコニア男爵の養女となり、この学園に通うことになった男爵令嬢のジル。
現実的にありえないだろうと思われるピンク色の髪をしており、最初はわざわざ染めているのだと思ったら地毛だったらしく、びっくりだ。
ガラス玉のような銀の瞳を持つ、時々変なことを口走ったりする少し変わった娘だ。
ジルコニア、模造ダイヤか。
公爵子息と騎士団長の息子とは子供の頃からの付き合いだが、後の二人は学園に入ってからよく話をするようになった。
「こっち来て」
それだけ言われて、ベリルに手をぐいっと引っ張られて人垣の中から抜ける。
ベリルに手を引っ張られるなんて、子供の頃王宮の庭で一緒に遊んで以来だな。
なぜか学園に入った頃からは、触れられることが殆どなくなっていたような気がするので、なんだかうれしい。
王太子に手を触れてくる人間が少ない、ということもあるのだけれど。
そのまま囲まれるように、いつも好んで使っている小部屋へ連れてこられた。
助かった、とお礼を言おうとして、はたと気づく。
向こうは初対面のはずだから『はじめまして』か。
「はじめ―――」
「で? どうやって王家に取り入ったのさ。あの王妃思いの国王が他に女を作ってたなんてありえないよね」
突き放すようにして今まで握っていた手を離し、ベリルが私を射抜くように睨みながら言う。
普段アレクに対しては一切見せたことがない、険しい表情だ。
父を信じてくれるのはありがたいが、今度ばかりは同意するわけにいかないのだ。
「私には一体何の事だか……」
「大体お前だって本当に王族の血を引いているか疑わしいものだ。どこかの売女がならず者を引っ掛けてできた子供を、捨てるのに困ってでっちあげた作り話を周りの知能の足りない平民風情が信じ込んだだけじゃないのか?」
「まあ……作り話を盛るにしても国王の落とし胤はいただけないな」
黒髪をかき上げて金茶の瞳を眇めながら、プルーノまでそう言ってくる。
「そうですよ! 大体この国に姫なんていなかったはずですよ!」
王太子は攻略対象外だから諦めていたのに、こんなイレギュラーが入ってくるなんて一体どうなってるのよ。とぶつぶつ言うジル。
……この娘、時々良く判らないことを言ってるんだよな。
まあ、私に実害がないからいいけれど。
そんな彼らを諌めるようにシリウスが口を開いた。
「お前たち、アレクから彼女を頼むと言われていたではないか。これでは逆だぞ」
氷のような容姿をしているのに、その声は優しく響く。
そうだよ! いきなり女での学園生活なんて慣れなくて大変だから、昨日だってさりげなく頼んでおいたのに!
お前、何考えてるのかいまいちよく判らない奴だったが、実はいい奴だったんだな!
ほっとしてシリウスに笑顔を向けたら、なぜか少しびっくりしたように目を見開き、そしてふっと笑って腰を抱かれた。
「血が入っていても入っていなくてもどちらでもいい。王位継承権を持っているなら、この国へのいい足がかりになる。サンドラ…姫、になるのか? 今まで平民として暮らしていたのだろう、これからよろしくな」
そう言って、顎に手を添えられて上を向かせられた。
そんでもって唇が近づいてきて……。
「いやーっ! 待ってーーー!!」
「おらぁぁ!」
ジルの悲鳴と、私の怒号と、シリウスの顎に私の渾身のアッパーが決まったのが同時だった。
このクソエロガキが何さらすんじゃあ!!
前世の記憶が入ったせいで、14歳なんて子供にしか見えんわ!
しかも相手の同意も得ずにキスしようなんてありえないだろうが。
憤慨しながら辺りを見回すと、さっきの一撃で失神したシリウスと、それに取りすがって「セーーフ!」と言っているジル。
あとは「やっぱりお前が王家の血を引いているなんてありえない!」と叫ぶベリルと、それに深くうなずきながらもどこか笑いをこらえているように見えるブルーノがいたが無視することにした。
「用事はそれだけですの? 王宮からの迎えが来る時間ですから、私もう帰らないといけませんので、これにて失礼いたしますわ」
ドアを閉めてほっとする。
まがりなりにも王太子として、最低限の鍛錬をしていてよかった。
しかし、ベリルとブルーノは王太子としてのアレクを心配をしてくれての言動とは思うが、ジル、シリウスのことも含め、友人達の新たな一面を見てしまってなんだか複雑な気分だ。
全年齢指定のつもりで書き始めましたが、自分に枷をつけるのは止めよう思いとR15・残酷な描写ありにシフトしました。
18話くらいまでは軽いラブコメです。




