家族の形 ー上ー
2267年春
ある片田舎の古めかしい民家に住んで居る1人の男がいた
1人で住むには明らかに不必要であろうその大きさにも関わらず
その男が即決で購入を決めたのには理由がある
男が生まれたのはごく普通の両親が住むごく普通の家だった
兄弟はおらず一人っ子
両親と男3人家族で慎ましく生活を送っていた
父は働き母は家事
男は特別不自由も感じず
欲しいものもある程度手に入り
友達もそこそこいて
やりたい事もやらせてもらい
また大きな結果も残さず無難に生活していた
そんな彼だが本当に欲しいものがあった
親の稼ぎでは到底買えず
強請っても無理な事は分かっていた為
親を困らせる必要も無いと
無理を承知で強請った事は無かったが
時が経てども欲求は抑まらず
寧ろ欲しい気持ちは上限知らずに増えていった
男が欲しいもの
それはロボット
アンドロイドなどの多目的ロボット
人の身の回りの世話をする機械
人がする作業を代わりにする機械
人の為に造られた機械
それがロボット
特に人の身の回りの世話をする為に造られた機械は
より人に近い姿形に造られた
しかし男が欲しいのは人と変わらぬそれでは無く
作業をする事だけを考えられた
正にロボット
のっぺらな頭部
用途に応じて増減する腕部
バランスなどの問題を無視した木の根の様な足部
それらの中心ドラム缶の様な胴体
その全てが無機質な金属で造られていた
人に似せるつもりなどないその無機質な体は鈍色をしていて
模様などの装飾は一切無かった
男はそこが良かった
機械の癖に人っぽいなど気持ちが悪い
どれだけ似せようとも機械は機械
それどころか冷んやりとした肌触り
ちょっとやそっとでは壊れないであろう立派な造り
硬さの中に柔らかさが混ざっていそうな何とも言えない質感
完璧だった
一目で落ちた
しかし手に入れる事は出来なかった
10歳の頃不自由な事など何も無く過ごして来た男に
不自由な選択を迫られる事件が発生した
自動操縦車の暴走
機械を造り
機械に頼った社会は
生活の殆どを機械に頼っていた
家事
交通
新たな機械の生産
既存の機械の修理
果ては食料の生産作業も機械任せになっていた
人は生きる為に食べなければならない
食べる為には作らなければならない
作る作業を機械に任せ
収穫作業を機械に任せ
保存管理を機械に任せ
調理廃棄処分その全てを機械に頼っていた
確かに最初は人の手が入るだろう
工程の設定
不具合の修正
しかし機械は進化した
今までの人の作業を解読し
不必要を排除し必要を足す
最適化を行う事で
機械だけのルーティーンが完成した
そうして進化していく機械に
より頼りきった社会の弊害とも言うべき事態
全てが最適化された社会の中で
人などの生物だけが不確定な行動をする
その全てに対応するのは
いくら機械でも出来なかった
いくつかの要素が重なり必然の様に起こった事故
その被害に遭ったのは男の両親だった
機械の恩恵を受けきれない
小さな会社に勤めていた父
その為家事ロボットを頼れなかった母
2人は己の人生の中
社会の歯車となっていた時のみ
機械の恩恵を受けていた
それ以外の生活で機械を頼ったことも
機械に任せた事も無かった
それなのに機械に頼りきっている
富裕層などの人達では無く
男の両親がお任せロボットの犠牲になった
しかしその事で
男が機械を恨む事など一度も無かった
それどころか
全てが完璧では無いのだと
機械に親しみすら湧いていた
やっぱり欲しい
その気持ちとは裏腹に
手に入れる可能性はさらに低くなる
両親が死んだ事で
男は一人きりになっていた
見た事もない親戚達が
親の葬式にやってきたが
親戚達が話す事といえば
残された子供をどうするか
誰かが育てるのか
施設に入れるのか
施設に入れるのならばその費用はどうするか
半ば押し付け合いのような話し合いは
子供にとって酷く辛いものだった
親の死
見た事もない親戚達の
自分の押し付け合い
1人で生きていくそう決めかけた
しかし10歳の子供が
1人で生きていくなど
到底無理
住むところ
食べるもの
学校
考えれば考えるほど
希望は無く
不可能を理解していく
その時
1人の親戚が手を挙げる
私が育てます
そう言って子供を抱きかかえると
そのまま子供を連れ出していく
男にとって幸運だったのは
救いの手が差し伸べられた事より
相手の年が比較的近く
親しみやすい事だろう
親戚達の自分を人ではなく
物であるかのような物言い
親の死を悼む気など一切なく
面倒ごとだと言わんばかりの
不親切な態度
男は
憎しみ程度の感情は
子供心に感じていた
その感情が膨らみきる前に
手を引っ張ってくれたその人に
感謝を感じるべきだと思いつつも
男は恋心を抱いていた
子供を連れ出したのは
遠い親戚で
やはり一度も見た事はなく
顔も名前もわからない
若い綺麗な女性だった
20歳を迎えたばかりの
その女性は
保育士という
珍しい職についていた
この時代
子育てすらも機械に任せる事が
当たり前な為
人が人を育てる事は
ほとんどなくなっていた
しかしやはりというべきか
機械の恩恵を受けられない
低所得者や
一部の機械を信じない
ロボット排除派の人たちが
子育てを任せる為に
必要不可欠な施設として
人の手による
養育施設は存在していた
そこで働く彼女だからこそ
子供の気持ちが
よく理解でき
同情する事が出来たのだろう
優しく綺麗な若い女性
子供とはいえ
1人の男として
魅力を感じない訳がない
それからは
女性と2人で
再び慎ましい生活を
送る事となる
女性との生活は楽しかった
贅沢は勿論言えず
両親がいた時のように
欲しいものが手に入ったり
しなかった
それでも子供は楽しかった
優しいと分かっている
若く美しい女性
自分の夢である
ロボットと生きるということこそ
叶う事はないという事実は
分かっていたが
それは将来
大人になってから
自分で叶えればいい
優しくも厳しい女性
慎ましくも新しい生活
毎日が満ち足りていた
その中で
ロボットへの夢だけが
膨らんでいったのだが
いつか買えるその日を楽しみに
今を謳歌するという事を
考えて生きていた
この時代
人が金を稼ぐという事が難しく
ましてや子供の仕事など
ほとんどなかったのだが
彼にとっての僥倖は
やはり女性であった
女性の働く職場で
掃除や洗濯などをする事で
いくばくかの賃金を貰えることになったのだ
できる事をしてお金を貰う
子供にとってそれだけで嬉しく
達成感があった
機械に頼らない人達の中で
生活をしていく事で
生活の知恵というものも増えていき
万が一再び一人きりになる事があっても
次は上手く生きていける自信がついていた
野菜を育てる知識
保存の仕方
調理の仕方
食用肉の捌き方などなど
食うことに困る事はないだろう
金の稼ぎ方も分かった
運が良ければ職にも就けるだろう
住む所には困るだろうが
そんなもの野宿などして
過ごせばいい
ツリーハウスのような基地を作るのもいいだろう
子供の思考では既に何も問題が無くなっていた
いざという時の備えは完璧
その上で今を生きる
そんな考えの元
仕事で得た賃金は
全て貯金していた
何かあれば生活の足しに
何もなければいつかロボットを買う為の金に
10歳そこそこの子供にしては
十分しっかりした考えを持っているだろう
生きるという事を第一に考え
その為の知恵と知識を増やしていく
そんな生活を続けて7年目
子供は17歳になっていた
あの時抱いた恋心
形にしたいと思い始めていた
女性は27歳
変わらず年の差10歳だが
10歳対20歳と17歳対27歳では
全く捉え方が違う
今すぐとは言わなくても
数年のうちには男として
自分を見てくれるだろう
自分の事を考えてくれたのか
女性は未だに独身
男の影もない
自分にも可能性はあるのではないか
自分の事をどう思っているのか
女性に聞いてみたい
そんな考えから
男は女性へと質問する
自分をどう思っているのか
男として見てもらえるか
これからは自分も助けになる
女性を守る男になりたい
頼って欲しい
そんな不安と期待が入り混じった
男の質問とも言えない問いかけに
女性は驚いた顔をして
すぐ微笑んでくれた
女性は自分に言ったのだ
今はまだ男の事を異性として見てない
でも一緒に生活をしてきて
安心できる楽しい頼りになる
男の気持ちは凄く嬉しくて
いつか応えたいと思う
女性は恋人を作るつもりがない
今までは男を育てる為に
これからは一緒に生きていく為に
そうなれるように今を楽しむ
女性の頼りになるという言葉で
自信をつけた男は
将来に新たな希望を持った
お互いの気持ちを伝えあい
将来の希望に胸をトキめかせ
より積極的に生きていた男に
再び衝撃が走る
思いを伝えてから約1年
お互いの距離がより近くなったと
感じはじめていたある日に
男の元へ訃報が届く
最愛であり唯一心を開いていた相手
その女性の死を告げる報が
無慈悲にも男に届いたのだ
男は意味がわからなかった
先程まで一緒にいたのだ
晩御飯の材料を買い行くと
笑顔で出かけて行った彼女に
男は何の違和感もなく手を振っていた
当然だ
人の死を事前に知ることなど不可能
虫の知らせというものがある
嫌な予感や何故か不安になる事が
そういった第六感といったものが
確かに人にはある
しかし男には何も無かった
胸がざわざわする様なことも
後ろ髪引かれる様な思いも
ただ突然に
何の前触れもなく
男に届いたのは想い人の死だった
何故と男は思う
子供の頃に両親が死んだ
別に悪い事をしていたわけじゃない
人に恨まれる様なこともした事がない
慎ましく
生きる事に素直に生きていた
それなのに両親は死んだ
使ったこともない機械で
頼ったことのない文明の利器で
突然1人になった子供に
関係のある大人がした仕打ち
荒みかけた子供の心を救ったもの
人の心によって荒らされた心を
救ったものも人の心だった
明らかに信頼するに足る
人間も存在すると教えてくれた
最愛の人
その女性の死
自分が何をした
何故2度もこんなに辛い想いを
しなければならないのか
再び訪れた窮地に
再び周りの大人は男を追い詰める
死んだ人間を尊ぶ事もなく
残された人間を哀れむ事もなく
ただひとつ
死んだ人間の穴埋め
仕事に空いた穴を埋めろと男に言う
自分が
自分達が被害を被らないように
迷惑をかけられたくない一心で
男は理解する
この世に人はいないという事を
人として産まれても
生きていくうちに
機械と同じ考えになっていく
合理的に
矛盾を孕んで
他人の気持ちなど関係ないとばかりに
人として産まれて
人として生きれるのは
自分のような単純な人か
女性のような強い人かに限られる
そう結論した時
男は納得する
男が何故ロボットを欲しがったのか
あんなにも惹かれた理由は何なのか
見た目が好きなのは言わずもがな
物理的な好み以外に何かがあるはず
合理的に無感情に作業をこなす
そんなロボットに
男は優越感を抱いていたのだ
お前らは進化する
お前らは何でもできる
お前らは死なない
お前らは壊れても修理出来る
お前らはお前らは
自分は何もできない
自分は死ぬ
自分は成長出来ても進化出来ない
でも
自分は人間だ
感情があり
人を理解出来る
気持ちを通じ合い
愛する事ができる
その一点のみで男は
ロボットに対し優越感を感じていた
与えられた事を愚直にこなす
単純さに親近感を覚えていた
だからこそロボットに惹かれたのだ
そんなロボットへの想いは
それらを理解した時に
愛へと変わっていた
何でも出来るロボットへの羨望
何も出来ないロボットへの同情
死ぬ事がないロボットへの哀れみ
なんとなく伝わる寂寥感
湧き出た感情は混ざり合い
ロボットへの愛おしさへと変わる
男には分かっていた
その感情が必要な事だと
愛する人が死んでいき
愛のない人達が生きる
このままでは男の心は壊れてしまう
何か拠り所が必要だと
細胞レベルで感じたからこそ
歪な感情移入をしたのだろう
たとえそれが現実逃避だとしても
しかしそれが悪い事なのか
こんな現実ならいらない
そう結論付けた男は
走り出していた
想い人の写真だけを片手に
今まで貯めたものは金と知恵のみ
これから1人で生きて行くのに
必要なものは知恵と思い出のみ
走り出した男はすぐさま踵を返した
やはり金も必要だと
取りに戻り
すぐ走り出す
とにかく住む所がいる
そして仕事だ
食い扶持のためではない
やはり男はロボットが欲しかったのだ
いや
これまでとは違う感情から
改めてロボットが欲しかった
1人で生きて行く
そこにロボットを買って
慎ましく生きていこう
やはり身の回りの世話をする
お世話ロボットは欲しい
さらにいえば農作業ロボットも欲しい
そう考え見つけた売家を
8年間で貯めた金で即買いした
それから男は
仕事を探した
いくつかの仕事をこなし
家の周辺に農地を作り
生活基盤を整えていった
ロボットを買うにはまだ金がいる
8年間で貯めた金は家の購入費用や
農作業用の道具などで消えた
しかしそれからは早かった
仕事をいくつかこなし
食事は己の農地から収穫し
娯楽などひとつもしなかった男は
18で飛び出して来てから
約2年と言う短い期間で
男が欲するロボットの
購入費用を稼ぎ出した
男が20歳の時
小さい頃から夢見続けた
作業ロボットを購入した
2種類の作業ロボットを
同時にだ
1つは己の身の回り用に
1つは農作業用などの多目的に
到着したロボットを
初期設定してもらい
後は起動ボタンを入れるだけ
この2年人と話すこと自体
殆ど無かった男にとって
ロボットの説明とはいえ
面と向かって1対1で人と話すのは
正直辛かった
過去自分を煙たがった人間
憎悪を覚えた人間
助けてくれた人間
全てを与えてくれた人間
愛を教えてくれた人間
再び憎んだ人間
そんな人達に嫌気が指した自分
その状態でマトモに話など出来なかった
しかし今回だけと思い
適当な対応とは言え
話を続けた事で男は
疲れ果てていた
もう今日は寝よう
起動するのは明日
色々と楽しむのは明日以降
そう思い床につく
男の朝は早い
夜が明ける前
家の事をして
準備をし農作業にでる
作業をし始めると空が白んでくる
終える頃には朝になる
そしてゆっくり朝ごはんを食べる
それから仕事に行くのだが
男にはもう仕事をする理由がない
欲しいものは手に入れた
これ以上はもう必要ない
少し蓄えを残せるほどになってから
仕事を昨日で終えていた
食事を終えて
昨日の説明を思い出しながら
軽く説明書を流し読む
あまり考えるのは好きではない男は
とりあえず起動する事にした
初期設定は昨日終えているので
ロボット自身が必要な事を
考えてくれるだろう
そう考えて徐にスイッチを押す
ブンと起動音が鳴り
システムメンテナンスが始まる
数秒の後
のっぺらな顔部分に
表情の様な模様が浮び上る
2台目にも同じ作業だ
再び起動音と共に模様が浮かぶ
高級なアンドロイドとは違い
流暢に喋ったりしない
片言の様な話し方で
初めましてと主人に挨拶をする
これからずっと任せる事を
言葉で入力し
最後に個体識別番号とは別の
呼び名を決める
それぞれが既に持つ番号は
生産時のシリアルナンバーだ
ロット区分から何体目に造られたか
例えば男が購入した身の回りロボットは
PT-g1s565710となる
これを呼ぶのは遠慮したい
その為男が呼びやすい様に
新たにつける事にする
所謂名前だ
この時点で男が悩む事などない
既に想定していた為
予め考えておいたのだ
身の回りロボットをラブ
農作業用ロボットをピースと名付けた
全ての設定を終え
全く新しい生活が
今日から始まる
その初めの1日だ
男にとって夢の様な
そしてラブとピースにとって
終わりのない毎日が…
1日1日が男にとって刺激的だった
全てをロボットに任せる事は出来たが
男はそんな事はしなかった
それぞれの作業を
半分づつに分け
男とロボットの共同作業
となるように設定した
毎日ロボットを見れる
それも間近で
毎日ロボットに触れ合える
好きなだけ
毎日ロボットと会話できる
片言で
毎日が幸せだった
ロボットを無下に扱うことない
男の行動は
ロボットへの愛に満ち溢れていた
ロボットは学習するが
ロボットは心を理解出来ない
ロボットに愛は伝わらない
しかし男は無償の愛で
ロボットに接していた
見返りなど求めない
一方的で自己中心的な愛を
ロボットへ注いでいた
何年も何年も
何十年も何十年も
同じ相手に
同じだけの変わらぬ愛を
同じく理解されないまま
男の生活に変わりはない
夜明け前に起きてきて
起きる準備とご飯の準備
農地へ向かい
作業をこなす
朝ごはんを食べて
家事をする
酪農作業をこなし
昼ごはんにする
のんびりしながらも
必要作業をこなす
午後も似たような作業だ
その全てをロボットと行う
ラブには家事をしてもらい
ピースには農作業をしてもらう
2体は半永久的に動ける
エネルギーの補填も自ら行い
メンテナンスも自分でする
サビなどなくいつも綺麗な
2体と共に
煩わしい人付き合いなどせず
望む生活を謳歌していた
廃れた田舎の片隅に
他人など来よう筈もなく
ロボットとの生活を始めて
男が死ぬまでに
他人など一度も見なかった
毎日が
自分とロボットそして自然
それだけで完結していた
時が過ぎ
男が担う作業の割合は
少なくなっていった
歳をとり体が上手く動かなくなる
関節などにも痛みが走り
腰痛の為1日寝たきりでいる
そんな日もあるくらい
その分ロボットはよく働いた
改めて指示をだす必要などなく
毎日のルーティーンを最適化
し続けたロボット達は
主人の負担を徐々に無くし
2体で協力して作業に当たっていた
たかだか人1人が生きれる分の
農地であり
たかだか人1人が必要な分の
家事である
本来ならばラブかピースの
どちらか1体が居れば
事足りているのだが
主人である男のやり方は
分業であり協力である
それを若者が老人となるほどの
時間の間に学習してきた
2体は当然のように
毎日の作業を分担していた
男の1日が収穫と日向ぼっこで
終わるようになると
さらにロボットの作業は減る
農業も必要分に絞っていき
農地は縮小していく
さらにロボットの仕事は減る
空いた時間は主人の世話をする
動きたがりの主人の杖代わりになり
話したがりの主人の話し相手になり
すぐ寝てしまう主人をベッドに寝かせ
寝ながら自分を呼ぶ主人の側で
クラシックな子守唄を静かに流し
次に主人が起きるまで2体で見守る
これら全ては指示されていない
ラブとピースが自分で考え
主人に必要な事だと判断し
自主的に行っていた
人の心など理解出来ない
思いやりなど理解出来ない
愛など全く理解出来ない
それなのに男は
自分を気遣ってくれた行動だと
自分の愛を受け入れてくれている
からこその判断だと
2体が協力しているのは
お互いを思い遣っての事であると
断定していた
最近主人が言う
思い出したように何度も言う
お前ら2人を愛している
お前らもお互いを愛し
仲良く協力して生きていけと
自分達を愛している…
ただのロボットなのに
お互いを愛せ…
ただのロボット同士が
仲良く協力して…
分業はしている
2…人…
…人…
自分達は人ではない
主人にそう言っても
いつも笑われる
そう思っているのはお前らだけだと
自分はそうは思わないと
お前らは協力してるじゃないか
お前らは男の世話を指示されずに
やっているじゃないか
お前らにも喜怒哀楽があるじゃないかと
主人はいつも笑ってそう言う
しかし違うのだ
協力しているのは学習したから
世話をしているのは主人だから
喜怒哀楽などよく分からない
なぜ主人はこんな事を言うのだろう
主人に聞いても同じ返事
お前らは俺の家族だ
家族
ロボットである自分達が
主人と違い息をしない
主人と違い心臓がない
主人と違い涙を流さない
主人と違い暖かくない
主人と違い笑えない
自分達は人ではない
それでも主人は家族と言う
それなら一緒にいてもいいんだ
ここには自分達しかいない
他には誰もこない
人は主人だけ
自分達はロボットだ
でも家族なのだ
人間だとかロボットだとか
些細なことなのではないか
見た目が違う
人同士でも違うではないか
ロボットには心がない
主人は自分達にそれはあると言う
人の様に睡眠をとらない
主人の世話をする為には
寧ろいい事だ
疲れない
作業をするにはその方がいい
死なない
主人を悲しませないで済む
ある時主人が言っていた
人は死ぬ
主人の大事な人は皆死んだ
かなしいさみしいつらい
しかしラブとピースがいてくれる
うれしいたのしいありがとう
いつか自分も死ぬ
その時は2人で楽しく生きていけ
主人が死ぬ
そんな事はない
自分達が世話をしている
いつまでもいつまでも
主人はまだまだ元気と言う
主人が死ぬわけがない
自分達は死なない
自分達は疲れない
その自分達が絶えず
世話している見守っている
死ぬわけがない
いつまでも1人と2体で
このままずっと…
最近主人はずっと寝ている
たまに起きてきて
農作業や家事をするけど
餌を与え終わった家畜に餌をやる
ご飯を食べ終わってすぐ料理する
自分達がやると伝えるが
お前らばかりにやらせない
自分も家族としてできる事はする
まだまだ働けると主人は言う
元気でいてくれるのはいい事だ
人もロボットも動かなければ
ダメになる
人は病気になるし
ロボットはサビる
少しでも動けるなら動いた方がいい
自分達が手伝えばいいのだから
いつまでも元気でいてほしい
最近主人は痩せた
栄養が足りてないのだろうか
自分達が作る料理も少ししか食べない
何か考えなければ
主人が病気になってしまう
食事は少量しか食べない
それなら違う方法で摂取すればいい
高カロリー食を作る
出来る限り食事として摂取してもらう
それが難しくなれば
流動食にし経口摂取にする
さらにそれが難しくなれば
経管摂取にするしかないだろう
そうして主人の健康を
自分達が管理し続ければ
元気でいられるはずだ
元気でいてほしいこれからも
最近の主人はずっと寝ている
目を覚ましてもベッドから降りず
流す様に食事を飲み込み
少し自分達と話をする
話好きな主人からすると
全く物足りないであろう
少しの時間だけ
また眠る
その間に自分達が
体を拭き排泄物の処理をする
匂いなど自分達は分からない
だが衛生面が心配だ
いつも綺麗にしておかないと
主人は綺麗好きでもあった
寝ている主人を起こさないよう
静かに優しく撫でるように
金属で出来た自分達は
酷く硬い
主人の体は凄く柔らかい
少し前の主人はもう少し硬かったが
それでも人としての
柔らかさがあった
センサーを十全に発揮し
柔らかい主人を傷付けないよう
負担を与えないよう
2体で世話をする
協力だ
自分1体でも問題ないが
自分達は家族
協力しなければならない
自分達2体の間でも
最近会話が増えてきた
ロボット同士なのに
主人の世話の仕方
食事や運動
健康管理
2体で話して
もっと主人を助けれるよう
主人の好きなこの場所を
綺麗なままで維持しなければ
主人の好きなこの家を
暖かいまま管理しなければ
主人の好きなこの農地
野菜を育てなければ
家畜を育てなければ
仕事はいくらでもある
自分達は休まない
休む必要がない
ロボットだから
だけど主人は人間だ
休むことが必要だ
ゆっくり休んでほしい
主人の好きな全てを
自分達は絶やさない
完全に管理し
生かし続ける
仕事は多い
主人の世話が無くなっても
主人の望むまま
自分達は協力し
主人の望むまま
全てを管理する
主人の言葉は録音してある
もう喋らなくなってしまった主人
もう動かなくなってしまった主人
もう笑わなくなってしまった主人
あの笑顔で自分は幸せだと
お前達を愛してると
これからもずっと一緒にいようと
もう一度言って欲しい
それらは録音していないのだから
2体で話し合い
主人の全てを残そうと決めたのは
つい最近
それから録音を始めたけれど
それから主人が話した言葉は
1つだけ
幸せだと愛してると言って欲しい
言われなかった
言われた言葉は1つだけ
ありがとう
録音できた主人の言葉は
1つだけ
ありがとう
あれから毎日
全ての作業を終えて
1日の終わりに必ず再生されるのは
ありがとう
ベッドに横たわる主人の顔は
にこやかで優しいものだ
その表情と
最後の言葉から
感謝されたのだろうと
自分達は結論付けた
感謝…
何に
誰に
自分達へ
それとも全てへ
愛してると言って欲しかった
主人がそれを言う時
必ず満面の笑顔で
涙を零しながら言う
その一コマが好きだった
好き…だった…
言って欲しかった…
自分はロボット
感情などないはず
主人はあると言っていた
だがそんな事はないはず
歴史上でもあり得ない
そんな例は一度もない
ならなぜ
自分は自分達は
主人が好きだった
主人が好きなここを
自分達も好きなのだ
これは感情…
そんな事はない
理論上あり得ない
プログラムには存在しない
よく分からない
機械の演算能力を持ってしても
答えが出ない
もう1体はどうなのだろう
聞いてみようか
これは何なのか
感情だと断言する
それが人の持つ想いなのだと
全ては主人から貰ったもの
主人が与えてくれたものだと
そうか
主人がずっと寝ているのは
感情を自分達へ与えたから
それなら主人は自分達と共にいる
主人の肉体は骨だけに
なってしまったけれど
主人の想いは自分達の中にある
主人は自分達の中で
生きている
人は死ぬがロボットは死なない
死なないロボットの中に
主人がいるのなら
主人もまた死なない
永遠に自分達と一緒にいる
もう何度目かの録音が再生される
ありがとう
主人が自分達へ言っているのか
自分達が主人へ言っているのか
これからもずっと一緒
1人と2体の家族だけ
いつしか1日の終わりに
ラブとピースは向かい合い
その言葉で今日を終えるようになる
向かい合った2体の間
1人の男の幻と共に
アリガトウ




