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Trick or Treat

作者: 風雅雪夜

『若い賢者が現れ、その賢者は苦労するが多くの仲間に支えられ、そして偉大な功績を残す。その名は何百年と語り継がれ、魔界の民全てがその賢者の名を知っている。近いうちにそれは現れる』


_____とある魔界の予言者の予言



※主人公が半分以上不在です。

 この世界には予言があった。若い賢者が近いうちに現れる、という予言が。その予言により、魔界はちょっとした騒ぎになった。親たちは子供を賢者にさせようと必死で勉強をさせた。躍起になっていた。しかし、その野望は、一人の少女が魔界に来たことで終わってしまった。ルカ・クラウディアという一人の少女、彼女の登場によって。




 赦さない。

 赦さない。

 私の未来を奪うなど、赦しはしない。

 赦さないぞ、ルカ・クラウディア!!




 ルカはいつものように箒に乗り、上空を飛んで散歩をしていた。月の出る晩はいつもこうして空を飛ぶ。彼女は月が好きだ。大好きな月を見ながら散歩をするのも、また大好きだった。

 神々の森の上空を飛んでいた時だった。彼女をつけている人物がいた。木々の枝を跳びながら、 彼女の後をつける。すると、尾行している人物は、右手をルカに向けて何かを呟くと手のひらに作られた光球を放った。

「!っ!」

 光に気づき振り向き避けようとしたが、その光球はとても早く、彼女に避ける間さえ与えず、直撃した。

 意識を失い、上空から落下していくルカを狙撃者が跳び、空中で受け止めた。すぐに魔法でゲートを足元に作り、下降しながらそのゲートに入って消えた。

 ルカ・クラウディアは、誘拐されたのだ。月明かりに照らされた犯人の影は、ルカよりも小さな少女の影だった。




 翌朝、ルカの家では、一匹の黒猫と少女のミイラが彼女の帰りを待っていた。

「ルカ…遅い」

「また、何かを見つけて首を突っ込んでいるのよ、きっと。ウルの時だってそうだったわ」

「…でも、心配」

「大丈夫よ、ルカは賢者。一人で解決できるわ。さ、ご飯食べるわよ、マミ」

「…うん、ノアール」

 気分を切り替えたマミを見てノアールは、空中で宙返りをすると、少女の姿になり、てきぱきと朝食を作り始めた。出来上がるにつれ、彼女の耳と尻尾が揺れ動く。

「できたわよ」

「いただき、ます」

「いただきます」

 二人の少女は、朝食を食べ始めた。


 昼過ぎになってもルカは戻らなかった。ノアールもおかしいと思った。いつもなら昼前には戻ってくる。戻ってこなくても、梟を通じて知らせてくれる。それがないのはおかしいことだ。昼寝をしているマミを確認して、家に残し、静かにある家に向かった。


「グレン!」

「どうしたの、ノアール?」

 息を切らして飛び込んできた少女姿のノアールを見てただ事ではない雰囲気を感じた少年、グレン。彼は魔法使いで、ルカが魔界に来るきっかけを作った人物だ。彼女のルカと同じく賢者になるのが夢だが、薬師の方に才能があり、また、その容姿から魔界モデルとして活動をしている。

「何があったんだい?」

「…ルカが昨日の夜から、散歩に出たきり、戻ってこないのよ」

 息を切らしながら彼女は言った。

「知らせもないんだね」

 その言葉に頷くノアール。

「分かった。僕が探すから、ノアールは家に戻って、待ってて」

「でも」

「マミは、君がここにいることを知らないんだろ?」

「…えぇ」

「なら、戻って待ってて」

「…分かったわ」

 ノアールは家に戻った。

「よし」

 グレンは呪文を唱えた。

「大地、星、風、水、炎の全ての精霊たちよ。我の探し物に協力せよ。我が探すは、ルカ・クラウディアなり」

 すると、彼の頭の中にイメージが流れ込んできた。

「(これはルカの目線。神々の森の上っぽいな。大きな満月が隣にある。)」

 イメージはそこで終わった。月の方向からルカがどの方向に向かって飛んでいたかを考えて、グレンは神々の森に飛んだ。

「…ルカ」

 またイメージが流れ込んできた。ルカの背後から昏睡魔法の光球が飛んできて当たり、ルカは真っ逆さまに落ちていく。

「危ない!」

「きゃっ!!」

 急に動き出したグレンの箒の先に二人の魔女が飛んでいた。

「ご、ごめんなさい!」

「もう、危ないで、しょ…」

 一人が怒鳴りかけたが、急に勢いが無くなった。どうしたのだろう、首を傾げると、女は急に態度を変えた。

「ぐ、グレン様!」

 学生時代の取り巻きだろうか。それともファンクラブの一員だろうか。

 あ、と声をあげて、思い出した。

「エレナ・セレナーデ!」

 彼女、エレナはパァッと顔を輝かせた。しかし、グレンは彼女のことを思い出して複雑な思いだった。何故なら彼女は、学生時代ルカをいじめていた奴等の一人だったからだ。そして、彼女は今、自分と同じ業界で仕事をしている。なんという巡り合わせだろう。

「グレン様とこんなところで出会うなんて」

「うん。そうだね」

 彼女と話すのも苦手だ。自分とルカとの態度があまりにも違うからだ。

「(早くルカを探さないと。ん?)」

 彼女の後ろにいる左目を隠した少女に目が行く。影のようにひっそりと静かに飛ぶ少女は何者だろう。

「セレナーデ、その子は?」

「この子はリン・キロカルダといって、私の家の使用人の子供です。私が面倒を見てあげてます。リン、彼はグレン様。私の学生時代のクラスメイトで、今は私とモデルをやっている今をときめく御方なのよ」

 ずいぶんと壮大な紹介だ。

「…こんにちは、グレン様」

「こちらこそ」

 とても深々とお辞儀をされた。それにつられて、自分もお辞儀をした。小さいながらもしっかりした子だ。

「グレン様、さっきは一体どうしたんですか?」

「それは、探し物をしていたんだ」

 それが、ルカだと言わずに彼は簡単に説明した。

「まぁ、私達もなんです。リンがこの辺りで落とし物をしてしまって」

 彼女たちも探しているようだ。

「私達も一緒に」

「エレナ様」

「…分かったわ。探したいところですが借り物なので早く見つけないといけません。私達はこれで。ごきげんよう、グレン様」

「失礼します、グレン様」

「ああ、見つかるといいね」

 彼女達と別れて、先ほどのルカが落ちたと思われる場所に飛ぶ。

「…ルカ。…!」

 木の枝にルカの箒が引っ掛かっていた。

 しかし、ルカの姿はない。その後、見つけたのは、ルカの帽子だけで、彼女自身を見つけることは出来なかった。


「あー、見つけられちゃったじゃない!」

「申し訳ございません」

「もう!作戦を立て直すわよ!」

「Yes」

 二人組は姿を消した。




 夜、グレンの家に集められたノアール、マミ、悪魔のセーレ、死神のサリエル、半吸血鬼のヴァン、蝙蝠少女のピピ、狼少年のウル、ジャック・オ・ランタン、お化けのトム、フランケンシュタイン博士の弟子に改造された息子のフラン。計10名。そんな大人数でも、部屋にはまだ十分な広さがあった。

 部屋の中央に置かれたローテーブルの上には、グレンが見つけたルカの帽子と箒が置かれていた。

「…ルカ」

 今にも泣きそうになるマミをジャックが優しく抱き締める。心配そうにトムはマミを見る。

「…一体、誰が…」

 怒気を含んだ呟きを漏らすノアール。犯人がこの場にいたら、引っ掻きむしりそうだ。

「ルカが誘拐されるなんて、想像しなかったノラ」

 フランが言う。確かに、誰も想像なんてしていなかった。ルカは賢者だ。何があっても彼女なら大丈夫と、過信しすぎていた。

「ルカの臭いは消えていたから、連れ去ったのは空中だと思うぜ」

「空を飛べる者ということか」

「魔法使いか魔女だと思うんだ。もの探しの魔法のビジョンでルカに光球が当たるのを見たんだ」

「ルカを狙う魔法使いなんて…」

 一同は考える。

「しかし、それだけでも犯人はけっこう絞れたんじゃないか?」

「どう言うこと、セーレ?」

「グレン、予言を知っているか?」

「予言?」

 自分が幼い頃、そんなものがあったような。

「若い賢者が現れるっていう予言があったんだよ。魔女、魔法使い達が自分の子供を賢者にさせようと必死で勉強させたんだ。しかし、彗星のごとく現れた人間界から来た魔女の少女があっという間に賢者になった」

「それって」

「あぁ、ルカだ。ルカは賢者だが、彼女には敵が多い。襲撃されても不思議はない」

 急に立ち上がったノアールは、壁際に立つセーレにつかみかかる。

「ルカがやられても文句を言うなと言いたいの!?」

「ノアール!!」

「よせ、落ち着け!」

 グレンとサリエルが引き剥がしにかかる。

「セーレ、お前もいい加減にしろ」

 サリエルが言った。

「サリエル、俺はまだ、全てを話していない。悪魔から見た、この事件の犯人像を話させてくれ」

 彼の推理を聞くことにした。

「…」

 相変わらずノアールは、殺気だっている。もしもの時のために、フランが彼女をガッチリとホールドしている。邪魔は入らないと判断し、セーレは話始めた。

「いくらルカに敵が多いと言っても、賢者相手に勝負を挑もうだとか殺そうだとか、出来るわけはない。そう簡単なことじゃない。むしろ、返り討ちに遇うだけだ。最悪の場合は、魔界裁判にかけられて、監獄に収監される。普通の考えの奴ならそんなことはしない。逆に諦めて付き合うしかない。しかし、今回の事件は起こった。この犯人はルカにとても強い恨みと憎しみを持つ者だ。それでいて、ここからは俺の推測だが、ルカがとても嫌いで、ルカの近くにいて、ルカの次に賢者になれるやつだと思う」

「ルカがいなくなれば、その人は賢者になれるもんね」

 ヴァンの言葉にセーレは頷く。

「グレン、思い出してくれ。恐らく、お前が犯人を知っている」

「僕が?」

「お前以外に誰がいるんだ。俺達の中で一番ルカといたのはお前だろ。お前しかいないんだ」

 そう言われても、と肩をすくめるグレン。

「お前じゃなきゃ、誰がルカを助けんだよ、ヘタレ」

 ウルが言った。

「ったく、なんでこんなヘタレを姐さんは選んだんだ…。なんで俺はこんなにも…」

 グッと自分の拳を握りしめるウル。ルカを救い出せない己の無力さを痛感していた。

「ウル…」

「…グレン、その後のものさがしのビジョンはどう?」

 ヴァンが尋ねた。

「うん。何かの実験施設みたいな機械の部屋にいるのが見えた。薄暗くてそれくらいしか分からなかったよ」

 先程見えたビジョンを説明した。

「…機械、実験施設…、そして、魔法使い…。ジャック、何か心当たりがないか?」

 知識だけならルカ以上のジャックにセーレは問う。

「…ふーむ。魔法科学者のような感じがしますね」

「魔法科学者…」

 グレンは何かを思い出しそうだった。

「ねぇ、この中にヒントってないのかしら?」

 ピピが小さな体で彼女の体よりも大きなアルバムをフラフラと飛びながら運んできた。

「おっとっと。ごめんね、ピピ。重かったでしょ?」

「大丈夫です、ヴァン様!」

 優しくそっか、と言ってアルバムを受け取り開いた。

「どれどれ」

 皆がアルバムを見る。

「ん!」

 何かに気付いたようにグレンが声を出す。

「どうした?」

「クラスに魔法科学者の娘がいたんだ」

「!」

「それは、誰だ?」

「アイラ・アラルベーラ。彼女は頭もよかったし、魔力もあった。でも、ルカを恨んでいたかどうかは…」

「そうか。でも、可能性はありそうだ」

 セーレは家族に定評のある某コンビニで買ったであろう小さなノートにこれまたコンビニで買ったであろうシャープペンで名前を書いた。

 そして、思い出した。彼女がルカのことを嫌っていたのを。

「エレナ・セレナーデ」

「確か、お前と同じ魔界モデルの」

 サリエルが言った。どうして死神のサリエルが知っているのかは突っ込まないが。

「セレナーデは、ルカをいじめていたんだ」

「成る程。可能性もあるな。いじめていたやつか…。よし、そいつらの名前、全部教えろ」

 グレンは話した。その途中で、アイラもルカをいじめていたことを思い出した。アイラが犯人なのか。それとも、別の人物なのか?

「サリエル、急いでこいつらを調べてくれ」

「私がか!?」

「死帳を見れば一発だろ?」

「セーレ、貴様と言うやつは…。全く…。私は情報屋じゃないというのに。分かった。調べてやる」

 サリエルは、死神界に戻った。

「僕たちも帰ろうか、ピピ。もう夜が明ける」

「そうですね、ヴァン様」

「もうそんな時間か。ウル、送っていってやれ。途中で寝られたらピピじゃ運べない」

「セーレ、それくらい分かってるって。いつものことだろ。じゃな」

「おやすみー」

「ヴァン様しっかり!」

 ヴァン、ピピ、ウルが人間界に帰っていく。

「フラン、もう離していい」

 フランが手を離すと、ノアールがするりと抜けた。

「ふぅ。…体ガチガチよ」

「すまない」

「まぁ、いいわ。私も大人げなかったし」

「ごめんなノラ」

 しゅんとしてフランが謝った。

「フランのせいじゃないわ。大丈夫よ」

 と言って、猫の姿になり伸びをする。

「フラン、ジャック、トムは、マミの側にいてやってくれ」

「分かりましたよ。マミ、とりあえずお家に帰りましょうか?」

「帰ろ、マミ」

「…うん」

 4人は、ルカの家に行った。

「セーレは?」

「あいつ、どうせ暇してるだろうから取っ捕まえて探させる」

 悪魔の仲間に手伝ってもらうようだ。

「ノアールは、…休んでた方がいいね。動きがおかしい」

「そうね、足手まといよね。家に帰るわ」

「僕はこのまま探すから送っていくよ」

 ノアールを抱き上げて箒を手にとる。

「なんかあったら召集かけろよ。じゃあな」

「うん」

 グレンの家には誰もいなくなった。




ーーーごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい、賢者様。


 眠っているルカに、確かに自分に謝る少女の声が聞こえた。赦しを乞い、助けを求める声を確かに聞いた。

『大丈夫。きっと助けてあげるから』

 一度浮上した意識がまた深く沈んだ。




 グレンはもう一度、神々の森に来ていた。セレナーデ達により、続きを見ることができなかったあのビジョンが見たかった。落ちたルカはどこに行ったのかが、その中にきっとあるはずだと。

「あの続きが見られれば…」

 強制終了させられたビジョンをどうしても見たい。だから、先程から森の上をぐるぐると飛んでいるのだ。

「はぁ…」

 見られない。ルカの箒と帽子の落ちていた場所にもう一度行ってみようと下降した時だった。

「(!来た!)」

 目の前でルカが落ちていく。必死に手を伸ばし、抱き止めようとするが、ビジョンなためグレンの体をすり抜ける。ルカを追おうとすると小さな影がルカを奪った。

「!」

 その小さな影は、昼間見た少女、リン・キロカルダだった。

「リン・キロカルダ…」

 意外な人物がルカを誘拐したことに驚いていた。

「(待てよ、そう言えばリンとセレナーデは何かを探していた。早く見つけたいと言っていた。まさか、それは、ルカの箒と帽子のことだろうか。遺留品を回収したいと思っていたら、先に自分が見つけた)」

 更に彼は考える。

「(リンの探し物に付き合っていたセレナーデは知っているのか?もし、そうだとしたら、二人は共犯なのか?でも、リンが犯人なのは間違いないな。信じられないけど。セーレやサリエルにも相談しよう)」

 まず、セーレを探した。


「セーレ!サリエル!」

 ちょうど二人が話をしていた。

「グレン、ちょうどよかった。ルカの居場所が分かったぜ」

「!本当に?」

 驚いた一体どうやって調べたのだろうか?

「パズズに中を調べさせたらある建物の中にルカがいるのが分かったんだ」

「それは、どこ?」

 ごくりと唾を飲み込む。

「アラルベーラ家所有の実験施設だ」

「アラルベーラ…。アイラ・アラルベーラの?」

「ああ。犯人はそいつに間違いない」

 なら、自分が見たあのビジョンはなんなのだ?

「ルカを誘拐した犯人と違う?」

 ポツリと言葉をこぼした。

「グレン、どういうことだ?」

 サリエルが訊く。

 グレンは、自分が見たビジョンを説明した。セーレは頷いて聞いていた。

「…もしかしたら、複数犯なのかもな」

「複数?その、リンという少女とアイラ・アラルベーラの犯行ということか?」

「いや、サリエル。これは、アイラとリン、そしてその主のエレナ・セレナーデだ」

「3人?」

「恐らく、リンはアイラとエレナにルカを誘拐しろと命令された。しかし、いくつかの遺留品を残してきてしまい。エレナと回収にきたが、その前にお前が見つけてしまった、というところだろうな」

 セーレが言った。

「どうしてルカを誘拐したんだろ?」

「さぁな。ただ、早く助けねーと、ルカの身が危険だ」

 セーレの言葉に目を丸くする。

「危ないって、弱ってるってこと?」

 サリエル、とセーレがサリエルに説明を促す。

「いいか、グレン。落ち着いて聞いてくれ。もし、ルカがこの世界に現れなかったら、賢者になっているであろう人物は、アイラ・アラルベーラだ」

 確かに彼女はルカに次いで実力も知恵もあった。納得のいく人物だ。

「アイラは、エレナとその他の魔界貴族の娘たちを言葉巧みに操り、いじめていたんだ。エレナとは仲が良かったんだろう。使用人の娘を使い、ルカを襲撃、誘拐した。奴等はルカが嫌いだ。きっと目障りで仕方ない存在だ。だから」

「もういい」

 グレンがサリエルの言葉を遮る。

「ぐ、グレン…」

 サリエルはグレンに何かいいかけたが、止めた。

 悪魔や死神でさえ、恐怖を覚える。 あの、普段とても穏やかなグレンが怒っている。殺気が迸っている。とても痛く、冷たい。苦しくなるような空気を感じる。

「…グレン!」

 セーレが呼ぶ。

 その声にはっとし、グレンの殺気は収まった。

「…ふぅ。とにかく、グレン。俺達はルカを助けに行かないといけない」

「分かってるよ、セーレ」

「ルカを助けるんだ。落ち着けよ、グレン。あいつらを殺すことじゃないんだ。今のお前は一瞬であいつらを殺せる」

 それほどの殺気だった。悪魔や死神である彼らなら立っていられたが、ノアール達なら、恐らく気絶する。あるいは、死んでしまう、そんな殺気。だからこそ、セーレはグレンに念を押した。

「いいか、ルカを助けるんだ。相手を殺すんじゃない。ルカを助ける、だ。分かったな、グレン」

「…うん」

 一呼吸し、落ち着いたグレンが言った。

「行こう、ルカを助けに!」




「何よ、…これ?」

 セレナーデは驚いていた。

「…」

 相変わらずリンは無表情で影のようにひっそりとしてそれを見ていた。

「ルカ・クラウディアを消すための準備です」

 機械を操作する女性が言う。

「彼女が魔界にいる限り、私達の障害になります。ならば、魔界から追い出してしまいましょう」

「追い出すって、どうするのよ、アイラ」

 アイラ・アラルベーラは、答える。

「人間にしてしまいましょう。魔力を吸い取るのです。あとは、煮るなり焼くなり貴女のお好きになさい」

 淡々とアラルベーラは言った。

「煮るなり焼くなりって、アンタ、そこまでする?」

 その言葉におやと、アラルベーラが問う。

「その口ぶりは、ルカ・クラウディアを庇うように聞こえますが。貴女は彼女に消えてほしいのでしたよね」

「…ええ、そうよ。急に現れて、私の欲しいものを皆取っていくんだから。憎くてしょうがないわよ!」

 ギリッと歯を食い縛る。その様子を見て、アラルベーラは言う。

「ああ、良かった。貴女が腑抜けではなくて私は安心しました」

「当然よ!私はエレナ・セレナーデ!魔界貴族で今注目の魔界モデルなんだから!」

 その言葉を聞きながら、セレナーデに背を向けてアラルベーラは、準備を続ける。

「(それでこそ、貴女は私の最高の手駒だ。エレナ)」

 彼女の浮かべる悪意の笑みは、誰も知らない。


 ガラスの円筒形の装置の中にルカを入れ、蓋をする。床と装置の天井に魔方陣が描かれている。

「これで、魔力を吸い取っちゃうのね」

「ええ。しかし、しばらく時間がかかります。それが難点です」

「細かいことはいーけど、これで、いなくなってくれるなら、こんなに嬉しいことはないわ!アハハッ!」

 くるくると踊り出すセレナーデ。

 その様を一瞥して、 アラルベーラは指揮棒を振る動作をし、魔法を発動させる。機械は動きだし、ルカの体が淡く光り出し、全体から湯気が立ち上るように魔力が漏れ出す。天井の魔方陣が魔力を吸い取り、そこから繋がる管を通し、別のガラスの筒にその魔力を貯める。

「なんて美しい色…あぁ、これが賢者の魔力の色なのか…」

 貯まる魔力にうっとりとした視線を向けるアラルベーラ。

 部屋のすみにひっそりと立つリン。

「…賢者様…」

 とても小さな声で呟く。

 三人の思いはそれぞれの方向へ向かい出す。



「ここにいるんだね」

「あぁ、パズズは俺に嘘を吐いたことはないから心配すんな」

「後で増援と医者も来る。安心しろ」

「サリーちゃんに感謝しろよ?」

「この悪知恵の悪魔め、その名で呼ぶな!」

「ちょっとちょっと」

「痴話喧嘩は、その辺にして、さっさと殴り込もうぜ?」

「あの二人、殺る気満々なノラ」

「グレン、お願いします」

 その言葉に頷き、金属の頑丈な扉に手を当てる。

「開錠」

 扉の鍵が開き、鉄の扉は動いた。

「ピピ」

 暗い屋内をピピの超音波ソナーで安全を確認する。

「目に見える物理的な障害はないわ。魔法の方はわからないけど」

「ありがとう。大丈夫、ないよ」

「なら、行くわよ」

「大胆に、派手に、ルカを助ける!」

 マミの言葉を合図に皆は屋内へ雪崩れ込んだ。


「!!」

 ビクリとリンが震えた。

 その様子を見ていたアラルベーラは、水晶玉で施設内を監視する。

「…来ましたか」

 何に反応したかは分からないが、そんなことはどうでもいい。アラルベーラは、手をうった。




「…アラルベーラ…」

 彼らの前に現れたのは、アラルベーラが操っていると思われる30体程の西洋甲冑の軍勢だった。

「グレン、半分任せていいノラ?」

「いいよ。手伝ってくれてありがと、フラン」

「行くノラー!」

 その巨体で本当に半分程を押し返し、更に破壊し始めた。その勢いは、鬼神か破壊神か。

「金銀でなければ、全ての金属は腐食する!生成魔法、海水!」

 小瓶を取り出すと、その中の塩と水がひとりでに出てきて、沢山の海水となり、西洋甲冑の軍勢を襲った。海水で濡れると、今度は風を起こした。ただの風ではない。酸素の風だ。酸化させて、錆びさせ、腐食させた。

 最後に指を鳴らすと、錆の軍勢は跡形もなく崩れた。

「うぉー!!」

「手伝…わなくて大丈夫そうだね」

 フランも終わりに近づいていた。本気のフランケンシュタインモンスターの力は、凄まじいものだった。

「急ぐわよ(待ってて、ルカ!)」


「っく!」

 アラルベーラは顔を歪めた。しかし、すぐに元に戻り、セレナーデに言う。

「エレナ、我々にお客さんです。悪いお客さんの」

「悪い客?」

「ええ、ルカ・クラウディアを取り戻しに来た我々の敵です。どうします?」

「いいわ。誰が来たか知らないけどそんなの関係ないわよ。追い返してやるわ。行くわよ、リン!」

「yes」

 二人は部屋を出ていった。

「…」

 二人、特にリンを見つめていたアラルベーラは、何か言い知れぬ不安を感じていた。そもそも、リン・キロカルダという少女は、分からない。何を考えているのか、何者なのか。分からない。全く分からない。




 セレナーデは驚いていた。敵とは、グレンのことだったからだ。

「セレナーデ、ルカを返してくれ」

 グレンが言った。

『エレナ、聞こえますか?エレナ』

『!アイラ!』

 テレパシーの魔法で話しかけてきたアラルベーラの声に止まっていた思考が動き出す。

『エレナ、貴女は先程の誰が来ても関係ない、追い返す、と言っていました。ならばやることは分かっていますね』

『でも、グレン様は…』

『戦わねば、我々の野望は、夢は叶わないのです。貴女はそれでいいのですか?ルカ・クラウディアが彼のとなりに居て』

『!…そうよ、いいわけないわ。私がグレン様の隣にいなきゃ。私は、貴族、モデル、私の方が彼を支えられるわ。だって、私が一番彼のことが好きなんだから!』

『…そうです。後で、記憶を書き換えれば、彼は貴女のものです。さぁ、戦いなさい』

 アラルベーラの声は聞こえなくなった。

「た、例えグレン様でも、ここを通すわけには行かないのよ!リン!やってしまいなさい!」

「…yes」

「セレナーデ…君は…」

 リンが向かってくる。

「皆、来ちゃだめだよ」

 グレンは、皆と距離を取るようにしてリンと戦いだす。

「(グレン様さえいなければ、あとは、私の好き放題よ。フフッ)」

「サリエル、ここは俺達の出番じゃないか?」

「私は魂の管理者だぞ」

「職務違反させて、ごめんね」

「ヴァン、心配するな。ルカの魂も管理しないとな。彼女を殺させるわけにはいかない」

「マミ」

 セーレがマミに耳打ちすると、マミは頷いた。そして、セーレ、サリエル、ヴァンはセレナーデの戦うために前に出た。

「誰が来たって負けないわ」

「小娘、悪いことは言わない。そこを通せ。でなければお前は喧嘩を売ってはいけないものに喧嘩を売っていることになるぞ」

「今のうちに止めとけ。引け」

「引かないわよ!ここは通さないって言ってるでしよ!!」

 声を荒らげるセレナーデ。ヴァンは、逆に弱々しそうな声を出して言った。

「あの、本当にやめた方がいいよ。君が敵わないよ。ね、今ならまだ間に合うから。ね、やめよう?」

「だーかーら、やめないって言ってるでしよ!!本当、わからないの?」

「セーレ、何を言ってもこの小娘は分からないらしい」

「あぁ。なら、やるしかないな」

 悪魔と死神はニヤリと笑う。逆に吸血鬼はオロオロする。

「我々に勝てるとは思わぬことだな」

「勝ってやるわよ」

 戦いが始まった。

 飛び交う魔法の光球。切り裂く鎌の冷たい光。悪魔の張り巡らせた罠。傲慢な魔女は、どうなるのか。


「リン、本当に君がルカを誘拐したのか?答えてくれ!」

「…yes」

「どうして、何で?」

「言うことは禁じられています」

 暗く静かに答える彼女。何かを恐れているように隠すように答える。

「リン、君は命令されたんだろ?ルカを誘拐しろって」

「!」

 瞳が大きく開かれた。

「…やっぱり、そうなんだね」

「…私が、私がエレナ様に喜んでもらうためにやったことかも知れません。あるいは、誤って賢者様を傷つけ、ここに連れてきたかも知れません」

 彼女は言う。

「違うよ、リン。君は命令されていた。僕には分かる」

 ゆっくりと彼がリンに近づく。

「…」

 リンは強風をグレンにあてる。

 吹き飛ばされそうな程であるにも関わらず、彼はしっかりと地に足をつき、飛ばされないようにゆっくりとリンに近づく。

「…リン、僕は物探しのビジョンで見たよ、本当のことを。君が普段からセレナーデからひどいことを言われていたことも、君が本当は、とても良い子だということも」

 風が弱まる。

「私は…」

「リン、本当はこんなこと、したくなかったんでしょ?」

「っ!」

 風は完全に止まった。そして、膝から崩れ落ちた。

「リン。ルカなら、きっと助けてくれる。許してくれる。だから、もうやめて、ルカを助けよう?」

 リンの肩に手を置き、ゆっくりと優しく諭すようにグレンは言った。

「…グレン…様…。賢者様は…私を…」

「泣かないで、リン。ルカは困っている人を助けるために賢者になったんだ。できることならなんでもするよ」

 リンの大きな瞳から大粒の涙が一つ、二つと流れ出した。

 セレナーデと戦うサリエルとセーレ。グレンとリンの様子を見てそろそろ片付けようとアイコンタクトをとる。

「あの子は堕ちずにすんでよかったな、サリエル」

「ああ、どこかの愚かな魔女とは違ってな!」

「!それは、私のこと!?ほんとにむかつく!あんたたち絶対に倒してやる!!」

 怒り狂った彼女はセーレとサリエルに失神魔法の光球の嵐を浴びせる。

「だから、俺達には魔法なんて効かねえよ」

「何故、分からない…」

 光球を鎌で切りながらサリエルは呟いた。

「かわいそうか?」

「哀れだ」

「じゃ、もう終わりにするか。サリエル!マミ!」

 サリエルの目が赤く光った。すると、光球の嵐は動きを止めた。

 バッ!シュルルッ!!

「な、何よ、これ!?」

 セレナーデの背後に吸血鬼の力で姿を消したヴァンと彼の能力で一緒に消えていたマミが姿を現していた。マミは彼のマントから姿を現すと同時に腕の包帯を伸ばし、セレナーデに巻き付け、動きを拘束していた。

「な、言ったろ?お前に俺達は倒せねぇって」

「くっ!…ひ、卑怯者!一人に集団なんて、卑怯よ!!」

「あ?何言ってんだよ、ババアが」

「ババア、ですって!?」

 ウルがセレナーデに言う。

「あんたはサリエルが我々に勝てると思うなって言ったあと、集団なんて卑怯なんて、一言も言ってなかったろ?あぁん?」

「そ、それは…」

「否定しなかったろうが。調子いいこと言ってんじゃねぇよ」

「ウル、満月」

 セーレが動きの止まった光球を指差した。

 すると、ウルの体が徐々に大きくなり、体毛で埋め尽くされていく。そして、狼の姿になっていく。

「…あ、ああ…」

「…ウオーン!!」

「きゃあーーーー!!!!!!!!!!」

 セレナーデの目の前で変身し、更に吠えると彼女は悲鳴を上げて気絶してしまった。

「大したことねえな」

「まぁ、ルカと比べればな」

「早く行くわよ!ルカを早く助けなくちゃ!」

 ノアールは、急いでいた。

「待って、ください」

 リンが小さな声で止める。

「アラルベーラ様は、とても、お強いです。賢者様は、今、アラルベーラ様に魔力を抽出されている最中です。あの方は、賢者様を魔界から追放するつもりです。あの方に、勝てますか?」

「相手が強くても、ルカを取り戻さないと。ルカは、私達の命の恩人なんだから」

「居なくなるの、困る」

「お嬢さん、止めていただいてありがとうございます。ですが、我々はどんな強い敵が居ようと、私達の大事な友人を家族を失うわけにはいかないのです」

 彼らは先に進む。

「…お前は、自分の正しいと思ったことをすればいい。ルカは喜ぶ。それに、世界はきっと変わり出す」

 最後にセーレがリンの頭を撫でてから皆の後に続いた。

 気絶して拘束された主を見て、まっすぐに大事な人を助けに行く彼らを見て、彼女は呟いた。

「…エレナ、様…」

 幼い頃、自分をいじめっ子から守ってくれた彼女。自分の恐ろしい変化に怖がらす、いつも通り接してくれた彼女。その彼女がいつからこんなに歪んでしまったのだろう。モデルになってから?いや、違う。あの人に出会ってからだ。あの人に出会ってから、彼女は歪んでしまった。優しかった彼女は消えていってしまった。そして、震えていた。きっと、心の中では、こんなに醜く変わってしまった自分に泣いていたのだ。私は気づけなかった。

「…エレナお姉ちゃん。私は、お姉ちゃんの気持ちに気づいてなかった。お姉ちゃんは、怖くて震えて、だから、冷たかった。あの人に出会ってしまったから。だから、私、決めた。あの氷の人の野望を阻止するね。もう、お姉ちゃんが操られて、変わって、泣くのを見たくないから。待ってて」

 リンは皆の後を追い実験塔の秘密通路を走った。




「まさか、エレナが…。侮れませんね。しかし…」

 容器に貯まりつつある魔力を見ると、後少しで全てが終わる頃だった。

「この容器を壊すことはできない。私の勝ちですよ」

 魔力の容器にそっと手を触れる。

「!」

 後ろに気配を感じ魔力の盾を作り攻撃を弾く。黒い少女が自分に長い爪を向け、引っ掻くところだった。

「(こいつは、クラウディアの飼い猫…)」

 すると、後ろからルカの筒を割ろうと、死神の鎌と狼の蹴りと怪物の怪力と炎と破壊魔法と吸血鬼の力で作られた剣が迫っていた。

「(無駄です)」

 筒は割れなかった。

「ルカ!!」

 皆がルカの目を覚まさせるように彼女を何度も呼んだ。


『…ああ、誰かが呼んでいる。誰だろう。…たくさんの声。誰?』

 目を開けようとすると、力が入らない。瞼がなかなか開かない。

『力、入らないや。でも、大切な人達がそこにいる気がする。なら、開けないと。皆に、会わないと』

 力を振り絞り目を開けた。


 そこには、皆がいた。しかし、アイラ・アラルベーラもいる。ルカには何がなんだか分からない。

「!ルカ!生きてる!」

「でも、早く助けないと!」

 皆の言っている意味が分からないが、目だけで周囲の様子を探ると、隣に金色に光る液体のようなものが入った筒がある。

『あれは…もしかして…』

 自分の上下を見ると、魔方陣が描かれている。自分の体からあの筒の中の物と同じようなものが流れ出ている。魔力を抽出されている。 だから、力が入らないのだ。これでは自力でここを出られない。魔法も使えない。

「俺なら助けられるが…まだ、医者が…」

「うううぉおおおあおりゃぁああああ!!!」

 大きな掛け声と共に黒衣のゴーグルをかけた少年が大鎌をルカの筒に降り下ろした。

「(来た!!)」

 セーレが指を鳴らす。すると、筒の中のルカが筒の外、グレンの腕の中へと移動した。

「はーい、ちょっと失礼しまーす」

 紙を束ねた黒衣の女性がぐったりしたルカに駆け寄る。

「エイルさん、ルカをお願いします」

「オッケー。サリエル。さ、診察治療」

 黒衣の女性が鞄から薬をだした。

「とりあえずこれ飲んで。少し体力が戻るから」

「あの、貴女は…」

 グレンが聞くと彼女は答えた。

「死神協会戦場派遣部ワルキューレ隊所属の医者のエイル。ロキの姉だよー」

 直後、バリーン!!という大きな音が響く。

「よっっっししゃあああ!!!!姉や!サリエル!僕、壊したよ!!」

「!!な、バカな…!」

「ロッキー、すごーい!さすが私の弟ー!」

 無邪気に手を振るロキ。しかし、彼は死神。大鎌を持った体は細いが、けっこうガッチリした肉体を持つ死神である。

「死神め…。でも、まだ」

 アラルベーラは抽出したルカの魔力を手に取った。

「私が賢者になる!」

 筒を錬成し、中の魔力を凝縮し、飴玉程の大きさにさそ、それを彼女は食べた。

「な!あの子何てことを!」

 エイルが叫ぶ。

 アラルベーラの体は光だし、姿が変わっていく。光が消えると、彼女の髪色と服装が変わっていた。

「感じる…感じるぞ、賢者の魔力!これが、賢者!私の力!!」

 アラルベーラは歓喜する。そして、力を試すかのように手を振る。砕けた硝子の筒がもとに戻り、つむじ風が巻き起こる。

「素晴らしい!ほんの少しの力でここまでとは…。次は貴方達ですね。私の邪魔をした罰です」

 アラルベーラがルカ達に向かって、手を出す。

「(今だ!)」

 サリエルは、先程の動きを止めていたセレナーデの失神魔法を動かした。沢山のそれは一直線にアラルベーラに向かっていく。そして、全方向からのそれらは全てがアラルベーラに命中した。

「やったか?」

「…これで、私が倒せたとでも?」

 アラルベーラは倒れていなかった。体中に纏った魔力で盾を作っていたのだ。

「こんなことも出来るのか…流石、賢者の魔力!ああ、私はとうとう手に入れたのだ!」

「アラルベーラ…」

 これが本当の彼女だというのか。目立たず、大人しく、秀才だった彼女はもうそこにはいない。力に溺れた者だった。

「さぁ、ルカ・クラウディア!お前を今すぐ楽にしてやろう!」

 光球が放たれる。

「させるかぁ!!」

 サリエルとロキが光球を切り裂いた。

「ルカっちは死なせないよ」

「我々の友を大事な人を守る!」

「その戯れ言、いつまでに続くか」

 沢山の光球が放たれる。それをルカに当たらせまいと二人は鎌を振り切り続ける。

「脱出した方が良さそうね、セーレ君!」

 エイルがセーレに叫ぶと、セーレは指を鳴らした。エイルとルカ、グレンがその場からいなくなった。

「ルカを頼んだ、エイルさん、グレン…」

 セーレも自身の物を移動させる能力を駆使し、アラルベーラの放った光球を彼女にお返しして攻撃を始めた。

「我が体内に宿りし炎よ、悪鬼となり、我を守り、敵を滅ぼせ。ウィル・オ・ウィプス!」

「ノラー!!」

「ニィヤァァァァァ!!!!」

「ウォーーーーン!!」

「うおおおおお!」

 怒号しか聞こえない戦場で彼女は言った。

「なんて馬鹿な者達…」

 炎を蚊を払うように払うとパチン、と指を鳴らした。

「低速魔法」

 その場にいた彼女以外の者達の動きはスローモーションのように遅くなった。

「…なんて、つまらない」

 光球を作り、アイラは放った。




「大丈夫かな、ロッキー達」

 研究所の外の森の中でエイルは呟いた。

「…グレン」

「ルカ、大丈夫?」

「うん。…皆は?」

「アラルベーラと戦ってる」

「賢者ルカ、具合はいかがですか?」

「少しずつだけど力が入るようになってきたよ。ありがとう、ロキのお姉様」

「エイルでいいです。しかし、賢者ルカ、事態はよくないです」

 ルカの顔が曇る。

「私もルカでいいよ、エイル。でも、皆を助けないと」

 実験塔の方を見る。

「大丈夫よ。あそこには死神が二人、悪魔が一人、吸血鬼が一人、怪物が一人、ってそうそうたるラインナップ。サリーちゃんとロッキーと、セーレ君がいるから、大丈夫。私達が信じてあげないと」

 エイルはルカに自分の魔力を分け与えていた。

「でも、もう少し待ってね。あの子を倒すための魔法くらい使えるところまで分けてあげるから」

「…アラルベーラ…」

 また、実験塔の方を見た。




 放たれた光球は別の光球が当たり、相殺された。

「…何です?リン・キロカルダ」

 アイラはイライラしたような冷たい射貫くような視線をリンに送る。

「私は、貴女を止めなきゃいけない。お姉ちゃんのためにも、賢者様のためにも、それに、大事なことを教えてくれた、気づかせてくれた大事な人のためにも!」

「馬鹿なことを…。貴女に何ができるというのです。貴女のような弱い、人に従うだけの存在が」

「私は、変わるんです!!」

 リンの体から魔力があふれでて風が起こる。

「!その目は」

 髪で隠れていた左目が見えた。左目には六芒星が光っていた。

「お婆様、この目を力を使うことをどうか許してください。…偉大なる先人に従いし悪魔達よ、ソロモンの名において、その力を貸したまえ!出でよ、ソロモン72柱!」

 左目の六芒星から、光の六芒星が出て、地面と平行になると、そこから、悪魔達が出てきた。

「な、お、お前は一体何者だ!?」

「私に与えられ、失われた一族の名。リナーリア・ソロモン・キルジェリア。ソロモン王の力を受け継ぐ者!」

「!う、動ける」

 魔法にかかっていたセーレが動き出した。

「王が私達を呼んだのだよ、セーレ」

「ダンタリオン?」

「私だけではない。今、ここに必要だと思われる仲間達が王に呼ばれてる。アモンにフォカロル、ウェパルが呼ばれた。小さいが大した王だ」

「王…。あの子か…」

 リナーリアが手を挙げた。

「悪魔の力、今こそ示せ!」

 ダンタリオンが精神攻撃を仕掛ける。その間、ウェパルが皆の魔法を解き、治療し魔力を分け与える。

「セーレ、貴様、あの賢者を呼び寄せよ。あの賢者の魔力を体に戻してやらねばな」

「分かった」

 セーレが指を鳴らすと、もう一度ルカ達が現れた。

「あー、詳しく説明してる時間がねーから簡単に言うな。あいつを倒すために俺の仲間が協力してくれることになった。あと、ルカ、お前の魔力も戻してくれると」

「ありがとう。セーレ。状況はなんとなく分かった」

 その時。

「アアアァァァ!!!!!!!!!!!!!!」

 アラルベーラの叫び声が響いた。

「おい!こいつヤベエぞ!」

 先程の姿からうって変わり、彼女の手足は禍々しい黒い魔力の鱗と爪が生えていた。顔もひび割れを起こしている。髪も美しかったのが、白いしゅろぼうきのようなものになっていた。

「やっぱり魔力が暴走を…」

 エイルが呟く。

「まずい…。フォカロル、ウェパル!攻撃じゃ!」

 アモンの言葉に従い、彼らは火を水を風を操り、アラルベーラに攻撃をする。

「やったか?」

「…ぅ、ぅあ。…私は…私は…」

 白煙の中、ゆらりと立ち上がろうとするアラルベーラが見える。なんとか立とうとしているのがわかる。

「まだ、立ち上がるというのか…」

「なんという精神力…」

「…」

 ルカがアラルベーラに向かって歩き出した。

「ルカ?」

「…助けないと…」

「ルカ、危ないよ!」

「賢者様…」

 アラルベーラは、近づくルカに気づくと低く唸って威嚇する。どうやら、攻撃するほどの体力は残っていないらしい。大丈夫、と自分に言い聞かせて更にゆっくりと近づく。

「…私が…、私が、賢者に…」

 とうとう、ルカはアラルベーラの前に来た。そして、アラルベーラの前に座った。

「アラルベーラ…」

 手を伸ばしアラルベーラの鱗に覆われた右手を取る。すると、黒い鱗は光色に美しく輝き、パァッと弾けるようにして光の粒子のような姿に変わった。アラルベーラの姿も同じようにもとの姿に戻っていく。

「…戻っておいで」

 漂う光の粒子に語りかけると、ルカの体に入っていった。今度はルカが輝き出した。

「魔力を、戻した?」

 ルカは自分に戻ってくる魔力に混じって、何かが伝わるのがわかった。それに意識を傾けた。




「アイラ、貴女が賢者になるのですよ。さ、お勉強なさい」

「はい、お母様」

「…アイラ、お前ならもっとできるはずだ。大丈夫、お前は私達の素晴らしい娘だ。こんな問題、簡単にできるはずだ。期待しているぞ」

「はい、お父様」

「何故、私達の娘ではないのです!?私達の娘は毎日賢者になるために勉強を…待ってください!納得いきません!お考えくださいまし!!」

「貴女の方が、絶対に賢者にふさわしいのに…何故、何故だというのです」

「…お母様」

「貴女が賢者になれなかったのは、貴女の努力が足りなかったからだわ!どうしてくれる!これまでの時間を!!貴女の顔など二度と見たくない。出ていきなさい」

「…はい」

「…私が賢者になれなかったのは、私のせいではない。私だって、エレナ達のように遊びたかった。友達が欲しかった。でも、それを我慢してお母様に従った。あんなに沢山、勉強などやりたくなかった。私はずっとあの子と一位を競っていた。でも、私の未来は、お母様は、あの子に奪われた。だから、赦さない。ルカ・クラウディアを赦さない。彼女の力を私のものにして、私が賢者になる!未来を、お母様を取り戻す!」





「…アイラ…」

 ぼろぼろのアラルベーラが横たわっている。名を呟くとうっすらと目を開けた。

「ルカ・クラウディア…」

「見たよ、貴女は、とても辛かったんだね。苦しかったんだね。ずっと一人ぼっちで寂しかったんだね」

 ルカの瞳から涙が一つ二つとこぼれ落ちた。

「…私は、貴女への復讐心にかられていた。貴女のように周りの人と関われなかった。人の心が分からなかった。だから、私は賢者になれなかったのですね」

 静かに彼女は言った。

「アイラ…貴女だって、きっとなれたんだよ。私と貴女に、そんな差はなかった。ただ、人の心が分かる、それだけだった。知識だったら、貴女の方がずっと上だった」

「いえ、貴女には賢者になってやりたいことがあった。しかし、私にはなかった。心と目的が私にはなかった」

「アイラ…」

「フフッ。全く、ルカ・クラウディア。貴女という人は、いつまで経っても泣き虫ですね」

 二人の才女の頬がキラリと光った。




 魔界病院に搬送されるアラルベーラとセレナーデを見送り、グレンは言った。

「あの二人はこれからどうなるんだろう」

「賢者誘拐の罪で魔界裁判にかけられるけど、まだ私達は少年法が適用される年代だからそれほど重い罪にはならないよ。それに貴族だから、表側には出ないはずだし」

「そっか」

「酷くても、しばらくは少年院に入るか、特別懲罰の刑に処されると思う。彼女達の動機を考えるとね」

「そっか…」

 二人の会話が終わったのを見計らってか、ルカにノアールとマミ、それにトムが抱きついた。

「おっと」

「おかえり、ルカ!」

「よかったよー!」

「今度から、私もマミも散歩に連れていきなさい!行かないと怒るから!」

 マミとトムは泣いていたが、ノアールは強がっているのか泣くのをこらえてルカを叱る。

「ごめんね、皆。ただいま」

 抱き締めて言った。

「ふぅ…お帰り、ルカ」

「皆、待ってたんだぜ」

「お帰りー、ルカっちー」

「お帰り。やっぱりルカがいないと。ピピがとても心配するよ」

「お帰り、ルカ。ヴァン様も私も待ってたのよ」

「お帰りなさいッス。姐さん」

「お帰りナノラ」

「お帰りなさいませ。ルカ」

「賢者様、ごめんなさい。そして、お帰りなさい」

「お帰り、ルカ」

 グレンが最後に言うと彼女は泣きながら笑顔でこう言った。


「ただいま、皆」






 それからのお話を少し。

 あの後、私の思った通り、回復したアイラとエレナは魔界裁判にかけられて、罪を償うことになった。やっぱり、特別懲罰の刑に処された。人間界で魔法を使わずに二人でとある村で三年の自給自足の生活をすること。エレナは文句を言っていたけど、アイラがちゃんとしてるので大丈夫だと思う。私を誘拐したリンちゃんも何かの罪になるんじゃないかって心配したけど、そこはソロモンの知恵なのか、悪魔達のおかげなのか、罪にはならず、なんのお咎めもなかった。むしろ、今回の活躍で失われていた爵位が戻り、貴族に三百年ぶりに戻るみたい。


「姫、お茶でございます」

「ありがとう、フォカロル」

「ひーめー、賢者ルカ殿が来ましたよー」

「あ、通して、ウェパル」

 ルカが部屋の入り口から顔を出した。

「こんにちは、キルジェリア様、ご機嫌麗しゅうございます」

「賢者様、ご機嫌いかがでございますか」

「元気だよ。そんなに畏まらなくても。貴女の方が私より力があるのに」

「ご、ごめんなさい。つい、癖でして」

「貴族だから、堂々としていいんだよ」

「…はい」

 俯いて顔を赤くした。

「これから大変だね」

「はい。貴族の生活をサポートしていたので、サポートされる側が落ち着きません」

「姫様、かわいらしいことを…」

 そばにいたダンタリオンがリンの頭を撫でる。

「皆は貴女のこと姫、って呼ぶんだね」

「当然です、賢者ルカ。リナーリア様は我々の王ですが、王というより、彼女は姫でしょう」

「こんなにかわいいのだから姫と呼ばずしてなんと呼びますか」

「ウェパル、ちょっと苦しい」

 抱きついていたウェパルは申し訳ございませんと、離れる。

「楽しい家族だね」

「はい。皆は私に従っているだけなのかも知れないけれど、私にとっては大切な家族です」

 誇らしげに言う。部屋のいろんなところから泣き声が聞こえる。

「貴族になった貴女の目標はあるの?」

「目標ですか…。そうですね。…私のように誰にも言えなかった心の声を吐き出したり、相談したりする機関を作りたいです」

「きっとできるよ、貴女なら」

「ありがとうございます」


「あっつ!ここどこよ!!」

「エレナ、貴女少し落ち着きなさい」

「全く、夏とかいうこの季節!暑すぎでしょう!全く、魔法使いたいー!」

「エレナ、貴女は少し忍耐をつけましょう」

 頭を抱えるアイラ。

「貴女は何も思わないの?暑いとか、疲れた、とか?魔法を使うなとか、無理だわ」

「しかし、だからこその罪滅ぼしなんですよ。私達はまだ学ばなければならない。罪を償うために」

「…アイラ、変わったわね」

「貴女が変わらないだけです。さ、出来ましたよ。夏野菜のパスタ。夏バテ防止です。倒れられては困りますからね」

「わかったわよ」

「明日は収穫した野菜を売りに行きますからね」

「えー、外にいくのー!?嫌よ」

「文句を言わない」

「…はい」


「言うなら、これは、大切なものを取り戻す話、なのかな。さぁ、私も、大切な誰かを助けに行こうか」

 夜の森を魔女は飛んだ。今日も人を助けるために。

長々と有り難う御座いました。

疲れたと思ったら、ちゃんと目を休めてくださいね。

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