絶対——学園 善と悪の戯言
教室。
「人を嫌いになったことがないんだけど。変かな」
「変ではないよ。凄いね」
「殺意は芽生えるんだけどね」
「人を嫌いになったことはないのに、殺意は芽生えるの? 凄いね」
「凄いかなあ。照れるなあ」
「照れないでよ。意味不明だよ。どういう意味なんだよ。なんで、殺意は芽生えるのに人を嫌いにならないんだよ」
「だってさ、腹がたつじゃん。俺の正義基準から逸脱して悪いやつがさあ。目の前で、へらへらと調子こいてるのを見るとさあ」
「怖い怖い。やめてよ、そういうこと言うの。てかさ、正義基準てなんだよ。はは」
「笑うなよ。酷いね」
「お前が言うな」
「お前は言っていいの?」
「僕は言っていいさ。お前は酷い」
「笑えるー。お前って面白い奴だな」
「……笑えねえよ」
「お前みたいなのがいるから、なかなか人ってもんは嫌いになれねえな。殺意は芽生えるけどさ、すぐそんな気持ちは忘れちまうんだ。はーあ。もったいねえ」
「僕はお前が忘れられる人間で本当に良かったと心から思うよ」
「良かったな」
「ああ。良かったよ」
「怒りってのは忘れた方が、いいのかなあ? 俺はいつも、怒りエネルギーを殺意に変えて生きてきたけどさあ。でも、それって人の迷惑にしかならない気はするんだよねー」
「お前の言っていることが、よくわからないよ。人を殺したらダメに決まってるだろ。それは迷惑だとか、迷惑じゃないとか関係なしにさ」
「でも、迷惑だからしないってのは論理的な感じがするけどなー。まあ、別にいいじゃん。やる気があろうと、殺る気があろうと、実際に行動してないんだ。俺は真っ当な人間だ」
「お前が真っ当な人間かどうかは、少し怪しいけどな」
「少しかい。それはよかった」
「よくないよくない」
「大丈夫だよ。いつも、俺はにこやかで善良な一般人を振る舞って生きているからさあ。なにせ、俺は正義の味方だからな」
「お前の正義の見方は、だいぶ歪んでいるけどな」
「お。正義の味方じゃなくて、正義の見方か。お前、面白いこというな」
「……面白くねえよ」
「最近、気づいたんだけどよお、結局、人間てのは誰かを助ける代わりに他の誰かを傷つけて生きているんだよなあ」
「誰かを助けることはできても、他の誰かは助けることはできないって、タイタニックの映画を思いだすな」
「俺は思いださないけどなあ」
「そこは合わせてほしいんだけど」
「俺も、思いだすよ! 今思いだした!」
「……無理に思いださないで」
「仕方ねえだろ。思いだしちまったんだからさあ」
「もうこの会話自体がくだらねーよ。なんの身にもならない」
「日常の会話ってだいたい、そういうもんだろ?」
「まーね」
「無駄なものは、ないのかなあ」
「おい、どーしたんだよ」
「いやさあ。無駄な命ってなかなあ見当たらないなあって思ってさ。みんな、相対なんてする余地がないほどに価値がある存在だと思っちまう。……殺意は芽生えるんだけどなあ」
「怖い怖い。なんか、凄くいいこと言ったと思ったら、最後は『殺意は芽生える』って怖すぎるわ」
「ちょっとギャップ萌え要素を取り入れてみた」
「お前に萌える要素はねーよ」
「お前は萌えるのか?」
「ああ。僕は萌える。萌え萌えだぜ」
「きしょくわるいことを言うな。殺意が芽生えるだろうが」
「僕を殺してみろ。その時は、一億人の萌オタクがお前の家に押しかけることになっている」
「冗談……だろ? 押しかけてどうするんだ? 」
「家を燃やす。萌え燃えだぜ」
「…………」
「お前、どうした? 顔色が悪いぞ?」
「殺意が芽生えた」
「じゃあ僕が、その芽を摘んでやるよ。摘芯してやんよ」
「摘芯てなんだあ?」
「不要な芽を摘むんだよ。そうすることによって果実に栄養がいくようになるんだ」
「じゃあ葉っぱを全部むしり取れば、大きな果実ができるってことか?」
「日光を浴びないと死ぬわ。重ならない程度に葉を摘むんだよ。光合成しない植物なんて、僕は聞いたことねーよ」
「聞いたことがないだけだろ? たとえば、収穫間近の果実は、全部、葉をむしり取ればいいんじゃないのか?」
「なんで、お前は、植物の葉を全部むしり取りたがるんだよ。なんか、こえーよ」
「こえー?」
「そうさ。僕はお前が、怖い」
「たしかに、俺は、お前を、殺したいからな」
「自覚してるのはいいけど。もうちょっと、その言い方、自重してくれ」
「死ねえよ」
「そうか。……なら、仕方がない」
「ごめん。嘘だよ」
「は? なんのことだ?」
「死ねえよって言って、ごめんよお」
「ああ、いいさ。だけど、もう少しぐらい自重しろよ?」
「お前もな」
「お前だろ」
「はは。お前ってくだらない奴だな」
「お前だろ?」
「いいや、俺じゃあない。お前の方が上だ」
「なるほどー。『下らない』から、僕が上なのか。じゃあ、たしかに、僕は下らないな」
「はは。お前、下らねえぜ」
「だな」
「お前は、うなぎ上りだ」
「……やっぱ、よくわかんねぇ」
「そうだろ? だって、俺も、よくわかんないからなあ」
「話になんねーよ」
「いや、話にはなってるだろ?」
「会話になんねーんだよ」
「え。会話にはなってるだろ?」
「……ダメだこりゃ」
「『ダメ』ってことは、わかるんだね」
「お前がな」
「お前もな」
「僕はちげーよ」
「俺も違うよ」
「じゃあ誰がダメなんだ?」
「誰もダメじゃない。何がダメなんだ」
「なんだよ」
「世界」
「……」
「世界」
「……お前って『俺は悪くない。社会が悪い』とか言う奴だろ」
「いいや。違う。『俺は悪くない。世界が悪い』って言うタイプの人間だ」
「変わんねーな!」
「少し違う!」
「違わねーよ!」
「俺は悪くない。お前が悪い!」
「……一番タチの悪い奴だ」
「俺は良い。お前も良い」
「だから?」
「こうして世界は平和になった」
「和やかにはなったけどなー」
「平らにもなっただろお?」
「ああ。起伏がない、真っ平らだよ」
「こうして世界は平和になった」
「でも平和って言っても、実際、一人の力で全部を完全に助けるなんて、できない。それに、各々の都合で助けることが、ひいては、誰かを傷つけることだって、ある」
「……どうした? 改まって」
「いや、いいんだ。感傷に浸ってしまっただけだから」
「聞きたいんだが。お前ってさあ、平和って、どこからどこまでが平和だと思う? 絶対的な平和ってあると思うか?」
「客観的な平和はない。だけど、個人的な都合のいい平和なら絶対にあるだろうね」
「もし、お前の目の前に、極悪人がいて、そいつを殺したら一万人の命が救われるとしたら、どうする?」
「そしたらきっと、僕は、迷わずそいつを殺すに違いない、と思う」
「はは。——最悪だな、お前。別に殺す以外の選択肢でも一万人の命が救われたかもしれないんだぜ? ——最悪」
「お前に言われたくないよ」
「俺は、殺意があっても、殺さないぜ? お前とは違ってなあ」
「……」
「なんだ?」
「じゃあ、お前はなんなんだよ」
「俺か? 俺はなあ。——最善だ。 いつだって、全員にとっての最善を尽くす。みんな、じゃなくて『全員』だ」
「みんなと全員は同じ意味だろ?」
「抽象度が違う」
「……ま、言うと思ったけど」
「で、なんで、お前は殺すんだあ? さっき、いかなる場合でも、人殺しはいけないって言ってなかったか?」
「え。そうだったか? 忘れちまったなー」
「そ、そうか」
「人殺しは悪いことだってのは理解している。でもよー、時と場合ってのはあるだろ?」
「俺はないけどな。いかなる時も、人殺しはしないし、させない。それが——最善だ」
「それはお前にとっての最善だろー?」
「俺にとっての最善だ」
「ふん」
「殺意は芽生えるんだけどなあ」
「んっ!?」
「人殺しはしないが、殺意は芽生える。大丈夫なことなので、二回言い」
「もういい! わかったからもう言うなー!」
「ました」
「もーいい加減にしろ」
「俺は、いい加減だ」
「ふん。やっと気づいたか」
「悪い加減なのは、お前だ。——最悪。いい加減にしろよ」
「…………」
「図星か」
「ちげーよ! ボケんな」
「……ついにお前がツッコミキャラに昇格した。いや、もしかしたら降格かもしれないがなあ」
「勝手に決めんなー。誰だよお前」
「俺か? 俺は——最善だ」
「どこがだよ」
「どこだと思う?」
「お前に、善意を感じる要素はどこにもねーよ」
「お前に、悪意を感じる要素はあるがなあ。最早、お前の中に悪意の塊を感じる」
「いや、そう言うお前には、善意の塊はまったく感じねーし。何言ってるのかわかんねーってゆうか」
「最早はこの世に一人しかいないが」
「本気で何言ってるかわかんねー! なんだこいつ」
「俺か? 俺はなあ——最善だ」
「くどいな。お前が最善なら、例えば——最弱は誰なんだよ?」
「——最弱は、あいつだ」
「ああ、あの机の上で居眠りしてる、あいつか。ま、まあ、最弱っぽい感じはあるけどなー、あ、はは」
「——最弱を笑うな。最弱は力が弱いから誰も助けられない、自分すらも、助けられない可哀想なやつなんだ。俺、あいつ好きだぜ。自分が傷つく代わりに、誰も傷つけないって、実際、なかなか、できることじゃない」
「ふーん。力が弱いから、誰も傷つけない、ねぇ。ま、その通りかもしれないなー。でも、誰も傷つけないなんて、できないよな」
「力が無い生物はいないからなあ。誰も傷つけないなんてことをしたら、食事すらできなくなってしまう。だから、抵抗をしない、なんて、そもそも、この世には、何一つ存在しないだろうよ」
「——最弱……か。この世で、一番弱い人間を決めるとしたら、いったい何を比較する対象にするんだろー。そもそも弱いってどういうこと?」
「そんな難しいことを俺に聞くなよ。そういうのは最弱——朝夜光平くん本人に聞けよ。お前——最悪だな」
「そうさ。僕は——最悪だ」
「そうか」
「最早、僕は、僕を最悪と認めてしまった」
「——最早はこの世に一人しかいないがな」
「誰だよ」
「あそこにいるだろ。上野下上野内くん」
「あれが——最早」
「朝、誰よりも、学校に登校するのが早いからな」
「……たった、それだけか?」
「あと、誰よりも、早く起きる。0時には、起きてる」
「それって最早、寝てねーだけだろ!」
「そうとも言う。だから、彼はいつも、睡眠不足だ。最早、寝ていないからね」
「…………」
「さすがは——最早だな」
「さっきから、もはやもはや、うぜーな」
「お前がな」
「なんでだよ! お前だろ!?」
「いや、お前だ——最悪。本当に、お前ってば、頭が——悪いんだなあ」
「巫山戯るな」
「巫山戯るよ。だって、これは、戯言だからね」
「笑えねー」
「俺は、笑えるけどな」
「僕が、笑えねーんだよ」
「なら、別に口に出さなくてもよくないか?」
「おいおい……それを言ったらお終いだろ」
「最終ではないけどなあ。なあ、お前」
「……なんだよ」
「間違えた。おい——最悪」
「…………(僕に対してすげー煽ってくる)」
「お前さあ。世界の終わりってなんだと、思う?」
「世界の、終わり?」
「ああ。最終——茶畑髪男くんと野野野咲さんに質問したら、面白い答えが返ってきてさあ。ぜひ——最悪の返答も聞きたいなって」
「この教室、最終もいるのかよ。半端ねーな」
「ああ。この学園に半端な生徒は、いないよ」
「へへ。そうだったな」
「で、どうなんだ?」
「世界の終わりって言ったら、世紀末みたいな感じだろ?」
「その感じなのか?」
「違う?」
「人によって世界の終わりは違うだろ?」
「世界ってなんだよ?」
「世界の広さや概念は、人によって異なるよなあ」
「世界って、世の界のことだろ? 世の境目ってどこからどこなんだ?」
「さあ。だから、人によって違うんだよ。生きている状態をきっちり定義できないように、人の世を定義するなんて、抽象的にしか言い表せないんだ」
「本当にそうかー? 誰かが、決めた方がいいんじゃないのか? 『世界』というものを。『幸せ』ということうものを。『悪』というものを」
「お前って、本当に——最悪だな。これは、そう簡単に決めちゃ駄目だろ。『誰かが決めた方がいい』なんて、そんな無責任な考え、俺は嫌いだ」
「おい、どうしたんだよ。ムキになって」
「お前は——最悪だ。お前の顔を見ていたらなんだか殺意が芽生えてきたぜ」
「おいおい! 正気に戻ってくれ! お前は人殺しなんて残忍な犯行はしない——最善なんだろ!?」
「問題無い。やる気——殺る気がでただけだ。実際には、やらないよ」
「ふ、ふぅ。お前、尋常じゃないな」
「ああ。俺は、普通じゃない。なにせ、俺は——最善だからなあ」
「くどいなー。でもさー。最悪な人なんて、いくらでもいるんじゃないかな。僕のお父さんなんか、会社で、製品を滞納しすぎて、取引先に『最悪ですね』って、よく言われてるぜ?」
「それは、悪いよなあ。だって、約束を守ってないんだから。でも、最悪な人間は一人しかいない。お前だ——最悪」
「そうやって、当てつけて、僕を、貶めるのを、やめてくれないか? とにかく、僕を最悪にするのを、やめてくれ」
「断る! だって、最悪な人間はこの世に一人しかいないんだからなあ」
「……理由になってねえ」
「さっきの、お前が、お父さんだったら、正確だったな」
「ん。どういう意味だよ」
「『最悪ですね』って言われても、『そうだ。よくわかったな。この僕が——最悪だ』って言い返せるじゃん?」
「取引先に失礼過ぎるだろ」
「本当のことだからいいんだよ。——最悪」
「よくねーよ。それに、最悪って特定の人に対して使う言葉とは、限らねえよ」
「因みに特定の人ってのはお前だろ? ——最悪。人に対して使う最悪は、お前のことを指す。だって、最悪な人間は、この世に一人しかいないんだからなあ」
「……どんだけお前は、この僕を——最悪にしたいんだ。一瞬、悪寒が走ったぜ」
「悪寒が走っただろ。だってお前——最悪だもんなあ」
「くどー! くど過ぎて感心するぜ。今、僕はお前の熱意に負けて、自分が——人類史上最悪だと認識しそうになっちまった」
「俺は、別に、お前のことを、人類史上最悪だとは、ひと言も言ってないけどなあ」
「言ってなかったっけ?」
「いいや。言ってない。お前が勝手に、思っただけだ。自分は——人類史上最悪だって」
「思ってねーよ。自ら、思うわけねーだろ」
「どうだかなあ。お前は、無意識のうちに、自分が——人類史上最悪だと、納得していたんじゃないのか?」
「どこまで、僕を、悪くしたいんだお前は」
「最もまでだ」
「何人中?」
「全人類の中で」
「それって、最早、僕が——人類史上最悪だって、暗に示してるじゃねーか!」
「そうとも言う」
「そうとも言っちまったな! お前——最低」
「俺は最低でも、最早でもない。——最善だ」
「もしや、最低もこの教室にいるのか?」
「ああ。いる。あいつが、最低——シュレッティ猫姫だ」
「……お前、念のために言っておくが、この学園で一番、背が低いから——最低だとか言うんじゃないだろうな」
「教えてやろう。あいつは、この学園で一番、背が低いから——最低だ」
「だから、言うんじゃねーよ! そんな理由で最低呼ばわりされた身になれよ。可哀想じゃないか!」
「もう一つ、教えてやろう。シュレッティ猫姫。あいつは、性格も——最低だ」
「それを言ったらお終いだ! 身長も性格も最低だとか言っちゃったら、もう、僕は何も言えねー」
「何かは言ってるだろ?」
「そういう意味じゃなくて」
「お終いと言っても——最終ではないだろ? もっとも——最終はこの世に二人しかいないが」
「……矛盾してねーか? 最も終わってる人間が二人もいるなんて、おかしいだろ」
「矛盾していない。ただ、俺の想像している——最終と、お前の想像している——最終が違うだけだ。それを、矛盾している、とは言わない。言えないんじゃなくて、俺は、言わない」
「僕の想像している——最終と、お前の想像している——最終は、違う、だって?」
「ああ。お前と俺とは、違う。俺は——最善だが、お前は——最悪だ。もう、ここまで、言ってるんだから、同調してくれてもいいんだぜ? お前って、本当に——最悪だよな」
「そうだな(やべー! そうだなって言っちまったー! 同調しちまったー!)」
「そうだ。よくわかっているじゃないか。お前は——最悪なんだよ。『みんな』より、悪いんだよ。最も、悪いんだよ」
「……お前の言葉に、全然、相対化された形跡が、感じられねー。『みんな』って、どれぐらいだよ」
「みんなってのは、みんなだよ。みーんな。みーんな」
「具体的じゃねーなお前」
「ああ。俺は——具体的じゃない。俺という——最善が、そもそも、ありふれた生物個体だからなあ」
「お前という人間は、一人しかいねーよ」
「だけど、人間みたいな俺はいっぱいいる」
「お前に似てる奴は、どこにもいねーよ 」
「だけど、人間はいっぱいいる」
「だから、なんなんだよ」
「だから——最悪。お前は、死んだほうがいいかもしれない」
「なぜに僕!?」
「お前みたいな、誰にも迷惑をかけて生きている人間は、無駄なんだよ」
「……誰にも迷惑をかけないで、生きるなんてできねーだろ。人は一人では、生きていけないんだ」
「そうだな。だから、誰にも迷惑をかけないで、生きたい人間も、死んだほうがいいかもしれない」
「どっちだ!?」
「どっちもだ。誰にも迷惑をかけない人間はいないから、それは死んでるのと、ほとんど同じだし、誰にも迷惑をかけて生きている人間は——最悪だから死んだほうがいいかもしれない。まあ、最悪はこの世に一人しかいないがなあ」
「……」
「なあ——最悪」
「——最悪って僕のことかよ。僕は、誰にも迷惑をかけて、生きてねーよ。誰にも迷惑をかけるって、考えてみたら、なかなかできねーことだしな」
「お前は、できるけどなあ」
「ひでーなお前」
「お前がな」
「お前だろ?」
「いいや、お前だ——最悪」
「僕は、最悪じゃねーよ。最善にしろ、最弱にしろ、最低にしろ、この学園の生徒は、半端ねーな」
「ああ。この学園に半端はいない。みんな、絶対的だ」
「一番、半端ねー奴は誰なんだ?」
「——最強、かなあ」
「——最強か。そりゃあ、たしかに、半端ねーな。力が半端ねーんだろうな」
「ああ。力が半端ねー」
「あはは。そりゃあ面白い」
「俺は、面白くないけどな」
「……」
「最強——亜桜圖湖は、たしかに強いが、強すぎるゆえに、『自分の強さというものを、自覚できない』。強すぎて、自分の力で誰かを傷つけている自覚が、ほとんどないんだ」
「自分の力で、誰かを傷つけている自覚が、ない? それは、鈍い、ということかい?」
「そうとも言えるかもしれない。最強は、自分の力に、鈍くなりやすい」
「それって、人に嫌われやすいってことか?」
「そうとも言えるかもしれないが、人に好かれやすい、とも言える」
「どっちなんだよ」
「どっちかだよ。最強は至極に、好かれるか、嫌われるかの、どっちかなんだよ。つまり——」
「つまり?」
「興味を持たれやすいのが——最強ってことだ。最も、羨望されるし、憎まれるがなあ」
「じ、じゃあ、最弱は……」
「そりゃあお前、最弱は、まあ、なんというか、うん。そういうことだ……」
「……(なんだこの沈黙)」
「ああ、そういえば、ここ最近——最強が派手に暴れているらしいぜ」
「そ、そうなの!?」
「最強——亜桜圖湖は、絶対学園では、手に負えない。まあ、最強だから、手に負えなくて、当たり前だけどなあ」
「で、どうなるんだ?」
「消される。絶対学園てのは、秘密組織だからな。もし『退学』にでもなった場合、口封じに、殺されるってこともある。最強だから『される』なんてことは、滅多にないがなあ」
「……まじかよ」
「だけど、俺が殺させない」
「え」
「俺は——最善だからな。殺意は芽生えるが、人を殺させはしない。だって、それが、俺にとっての最善なんだから」
「……カッケェ」
「お前は、目の前で、人が殺されていても知らんぷりだろ?」
「……ひでぇ」
「なあ。そうなんだろ? そうだと言ってくれよ。この——最悪が」
「なんで、僕に対して、そんな辛辣なんだよ。目の前で人が殺されていて、知らんぷりするわけねーだろ。僕をみくびるな」
「すまん。お前を、みくびっていた。お前は、そんな規模の小さな悪いことをする奴じゃないよな。だってお前の夢ってあれだもんな。『世界を征服』することだもんな」
「僕は、世界は征服しねーし! そういう意味の『みくびる』じゃねーよ!」
「え」
「なんの『え』だよ。お前は、僕をなんだと思ってんだ。僕は魔王じゃねーよ」
「え。俺は魔王とはひと言も言ってないんだがなあ。なに勝手に勘違いしてんの? お前、正直、さむいわあ」
「……ひでぇ。そこ追求すんなよ。なんか、僕だけスベったみいになってるじゃねーか」
「そうだよ。お前だけが、スベったんだ。俺を巻きぞえにするなよ。スベるのは、お前一人だけにしろ」
「お前のどこが——最善なんだ。さっきから、僕に対して酷いことしか言ってねーよ」
「お前は酷い——最悪なんだから、お前に対して、酷いことを言うのは、当然だろ?」
「全然、当然じゃねーよ。僕の人として生きる権利が脅かされてるよ」
「全然、当然じゃねーか。はは。お前、面白いこと言うな」
「……全然、面白くねーよ」
「当然、面白いよ」
「全然、面白くねーよ」
「当然、面白いよ」
「全然、当然、面白くねーよ」
「断然、面白いよ」
「自然に面白くねーよ」
「不自然に面白いよ」
「毅然とした態度、やめてくんない?」
「断然、却下する」
「憮然としてくれない?」
「断然、却下する。お前が、憮然としろ——最悪」
「毅然とした態度、やめてくんない?」
「当然、却下する。お前は永遠に憮然としてろ——最悪」
「唖然」
「どうした? 鳩が対空型ミサイルを食ったような顔をして」
「……どんな顔だよ。しかも、鳩は対空型ミサイルを食らうくらい上空を飛ばねーよ」
「おい。鳩はどうやって対空型ミサイルを食うんだ?」
「鳩は豆鉄砲しか食えません」
「豆鉄砲以外も食うだろ」
「水鉄砲も食うかもしれんなー」
「水鉄砲は飲むものだよ」
「いや……豆鉄砲も水鉄砲も、飲食するもんじゃねぇ」
「じゃあ、なにをするもんなんだ」
「鳩を撃つものだ」
「お前——最悪だな」
「……」
「図星か」
「なぜにそうなる」
「お前、平和の象徴である鳩様を撃つとは何事かあ! 鳩は撃つものじゃねえ! 愛でるものだ!」
「急に僕を責め立てるんじゃねーよ! 僕は悪くない! お前、冗談て言葉を知らねーのか」
「鳩の仇!!」
「やめろ! 僕を、殺す気か!?」
「殺す気はある」
「あるのかよ!」
「だが、絶対に、殺さない。だって俺は——最善なんだから」
「……急に大人しくなるんじゃねーよ」
「だが、お前は鳩を殺す——最悪だ」
「死ぬってことは悪いのか?」
「おい。どうした? 開きなおって」
「死ぬって嫌なことだけど、悪いことなのかなーってふと、思った」
「死ぬことは悪いに決まってるだろ。そんなこともわからないなんて、お前の頭はなんて——最悪なんだ」
「僕の頭は最悪でいいから、だから、教えてくれよ。なんで、死ぬことは『悪い』んだ?」
「命が尊いからだよ。命は儚いからだよ」
「それは『人間の命は』だろ? きっと、お前と、僕とで『どんな命が大切か』が違ってくると思うぜ? 僕は、鳩くらいの命だったら粗末にしていいと思ってるぜ。もちろん、人間と相対してさ」
「お、お前——最悪だな。ぶるぶる。殺意が芽生えて、武者震いしたぜ」
「僕を、殺すのか?」
「いいや。殺す気はあるが——殺さない」
「お前、頭、イっちまってんな」
「神聖なる鳩様を粗末にするお前がな」
「イっちまってんのは、お前だろ」
「いいや、お前だ——最悪。お前の顔を見ていると、殺意が芽生えてくるぜ」
「それが、お前の、正義基準か。笑えねーな」
「俺は、笑えるけどなあ」
「……」
「ああ。もう。殺意が芽生えてきた。殺さねえと気が収まらねえ。悪いやつが許せねえ。悪いやつを殺さねえと」
「ってのは、冗談だろ?」
「冗談じゃねえよ。俺は、もう、堪忍袋の緒が切れそうなんだよ。もう、我慢できねえ。許せねーんだ。悪い奴が許せねー」
「落ち着けって!」
「落ち着け? どうやって落ち着けっていうんだ。お前、やってみろよ。俺を、どうやって落ち着かせる気だ?」
「とにかく落ち着け」
「落ち着けって言われて落ち着く馬鹿はいねえんだよ。ああ! もう! ムカつく! 許せない! 腹が立ってきた!」
「なにに、腹を立ててんだ?」
「お前の顔を見ていると、腹が立つんだよ! お前みたいな、悪い奴を見ていると、ムカつく! 自分をまもることによって、他の誰かを傷つけていることに自覚がない奴が、許せねーんだよ!」
「誰だよ」
「お前だよ! ——最悪」
「……すごい言われようだなあ」
「お前は——無自覚だ! お前は、なぜ、俺にここまで、酷く、言われているのか、わかるか?」
「……まったく、わかんねーよ」
「お前——人を殺したんだよ」
「……」
「図星か」
「……」
「お前は、いままでにどれだけの人を無自覚に殺したんだ?」
「……ちげーよ」
「あ?」
「違うって言ったんだよ、このボケが」
「急に語調が荒くなったなあ。つまり図星ってことだ。お前、やっぱり——最悪なんだな」
「僕は知らない」
「お前は知っている」
「僕は本当に知らない」
「お前は知っている。ただ、知らない振りをして生きているだけだ」
「……」
「僕は人を殺す気なんてないよ」
「殺す気があるかどうかは関係ねえ。実際に殺したか、殺してないか、だ。お前に人を殺る気がなくても、殺したら、それは——悪いことなんだ。なあ。俺の言っていることがわかるか?」
「わかんねーよ。お前はどうなんだよ」
「俺か? 俺は——最善だ。殺る気があっても、殺らない。それが、俺にとっての最善だからなあ。はは。笑えるだろ?」
「笑えねーよ」
「俺は笑えるけどな」
「聞いてねーって」
「俺は聞いてるのにか?」
「そういう意味じゃねーよ」
「やべー。お前としゃべるの、飽きてきた」
「……やべーな。それは」
「もう、俺に話しかけてくんな」
「……ひでーな。それは」
「黙れ」
「…………」
「この——最悪が」
「…………」
「じゃあな——最悪」
「…………」