サンタクロースの憂鬱
今年もこの季節がやってきた。
男は憂鬱そうにため息をついた。街中を歩く男女にその視線は向いているが、彼は一人身というわけではない。妻子のいる身であるが、それでも彼らがうらやましい。
なぜなら彼はサンタクロースだ。男女がいちゃいちゃする夜には彼も妻といちゃいちゃしたいのだ。だが、サンタクロースであることが邪魔をする。いや、いちゃいちゃはしている。ただし、身代わりが。彼はその身代わりの体験を記憶としてしか持っていないのだ。
俺だってあんなことやこんなことをしたいし、子供とだってきゃっきゃうふふな夜を過ごしたいというのが彼の切実な願いであった。しかし、彼はサンタクロースだ。よい子のためにクリスマスの夜は働かなくてはならない。このことが嫌なわけではないが、だがしかし、彼は自分の私生活のなかでもクリスマスを過ごしてみたかったのだ。
「――と、いうわけなんだが」
『ふむふむ。ちょっと検討するから一週間、いや、三日。あ、いや、やっぱ一日でいいってさ』
「じゃあ明日だな」
『ああ。こっちから連絡するよ』
電話を切って彼は思った。案外、どうにかなるかもしれない。
次の日、会社で仕事をしている際に電話が鳴った。相手は昨日と同じだ。
『よお』
「ああ。どうなった?」
『昨日の電話の時にちょうど上司がいてな。おかげでとんとん拍子に話が進んだ。OKが出たぞ』
「そりゃよかった」
『ただ、システムの起動にはあんたが必要でな。トイレに行くくらいの時間はこっちに来てもらわんといかんが、その時間も夜である必要はないんだが、その時間だけはあらかじめ決めておきたい』
「なら昼前だな。その時なら確実に一人だし問題ない」
クリスマスの夜には魔法物質科学研究所と呼ばれる組織がサンタクロース捕獲のための準備を昼から始める。この捕獲は国家どころか世界規模で認められた事業であるため、その作業に邪魔にならないようにと会社の業務、学校の授業のすべてが午前中に終了する。会社帰りのタイミングなら何の問題もないということだ。
『わかった。じゃあ、一人になったら連絡をくれ。手配する』
さて、そんな彼のクリスマスはつつがなく過ぎて行った。奮発したディナーは家族全員で楽しんだし、夜は家族そろって川の字で寝た。彼の代わりにサンタクロースの作業をしている人が心配ではあったが、朝のニュースで、今年もサンタクロースの捕獲は失敗に終わったと知り、ひどくほっとしたのであった。
◆◇◆◇◆◇◆
「いやー、すごい眺めだなー」
「また面倒なことになった」
『はいはいお二人さーん』
二人が乗るそりは二人が操っているわけではなく自動で進んでいく。
「あれ? 部長じゃん。どしたの?」
『サンタクロース業務は機密が結構多いから私が今回追加で派遣されたの。ほら、今回の業務を確認するわよ』
「サンタクロースの代行としてそりへ供給される魔力をコントロールすること、および研究所の連中につかまらないこと」
『そのとおりよ。例年は二人一組で業務にあたって、一人は魔術の組成の読み取り、もう一人はその改変だったけど、今回は魔力コントロールが増えたから、その分私がフォローするわ』
「魔力コントロールくらい、俺にだってできるしー。部長いらないしー」
『あんたはバカか? 世界に組み込まれた魔法に注ぎ込む魔力の量間違えたら最悪世界が滅ぶのよ? 魔術の組成をいじっていてその辺の細かい制御できるのかしら? 世界滅んだら減給どころか一生地獄任務よ?』
「……アトハマカセター」
『いい返事ね。改変は今まで通りの担当で、今回私がするのは読み取りよ』
「なら、自分が魔力コントロールをすることになるのですね?」
『ええ。じゃあ頼んだわよ。渡したタブレットには魔法陣の場所と、次のそりのワープ先が映し出されるから、ぶっつけ本番だけどちゃんとやるのよ』
「あいあいさー」
「わかった」
◆◇◆◇◆◇◆
「ど、お、い、う、ことだよっ!」
「それはこっちが聞きたいわよ!」
研究所の本部では二人の男女が荒れていた。
二人は毎年この日のために魔法の構成を練り、作成しているチームのリーダーとサブリーダーだ。
何やら今年の結果に不満があるらしい。
「ここ数十年の膨大なデータからかなり精密な配合の魔法を作ったっていうのに、何でなのよ!」
「総当たりだったっていうから今回でぴったり調整できたはずだったのに!」
「なんで今回もすりぬけていくのよ!」
「なんで今回もすりぬけていきやがるんだよ!」
ああああああああ、と髪の毛をかきむしる男。小数点以下まで検討しないといけないのかとブツブツ独り言をつぶやく女。
はたから見ると怪しい限りだが、例年見られる光景でもある。
今回はさすがに捕獲確実と見ていただけにそのショックも大きかったようだ。
「リーダー。でもここまで来るとさすがにおかしいっすよ」
「何がだ?」
「過去のデータを見る限りだと、子供のいる家の密集具合によってある程度のずれはありますが、移動ルートはほぼ同じですし、研究所でも予想を立てられるほどになりました。複合体に対する捕獲魔法の効果がどれほど出るものか我々にも全く分からないことを差し引いても、これまで何の結果も得られないのはおかしすぎます」
「何が言いたい。今は作戦の失敗で気が立っているから手短に言うんだ」
「その……非常に言いづらいのですが、もしかしたら何者かによる妨害を受けているのではないのでしょうか」
「妨害って、どうやってよ。捕獲魔法は正常に発動していることは研究所の全員が確認しているじゃない。それに一度発動した魔法の効果をなくすなんてこと、私たち研究所の人間でもなかなかできないわよ」
「研究所にいない天才だっていますから、もしかしたらそういった人物が絡んでいるのではないかと。というかそう考えたくなっただけなんですけどね」
部下は乾いた笑いを上げながらそれでは、と頭を下げて、研究所の忘年会へ参加しに戻って行った。
「今の話、どう思った?」
「どう思ったもなにも、検討の余地はあるんじゃないかしら。複合体作成チームもようやく霊体、魔力体、変性体が反発せずにまじりあうようになってきたっていうし、捕獲魔法については発動した際の効果もわかってくるでしょうから、捕獲魔法の作成については今ほど躍起になる必要はないと思うわよ」
「なら、来年からは外部からの干渉を調査することも検討していこうか」
来年の方針も決めて二人もほかの研究者の輪に入っていくのだった。
2014年を飛ばして2015年に投稿になりました。
本作品のサンタクロースが憂鬱なのはボッチだからではなく、デートできないからです。
爆発すればいいのに。
それでは皆様よいクリスマスを。
2015/12/24 紅月